Charisma



 麗らかな日射しがさしこむ部屋で、俺は盛大に煙草の煙を吐き出した。愛猫のビアンカが迷惑そうに窓から出ていく。そんなことも気にならないほど、俺は机の上にひろげた書類を睨みつけていた。
 事の起こりはほんの数週間前。幻影(ホアイン)軍リーダーのゴクウが、トランの英雄を梁山(リアンシャン)城に連れてきたことから始まる。それからというもの、このリッチモンド探偵事務所によせられる依頼は、理由は様々ながら、内容はどれも同じものだった。
 曰く、『ルキア・マクドールについて調べて欲しい』。
 少女
N(その1)の戯言(たわごと)。
私のフリックさんと一緒に、ラブラブでランチ食べてるのよー!! いままで熊がライバルかと思ってたけれど、違ったのよ。彼はフェイクだったんだわ!」
 少女
N(その2)と少女Tの好奇心。
「メグちゃんが、ルキアさんに会ったとき大泣きしたんだよ。あのメグちゃんがだよ、リッチモンドさん! ね、
Tちゃん」
「うん。ビックリした……。一体、なにがあったのかなぁ。でも、ルキアさんて、ちょっと不思議な感じするね」
Tちゃんはルキアさんみたいのが好みのタイプ?」
「えぇー! そういう意味じゃないよ〜。雰囲気が、なんか不思議というか………」
 少女
Aのジェラシー。
「もう、ゴクウが寝ても覚めても、ルキアルキアなんだよ」
 青騎士
Mの一本気な想い。
「…………あ、あの……ト、トモ殿が、興味がある人らしく、ど、どんな男なのか、と………」
 少年忍者
Sの複雑な気持ち。
「………カ、カスミさんが、好きな男がどんな奴かと思ってさ……」
 フェロモン男
Pの傍迷惑な一瞬の本気。
「最近、女の子たちがちっとも僕のところに来ないんだ。えっと、ルキアだっけ、彼を追っかけてるみたいでさ」
 遺跡探索者
Kの焦燥。
「あの男は、ローレライと旧知の仲らしい。もしかしたら、シンダルの情報を知っているかも………」
 賭博師
Sの怒り。
「有り金、巻き上げられたー!!!」
 防具屋
Hのスクープ。
「ジーンさんと抱きあってたんですよ! あのジーンさんとですよ!!」
 etc.
 俺は煙草をくわえたまま、書類を集めていく。依頼の一つ一つは、どれもすぐに説明がつくような簡単なものばかりだ。
 旧知の仲ともなれば、一緒に食事くらいするだろうし、久しぶりに会えたというなら、感極まって涙することもあるだろう。実際、『門の紋章戦争』にも参加していた女性陣は、ジーンとローレライを除いて、ルキアとの再会で大泣きしていた。
 ゴクウにしてみれば、かつてリーダーだった先輩からいろいろ教えて欲しいことは山のようにあるだろうし、あのルックスならば、目新しさも加わって、女の子たちが放っておくわけもない。
 シンダル遺跡に関してはまだ未確認だが、そんな情報を手に入れればローレライに必ずなんらかの動きがあるわけで、またそれをあの男自身が見逃すはずもないと思われる。
 イカサマ賭博師に勝てるとは、尊敬に値するだろう。トランの梁山城には賭博師が三人もいたという話だから、そこで鍛えられたのかもしれない。それに、リーダーとはもともと悪運が強いものだと思う。
 あのジーンと抱きあえる仲というのも、特筆すべきことではあるが、防具屋とそのとき店にいた客たちの目撃情報を総合すると、どうも挨拶を交わしただけのようらしい。そういえば、ルキアの出身地であるグレッグミンスターでは、『ハグ』というスキンシップが挨拶だと聞いたことがある。
 だが、こんなにも大勢の人から注目を集める理由はなんなのか。一通り『門の紋章戦争』に関する文献は読んでみたが、上っ面だけを記した資料ばかりで、彼の為人の核心に迫ったものはない。まぁ、歴史書の類はそんなものだ、とあてにはしていなかったが。
 やはり、彼の秘密を突き止められるのは、この俺以外にない。
 半分以上を吸わずに灰にしてしまった煙草を、吸い殻の山の灰皿に強引に押しこんで、まずくノ一
Kのもとを訪ねることにした。

