紋章に魅入られた子供たち 外伝
Wheel of Fortune
或いは、太極の者と招く者と孤高なる者 篇
麗しの都・グレッグミンスター。赤月帝国の象徴であった、グレッグミンスター城。そして、黄金皇帝と謳われたバルバロッサ・ルーグナー。最後の領土となった空中庭園。美しかったその庭も、彼自らの手によって壊された。
バルバロッサを諫めにきた将軍たちに、無関心な様子で場を譲り、ルキアはただ一人を待っていた。
“竜王剣”を支えにしてやっと立っているバルバロッサの傍らの空間が、転移魔法特有の撓(たわ)みを見せた。
「なんて様だい、バルバロッサ。黄金皇帝の名が泣くよ」
廃墟にあって、華美を体現した女の姿は浮くどころか、何故かピタリとはまる。ウィンディが転移してきた。
ルキアの気炎が哮り狂ったのを、その場にいた何人がわかっただろう。
「ウィンディ……!」
「貴様、無礼な……!」
「フン、煩いねぇ」
いきり立つ将軍たちを片手の一振りで、壁に叩きつける。ロッテが吹き飛ばされた将軍たちのもとへ駆けよるが、ウィンディはルキアだけを睨みつけていた。
「もうこの国もお終いか………。ルキア、お前のおかげで私の計画は丸潰れだよ。だけど、その紋章を此処まで持ってきてくれたことは褒めてやろうじゃないか。さぁ、“ソウルイーター”をおよこし!」
ルキアもウィンディだけを睨み、一歩、前へ足を踏み出す。
「………待っていた。この時を、待っていた………。オデッサも、グレミオも、父上も、テッドも、お前さえいなければ死ぬことはなかった。………お前だけは、絶対に許さない………」
いっそ艶やかな笑みさえ浮かべたルキアの気魄に、ウィンディは気圧されたように一歩、後退る。
「…………。あぁ、だけど、“彼”がお前に用があるそうだから、お前を喰らうのはそのあとだ」
「な、なにを……!」
ルキアは右手をウィンディへ向けてかざした。
時が、止まる。
暗闇の中、藍晶石を溶かしたかのように蒼く光る大きな泉。そのまわりを囲うように立つ、真っ黒なローブに全身を包んだ四人の人影。かつて、闇からのびる鎖でがんじがらめに拘束されていた四人は、いまや全員がその縛めを解かれていた。
その泉を挟んだ反対側には、巨大な門があった。細くわずかに向こう側へ開いた門。古めかしく厳めしい門の上枠を飾るレリーフはウィンディ。膝から下は上枠に飲みこまれ、すでに腰の辺りまで門と同じ木目へと同化していた。抜け出そうともがく両手の指先は割れ、滴る血が乾くことはなかった。
忽然と現れた泉と黒衣の四人、そしてその向こう側に立つルキアの姿に、ウィンディは目を瞠った。
「な、何故、お前が此処に……!」
「言ったろ。“彼”が、お前に用があるんだ」
ルキアは右手を突きだした。
「彼にもう一度、会わせてくれると言うなら、この身体、好きに使え」
何度か目を瞬かせたあと、ルキアはウィンディに嗤った。
「さぁ、私の力を返してもらおうか」
バーンッと激しい音を立てて、門が大きく開いた。
「やめっ……! 駄目だ、“門の紋章”! 私がお前の主なんだ、私の命令に従え! “召喚の門”を閉じるのよ……!」
ウィンディの悲鳴をかき消すように、泉が蒼く光り輝いた。水面がさざ波立ち、渦を巻いていく。渦にあわせてくるくると、人が泉から出てきた。ルキアの身体が歓喜に打ち震えた。
ダークレッドの髪をなびかせて出てきたのは、オデッサだった。一瞬だけ目のあったルキアに向けて微笑むと、門を正面に見据える。懐かしい、凜とした声が響いた。
「私は壱之鍵の封印。紅き力を呼ぶ資格が、私にはある」
漆黒の闇であるこちら側と違って、門の向こうは複雑に渦巻く闇だった。そこから、一点の光が見える。光は徐々に大きくなり、風を切る音とともに門から飛び出してきた。
くるくると回転しながら、飛び出してきたものは大鎌。まるで焼き入れされたばかりのように刃も柄も紅蓮の色。オデッサは少し身体を傾けて、飛んできた大鎌を両手で受け止めた。くるりと一振りして水平に持ち直すと、向かって右前方に佇む人のもとへと歩いて行く。目の前まで来ると跪き、大鎌を捧げた。捧げられた人物は、大鎌を受け取り重さを確かめるように握り直すと、石突きで闇を突いた。オデッサの姿が、淡く光る。にこりと笑って立ち上がったオデッサは、泉から出てルキアの前に歩いてきた。
