紋章に魅入られた子供たち 外伝


睦言

或いは、月の寵姫と夜と成り得た男 篇




 部屋の中に冴え冴えとした月の光が射しこんで、シーツに広がる長い白銀の髪に反射した。
 嬌声の零れる唇は、潤んだ瞳と同じに紅い。
 薄く汗の浮かぶ白磁の肌も、熱を移されて上気しているであろうが、月の光を弾いてなお白い。
(あぁ、綺麗だ………)
 ビクトールは月光に縁取られた華奢な肢体を眺めた。
「………なんじゃ……?」
 動きが止まったことにほんのわずか安堵の息を吐いて、シエラはビクトールを見上げた。
「……ん、綺麗だなぁ……って思ってよ……」
 今度はあからさまに溜め息が零された。
「おんし、女を抱くごとにそれを言うておるのかえ?」
「そんなことはないぜ……?」
「わらわは毎回、聞かされておるがの」
「じゃあ、お前だけだ」
「……戯言を」
 シエラの言葉が半瞬遅れたのは、胸に染みる声音のせいか、快楽へと突き動かされたせいか。


 “月の娘”とはよく言ったものだ、とビクトールは思う。
 故郷を失ってからというもの流浪の人生で、いろんな国の女を見てきたが、言葉が出てこないほどの美貌にはお目にかかったことはなかった。
「女として目覚めたあの娘の肉体を、そのまま朽ちさせるには惜しい、と“月”は想ったのだ」
 あくまでも“月の娘”とシエラを呼ぶ訳に、星辰剣はそう答えた。
「人にはその年齢だから出せる輝きってもんがあるだろ。俺は、タキ婆ちゃんだって、ヘリオンの婆さんだって、きれいだって思うときはあるぜ……?」
「フン、“狂気の月”に、そんなまっとうな考えなぞあるものか」

 だけど、シエラは狂ってはいない………。

 泡雪の膚(はだえ)に最前つけたはずの花びらのような紅い痕は、もはや何処にも見あたらない。比喩でもなんでもなく、魔性の女なのだと思い知らされるのが、たまらなく遣る瀬無いときがあった。
「わらわの付ける印だけでは不足かえ?」
 いつかそう言われて、自分のことを『記憶』として覚えてもらうだけでは不満だったことに気づかされた。
 齢八百年を生きるシエラには、ビクトールの人生など瞬く間の出来事だろう。だから、変質・風化するものではなくて、目に見える確かなものを刻みたかった、と知った。
 自分らしくもない独占欲。いつもと勝手の違うこの気持ちは、シエラが永遠を生きるせいなのか……。
「愛だよね」
 と、喉の奥で笑いながら少年が言う。
「月は不実の代名詞。昨夜と違う姿を見せられては、不安にもなるかい?」
「そんなんじゃねぇよ……」
「では、なにが不満だ?」
「…………。わかんねぇ……」
 尚、可笑しそうに少年は笑った。
「時に『記憶』がどれほどの重みを持つか、知らないお前じゃないだろうに」
「……あぁ、そうだったな………」
 そして、ビクトールは、少年に一杯奢ったのである。

 あぁ、その重みすら、共有したかった………。


 昇りつめた視線の先に、欠けた月があった。
「……ビクトール、なにを見ておる……」
 繋いだままの身体がもたらす甘い疼きに浸る声とともに、白い繊手が首筋にからみつく。それにはすぐに答えず、額に目許にと甘やかな音を立てて、ビクトールは口づけを落としていった。
「ビクトール……」
 キスを降らせるだけの相手に焦れて、シエラがまた名前を呼ぶ。
「…………なぁ、もし、俺が“夜の紋章”を継承していたら、どうなっていたかな………俺とお前は……」
 曖昧な、だけど二人の間には確かに在る可能性の問いに、シエラは驚いたように目を瞬いたが、やがて柔らかく笑った。
「そうじゃのぉ……もし、“夜の紋章”を宿したおんしに会ったとしても、こうして身体を重ねていたであろうよ。わらわは“夜の王”の傍らに在れば、人を傷つけてまで糧を得る必要がなくなるのでな」
 複雑な表情のビクトールの頬をシエラはそっと両手で包む。
「なれど、いまのおんしに会ってしまった以上、わらわにとってそれは望むところではない。“夜の紋章”を宿してしまえば、いまのおんしがおんしでなくなる………。あ奴の呪いはそういうものじゃ……。そんなことになれば、いっそ、つらい………」
「シエラ………」
「……これ以上は、甘やかしてやらぬえ」
 ビクトールは力強くシエラを抱きしめた。
「……苦しい……」
 シエラの声に、ビクトールは力をゆるめて額をあわせる。そして、子供のような笑顔で笑った。
「やっぱり、お前が世界で一等綺麗だ」
「………阿呆」
 目を眇めてシエラはニベもない。
「柄にもないことをするでないわ」
「じゃあ、俺らしいことで返すさ」
 ニッと笑って指を絡めれば、艶然と微笑みが返り、唇が深く重なる。

 夜は、まだ長い。
END





 話は前サイト時代に遡ります。"L"-supplement様からサイト2周年記念にイラストを頂戴しました。
 そこから妄想して書いた話が、これでした。余分な設定を省いたダイジェスト版を返礼として、"L"-supplement様へ謹呈。
 後半の会話が差し上げたものと変わっているのですが、あの会話もこの会話も二人は交わしたことでしょう。

 イラストをいただいたときは『魔天の夜』を書いてる最中でして、妄想大炸裂しました(笑) その辺りも踏まえた会話だったのだけど、このシリーズの外伝話にするにはちょっと踏みこみが甘かったでしょうか?
 『5』をまだやってないのでよくわかってないとこありますが、チラ見したwikiとか読んでると、“夜の紋章”ってクラヴィス様ちっくなポジションみたいで、私的には「あれ〜、どうしよう(;'-')」って感じデス(爆)

 できるだけその手の表現を書かずに、何処までえっちく仕上げられるか。
 私の永遠の課題です(轟沈)