 道場で兵の教練中だった彼女は、ちょうど休憩時間にするところだった、と俺の話に応じてくれた。小さな池の畔に腰を下ろして、話を聞くことにする。
「それで、お話とはなんですか?」
「……依頼で、ある人物のことを調べているんだが………」
「ルキア様のことですか?」
 あっさりと
Kは看破した。さすが忍びの者、と思わず苦笑いが出る。
「ご明察」
「最近、いろんな人からよく訊かれるんですよ」
 笑って彼女は答えた。
「なら、話が早い。単刀直入に訊くが、ルキア・マクドールの何処が好きなんだ?」
 彼女は目を瞬いた。
「何処と言われても………」
 口許に手をやって、彼女はしばらく考えこむ。やがて、顔を上げて口にした答えは、最初は、真面目な彼女が出したとは思えない代物ものだった。
「全部です」
「…………。惚気を聞きに来た訳じゃないんだが……」
 呆れて言った俺に、彼女は真面目に理由を述べる。
「たとえば、ルキア様はとても優しい方で、その優しさは本当に心に染みるんです。でも、そういう優しさを持っている人は、他にもいますよね。それじゃあ、私はその人に対しても恋愛感情を持っているか、と訊かれれば、答えはノーです。……そういう一つ一つは、きっと誰か他の人も持っているんだと思います。でも、私は惹かれない。どれか一つ、それがどんなに優れたところでも、それだけではダメなんです。そして、ルキア・マクドールという男性を形作るものが、なに一つ欠けてもダメなんです。……私の言いたいこと、わかります……?」
 小首を傾げて尋ねられ、眩しくて目を細めて頷いた。
「あぁ、わかるとも」
 咲き初める花のように彼女は笑った。
 互いに一方通行だ、と誰かから聞いた気がするが、これはひょっとして……。
「あんたら、付き合ってるんだな」
 大輪の花がそこにあった。

 くノ一
Kと別れた俺は、続いて、酒場にいた熊男Vと常識人Fに話を訊くことにした。
「ルキアについて……?」
 
Fは俺の質問に面食らったようだ。
「それなら、俺より、恋人に訊いたほうが良いぜ」
 
Vのほうはあっさりと、Fを指さして言った。Fは渋面で、Vを睨みつける。
「追っかけの女の子は、どうやら目の敵にしてるようだぜ」
 俺がそう言うと、
Fは軽く肩をすくめた。
「ニナの手に負えるような相手じゃないさ」
「俺たちに話を訊くより、直接、本人と話したほうがよくわかるんじゃないのか」
「それじゃあ、調査にならないだろ」
「あいつの凄さは、会えば一発でわかるさ」
 豪快に
Vは笑った。
「凄さ……?」
 繰り返した俺に、
Fがなんとか言葉を探して答えようとしてくれる。
「なんていうのかな………。ゴクウにも同じことは言えると思うが、人を惹きつける力がずば抜けていると思う。『カリスマ』っていう言葉の意味がわかるんだ」
「小難しいことを考える必要はないと思うがね。まぁ、お前さんも、あいつの無敵の笑顔を見たら、コロッといっちまうさ」
「あぁ、あれに勝てる奴に、いまだにお目にかかったことはないな」
 
