Sweet Lips



 その日、珍しくルキアのほうから、梁山(リアンシャン)城へやってきた。
 まずは、まだ準備中の酒場へ顔を出す。
「ルキア!?」
「やぁ、レオナ」
 レオナはカウンターから出て、ルキアを出迎えた。
「珍しいね。あんたから此処へ来てくれるなんて」
「ちょっとな………。ところで、カスミはいる?」
「あぁ、いるはずさ。今日は朝から会議があったから、ゴクウも出かけてないしね」
「そっか、会議か……」
「もうそろそろ終わって、お昼にする頃だと思うよ。一度、大広間のほうを見てきたらどうだい?」
「わかった、そうするよ」
 頷いて、ルキアはじっとレオナを見つめた。正確にはその唇を。
「……なに?」
「あ、うん、良い色の口紅だなって思って」
 レオナは一瞬、思考が止まる。誤魔化すように軽く咳払いをして、礼を言った。
「………ありがと。でも、あんたの彼女には、この色は似合わないと思うよ。ちょっと、きつすぎるからね」
「うん、わかってる。レオナみたいに色っぽくなったら、つけてもらうよ」
 にこりと微笑まれて、レオナは動揺を押し隠すのが精一杯。
「………ルキア、前々から言おうと思っていたんだけどね……」
「ん?」
「あんまり大人をからかうもんじゃないよ……!」
 ルキアは笑って、レオナの前から逃げる。
「本気で言ってるんだよ」
 そう言って、酒場を出ていった。
「……まったく、あの子は………」
 クスクス笑っていたウエイトレスたちを、一睨みして黙らせると、レオナはカウンターへ戻った。

 ルキアが石版の前まで来ると、ルックが驚いた様子で見つめていた。
「どうしたのさ、君が自分から此処に来るなんて」
「うん、ちょっと、カスミに用があってさ」
「用ってどんな……?」
「約束を果たしにね」
「………ふぅん」
 もし自分と約束を交わしたら、こうして足を運んでくれるだろうか、と喉まで出かかった問いをルックは飲みこんだ。
「ルックとの約束はまた今度な」
「!……な、なにを……」
 見透かされて朱の差したルックの頬に軽く触れ、ルキアはささやく。
「『いつか会いにきて』って言葉、忘れてないよ」
 返す言葉が見つからず押し黙るしかないルックに、小憎らしいほど澄ました笑顔を見せて、ルキアはエレベーターに向かった。
 エレベーターから降りると、大広間の入り口はピタリと閉じられ、兵士が両脇に立っているのが見えた。
 しばらく扉を眺めていると、兵士たちが室内の音に反応して扉に向かった。重い音を立てて、扉が開く。ゴクウを先頭に、将軍クラスのメンバーたちが出てきた。
「ルキア!!」
 エレベーターの前に佇んでいたルキアに、ゴクウが真っ先に気がついて飛びついた。
「どうしたの!?」
 服をつかんで期待に目をキラキラさせるゴクウに、ルキアは申し訳なさそうに苦笑する。
「実は、カスミに会いに来たんだけど………」
 ゴクウは傍目にもわかるほど項垂れた。
「そうなんだ……」
「ごめんよ」
 諦めて、ゴクウはルキアを解放した。その頭を軽く撫でて、ルキアは茫然と立ち尽くしているカスミに手をさしのべる。
「おいで、カスミ」
「…………」
「カスミ……」
 目を見開いてルキアを見つめていたカスミは、アップルに突かれて我に返る。
「……あ、はい……!」
 走りよるカスミの耳に、アップルのささやき声が届いた。
「頑張って」
 かぁっと頬を紅潮させて、カスミはルキアの手を取る。
「じゃあ、ちょっと借りるから」
 にこりとルキアに微笑まれて、異議を唱えられる者はいなかった。

 二人はビッキーの転移魔法でラダトへやってきた。
「……ルキア様、何処へ行かれるんですか?」
「まずは、お昼にしよう。ラダトの宿屋の食堂に、一度行ってみたかったんだ。美味しいって評判だし」
「はい」
 目的地に到着すると、お昼時で混雑した店内で運良く二人掛けのテーブルを確保できた。
「好きなの、なんでも頼んで良いよ。今日は、カスミの誕生日だからな」
 カスミは虚を突かれて、ルキアを見つめた。
「…………ルキア様、覚えていてくださったんですね………」
「あぁ……。……こう言うと気を悪くするかもしれないけど、自分でも不思議と覚えていた」
 本当に嬉しそうに、カスミは微笑んだ。
「いいえ……。嬉しいです」



 三年前、トラン湖の梁山城にて。
 ルキアが明けの塔(東塔)へ行くと、女の子たちが賑わしくテーブルを囲んでいた。
「なにをしてるんだ?」
「あら、こんにちは、ルキアさん」
 アイリーンが説明する。
「今日はカスミの誕生日なんですよ。戦争中なのだけど、いえだからこそ、せめて女の子たちだけでも、お祝い事はちゃんと祝おうっていう話になって………」
 すみません、とアイリーンは小さく付け加えた。ルキアはかまわないよ、と首を振る。
「カスミ、誕生日おめでとう」
 ルキアの言葉に、カスミは顔を真っ赤にした。
「あ、ありがとうございます」
 女の子たちはその様子に顔を見あわせた。
「ルキア、カスミにプレゼントは?」
 ミーナがそう言うと、ルキアは困ったように頭をかいた。
「ごめん。なにも用意してないや」
「じゃあ、来年は必ず、プレゼントしないとね」
「そうだな。今度の誕生日にはきっとな」
 そしてルキアはその場をあとにして、本来の目的であるレパントに会いに行った。
 レパントとともに明けの塔を出ていったルキアは、それをちゃんと目で追っていたカスミが、女の子たちにからかわれたことを知らない。



