月華
梁山(リアンシャン)城・4階のテラスは、フリックの指定席だった。月夜ともなれば、ボトルをレオナの店で買って月見酒と洒落こむのである。
時々、ニナが押しかけてきて、静かな雰囲気をぶち壊していくこともある。だが、ニナはすぐに眠気に負けて、自分の部屋へ帰ってしまう。ほんのしばらく彼女の好きにさせておけば、また静寂の時間を取り戻すことはできた。
今夜も、フリックはボトルとグラスを持って、お気に入りの場所へとやってきた。眠りにつく前に一人で酒を飲む。それは、習慣というよりは、儀式だった。
月を愛で、月に磨かれた景色を楽しみ、美酒に酔う。今日もまた生き抜いてこれたことに安堵と感謝をし、そして明日への戦いに臨むのだ。
人の気配に、フリックの意識は現実に引き戻された。入口を振り返ると、ルキアが立っていた。
「お邪魔して良いかな……?」
遠慮がちに、ルキアは訊いた。
「もちろん」
フリックは笑顔で、ルキアを招く。ルキアも笑顔で、フリックの隣に立った。
「悪いが、グラスはないぞ」
「良いよ。さっきまでビクトールと飲んでたから」
よくよく見れば、ルキアの顔はほんのりと赤い。ルキアがこの調子では、ビクトールはすでに潰れているな、とフリックは軽く息を吐いた。
「………ここから、あの庭園が見下ろせるんだ」
ルキアは3階のバラ園を眺めていた。
「あぁ、そうだな……」
「……あんまり、興味なさそうだね」
「どうもな……。華美すぎて、俺の趣味にはあわないよ。……それに、この時間帯はカップルでいっぱいだ」
「なるほど。じゃあ、出歯亀は止めておこう」
笑ってそう言うと、ルキアはフリックと同じように月を眺めた。
「あぁーー!! フリックさん、みーつけた!!!」
突然、夜の静寂(しじま)を破る甲高い少女の声。フリックは危うく、グラスを落としそうになる。
「うわわわ……っと……。ふぅ〜、危なかった………」
なんとかグラスを両手でつかんで、フリックは大きく溜め息を吐く。驚かすな、と少女を叱りつけようとしたとき、少女はイワマジロン(注1)顔負けのスピードでフリックに腰タックルをかました。
(注1)
『ピピッ。イワマジロン。LV26。硬い甲羅で全身を覆われたモンスター。アルマジロンの進化後、じゃなくて、上位系統体。全身を丸めて、転がりながら敵に体当たりをする攻撃は、大人もぶっ飛ばすほどの威力がある』
「フリックさ〜ん!!!」
「うわあぁ〜〜!!」
あまりの勢いに、手すりを乗り越えそうになる身体を、フリックは足で踏ん張って支える。隣で見ていたルキアは、救い出していたウィスキーの瓶を抱えて、その迫力にただ感心するばかり。
「やめろ、ニナ! 危ないだろうが!!」
「もう、フリックさんたら、照れちゃって〜」
いまだ抱きついたままの少女が噂のニナ嬢か、とルキアは納得する。梁山城滞在二日目になるルキアだが、ニナとまともに顔を会わせるのは実はこれが初めてだった。フリックと一緒にいるときは、フリックのほうが上手くニナを避けていたし、一緒でないときは当然の事ながらニナに遭遇する確率は無いに等しい。
といっても、いまだ私を認識してくれてるわけではないけれど、とルキアは苦笑した。
「こら、ルキア! 笑ってないで、なんとかしろよ」
フリックがそう言うと、ニナの顔がルキアに向けられた。そのあまりにも鋭い視線に、ルキアは乾いた笑いしか出てこない。
「そんなこと、こっちに振られても………」
「……あぁ、まったく。ニナ、いい加減に放せ」
フリックがニナの腕を解きにかかると、ニナは渋々、手を放した。
「もう、フリックさんのケチー」
「勝手に言ってろ。だいたい、子供はもう寝る時間だろ」
「あ、またそうやって、人を子供扱いして」
「学校の制服を着ていれば、充分子供だ」
「フリック……!」
言い過ぎだ、とルキアは咎める。ニナには、それも余計に癪に障ったのかもしれない。
「フリックさんのバカ!」
そう叫ぶと、テラスを飛び出していった。
「ニナ……!」
追いかけようとするルキアの腕を、フリックはつかむ。
「放っておけ、ルキア」
「そんなことできるわけないだろ」
フリックの手を振り払うと、ルキアは酒瓶を押しつけてニナのあとを追いかけた。
「チッ……」
面白くなさそうに、フリックは手にしていたグラスを一息に空ける。だが、新たにグラスを満たす気には、なれなかった。
ルキアは4階から3階へと下りる階段の踊り場で、ニナに追いついた。
「ニナ、待って……!」