VFは顔を見あわせて笑った。
 男の笑顔に誰も勝てないとは、どうもまた謎が深まってしまったような気がする。これは徹底マークが必要になってきたかもしれない。

 さてどうしたものか、と1階のホールへ向かって歩いていると、賑やかな声が聞こえた。グレッグミンスターまで噂の人物を迎えに行っていたリーダーご一行様が、帰ってきたらしい。俺は追跡調査に切り替えることにした。
 尾行を続けること小一時間。その間、いろいろな発見があった。一番の発見は、あの仏頂面の風使い
Lが、ルキアに対しては笑顔を見せるということだろう。といっても、目許と口許が少し和らぐといった程度であるが。
 それにしても、あの二人がひそひそと会話をしている様子は、血統書付きの猫がじゃれあっているように見える。
Lの表情も柔らかいので、じつに絵になる。惚れ惚れと見ていると、女の子の一団がルキアのもとへやってきた。途端に、Lの顔つきがいつもの無愛想なものに戻ってしまう。ルキアは苦笑して、女の子たちをはぐらかすとその場を立ち去ってしまった。
 二つ目の発見は、どうもルキアは幻影軍の人たちに対して遠慮しているということだ。旧知の仲間に接するときと比べると、その違いがはっきりする。必要以上によそよそしい感じがするのだ。それが却って、謎めいた雰囲気を強調して、女の子たちが騒ぐのだろう。
「……? 見失った、か……?」
 ルキアの姿を見失った。風呂のほうへ曲がったと思ったが、見あたらない。半分、考え事をしていたので、その間に見失ってしまったのかもしれない。俺としたことが……。まぁ、良い。解放軍に参加していたメンバーに、また聞きこみをしよう。
 と、もと来た道を振り向いた俺の胸に、トンと棍の先が当たった。
「……!」
 そこに立っていたのはルキアだった。俺の身体から、音を立てて血の気が引く。
「私になにか用か?」
 ルキアは棍を突きつけたまま訊いた。参ったぜ、この俺の尾行はすっかりバレていたらしい。俺は両手を挙げた。
「トランの英雄の秘密を、探り出してみようかと思ってさ」
 下手に隠しても仕方ない。俺は覚悟を決めて正直に答えた。ルキアは少し驚いた表情を見せた。
「それはまた、命知らずなことをするな」
 ニッと笑ってそう言うと、棍を降ろす。どうやら、俺の命は助かったらしい。
「名前は?」
「ハードボイルドダンディの名探偵、リッチモンドとは俺様のことさ」
 ルキアは惚れ惚れする笑顔で笑った。
「自分で言うかな、普通。………そうだな、お茶でもごちそうしてくれるなら、一つか二つは教えてあげようか」
「それならお安い御用だ」
 本意ではないが、こうなったら直接聞きだしてやろう。
 レストランで、俺はルキアに飲茶を振る舞った。
 何気ない様子で、観察を続ける。会えばわかる、と言った
Vの言葉をつくづく実感しているところだ。あの時、まず飛びこんできたのは、その不思議な光を湛えた瞳だった。意志の強さがベースにあり、坊ちゃん気質の子供っぽさと妙に醒めた大人っぽさがくるくると現れる。これまで彼が歩んできた人生の複雑さの証だろう。
 手袋を外して桃まんをパクつくルキアの右手には包帯が巻いてある。あの噂は本当だろうか……。
「これかい?」
 ルキアは自分の右手をひらひらと振った。
「気味の悪い痣ができちゃってね」
 まことしやかにささやかれる噂。ルキアの右手には“27の真の紋章”の一つが宿っているらしい。探偵の勘が、この噂は真実だと告げる。図書館の本で読んだ、その呪われし因果を思い出す。だが、それがなんだというのだろう。幻影軍のリーダーだとて宿しているんだ。
「…………気になるか?」
「……いいや………」
 自嘲気味の笑顔を浮かべるルキアに、俺は首を振る。
「無理しなくて良いのに」
 本当だと言いかけて、言葉に詰まる。今日、初めて会話をした男の言葉が、彼の心にまともに届くと思うほうがどうかしている。
「……驚いてるよ」
「……?」
 俺の呟いた言葉に、ルキアは首を傾げた。
「過酷な運命を歩んできて、どうしてそんなに余裕があるのか………」
「…………三年も経ってるんだ……。開き直るしかないさ……」
 その声音から、三年という年月の重さを俺は思い知る。これまで俺は、いろんなことを経験してきたし、いろんな奴の人生を見てきた。だが、こいつは俺より十以上も年下のくせに、どんな奴よりよっぽど大人だ。
 なに一つ欠けてもダメだ、と言ったKを思い出す。彼女にはこの紋章すら、愛してやまない男の一部なのだ。そしてまた、そう思わせてしまうのも、ルキアの懐の大きさが成せる技なのではないかと思う。
 『神の賜物』とは良くいったものだ。
「で、いろいろ訊きたいことがあるんじゃなかったのか?」
 お茶をすすって、ルキアは言った。
「………いや、今日は止めておくぜ。そうだな、また今度、酒でも飲みながらトランの思い出話でも聞かせてくれや」
 ルキアは値踏みするように俺を眺めると、やがてにっこりと笑った。
「リッチモンドの奢りならな」
 思わず頷きそうになって、俺はなんとか踏みとどまる。
 どうやら、俺もコロッといっちまったらしい。俺様としたことが、なんてこった………。
END




 前サイトのキリ番『500』をゲットされたなな様のリクエスト、『「坊ちゃんは美人さんだな」ってハナシ』でした。"charisma"は、ギリシャ語で『神の賜物』という意味があるそうです。

 『美人』=『モテモテ』って短絡過ぎたかな?(;'-')
 いろんなキャラをちょっとずつ出せて自画自賛してますが、いかがでしたでしょうか?
 何気に、マイトモですみません(笑) 昔、お世話になったサイト様ですっかりはまりました。マナはすぐ染まるので、書いて欲しいカップリングがありましたら、サイトの宣伝もしくはお薦めサイトを教えていただけると、それにはまること請け合いです(爆)

 書き終わって、単にカスミにあの言葉を言わせたかっただけみたい、と思った私をどうか許してください(;'-')
 なな様には気に入っていただけたようで、一安心でした。ありがとうございます(*^_^*)