「………オデッサ……」
ルキアの声が震える。淡く光るオデッサは、やんわりとルキアを抱きしめた。
「ありがとう、ルキア」
「な、なんで……。俺が、喰らったのに……」
「それは違うわ。私が、選んだ結果よ。そして、それを無駄にする気が全然なかったのは、“ソウルイーター”だったていうことなの。そうでしょ?」
間近で微笑むオデッサの顔がどんどん淡くなっていく。ルキアは、肩にまわされたままの腕の重みもどんどん軽くなっていくのを感じた。
「確かに私は贄とされた。でも、それから解放してくれたのは、あなたなのよ。だから、ありがとう。私の輪廻もこれで廻るわ………」
これが、本当に最期なのだ、とルキアは知る。
「フリックに、なにか伝える……?」
オデッサはゆるゆると首を振った。
「いいえ、それはもう伝えてもらったから……。………ただ、あなたに……」
「……なに?」
「私の遺志を継いでくれて、この国を解放してくれて、ありがとう。それから……兄さんを、許してやってね………」
最後の言葉の意味を悟って、ルキアの両眼から涙があふれる。光の粒子が、それを優しく払う。
「ありがとう、ルキア。さよなら………」
キラキラとオデッサの身体は光の粒子となり消えていった。
茫然と光る粒子を見送っていたルキアは、泉の渦巻く音に我に返った。
続いて見えた金髪はグレミオ。やはり、ルキアに微笑みかけて、門を正面に見据える。
「私は弐之鍵の封印。蒼き力を呼ぶ資格が、私にはある」
風を切って飛び出してきたのは、銀の装飾も美しい蒼い柄の、まるで矛のように二叉に分かれた大鎌。受け止めたグレミオは、向かって右後方に立つ人物へそれを捧げた。その人物も石突きで闇を突くと、グレミオの身体は淡く光り始めた。
優しい笑みを湛えたまま目の前に立ったグレミオに、ルキアは力一杯抱きついた。
「グレミオ、グレミオ……!」
「坊ちゃん、ご立派になられて………」
グレミオは優しくルキアの頭を撫でる。
「…………どうか、彼を責めないであげてください……」
泣きはらした目で見上げるルキアに、グレミオは頷いた。
「……なにも知らない、彼こそ哀れです………。だから、どうか、彼を本当の私だと思って、お側に置いてあげてくれませんか?」
「………お前が、そう言うなら………」
「ありがとうございます、坊ちゃん」
キラキラと、粒子が毀(こぼ)たれていく。
「グレミオは、いつまでも坊ちゃんの幸せを祈っていますよ…………」
かき抱いた腕の中で、光が弾けた。
力尽きたようにうずくまるルキアの耳に、三度目の音が聞こえる。顔を上げると、テオが力強く頷いた。
門に向かって、テオは宣言する。
「私は参之鍵の封印。黒き力を呼ぶ資格が、私にはある」
門から飛び出してきたのは、真っ黒な柄に紅い石突きと爪が目をひく大鎌。テオは、向かって左後方に立つ人へ大鎌を捧げ渡した。他の二人と同じように、石突きで闇が突かれると、テオの身体も淡く光った。
ゆっくりと目の前に立ったテオは、ルキアの手を取って立ち上がらせた。
「あともう少しだ、ルキア」
「父上……」
大きな手が頭を撫で、涙に濡れる頬を拭った。
「強くなったな、ルキア……。私は、私の信じるもののために生きた。そして、悔いはない。お前も、お前の信じたもののため、生きるが良い。私はお前の選択を祝福しよう………」
テオはしっかりとルキアを抱きしめた。
「父上……!」
キラキラと粒子がルキアを包んで消えた。
そして、渦巻く泉。最後に現れたのは。
「テッド……!」
とうとう堪えきれなくなって、ルキアは名を呼んだ。テッドはニカッとお日様のように笑って、他の三人と同じように門へと向いた。
「我は最後之鍵の封印。最凶の黄金の力を呼ぶ資格が、我にはある」
風を切ってくるくると門から飛び出してきたのは、いままでで最も大きな黄金の刃を持つ大鎌。その大きさをものともせず受け止めたテッドは、ウィンディを見上げた。
「どうして、“ソウルイーター”を求めたのは“表”を持ったお前だったんだろうな、ウィンディ?」
「テッド………」
