すべての時が好き
ゴクウに頼まれてルキアが都市同盟の梁山(リアンシャン)城に初めてやってきて、二日が経過した。
すっかり懐いてしまったゴクウと日中を過ごし、風呂で汗を流してさっぱりしたあと、レストランで夕食をとる。
食後のお茶を楽しんでいる最中、シュウがまるでタイミングを計ったかのようにレストランに現れた。
「こちらにおいででしたか、ゴクウ殿」
ゴクウが逃げ腰になるのを見て、ルキアは苦笑する。
「私も経験があるから、ゴクウの気持ちはよくわかるよ。でも、幻影(ホアイン)軍のためにもリーダーの仕事はちゃんとこなさないとな」
「……う〜、ルキア〜……」
ゴクウは恨めしそうに、ルキアを見る。
「リーダーさんヨー、これ、サービスするから頑張るヨー」
ハイ・ヨーが、杏仁豆腐とジャスミン茶を持たせてくれた。
「ルキア、明日は一緒にムササビ探しに行こうね!」
「あぁ、わかったよ」
それでようやく、ゴクウは泣く泣くシュウに引きずられて、決裁書類にサインをするという、一等つまらない仕事を片づけにいった。
「さて………」
一人残されたルキアは、レストランを出て酒場へ向かった。
珍しくビクトールが一人で酒を飲んでいる。カウンターのレオナに酒の注文をして、ルキアはビクトールのいるデーブルへ向かった。
「此処、空いてるか?」
「よぉ、ルキア。なに、遠慮してるんだよ」
ビクトールは豪快に笑って、ルキアに席を勧めた。
「一人で飲んでるなんて、珍しいな」
「そうか? たまにはこんなこともあるさ」
「大抵、フリックかハンフリーは一緒だろう」
「ハンフリーは、今日は夜番だ。フリックは……いつものところで、一人で飲んでるだろうよ」
「いつものところ……?」
「あぁ………。月がよく見えるところさ」
ウエイトレスが注文した酒を運んできた。
「ルキアさん、お待たせしました」
「ありがとう」
よく冷えたテキーラのボトル、ショットグラス、くし形に切ったライムを丸く並べた皿がテーブルに並ぶ。それから、空いたジョッキや皿が片づけられていった。
「ずいぶん強いのを飲むんだな」
「最近、はまったんだ。…………親父がライムを囓りながら、これを飲んでたんだって………」
グラスに酒を注ぎながら、ルキアは言った。
「……そうか………」
ビクトールはジョッキを手にするが、空になっていることに気づく。ルキアのボトルに手を伸ばした。
「なにするんだよ、ビクトール」
ヒョイッと、ルキアがボトルを取り上げる。
「まさかこの酒を、そのジョッキに注ごうって言うんじゃないだろうな」
「良いじゃねぇか、ルキア。ケチケチすんなよ」
「そういう問題じゃないだろ。ジョッキで飲めるような酒じゃないんだから。せめて、グラスを替えてくれ」
しょうがないな、とビクトールはウエイトレスを呼び止める。ルキアと同じグラスを頼んだ。ウエイトレスはすぐに、新しいグラスと塩を盛った皿を運んできた。
「なんだ、これは?」
「お塩です。レオナさんが、ビクトールさんにはこっちが良いだろうって」
「相変わらず、気が利くな。ありがとよ」
ビクトールのグラスに、ルキアが酒を注いだ。二人はグラスを軽く掲げると、一気に飲み干した。
「……っかぁ〜、効くなぁ、こいつは」
喉が焼けるようだ。ルキアはライムを囓っている。ビクトールも塩を舐めた。
「…………。あのさ、ビクトールに訊きたいことがあったんだけど」
ルキアは話を替えた。
「なんだ……?」
「三年間、フリックと何処を旅してたんだ?」
「……妬いてんのかぁ?」
おどけて、ビクトールは訊き返す。
「そうだよ」
ルキアは真顔で答えた。ビクトールはまじまじとルキアを見つめたあと、バツが悪そうに視線を逸らした。
