The Tide



 とにかく、第一印象から気に入らなかった。いや、印象もなにも、初めて会ったとき、カスミを泣かせていたことがわけもわからず頭にきた。

 あれは、ゴクウに連れられて、トランの英雄が初めて梁山(リアンシャン)城へ来た日だ。
「此処が道場だよ」
 ゴクウのよく通る声が響いた。訓練中だったのだが、そこにいた全員が思わず振り向いてしまうほどに、よく響いた。
「あ、邪魔してごめん。続けて………」
 そうゴクウが言い終わらないうちに、カスミが小さく悲鳴をもらした。
「ル、ルキア様……!」
 ゴクウの隣には、一人の男が立っていた。まだ少し幼い顔つきではあるが、身にまとう気品が人並み外れている。
 サスケの隣に立っていたモンドが、感心したように呟く。
「ほぅ……。あれが、噂に高いトランの英雄か………」
「トランの英雄……」
 サスケの言葉に、モンドが人の悪い笑みを浮かべる。
「カスミ殿の想い人だ」
「ふ、ふぅん……」
 サスケは上擦りそうになる声をなんとか抑えた。
 だが、その努力は脆くも崩れ去る。カスミがルキアに走りよったのだ。
「ルキア様………」
 それきり、カスミは声をつまらせる。
「遊びに来たよ」
 ルキアに穏やかに微笑まれて、カスミはぽろぽろと涙を零した。
「どうして泣くのさ。ついこないだ、会ったばかりだろ……?」
「……で、でも……」
 カスミはそれ以上、言葉にできない。ちょっと困ったような表情をして、ルキアはカスミの肩に手を置いた。
「しばらく、此処にいるつもりだから……」
 ルキアの言葉にコクコクと頷いて、カスミは涙を拭っていた。

 カスミを泣かせたというだけで、もう良い気分ではないのに、当然のように肩を抱いたのもムカついた。さらに腹立たしいことに、カスミのほうがルキアを好きで、ルキアはカスミの他にも好きな奴がたくさんいるのだ。
 サスケはそこで考えた。カスミの目を覚まさせてやろう、と。

 カスミの書類作成の仕事を手伝いながら、サスケは何気なさを装って話しかけた。
「今日、ルキア……さんがフリックさんと出かけていったよ」
 本当は呼び捨てにしたいところだが、そうするとカスミが、目上の人を呼び捨てにしちゃダメでしょうとお説教するのだ。
「そう……。もう帰られるのかしら」
 カスミは少しも気にする様子がなく、書類作成を続けている。
「…………この前はルックと一緒にいたよ」
「あら、そうなの」
「その前は、メグと一緒だったし、クライブさんやローレライさんといたときもあるんだよ」
 手を止めて、カスミはサスケを見た。
「最近、サスケはルキア様のことばかり話すのね。そんなに気に入ったの?」
「ち、違うって……!」
 予想していたのと、まったく違う反応が返ってきて、サスケは慌てる。カスミは首を傾げた。
「そう……? だって、ルキア様が誰といたかって、そればかり聞いてる気がするんだけど」
「そういう意味じゃなくて……!」
 どうしてこんな展開になるんだ、とサスケは頭を抱えたくなる。
「カ、カスミ姉(ねえ)は、あんなに気の多い男が良いのかって訊きたかっただけ!」
 ストレートに訊いてしまって、気恥ずかしさからサスケは目を逸らした。カスミの頬も、少し赤い。
「……そ、そんなこと、言われても………。あのね、なにがあったって、止められない気持ちもあるのよ……?」
 カスミの想いはなにもかもを承知で、ゆらぐことなくルキアに向けられているのだ。
 サスケはガックリと肩を落として、カスミの部屋をあとにした。
「普通さ、好きな人は独占したくなるものじゃないのか?」
 サスケの不満はモンドにぶつけられた。モンドは笑い出したくなるのをなんとか堪えて、サスケの話を聞いていた。
「まぁ、そういう傾向が多いのは確かだな」
「そうだろ。なのに、カスミ姉ときたら………」
 イライラして、サスケは頭をかきむしる。普段なら『さん』付けで呼んでいるところだが、あまりの腹立たしさについ昔の癖でカスミを呼んでいることにも気がついていない。
 その歳で男と女の妙を悟られてもなぁ、とモンドは思う。
「なんでもかんでも枠にはめようとするのは、無理があるってことだな。一つ、勉強したじゃないか、サスケ」
 気楽にモンドは言った。
「なにが勉強だよ、まったく……。カスミ姉がダメなら、次は………」
「…………程々にしておけよ」
 闘志に燃えるサスケに、モンドの忠告は耳に入っていなかった。
 サスケは再び考えた。ルキアを陥れてやろう、と。