「“ソウルイーター”に二重の封印が施されたのは、お前の一族が滅ぶよりもずっと昔のことだったそうだ。封印の一つ目だって容易く解けるものじゃあなかったが、シンダル族はこの二つ目の封印が解かれるなんて、夢にも思わなかっただろうよ。“送還の門”から百万世界の彼方へ投棄した力が、まさか再び召喚されることがあるなんて、さ………」
キリリと、ウィンディは皓歯を鳴らす。
「“門の紋章”が、正しく私に継承されていれば、こんなことは起こり得なかったんだ!」
「かもな」
テッドは逆らうことなく頷いた。
「お前が生かした妹は、俺との約束を破らなかったわけだ」
青ざめたウィンディの顔を、テッドは哀れみをこめて見つめた。
「…………あれが、生きている、といえるのかどうか………」
「黙れ! あの子は、生きている! ちゃんと生きているんだ!!」
テッドの言葉を遮って、ウィンディは絶叫した。
「…………。“招く者”、お前があの女をどうしても受け入れられないなら、ウィンディを解放しないと駄目だ。“送る者”はあの女をすでに喰らい尽くした」
「違う!!」
「違わない」
泣き叫ぶウィンディに、テッドは冷たく言い放った。
「別の誰かに“送る者”を飾るあの女を壊してもらうしか、お前の望みは叶わない。ウィンディは、あの女を絶対に手放したりしないのだから。あの女を生かすために、お前たちは引き裂かれた、そうだろ?」
パラパラと木片が剥がれ落ちる音がした。そして、木の折れる乾いた音と同時に、ウィンディが落下した。
「きゃあぁあ!」
闇にうち臥せながら、両足に走る激痛にウィンディは脂汗が浮く。見なくてもわかる。膝から下がないことが。此処は精神世界だが、現実世界でもいずれ自分の両足は失われるだろう。“門の紋章”はウィンディを見放したのだ。
「…………満足かい、テッド。お前の故郷を滅ぼした、この私の末路が………」
「俺は死んでるんだぜ……。恨みつらみも、もう、何処かに行ったよ………。……だけど、生きてるお前には、まだ知らなくちゃいけないことがある」
「どういう、こと……?」
一瞬、激痛を忘れたウィンディだが、答えを聞くことはできなかった。抗うこともできない強い力で、後ろへと引っ張られる。
「きゃあぁあ!」
門の向こうへウィンディは飲みこまれた。そして、開け放たれていた門は軋みながら閉じていき、完全に閉じると、滲むように消えていった。
見届けたテッドは軽く溜め息を吐き、大鎌を最後に残っていた左前方に立つ人へと捧げた。
最後の人物が大鎌の石突きで闇を突くと、淡く光るテッドはルキアのもとへやってきた。
「テッド……!」
抱きつこうとするルキアに、テッドはちょっと待って、と手のひらを見せる。首を傾げて動きを止めたルキアの前でテッドは跪いた。
「死者である俺、いえ私には、もう昔の恨み言はありません。封印を解かれたこと、心よりお祝い申し上げます、“最初の闇”よ。……私は、守人としての役目を果たせたでしょうか?」
「無論。そなたは、私の最も良き守人であった」
「ありがとうございます」
ホッとしたように微笑んで、テッドは立ち上がった。
「お待たせ、ルキア」
「……遅いよ、テッド!」
ルキアをしっかり抱きとめて、テッドはその背をなだめるように撫でた。
「ほんと、ありがとな、ルキア。お前のおかげで俺たちの輪廻も廻る。………俺には、鎖を解くことはできても、あの泉を維持することはできなかったんだ………」
「あの泉はなんなんだ?」
「お前の涙だよ」
「え……!?」
顔を真っ赤にしたルキアを見て、テッドは吹き出した。
「テッド……!」
「悪ぃ、悪ぃ……。でも、嘘じゃない。………俺にとって、大切だった四人目の人が死んだ時、もう俺は涙も出なかった。泉はすでに枯れ果ててたんだ」
テッドの生きた三百年を想ってルキアは目を伏せた。
「結局、贄だった四人の魂が再び鎖となって、鍵を縛った」
ありったけの想いをこめて、テッドはルキアを抱きしめた。
「ありがと、ルキア。こんな、厄介なもの押しつけたのに、お前はまだ俺のために泣いてくれるんだな………」
「親友と永遠の別れだっていうのに、悲しくないヤツがいるわけないだろ……!」
「……あぁ、そうだな………」
「…………。なぁ、輪廻が廻るなら、またいつか、会えるのか?」
