紋章に魅入られた子供たち
創世の片割れ・破壊する者 篇
都市同盟に展開中の最前線から、ジョウイは皇都・ルルノイエに少数の手勢だけで帰城した。
ルカ・ブライトの国葬を済ませ、一日おいてジルとの婚儀、続いて皇王となるべく即位式と、国を挙げてのイベントを立て続けにこなした。自室で一息つけたのは、もはや夜半過ぎである。そして、朝早くにはまた最前線へと戻らなくてはならない。
ジョウイはソファにもたれて、深々と溜め息を吐いた。
「……もう、後戻りはできない………」
何回も、いや何十回も胸の内で繰り返してきた言葉を、ジョウイは口に出して言ってみる。自分自身に覚悟を決めさせるために。
コンコンコン、とノックの音で我に返った。
「ハーン・カニンガムです」
思いもしなかった人物の来訪に、ジョウイは目を瞠る。
「どうぞ」
「失礼する」
ジョウイはハーンに席を勧めた。
「こんな時間に訪ねる非礼をお許しいただきたい」
「気に……しなくて良い。僕の身体が空いたのも、こんな時間だ」
目上に対する敬語が出かけて、ジョウイは慌てて言葉を替えた。
ハーンとまともに会話をするのは、これがほとんど初めてに近い。
「……皇王陛下、いえ、いまはただジョウイ殿と呼ばせていただきたい」
「うん、構わない」
むしろ、そのほうがジョウイにはありがたい。自分の目的のために必要だったから、仕方なく王になっただけなのだから。
「ハイランド王国の第二軍団長としてではなく、ただのハーン・カニンガムとして、わしはジョウイ殿に伝えなくてはならないことがある」
決然とした表情で、ハーンは告げた。ジョウイは自分の右手に視線を落とした。
「………この、“黒き刃の紋章”のことか……?」
「いかにも」
ジョウイはトトの村の祠を思い出す。
祠の石碑には、ゲンカクとハーンの名があった。その意味を深く考える前に、運命の輪は急速に廻りだし、いまジョウイはルルノイエ城にいる。
「その紋章は、正確には“27の真の紋章”ではない」
「え!?」
ジョウイの驚愕の表情を、ハーンは憐れむように見た。
「“27の真の紋章”の一つである“始まりの紋章”の半分でしかない」
「……そ、それは、どういう意味だ……?」
「ジョウイ殿、あなたが宿した“黒き刃の紋章”、そしてゲンカクの子が宿したという“輝く盾の紋章”、この二つをあわせて初めて“27の真の紋章”である“始まりの紋章”となる。半身でしかない、その紋章は欠けた半分を宿主の命で賄って、やっとあの強大な力を発揮しているのだ」
ハーンの言葉を理解するのに、ジョウイは少し時間がかかった。
「………つまり、この紋章を使えば使うほど、僕は自分の命を縮めている、ということか…………」
「そうだ……」
ジョウイは眩暈に耐えるように、きつく両目を閉じた。
言われてみれば、思い当たることはあった。ミューズでジェスに頼まれて、ゴクウと王国軍の食糧を調べに行ったとき。ゴクウを逃がすために、ジョウイは紋章の力を使った。いままで見たこともない禍々しい輝きを放った紋章は、迫り来る追っ手を瞬時にもの言わぬ骸へ変えた。だが、これで少しは時間が稼げる、と逃げようとしてジョウイは果たせなかった。身体がいうことを聞かなかった。急に身体中から力が抜け、倒れてしまったのである。そして、王国軍に捕まったのだった。
「……では、“始まりの紋章”とはなんだ?」
「それは、“黒き刃の紋章”と“輝く盾の紋章”が戦い、勝ち残った者が一つにして初めて現れるものだ」
「…………。あの、石碑の言葉の意味が、ようやくわかったよ」
ハーンは深々と頭を下げた。
「すまない、ジョウイ殿……! 我らの弱き心を笑ってくれ。どちらかが果てるまで戦うなど、我らには到底できなかった。………ゲンカクはわしにこう言った。もし、どちらかが“始まりの紋章”を手に入れ、不老の呪いを受けたとしても、友を手にかけて己を保つことなどできようはずもない。紋章に喰われて、また二つに分かつ羽目になるのが落ちだと……」
師匠がそう語りかける様が、目に浮かぶようだった。
「顔を上げて、ハーン殿。僕たちはこの紋章を手にすることを、自分たちで決めた。それを一つにできなかったことは、あなたが悔やむことではないはずだ」
「ジョウイ殿……」
ハーンはようやく顔を上げた。
(僕も、そしてゴクウも、紋章のせいではなく、自分の意志で皇王になり、同盟軍のリーダーになったんだ。紋章の思惑なんか、関係ない。断じて……!)