 それには、まず弱点を探さなくてはいけない。
「ルキアさんの弱点?」
 フッチは素っ頓狂な声を上げた。
「シーッ……! ルックに聞かれたら、どうするんだよ」
 レベルアップとレシピ強奪が目的で外出中。フッチとサスケは、パーティから少し離れて歩いていた。ちなみに、他のメンバーは、ゴクウ、ルック、ツァイ、トモである。
「なんでまた、そんなこと……?」
「良いだろ、別に。なぁ、なんかないのか?」
 期待をこめた目で見つめられて、フッチは溜め息を吐く。
「あのねぇ、サスケ。そんなこと、解放戦争参加メンバーに訊くこと自体が、間違ってると思わない?」
「なんでだよ」
 不満そうにサスケは頬をふくらませる。
「僕たち、みんな、ルキアさんのこと大好きなのに、ルキアさんに不利になること教えるわけないじゃないか。まぁ、どっちにしろ、あの人の弱点なんて、僕にはとてもわからないけど」
「チェ、使えないの……」
「悪かったな」
 フッチは軽くサスケを小突いた。
「なにしてるのさ、二人とも」
 突然、冷たい声が響いて二人は飛び上がる。
「わぁ!!」
「ル、ルック、驚かすなよ……!」
 二人の目の前に、ルックが立っていた。
「…………。ルキアの弱点がどうしたって?」
 氷点下の声音で訊かれて、フッチはその場を逃げ出したくなる。だが、サスケは強気に一歩踏み出した。
「そうさ。あいつの弱点を探してるんだ。ルックは知らないか?」
 直球勝負のサスケに、フッチは眩暈がした。あのルックに対してこんなに強気な態度がとれるのは、ルキア以外にフッチは知らない。
「知ってたとして、それを僕が教えるとでも思ってるわけ?」
 ルックの両手の紋章が、不気味に輝く。右手は“旋風の紋章”、左手は“大地の紋章”だ。
「最近、ルックってビッキーと仲が良いよな」
 サスケは唐突にそう言った。
「それが?」
 ルックとフッチは、サスケの意図がわからず首を傾げた。
「いま此処で、“風烈牙”なんか使ったら、言うぞ。『梁山城のスピーカー』ことニナに、ルックとビッキーが一緒におしゃべりしてたって」
 完全に、紋章の輝きが消えた。
「ほんのこれだけで、次の日、すっごい尾ひれがついた噂になって、城中を駆けめぐることになるんだもんなぁ。凄いよなぁ、『スピーカー』の威力って」
 ルックが肩を震わせている。情報操作ってこうやってするんだぁ、とフッチは感心した。
「…………。百歩譲って、ルキアに黙っててあげるだけだからね」
「OK」
 ニッと笑って、サスケはゴクウたちのあとを追った。
「サスケもやるもんだね」
 感心してフッチが呟くと、ルックは忌々しそうに舌打ちした。
「どうだか……。ルキアの弱点なんか見つけられるもんか」
「……そうだね……。ハンフリーさんが言ってたんだけどさ、弱点ばかりに気をとられると危険だって。人によっては、その弱点こそが、最大の強みの場合があるんだって。………ルキアさんってさ、まさにそのタイプだよね」
 ルックは溜め息を吐いた。
「知ってるなら、サスケにどうして教えてあげなかったのさ」
「そのほうが、この先の展開が面白そうだったから」
 にっこりとフッチは笑った。幻影(ホアイン)軍に集まった連中は、一癖も二癖もある奴ばかりだ、とルックは自分のことは棚に上げて、また溜め息を吐いた。