傭兵隊の砦でアップルと再会したとき、どうして連絡を入れなかったの、とこっぴどく怒られた。
「ルキアさんのあの様子を見ていたら、そんなふうに笑ってすませられなかったでしょうよ」
あの最後の戦いのあと、二人の行方が杳(よう)として知れないとわかったとき、ルキアは瓦礫の前に立ち尽くしてただ涙を流していた、とアップルは教えてくれた。
「泣き叫ばれるよりつらかったわ。あんなにも痛々しい涙があるんだなって思ったものよ………。ルキアさんにもし会えたら、ちゃんと謝りなさいね」
アップルの言葉を思い出して、ビクトールは軽く息を吐く。
「………最初の一年半は、トランと都市同盟を行ったり来たりしたな。それからミューズに落ち着いて、現在に至る、ってとこか。なんの連絡もしないで悪かったな」
「良いんだ、そのことは。フリックに謝ってもらったし。……それに、ビクトールにも事情があったんだろうって、最近になってようやく思い当たってさ」
「買いかぶりすぎだぜ。本当に忘れてただけだ」
ルキアはグラスをタンッと勢いよく置いた。
「…………もっと、はっきり言おうか。私はあの戦いが終わったら、フリックは生きてはいないと思ってたよ」
「ルキア………」
「赤月帝国を倒して、あの国を解放すること。そのオデッサの遺志を果たしたとき、新しい生きる目的を探す前向きさが、あの時のフリックにあったとは思えない。だから、フリックを置いていくことはしたくなかった。引きずってでも連れて帰るつもりだった。…………でも、フリックは、それなら此処で自分の首を切る、と言ったんだ。真剣な目で。……私になにができたと思う? 置いていくしかない………。身を切られる想いだったけど………」
ルキアは溜め息を吐いて、言葉を切った。ビクトールがグラスを満たしてやると、一口飲んでまた続ける。
「ただ、まだ希望はあった。ビクトール、お前がいたから。お前なら、死を簡単に受け入れられてしまうフリックを、殴ってでもこちらへ繋ぎ止めてくれると信じた」
今度は、ルキアがビクトールのグラスに酒を注ぐ。
「…………フリックが無事だったことには、本当にお前に感謝している。大変だったろう。生きる執着のない人を、この世に繋ぎ止めるのは」
お見通しだったのか、とビクトールは肩をすくめる。
「あぁ、とんでもなく骨の折れることだったぜ」
それだけを、ビクトールはルキアに伝えた。これ以上のことは言いたくない。ルキアはもしかしたら、フリックの持つ『狂気』を知っているのかもしれない。だが、伝えなくても良いことは、絶対に口にしたことのないビクトールだった。
「……ありがたがられるようなことでもないさ。俺の目の前で死なれるのも寝覚めが悪いから、放り出さなかっただけだ……」
ライムを囓りながら、ルキアが微かに笑い声をもらした。
「なんだよ」
「いや……腐っても切れない縁とは良くいったものだと思ってさ」
「……うるせぇ」
ビクトールはまた一息にグラスを空ける。
「…………フリックのこと、頼んだよ、ビクトール」
ルキアの言葉に、ビクトールはむせた。
「オイオイ、なに言い出すんだよ」
「ゴクウから聞いてる。フリックはいまだに、身近の死に対して不安定になるんだってね。ビクトールがついていてくれると、私も安心して旅を続けられるよ」
「………俺はてっきり、この戦いにケリがついたら、フリックはお前と旅をするもんだと思ってたぜ」
「それは無理だな。お互い、目指すものが違う」
「……フリックのはわからんでもないが、お前の目指すものはなんだ?」
「私はテッドの足跡を辿りたい」
「それは、可能なことなのか……?」
「さてね………。でも、私には、時間だけはうんざりするほどある」