「なによ、なんか用?」
ニナはルキアをさっさと追っ払うために、最大限の険悪な表情で振り返る。が、この手の対応には某美少年のおかげで免疫のあるルキアにはまったく効果がない。
「さっきはごめん。余計なことを言って」
「べ、別に、あなたなんか関係ないわよ」
ルキアの物怖じしない様子に、ニナのほうがたじろいでいる。
「そう……? それなら良いんだけど」
「…………良くないわよ」
「え?」
ニナは再び、ルキアを睨みつけた。
「全然、良くないわよ。どうしてあなたにはあんな顔、見せるのよ。どうして私には笑ってくれないのよ!?」
「…………。私にも笑ってくれないときがあるよ……」
「ウソ」
ルキアは困ったな、と苦笑する。
「本当だって。……心当たり、あるだろう……?」
初めて、ニナのほうから視線を逸らした。
「………でも、私は諦めないんだから……」
「うん、頑張ってね」
「今日はあなたに譲るけど、次は負けないわよ」
ニナの闘志にまた火がついたようだ。ルキアは笑って頷く。
「覚悟しておくよ」
「良い心がけだわ」
そして階段を下りかけるが、ニナはルキアを振り返った。
「……おやすみなさい、ルキアさん」
「おやすみ、ニナ」
ニナは笑顔で階段を下りていった。それを見送ると、ルキアは再び4階のテラスへ向かった。
フリックは一人、月光を浴びていた。
「あいつは、もう寝たか?」
月を見上げたまま、フリックは訊いた。
「うん。……明日は、さらに激しいアタックが待ってるかもね」
そう答えながら、ルキアはフリックの横に立つ。
フリックは溜め息を吐くと、グラスを取った。空のままだったことに気づき、酒瓶に手を伸ばす。それをルキアが先に取った。そのまま黙って、フリックの持つグラスに注ぐ。
「月光の降り注ぐ音まで聞こえそうな夜とも、当分、おさらばだな」
苦笑して、フリックは酒を飲んだ。
「………私も退散したほうが良いか?」
真剣な口調のルキアの問いに、フリックは首を振った。
「次にいつ会えるか保証もないのに、そんなつれないこと言うな」
ルキアは思わず腰砕けそうになって、手すりをつかんだ。
「どうした……?」
「……フリックって、思いがけないときに、殺し文句を言うよね」
「それが俺の得意技」
「………そうでした」
この月明かりでは、赤くなった顔を誤魔化しきれないと思ったルキアは、フリックとは反対方向を向いた。そんなルキアの様子に微笑んで、フリックは酒を飲む。
「クシュン……」
ルキアが小さくくしゃみをした。
「寒いか? ルキア」
「そんなことないけど。……誰かが、噂でもしてるのかな……」
フリックは腕を伸ばして、マントをひろげた。そのままルキアの肩をつかむと、グッと引き寄せる。
「フリック……?」
ルキアはすっぽりと、フリックのマントの中へおさまってしまった。
「これなら、少しは風よけになるだろ」
「う、うん……」
立ち直りの早いルキアは、すぐに嬉しくなってフリックに身を寄せる。今日はせっかく譲ってもらったのだから、甘えておかないと損というもの。
フリックはルキアを見つめて、愛おしげに微笑む。月の光の下、片手には愛しい人を抱き、もう片方には美酒を持つ。かけがえのない幸せな時間。
今度こそ、守り抜いてみせる。
フリックの儀式は、いつもこの言葉で結ばれていた。
END
前サイトキリ番『400』をゲットされたフィルター様のリクエスト、『坊ちゃんとフリックのお話』でした。『すべての時が好き』の直後の話。
コンセプトは「目指せ、カッコイイフリック話!」でしたが、いかがでしたでしょう?(;'-')
『月華』とは、月の光、もしくは月の光で明るいことを意味します。
ということで、早速、言い訳いきます(爆)
書き出したのは良いけれど、間が保たず、急遽、ニナ嬢の登場と相成りました。彼女のおかげで前半、妙にコメディタッチです(^^;) 私が読んだ同人誌に、ニナのシリアス話が一つもなかったのが原因と思われます(^^;;; ニナをシリアスで取り上げてるサイト様をご存じの方、ぜひ私に教えて下さい(爆)
ルキアは自分が甘いことばっか言ってるので、逆に自分に言われるとコロッといってしまいます(笑) フリックの他にも、マッシュやモーガンがそんな相手だったり・・・。
うちのフリックは、ビクトールが言ってたように本質はめさめさ危ない人です。三年経ってだいぶ落ち着いたけど、まだちょっと危ういところがあります。そんな話も復刊しました。
|