紋章に魅入られた子供たち 外伝
流転する者 篇
草原での野営は、キャラバンにとってあまりしたいものではない。こちらの盛大に焚く篝火を目当てに、夜陰に紛れて盗賊が襲ってくることがあるからだ。この一帯を仕切っているカラヤクランに話は通してあるとはいえ、用心棒たちは交替で見張りにつき、周囲に目を光らせていた。
そんな彼らを取りまとめている隊長のもとへ、少年がやってきた。ある日、草原を行くキャラバンの前にふらりと現れたこの少年は、キャラバンの長とも、長年、此処で用心棒を務める隊長とも顔見知りだった。
「ルキア、どうした?」
少年の名を呼ぶと、ルキアは少し困ったような顔をして西の方向を指さした。
「隊長、向こうからなにか音が聞こえた。此処からはまだ遠いが、様子を見てきたい。良いか?」
ハイランド皇国へ向かうキャラバンに、ルキアは用心棒として同行を願い出た。長のお気に入りが断られるわけもなく、さらに「可能な限り急いで」という願いまで聞きいれられた。これまでルキアがこのキャラバンに貢献した功績は大きく、彼一人加わることで他の用心棒たちの負担が軽減されることを思えば、些細なことだ。
このキャラバンで働く誰もが、ルキアに甘い、と言われればそれまでであったが。
「……音?」
「あぁ……。たぶん、『銃』の音だ」
「…………ハルモニアか………」
『銃』、もしくは『ガン』と呼ばれる特殊な武器は、ハルモニア神聖国の暗殺者集団“ほえ猛る声の組合”だけが所有している。
「此処へ来るとは思わないが、なにをしてるのか気になるしな。ちょっと行ってくる」
「おい、一人でか?」
背を向けたルキアに、慌てて隊長は声をかけた。
「見張りを減らすのは良くない。遠くから確認するだけだから、一人で良い」
後ろ手に軽く手を振って、ルキアは走りだした。
星明かりだけの草原にようやく目が慣れた頃、パーンッとなにかが弾けるような音が聞こえた。ルキアは立ち止まる。
「…………。一人……と……一人……か……?」
凝らした意識に触れたのは、二人。そのうちの一人は、知った気配をまとっていた。
「それが、私を呼んだのか………」
チリチリと右手が疼く。ルキアは覚えのある気配へ向かって走り出した。
ひゅんっと唸りを上げて振り下ろされた剣を、“天牙棍”で受け止める。
「助けに来たんだ。剣を下ろしてもらえるとありがたいんだがな」
「信用できるか……!」
ずり落ちたフードから壮年の男の顔が現れる。それもそうか、と独りごち、ルキアは力を抜いて後ろへ飛ぶ。負荷が消えて、男は少しバランスを崩した。
「“流浪”、しばらく宿主を抑えてろ」
「……!」
崩れた姿勢のまま、男の身体が動かなくなる。突然、足許から立ち上った冷気。男の両足は氷漬けにされていた。
「お前、なにを……!」
「あとで説明する」
素っ気なく男に答えて、ルキアは背を向ける。ガンナーが動いた気配はないが、こちらの位置を悟られたようだ。
「我、壱の鍵を召喚す。応えよ、“リデンプション”」
ルキアの右手から黒い稲光がわき上がり、死神の形を取る。
「狩れ……!」
死神が奔りだしたのと、銃声が発せられたのは同時だった。横髪を一筋、なにかが掠めとっていった。
気配が一つ消えて、ルキアは後ろを振り返った。
「一緒に来い」
命令することに慣れた声音に、渋々、男が頷くと、足許から冷気が消える。氷は跡形もなく、ズボンは濡れたあとさえなかった。
一言も口を利かず、星明かりを頼りに草原を歩いて行くと、夜闇よりもさらに黒い影。倒れ伏した男の傍らに、死神が佇んでいた。
「ありがと、“リデンプション”。戻れ」
死神は形を崩して、ルキアの右手に吸いこまれていった。
「お前………」
「ん、互いについては、あとでゆっくり話そうか」
驚愕冷めやらぬ状態の男ににこりと笑って、ルキアは死体に屈みこんだ。
「………追いはぎかよ……」
死体の持ち物を漁りだしたルキアに、男は呆れたように溜め息を吐く。
「『銃』が欲しかったんだよな」
ルキアはまったく悪びれた様子もない。
死体の右手に握りしめられた銃を剥ぎとって、撫でるように状態を確認する。複銃身の短銃は、銃座の部分に文字が彫りこまれているのがわかった。
「Caster……か。良い名だ」
死体の身許がわかりそうなものはすべて回収し、ルキアは立ち上がる。
「あとは、獣たちが始末してくれるだろう………」
男についてこいと手を振って、ルキアはキャラバンの野営地へ戻った。
長と隊長に当たり障りのない説明をして、ルキアは男が野営地に一晩泊まる許可を取りつけた。
灯りの下で見た男は、金髪で浅黒い肌をしていた。
そして、ワイアット・ライトフェローと名乗った。
野営地の外れで、ルキアとワイアットは焚き火を囲む。他の用心棒たちが囲む焚き火は見えるが、話す声までは届かない。
「私は、ルキア・マクドールだ」
いまだ警戒心むき出しで見ているワイアットに、ルキアは名乗った。