ジョウイはきつく拳を握りしめる。
「………わしの話は以上だ。夜分遅くに、誠に失礼した」
「いいえ。話してくれてありがとう」
ハーンは席を立ち、ドアに手をかけてジョウイを振り返った。
「ジョウイ殿、良き王たらんことを願う」
「……そのつもりだ」
深々と一礼したあと、ハーンは部屋を出ていった。
ジョウイはまた深々とソファに身を沈めた。
時間がない、という思いが胸の内を渦巻く。元々、少しでも早くこの地に平和を取り戻すつもりでいたから、本来の計画を変更する必要はない。ただ、これから“獣の紋章”の封印のために“黒き刃の紋章”を使い続けなければいけない自分と、いまだ最前線で戦い続けなければいけないゴクウと、どちらがより長く命を繋ぎ止めることができるのか。切羽詰まった条件が上乗せされた。
(友を手にかけて、己を保つことなどできようはずもない、か………。でも、いまの僕は、平和のためなら……!)
深く溜め息を吐いたあと、ジョウイはジルの私室へ向かった。
その安らかな寝顔だけでも見られれば、と思っていたが、ジルはまだ起きていた。窓辺に立って、居待ちの月を眺めていたようである。傍らのテーブルには、ボトルとグラスになみなみと注がれた赤ワイン。だが、ほとんど口をつけていないようだった。
「もう休んだのかと思っていたよ」
「……なにか、ご用ですか?」
式の時ほどではないにしても、ジルの表情は硬い。ジョウイは困ったように苦笑した。
「顔を見に来ただけだよ。……明日は早いし、なにもしないから、そんな怖い顔で睨まないでくれないかな」
ほんのり頬を赤らめて、ジルは視線を逸らした。
幼い頃、高い塀をよじ登って覗き見た可愛い少女。初めて言葉を交わしたのは、処刑場へ引き立てられる途中。次は敵同士。そして、雲の上にいると思っていた少女は、自分の妻になった。
「……触っても良いかい……?」
「………お好きになさいませ。あなたは私の夫なのですから」
「ありがとう」
ジョウイはそっとジルの頬に触れ、やんわりと抱きしめた。
暖かい。この腕の中に在る、と確かに実感できる生命(いのち)。守りたいと心から思う。だが……。
ジョウイはあの時、自ら築いた屍の山を思い出して、眉をひそめた。手に入れた力は破壊することしかできない。守るためとはいえ、屍の山を築くことになるのだろう。結局は、ルカのしたことと変わりはしないのかもしれない。それでも、血で汚れた自分を、この少女は受け入れてくれるのだろうか。
(そして、儚い僕の命を憐れんでくれるだろうか………)
自分を抱く腕の力加減が変わったのを敏感に察して、ジルは顔を上げた。
「…………迷わないでください……」
そう、言わずにはおれなかった。
「この国を守ることを、どうか迷わないで」
見透かすようなジルの言葉に、ジョウイは苦い笑みが洩れる。
「………あぁ、わかってるよ。………だから、この手が血にまみれても、君は触らせてくれるかい?」
ジルは柳眉をつり上げた。
「当たり前です……! あなたは、私がこの結婚をなんの覚悟もなしに了承したと思っているのですか!? 私はそこまで愚かではありません」
「ごめん……。そんな風に思ってたんじゃないよ。……ただ、ちゃんと言葉で聞きたかっただけなんだ」
幾分表情を和らげて、ジルは真っ直ぐにジョウイを見つめた。
「あなたは覇道を行くことを自分で決められました。その先に平和を約束してくださるなら、私はなんの迷いもなくあなたを信じて従います」
「ありがとう……。それは約束するよ………」
ジルの額に一つキスを落として、ジョウイは腕を解いた。
「……それじゃ、おやすみ、ジル」
「おやすみなさい……」
部屋を出て行きかけて、ジョウイは足を止めた。
「…………ジル、もし、僕が死んだら、君は泣いてくれるかい……?」
「ジョウイ……!」
儚げにジョウイは微笑んだ。
「ごめん、変なことを訊いた。いまのは忘れてくれ」
「…………」
なにか言いたげなジルに背を向けて、ジョウイは部屋を出た。
(もう、迷わない……!)
自らが選んだ道を、ジョウイは真っ直ぐに見据えていた。
END
短くって、ごめんなさい!(爆)
ジョウイ篇ということで、ハイランド話のはずだからあの人もこの人も出るはずね、と思っていた方たちには、平謝りです(>_<) さらに、紋章話らしくできず、己の未熟さを猛省してます(爆)
お得意(?)のいろんなキャラ出まくりな話も考えたんですが、すでにそれは“破壊する者”の話ではなくなってました(^^;;; これは外伝扱いで書いてまして、復刊済みデス。
今回、ハーンのお説教とジルとの会話が書けただけで満足してしまいました。ジョウイ×ジルは好きです。当寮の設定では、この二人はラブラブです。ジルサイドの文も入れたかったけれど、なんだか上手く入れられなくて断念。
ジルの「あなたは涙を流してくれますか?」の台詞、先にそう訊いていたのはジョウイのほうだったんじゃないかな、とずっと思っていました。それが書けたのは良いんだけど、あんまりラブラブにできなかったのは心残りといえば、心残り、かな・・・(^^;)
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