「まぁ、記憶はないけど、会えるだろうな、俺たちなら。……だろ?」
「あぁ……!」
ルキアもありったけの想いをこめて、テッドを抱き返した。
(あぁ、こいつなら、本当に大丈夫だ………)
力が抜けていくのは、安心したせいばかりではないのを自覚して、テッドはルキアを見つめた。
「あのさ、最後に、頼みたいことあるんだけど、良いか?」
「頼みたいこと?」
「うん。一生のお願い……!」
お決まりの台詞を言われて、ルキアは泣きたいやら笑えるやら。
「しょうがないなぁ、なに?」
「伝言を二つ」
「……伝言? 誰に?」
「一つはペシュメルガに」
思いもしなかった名前に、ルキアは目を瞠った。
「ありがとうって。あいつにはそれだけで良い」
「………わかった」
訊きたいことが山のように出てきたが、テッドの輪郭がキラキラと崩れだしたのを見て、ルキアはなんとか堪えた。
「それからもう一つ。シエラという“月の紋章”の真の継承者であり、ヴァンパイアの始祖にこう伝えて欲しい。待っていられなくてごめん。あんたに泣かれるのはつらいけど、それでもこの結果を俺は後悔していない。……月を見上げて、あんたを思い出さない日はなかったよって………」
「テッドの恋人……?」
淡く微笑んで、テッドはルキアの額を指先で弾いた。キラキラと光が舞う。
「探す必要はない。もし、会うことがあった時、な」
「うん、わかった………」
ほろほろと零れる涙を、光の粒子が払う。
「あぁ、そうだ、お前も俺宛ての伝言、忘れんなよ、ルキア」
「……え、俺?」
「やっぱり、もっとあとのお前からみたいだなぁ………」
「…………。俺、テッドに指輪以外にもなにかあげるのか?」
「あぁ………。もらったよ、残り百五十年を耐える力を……」
「なに、俺、なんて……?」
「バカ、言えるか、そんなこと。せっかくの楽しみなのに」
輪郭を崩しながら、テッドは光よりも明るく笑う。
「テッド!」
ルキアはもう名前を呼ぶことしかできない。
「ありがと、ルキア。お前に会えて、俺は幸せだ」
「俺もだよ、テッド……!」
キラキラと光の粒子が闇へ消えた。
時が、再び動き出す。
いつのまにか滂沱の涙を流すルキアと、がくりと膝をついているウィンディに、まわりはなにが起こったのかわからない。
「…………知らなくちゃいけないこと、だって……? 笑わせるんじゃないよ……! 何百年、彷徨ったと思ってるんだ……。この私に! いまさら知るべきことなんて、あるわけないんだよ!」
よろよろと立ち上がったウィンディは、ルキアに向かって手を伸ばした。
「さぁ、およこし、“ソウルイーター”を……!」
ルキアはウィンディを見ていない。フリックとビクトールがかばうように剣を構え、立ちはだかった。将軍たちに回復魔法をかけていたロッテも、油断なくウィンディの動きに備えている。
「クロウリー……」
少し下がった位置にいた老獪なる魔術師たちは視線を交わした。
「あぁ、わかっている、ヘリオン……。“境界を定める者”がいなくなったな……」
「見放されたか」
「さもあらん……。………アレの封印も、完全に解けたか……」
クロウリーはルキアの背を見つめた。
「ルキア、戻ってこい。まだ終わったわけではない」
「…………あぁ、わかっている……」
前を向いたまま、ルキアは返した。
渦巻いていた殺気は跡形もない。なにがあったのか、クロウリーたちには知るよしもないが、“ソウルイーター”の暴走は避けられたらしい、と安堵の息が零れる。
ルキアの視線は、バルバロッサに向いた。
「………何故、と俺も問いたい、陛下………」
バルバロッサは力無く笑った。
「まだ、私を陛下と呼べるのか……」
「いまでも、俺はこの国が好きだから……。十二代様の心は、いまも俺たち親子の中にあるのに、あなたはそれを裏切った」
「…………。そうだ………。私は、お前たち親子だけではなく、この国の皆を裏切った」
「何故です?」
バルバロッサの腕が伸びた。フリックの剣先が牽制するように、向きを変える。
ビクトールとフリックに阻まれて、立ち往生していたウィンディは後ろから抱きかかえられて、驚いて振り返った。
「バルバロッサ……!?」