 結局、サスケはルキアの弱点を見つけることはできなかった。忍びとしては邪道だが、探偵にまで依頼したのに収穫はナシ。
 なにか見つからないかと、久しぶりに梁山城へ招かれたルキアを尾けまわしてみた。
 ルキアは今回も、呆れるくらいの大勢から声をかけられ、時には軽くあしらい、時には顔をよせあって何事かを話していた。
 図書館から庭園の池のほうへ、ルキアは一人で歩いていた。やがて、池の畔に立つ木立にもたれて、ぼんやりと景色を眺める。それを、サスケは少し離れた木の陰から見ていた。ルキアは考え事でもしているようで、しばらく動く気配がない。それを確認して、サスケは道場のほうへ目をやった。そろそろ、訓練の時間が終わる頃だ。
 突然、風を切る鋭い音がして、サスケは本能で前に身体を投げ出した。ガッと棍が地を穿つ音を背後に聞いて、第二撃を避けるため身体を一回転させてから跳ね起きる。それで相手の攻撃は空を切ったが、すぐさま第三撃が振りおろされようとしていた。
(避けきれない……!)
 手甲で受け止めようと構えたが、振りおろされるかと思った棍は頭上で一回転すると、水平に薙ぎ払われた。しまったと思ったときには、もう遅い。がら空きになっていた腰に打ちこまれる。横へ吹っ飛ばされたサスケは、受け身をとりながら痛みをこらえて立ち上がろうとしたが、その鼻先に棍を突きつけられた。
「良い動きだな。さすが、将来を期待されている忍び」
 ニッと笑って、棍の持ち主・ルキアは言った。
 サスケはいま頃になって、全身が汗をかいていたことに気づく。緊張の糸が切れて、そのまますわりこんでしまった。
「………いつから、わかってたんだ?」
 ルキアは棍をおろした。
「ついさっきだよ。………違和感を感じたのは、ゴクウと別れて一人になったとき。サスケだってわかったのは、図書館を出てからだ」
 ということは、本当に一瞬の隙をつかれたというわけだ。口惜しくて、サスケは唇を噛む。
「それで、どうして私を尾けまわしたんだ?」
 サスケはそっぽを向いた。
「あ、カスミ」
「え!?」
 ルキアの言葉に、サスケは道場のほうを振り返った。
「なるほど………」
 ルキアは人の悪い笑みを浮かべている。道場ではまだ訓練中で、人が出てくる気配はない。またしてもはめられた、とサスケは拳を握りしめた。
「私がカスミの想い人では不満か?」
「当たり前だ! カスミ姉を泣かせるような奴なんか絶対、認められるもんか」
 サスケの言葉に、ルキアは苦笑した。
「好きで泣かしてるわけじゃないんだけど」
「俺だったら、好きな女を絶対に泣かせたりなんかしない」
 サスケはムキになって言い返す。
「今度、そのコツを教えてもらおうかな」
「誰が……!」
「そうしたら、もうこれ以上、お前を泣かすこともないだろうか……?」
 ルキアの視線は、サスケの後ろに向けられていた。ハッとなってサスケが振り返ると、そこにカスミが立っている。
「ルキア様、サスケがなにかしましたか……?」
「なんでもないよ。ちょっと男同士の話をしていただけ」
 カスミは、今度はサスケを見た。なにをどうとり繕えば良いのかわからず、サスケはすっかり固まってしまっている。
「サスケ、ルキア様はロッカクの里の恩人なのだから、失礼なことをしてはダメよ」
「わ、わかってるよ……!」
 サスケは立ち上がり、カスミから見えない位置でルキアを睨むと、足早に行ってしまった。それを、カスミはわけもわからず、ルキアは面白そうに笑って、見送った。
「………カスミ」
「はい、ルキア様」
 呼ばれて、カスミはルキアを見つめる。
「貪欲な男ですまないな」
 カスミはほんのり頬を染めてうつむくと、首を横に振った。その仕草がたまらなく愛おしく、ルキアはカスミを抱きよせた。
「ルキア様」
「なに……?」
「あの、私は嬉しくて泣いてることが多いので、気になさらないでくださいね」
 ルキアの胸に頬を押しあてて、カスミは言った。ルキアはやんわりと笑う。片手はカスミの腰にまわしたまま、もう片方の手は形の良い顎を上に向けさせる。
「わかってるよ。カスミの涙も想いも、私のものだから」
 そして、唇を触れあわせた。

 サスケは、心に決めた。次に会ったときは絶対に負けない、と。
「モンド、俺も一緒に修行するぞ」
 部屋に駆けこんできたサスケの様子に、モンドはだいたいなにがあったのか推測する。
「程々にしておけと言っただろう」
「一方的にやられて、引き下がれるかよ。絶対、絶対、あいつ、ぶっ飛ばす!」
「………まぁ、頑張れや」
 いつの間にか目的がすりかわっているような気がするが、日常の平穏のため、モンドは敢えて指摘しなかった。
END





 前サイトのキリ番『999』をゲットされた隠密太郎様のリクエスト、『坊ちゃん×カスミ←サスケ』でした。
 "tide"は、英語で『潮汐』という意味ですが、此処では『潮汐力』でお願いします。サスケに影響を及ぼす力ということで・・・。本当は『引力』の英語を使いたかったんですが、某マンガのタイトルそのままだったので止めました。それに伴って引き起こされるイメージもアレだったので・・・。

 『スピーカー』とあだ名される人が、皆様のまわりにもいませんか?(笑) 私の大学時代のサークルの先輩がそうでした。曰く、『邦楽部のスピーカー』。その威力は凄まじく、本当に些細なことがとんでもない話になって、会ったこともないOBにまで伝わっていたのでした(;'-')

 今回、サスケを書くのがとっても楽しかったです('-'*) 両想いになれたもんだから、坊ちゃんのやりたい放題っぷりが凄まじいですが(爆)
 隠密太郎様には気に入っていただけたようで、本当に嬉しかったです。ありがとうございますm(_ _)m