 宿屋の食堂でランチを堪能した二人は、馬を借りてラダトをあとにした。
 カスミを前に乗せ、川沿いにゆっくりと馬の手綱を繰る。
 清々しい風が、木々をゆらし、川辺の草をそよがせ水面をゆらす。街に程近い場所ということもあって、ピクニックに来ている人々も見かけられた。
「戦争中だなんて思えないな」
 ポツリとルキアは呟いた。
「ゴクウさんの努力の賜物です」
 カスミは川辺の風景に目を向けたまま答えた。
「あぁ、おかげで、こうしてカスミと出かけられる」
「はい」
 カスミはルキアを振り返って微笑んだ。
「あの木陰で一休みしようか」
 川岸近くにある大樹で、二人は馬を降りた。幹にもたれるように、並んですわる。
 ルキアはポケットから、リボンで飾った小さな細長い箱を取り出した。
「誕生日おめでとう、カスミ」
「…………ありがとうございます」
 両手で押し戴くように受け取って、カスミは箱を見つめる。
「開けても良いですか?」
「もちろん。気に入ってくれると良いけど………」
 銀に煌めくリボンをほどき、夜空を連想させる深い藍色の箱を開ける。箱と同じ色の筒型の物が入っていた。
「……口紅……」
 色は、パールピンク。
「ルキア様が選んでくださったんですか?」
「まぁ、一応。アイリーンに手伝ってもらったけど……」
 ついでにいうなら、グレッグミンスターの化粧品店で鉢合わせた、ミーナとロッテとさらにはエスメラルダまでが口を出したのだが、ルキアはそれは黙っておくことにした。
「ちょっと、待ってくださいね」
 ルキアに背を向けて、カスミは手鏡を取り出すと口紅をつけた。
 小さな手鏡に、いつもと違う自分が映っている。いままで平静だった心臓の鼓動が跳ね上がった。落ち着いて落ち着いて、と口の中で呟いて、カスミはルキアに顔を向けた。気恥ずかしさよりも、ルキアの選んだ口紅をつけた自分を見て欲しいという気持ちのほうが強かった。
「どうでしょう……?」
 つややかに輝く花びらのような唇。清楚さに、ほんの少し艶やかさが加わって、思った以上に映える。ルキアは満面の笑みを浮かべた。
「うん、とてもよく似合う」
「そ、そうですか?」
 カスミは恥じらうようにうつむいた。
「もっと良く見せて」
 ルキアはカスミの頬に手を添える。
「よく似合ってるから、うつむかないで。………こういうのも、自画自賛っていうのかな……?」
 悪戯っぽく笑うルキアに、カスミもつられて笑う。
「ルキア様ったら……」
 可愛く笑う唇に、ルキアは口づけた。軽く触れあわせて、そして、反応を窺うように間近にカスミを見つめる。カスミは、とろとろと溶けていきそうな気分で、嬉しそうに微笑んだ。その一等可愛い笑顔がもう一度見たくて、ルキアはカスミに甘いキスを贈った。

 夕方前にはカスミを城に送り届けたルキアは、早々にビッキーに転移魔法を頼んで帰ってしまった。ちょっとイヤな予感がするから、と言い残して。
「また、ゴクウさんが泣いちゃいそうですねぇ」
 のほほんと言ったビッキーの言葉に、カスミが苦笑していると、バタバタと大勢の足音が聞こえてきた。
「カスミとルキアさん、帰ってきた?」
 テンガアールとアップルを先頭に、少女たちの一団がカスミを出迎えた。
「みなさん、どうしたんですか? ルキア様なら、もうグレッグミンスターへ帰られましたけど……」
「う〜ん、いろいろルキアさんに訊きたいことがあったのに〜」
 テンガアールが残念そうに言った。ルキア様の言っていたことはこのことかしら、とカスミは思う。
「カスミ、良かったわね。ルキアさん、ちゃんと誕生日、覚えてくれてたのね」
 アップルの言葉に、カスミは花のように笑う。
「はい」
 その笑顔に、少女たちは思わず見惚れてしまう。
「………そうだ、プレゼントはなにをもらったんだい?」
 気を取り直して、テンガアールは訊いた。
「え……そ、それはその………」
「あれ、カスミさん、口紅つけてます?」
 目敏いニナが、いつもと違うところを発見した。途端に、カスミの顔が真っ赤になる。
「………プレゼント、それ?」
 うつむいて、カスミはコクコクと頷く。
「…………」
 少女たちが羨ましそうに溜め息を吐いたのはいうまでもない。
END






 前サイトのキリ番『2000』をゲットされた隠密太郎様のリクエスト、『坊×カスミ』でした。いかがでしたでしょう?

 激甘デス(;'-')
 リクエストをいただいて、さてどんな話にしようかな、と考えていた矢先に、『外伝2』で坊ちゃんに会いました。そのときの気持ちが、そのままこの話に表れています(爆)

 ゲーム世界の距離感ってほんとわかんなくて困るデス(;'-') この辺は適当に流してください〜(>_<)
 ちなみに、ルキアがお買い物したお店はエスメラルダが経営しています('-'*)