「………その名……聞いたことがあるぞ……」
「そうかい……?」
目を眇めたワイアットに、しれっと答えるルキア。
「…………トランの、英雄……!」
「ゼクセンにまで知られてるなんて光栄だなぁ」
「棒読みすぎだ………。って、どうしてゼクセンだと……!?」
「服装と発音と地理……?」
ワイアットはいまさら、マントの袷を握りしめた。
「他に訊きたいことがあるんじゃないのか?」
「…………。お前は、俺の右手にあるモノを知ってるのか?」
「あぁ」
「何故、これはお前の言うことを聞く?」
「昔から、“流転する者”には懐かれていた」
ピチャン、と水音が聞こえた。いつのまにかルキアの右手を、くるくると細い水の輪がまわっている。黒い手袋をはめている手が、淡く光って見えたのは決して気のせいではない。
水は戯れるようにひとしきりまわったあと、右手の甲に吸いこまれた。ルキアの眉間に皺がよった。
「………これは……ちょっと、パス……! いくらなんでも、この、情報量は処理、しきれない……」
「おい、大丈夫か……?」
額に手を当てて顔をうつむかせたルキアに、ワイアットは心配そうに声をかける。
「…………。あぁ、大丈夫だ……」
やがて顔を上げたルキアは、心配ないと頷いて見せた。
「………お前が宿している紋章は、なんだ?」
「“ソウルイーター”」
ルキアは口の端を上げる。
「我が同胞、特に五行は、好みが煩い。無理矢理宿すから、御し得られないのだ」
「…………。お前、誰だ……?」
ゾッとする考えを振り払うかのように、ワイアットは訊いた。
「ルキア・マクドールと言ったろ」
ルキアの表情は変わらない。
「………では、私も訊く。何故、4つすべてを奪わなかったのだ。すべてを奪うか、すべてを諦めるか、何故、どちらかを選ばなかった?」
ワイアットは驚愕に目を見ひらいた。
「中途半端に2つを選んだあの時、そなたらの思う以上に数多の運命が歪んだ。なのに、五十年などという幻想にしがみつき、なにが得られた?」
容赦のない問い。
「答えろ、“渡し守”。五十年後、なにが起こるかもわからないなんて馬鹿なことは言わないだろうな……?」
「…………。五十年後、俺たちは、その脅威をはね除けられるようになっている、と賭けたんだ……! あの時は、どうにもできなかった。“真なる火の紋章”をあいつは制御できなくなっていた………。………いや、紋章があいつを拒んだんじゃない………。あいつが紋章を拒むようになっていた。………お前は見たことがあるか? 紋章が見せる、虚ろな夢を………」
「ない」
「そいつは、羨ましい………。それとも、五行だけなのか……? ともかく、世界の終わりを望むあの夢があいつを蝕んだ。そこへ、敵味方関係なく巻きこんだあの大爆発だ。……あれで、あいつは破綻した………。最後の交渉だけは、意地と気力だけでやり遂げたがな……。そして、“真なる火の紋章”を手放した。紋章を手放すことで、たとえ残り数年の命になろうとも、愛する者と生きることを選んだんだ」
「残り、数年だと……?」
ルキアの表情が一変した。その凄惨な笑みに、ワイアットは身体が震えないように耐えるのが精一杯。
「“穢れを最も忌む者”に灼かれ続けた身体が、紋章と別たれて無事で済むものか。保って三日で消し炭だ」
おぞましい記憶が甦り、ワイアットはきつく目を閉じた。あれは、人の死に様ではない。ルキアはさらに追い打ちをかける。
「身勝手な男には似合いの死に様だ」
「貴様に……! 貴様にあいつの苦しみがわかるものか!!」
胸倉を捕まれてもなお、ルキアは冷ややかにワイアットを睨み返した。
「やめておけ。そんな手で殴られても、虫に刺されたほども感じない」
不意に漂った水の匂い。ワイアットはギョッとして振り上げた己の拳を見つめた。
ほのかな焚き火に照らされた右手は、向こう側が透けて見えた。いつ形を崩しても不思議ではない己の右手を、ワイアットは慌てて抱えこむ。
「俺は人だ……! 紋章に溶けるつもりはない!」
血を吐くような祈りに、右手は徐々に血肉を取り戻した。
「気を抜かぬが良いぞ、“渡し守”。“流転する者”はいつでも真の宿主を求めて流れていくのだから」
「………俺がこれからどうする気か知ったら、あんたは俺を裁くか……?」
探るような問いかけにも、ルキアの冷ややかな眼差しは変わらなかった。
「勘違いするな。私は“裁きを下す者”ではない。お前が“真なる水の紋章”をどうしようが、知ったことか。お前の為したことは、結局、お前に返るしかないのだから」
「…………。そうだな……。すべて俺に返るだけだ。あいつがそうだったように………」
うつむいたワイアットに、ルキアは初めて憐れむ視線を投げた。
「一つ忠告しておく。他と違って、“流転する者”と決別できるのは、死ぬときだけだ。……人は、身の内に“水”を持ちすぎている。たとえ、それを手放すことができたとしても、不老の呪いから解放されることもなければ、“水”の呪いから逃れることもできない」