「ルキア、お前が宿した“ソウルイーター”の呪いも凄まじかろうが、私が持つこの“覇王の紋章”もまた宿主を呪う。それは、絶対の孤独。愛する者を奪うのは、なにも“ソウルイーター”だけではない。この“覇王の紋章”も同じだ。それが、絶対の孤独という呪いなのだ。いまのお前なら、多少はわかるのではないか? 孤独が、どれほど人を蝕むか………」
「なにを言ってるの、バルバロッサ。さぁ、早く、“ソウルイーター”を手に入れてくるんだ……!」
バルバロッサの腕から逃れようとウィンディはもがくが、バルバロッサは微動だにしない。
「もう諦めるんだ、ウィンディ………」
振り乱れた髪に顔を埋めて、バルバロッサは呻くように言った。
「うるさい! お前は私の言うことを聞いていれば、良い……」
ウィンディの言葉が途中で凍りつく。ウィンディの瞳を見つめて、バルバロッサは頷いた。
「私に、ブラックルーンの力は通用しない。“覇王の紋章”は、いかなる紋章の支配も受けないのだ……。それが、たとえ“27の真の紋章”であろうとも」
「……だ、だけど、お前は、いままで………」
「お前を愛すればこそ、その望みをすべて叶えてやった」
「う、嘘よ! お前が愛したのは、クラウディアに似ているこの姿だけよ!」
「それは違う。私は、お前の瞳の奥にある哀しみを消し去ってやりたかった……。同じ孤独に打ちひしがれたお前を救ってやりたかった………。…………ルキアよ、これが、私の答えだ」
「この国は、我らは、あなたを癒すことはできなかったのですか………」
「そうだ」
間髪入れず返された答えに、将軍たちが項垂れた。ルキアはそれを憐れむように見やる。
「為政者として、あるまじき過ちであることはわかっている。だが、もはや言い訳にしかならぬが、私の受けた傷もまた深かったのだ………」
バルバロッサは、ウィンディを抱えたまま後退っていった。
「……それが、私ではなく、クラウディアを愛しているということでしょう………」
ズルズルと引きずられるままに、ウィンディは呟いた。見下ろすバルバロッサの瞳は、限りなく優しい。
「確かにクラウディアを愛していた。だが、私はお前をクラウディアと間違えたことは、一度たりとてない。姿は似ているかも知れないが、だが違う。受ける印象は見た目を凌駕するのだよ」
とうとう城壁まで来て、バルバロッサは動きを止める。大きな溜め息が零れた。
「クラウディアを紋章に奪われた私の傷は、誰にも癒せないと思っていた。だが、お前が現れて、私を癒してくれた………。絶対の孤独から、私を救ってくれた………」
「バルバロッサ…………」
「過ちであろうとも、すべてを失うことになろうとも、私はお前を愛した。そしてそれは、許されるものではなかった………」
バルバロッサは真っ直ぐにルキアを見据えた。
「私は、私の罪を償うとしよう。ルキアよ、お前は、此処にどんな国を作るのであろうな……?」
「作るのは、みんなです。これなら、誰も孤独に悩まずに済む」
一瞬、虚を突かれたような表情だったバルバロッサは、豪快に笑った。
「そうか……。見られないのが、残念だ」
そして、身を翻して叫んだ。
「さらば……!」
ウィンディを道連れに、バルバロッサは虚空へ身を投げた。
「陛下!」
「バルバロッサ様!!」
将軍たちの悲痛な叫びが空しくこだました。
ウィンディは目を覚ました。全身に走る痛みで、息をするのも苦しい。なにがあったのか混乱していた記憶は、徐々に正確さを取り戻した。日の位置からして、あれからそれほど時間は経っていないようだ。
道連れにされてあの高さから落ちたのに、奇跡的にまだ生きていられるのは、バルバロッサが下敷きになったからだ。石畳に散るおびただしい量の血は、まだ乾いていない。彼は即死だったろう。
もう助かるわけもないのに、まだ生きているのが滑稽に思えてくる。全身に痛みはあるのに、足にだけ感覚がない。指一本動かせないので確認することはできないが、両足は潰れたか、あの空間であったように、本当になくなってしまったのだろう。
(………知らなくちゃいけないこと、か………)
不意に視界がぼやける。あふれるものは、血ばかりではなさそうだった。
(ほんと、いまさらじゃないか………。これが、私への罰かい、“招く者”……?)