クイッとルキアはグラスを空けた。
「…………そうだな」
しげしげとビクトールはルキアを見つめる。
「なに……?」
「いや、男前になったもんだと思ってさ」
「まだまだ、ビクトールには遠く及ばないよ」
笑ってルキアは答えた。その余裕は何処までのものだろう、とビクトールは思う。
「……だが、それでお前は本当に良いのか? 俺なんかに、フリックのことを頼んじまって」
だから、意地悪く笑って、ビクトールはそう訊いた。自分のグラスに酒を注いでいたルキアは、半分にも満たないうちにボトルが空になってしまって舌打ちしている。
「………別にかまわないよ。私はどうやら愛情が拡散するタイプらしいから、人のことまでとやかく言えない。……愛情というよりは、欲望かな……」
平然とビクトールの問いに答えて、ルキアは最後の酒を飲み干した。
「どういう意味だ……?」
訝って訊き返したビクトールに、今度はルキアが意味ありげな笑みを浮かべた。
「こういうこと」
席を立ったルキアはビクトールの頬に手を添えて、一瞬だけ唇を触れあわせた。
「大好きだよ、ビクトール」
かなりアルコールがまわってきているところへ、無敵の笑顔を間近に見せられて、ビクトールの頭に一気に血が上った。
「ま、参った………」
そう呟いて、ビクトールはテーブルに突っ伏してしまった。
「…………。イジメすぎたかな……」
ビクトールの顔を覗きこむと、すっかり寝入っているようだった。
「こんなの宿してるせいかな。最近、生きとし生けるものがたまらなく愛おしいんだよ」
右手をちらりと見てルキアは呟くと、カウンターへ向かった。
「お勘定」
レオナが黙って、金額の書かれたメモを差し出した。会話までは聞こえていなかっただろうが、一部始終は見ていたようだ。
「これって、ビクトールの分は入ってる?」
「入れてないよ。奢ってあげるのかい?」
「うん。ちょっとイジメすぎたみたいだから。あんなの、グレッグミンスターじゃ挨拶なのにな」
悪戯っぽく笑って、ルキアは言った。レオナは呆れて溜め息を吐くと、金額を書き直した。
財布からお金を出しているルキアを見つめて、レオナはふと思う。この子がこの城で、特定の人以外には遠慮がちな態度をとるのはなにか深い理由があるからで、本当はみんなと触れあいたいのかもしれない、と。
「私にも、そのグレッグミンスター流の挨拶を教えておくれよ」
レオナの言葉に、ルキアは目を瞠る。だが、すぐに嬉しそうに笑って頷いた。
「良いよ。こうするんだ」
カウンター越しに、ルキアはレオナの肩を軽く抱いて、頬を交互に触れあわせた。
「もしまた、私がこの城に招かれることがあったら、こうやって迎えてくれると嬉しいな」
「わかったよ。ちゃんと覚えておくからね」
ルキアの笑顔を見て、レオナは先ほどの思いを確信に替える。
「じゃあ、レオナ、おやすみ」
「おやすみ、ルキア」
END
タイムテーブルを変更しました。『Kisses』のあとはルキア×カスミの馴れ初め話だったのですが、これとその続きのキリリク話はこの位置でも悪くないなぁ、と思いまして。また戻すかもしれないけど(;'-')
いつものことながら、タイトル選びに七転八倒(>_<) 思いあまって、小田和正氏の『君との思い出』の一節です。♪その愛のために流れた すべての時が好き♪
失恋の歌ですが、私的坊ちゃんソングと化してます(笑) いあ、この歌だけじゃなくて、小田和正氏の歌は全部、私にとっては坊ちゃんソング('-'*)
腐れ縁の空白の三年間は、めさめさドロドロしてると妄想してます。なので、フリックを語るビクトールのところは深読み推奨デス。よう書かんけど(爆)
|