ワイアットは軽く息を吐き出した。
「……なんとなく……そんな予感はしていたさ………。“火”とは違うだろう、と………。昔の俺なら、さっさと死んでたんだろうなぁ……」
にこりと初めてワイアットは笑った。
「お前、子供はいるか?」
「いいや」
「子供は良いぞ。命がどうしてこんなに尊いのか教えてくれたのは、俺の娘だ」
「それが、お前が死なない理由?」
「あぁ。家族を護るために、家を出た。だが、死ぬわけにはいかない。ハルモニアとの約定が切れる日、娘を護るためにも………」
「ふぅん……」
気のない返事のルキア。ワイアットはガックリと肩を落とす。
突然、一陣の風が舞った。二人は同時に、その気配のもとを探した。
「……なんだ?」
二人の間で、風が渦を巻いた。青く発光しながら、くるくると風が渦を巻いていく。やがて、青い光は淡く光る小鳥を形作った。ルキアが思わず手を差しのべると、小鳥はその指に留まった。
青い小鳥がルキアの最愛の声で歌をさえずると、ルキアの表情はみるみる綻んだ。
歌い終わった小鳥にルキアは返事を告げ、小鳥は再び渦巻く風へと変化して、やがて光とともに風も何処かへと吹いて行ってしまった。
「………いまのは?」
「小鳥を運んだ“風”はわかったよな?」
ワイアットは頷いた。あの気配に出会ったのは何十年も前だが、忘れられるはずもなかった。
「声は、私の比翼だ」
蕩けるような極上の笑顔で惚気られて、ワイアットはなにか返す気力も失せる。
ただ、不吉な銘の紋章を宿しながら、なお幸せで在れるのは羨ましいかも知れない、と思った。
翌朝早くに、ワイアットはルキアに別れを告げた。
「助けてくれたことには礼を言う」
「どういたしまして」
「…………。確かに、俺は多くの人の運命を狂わせた。最愛の家族の運命までも………。そして、これからも、誰かの運命を………。そのすべてが俺に返ってくるとして、それだけで俺は許されるのか? 同じく他人の運命を狂わせている継承者のお前は、お前自身の罪をどう思っているんだ?」
目を伏せて考える仕草を見せたルキアは、やがて顔を上げ真っ直ぐにワイアットを見つめた。
「私は、すでに許されているんだよ、ワイアット。………そして、お前が真に望む答えを出す者は私ではない。それは、お前自身が一等よくわかっていることだろう? 答えを聞けるのはいまではない。それさえもお前に科せられた罰なのだ、と」
「…………。あぁ………そうだな……」
ルキアに手を振ったワイアットは、何処か吹っ切れた顔をしていた。
草原の地平にその姿が見えなくなるまで、ルキアは見送っていた。恐らく、これが最初で最後の出会いだろう、と予感しながら。
END
“真なる水の紋章”篇でした。まさかのワイアット('-'*)
前サイトでありがたいことにこのシリーズは好評でして、「ルキアには真紋持ち全員に会って欲しい」というご感想をいただいてました。「あぁ、それ良いですね〜」なんてお返事してたら、あの『3』ですよ(>_<)
クリスにはルキアは荷が重いなぁって思いました(爆) どうしようかなって考えてたら、『君いない夜は・・・』を書くことになり、「此処だぁ!」とネタ降臨。というわけで、ルキアにはワイアットに会ってもらいました(笑)
戦争が終わった後に、会いには行ってるんだろうけど。忠告してあげないとね。Lv4が使えない時点で、クリスも“水”が望む継承者じゃないのです。
これを書き上げたあとに、公式年表を手に入れまして、見てビックリです。えぇっと炎の英雄が人質にクリスタルバレーに囚われた、とか、ゲーム中にはまったく触れられてないことだよね? コミック版で描かれてたことでしょうか。残念ながらこれは未読。なので、この話はこのままで。『3』ネタを書く時にまた変更もするかも知れませんが・・・。
ワイアットは無事で炎の英雄が亡くなってたのは、なんか理由、言ってましたか? 言ってないよね? コミック版、触れてましたか? それに、服とか幻影が当時のままだったのが不思議でした。ということで、五行の呪いは凄まじく惨い設定。“火”は焼身浄化、デス。“ソウルイーター”の言ったとおりの死に方をしております。
ついでに、テッドの死体が消えた描写が私の記憶に全くないのですよ。だから、うちとこの彼はシークの谷に眠ってます。
“真なる水の紋章”がルキアに、というか“ソウルイーター”に洗いざらい告げ口したので、なにがあったのかルキアはあらかた把握してます。あまりの情報量に、少しの間“ソウルイーター”に代わってもらってました(;'-') 約定の切れる日、どうなるかの予測もきっとしたことでしょう。まさか、ルックがあんなことするとは思ってなかっただろうけど。
いつか、ゲドとも。ヒューゴとも(私、ヒューベルです・笑)。
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