バルバロッサの胸に頬を当てたままのウィンディの視界に、ぼんやりとモノリスのようなものが見えた。目を瞬くと、それが巨大な門であることがわかった。
ウィンディの目が驚愕に見ひらかれた。大きく軋みながら向こう側へ開きだした門の上枠は、なにかで叩き折られたかのように無残に壊されていた。
(“招く者”………)
すでに此処は、現実ではないのか。ウィンディはヨロヨロと腕を伸ばした。
(まだ、私を継承者だと思ってくれるなら、これが、最期の頼みだ……。私とバルバロッサを此処から連れ出して……! 紋章の支配の及ばない世界で、私たちを死なせて……!)
バーンッと門が大きく開いた。二人の体がふわりと浮いて、門へと引っ張られていく。ウィンディはバルバロッサの腰に下がっている竜王剣に視線を落とした。
(お前はどうするんだい、“孤高なる者”?)
柄にはまった宝石がキラリと光った。
「しばしの眠りに付き合おう。我を再びこの世界に呼ぶ者が現れる、その時まで……」
(……好きにすれば良い………)
ウィンディは目を閉じた。
(……やっと、手に入れた………。永遠の愛と、絶対の死を………)
END
久々の新作です。いかがでしたでしょうか? お気軽にご意見・ご感想などお寄せくださいm(_ _)m
タイトル変更しました(爆) 孤高なる者篇と強引に単独タイトルをつけてましたが、やっぱりどうにも納得できなくなったのと、単独タイトルはこっちの話につけたほうが良いかも!って思いついちゃいまして・・・。『こっちの話』がいつになったらお披露目できるかわかりませんが、バルバロッサ篇は別で上げることにしました。
レックナートにはぼろくそなのに、ウィンディにはそうでもない私。可哀想な人だから、かなぁ。ゲームやってる最中は、もうすっごい怒り心頭だったのだけど、あの最期で180°方向転換しました。
私的に、“門の紋章”はもとは一つだったと思ってます。それを無理矢理わけられたので、彼らはすごく恨んでます。
愛する者を奪う紋章って“ソウルイーター”だけじゃないんだってわかった時、なんか救われてしまった私はダメな人ですかね(≧△≦) でもね、ルキアもちょっと楽になった気がするんだ。自分一人じゃないって思うことは、やっぱり罪なことかな? ダメかな?
“覇王の紋章”が異世界に行っちゃったけど、いつでも簡単に戻ってこれます。彼の在るべき世界がそこなので。もうちょっと掘り下げたかったんですが、いかんせん情報が少なすぎでした・・・。いつか、また、覇王は現れることでしょう。そして、新たな108星の物語が・・!って、やってよ、573さん!
他の話でちらちら触れてた伝言は、此処でもらっていたのでした。前サイトでは、シエラへの伝言を伝える話だけアップされてました(;'-') やっとお披露目できた・・・。
『上邪』で出さなかったテオの最期の台詞も、此処で言わせるためだったのでした。
鍵=死神たちの大鎌は、オンラインゲーム『FINAL FANTASY XI』を参照しました。ヴァナ・ディールの両手鎌で最強部類に入る4本デス(笑) 後に、ルキアはこの鍵に名前をつけるのですが、その名前もそのままFFから拝借。
書き上げてアップまで最短の話なので、また書き直すことがあるかも知れません(爆)
そのときは、しょうがないなぁ、と大目に見てやってください(;'-')
ここまで読んでくださってありがとうございますm(_ _)m
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