少女はようやく“月の紋章”を取り戻すことができた。
 成り行きで協力することになった“守護する者”に請われ、幻影(ホアイン)軍の仲間になる。本拠地の城にやってきて間もなく、懐かしい紋章の気配を感じて、少女は部屋を飛び出した。
 だが、“転移の場”にいたのは、知った気配をまとう知らない少年だった。
 あぁ、そうなのか、とそれで少女はすべてを悟る。真実を知りたい、と願いながらも、継承した彼に訊くことは酷すぎることもわかっていて、知らない振りをすることにした。
 その彼から真実を聞かされたのは、顔をあわせてからかなり経った月夜の晩のこと。
「………いままで、黙っててすまない。………彼のことを言葉にするのは、私にとって、かなり気力のいることなんだ……」
 そう前置きして、少年から“生と死を司る紋章”を継承した彼は、ポツリポツリと知りたかったことをすべて話してくれた。
「それから、あなたに伝えてくれって。………『待っていられなくてごめん。あんたに泣かれるのはつらいけど、それでもこの結果を俺は後悔していない。……月を見上げて、あんたを思い出さない日はなかったよ………』。それが、彼からの伝言……」
「…………そうかえ。あ奴は、笑っておったのじゃな……」
 それなら良い、と少女は胸のつかえが下りたような気持ちだった。
 そして、教えてもらった少年の眠る地へ飛び立った。

 トラン共和国の最果ての秘境、シークの谷。その最も奥に広がる月下草の群生地。月と紋章の力を最大限に使って、少年の亡骸の眠る地に舞い降りた。
 わずかに射しこむ月光を鉱石が乱反射する中、月下草が咲き乱れていた。こんなに美しい場所ならば、少年も安らかに眠っていることだろう。
「…………。テッド……テッド………」
 答える者などいないことはわかり切っているのに、少年の名前を呼ばずにはおれなかった。虚空に向かって、少女は語りかける。
「テッド……やっと、わらわは“月の紋章”を取り戻したぞ。………遅くなってすまなかったの……。……仇をとることしかできずに、すまなかったの…………」
 少女は月下草の中に倒れ伏した。
 少年の亡骸を糧にした大地。少年が生んだ花。己の生は偽りなれど、廻る生命(いのち)を感じることはできる。少年の残した息吹を感じられる。廻る世界のなんと愛おしいこと。それを感じられる己のなんと愛おしいこと。
「……いま一度、逢いたかったのぉ………」
 月下草を抱きしめて、きつくきつく目を閉じた。

 数日後、少女は湖の畔の城に帰ってきた。真白の大蝙蝠の姿で、窓から部屋へ入ろうとして、自室に灯りがついていることに訝る。
 部屋に飛びこんで変化を解くと、男に声をかけられた。
「よぉ、おかえり」
「ビクトール………」
 まるで自分の部屋のようにくつろいでいる男に、少女は眉をひそめた。いまこの時、最も気を許している相手とはいえ、今宵は逢いたくはなかった。
 右手に雷撃を集めると、慌てたようにワインのボトルが突きつけられた。
「ま、待て待て……! 一緒に飲もうぜ。俺、明日は非番だからよ、とことん付き合ってやろうと思ってさ」
 お気に入りの銘柄に、少女は渋々雷撃を手放した。
「いつも早々に酔い潰れて寝てしまうくせに」
「いや、まぁ、そう言わずによ」
 すでにテーブルの上には、ワイングラスが二つあった。準備の良いこと、とさらに呆れて溜め息が零れた。
「………わらわが今日も帰らねば、どうした……?」
「ん、その時はまた出直してたさ」
 手際よくコルク栓が開き、グラスにワインが注がれる。
 部屋に、芳醇な果実の香りが広がった。少女は椅子にすわってグラスを手に取った。軽くグラスを掲げて、遠慮なくワインを味わっていると、差し入れた当の本人は手をつけず、じっと少女を見つめていた。
「なんじゃ……?」
 心の奥底まで見透かすようなその眼差しが、少女は苦手だった。
「ん〜、もとが紅いからわかんねぇなぁ……」
「だから、なんじゃ?」
「お前が、ちゃんと泣いてきたのかどうかと思ってさ」
「な……!」
「独りだと、却って泣けないときってあるだろ……? 涙は溜めこまないにこしたことはないからよ」
「…………。他の男のために泣けと……?」
「俺だって、お前の前で、他の女のために泣かせてもらったぜ」
「…………」
 なにか言わなければ、感情が溢れてしまいそうなのに、なにも言葉がでてこない。
「……まぁ、つまり、なんだ……せめて、俺の前でだけは、無理してくれるなってことさ……」
 照れたように笑う仕草も、少女の気を弛ませる。
 だから、今宵は逢いたくなかったのに、と視線をそらした。ワインと一緒に溢れるものも飲みこんでしまいたかったのに、それができなくなってしまった。
 少女はようやく思い出す。あの紋章に再会したときから、ずっと泣きたかったのだ。
「…………おんしに、百万の感謝を………」
「……あぁ」
 微かに震えている少女の声に、軽い相槌が返る。
「……お前は、独りじゃねぇからな、シエラ」
 閉じた瞼から、涙が零れ落ちた。
END






 お疲れ様でした。他の話でちらちらと触れていたテッドとシエラのお話でした。いかがでしたでしょうか?
 タイトルから察して!なんて無茶振りしましてごめんなさい。すぐわかっていただけたのではないかとは思ってるのですが・・・。そのタイトルも他とあわせるために、ちょこっと変更しました。
 ずっと書きたかった話をこうしてお披露目できるのは嬉しいです(*^_^*) 初めてテッドとシエラの話を読んだ時は目鱗でしたが、こういう出逢いもあって良いんじゃないかなって思うデス。
 ちなみにこの話、『4』が出る前にできております(初稿2003.2)。

 さて、うち設定、テッドの亡骸は消えておりません。ルキア篇で書いたように、ルキアの血の結界に護られて土に帰っております。
 真の紋章の継承者たちにかけられる不老の呪いについて、うち設定を語らせていただくデス。
 まだ若い(幼い)者が宿した場合、物凄くゆっくりですが成長はします。新陳代謝もちゃんとあります。身体的ピークに達するとそれ以上は進まない。すでに成熟した者もそれ以上は進みません。本当に、老いないだけです。紋章を外したくらいで塵になったりもしません。だから、うちのテッドには紋章を盗まれたという設定はない(;'-') 霧の導者にも譲渡してない。船には乗ったけど。
 ともあれ。あくまで人である彼らは、こんな感じ。でも、ヴァンパイアであるシエラは違います。人を超越した力を手に入れた代価というべきか、生き血を望むことの他、新陳代謝もなくなります。髪も1oだって伸びないし、傷ついても身体の一部が欠損しても、最初の紋章を宿した時の状態に戻ります。
 映画『インタヴュー・ウィズ・ヴァンパイア』で、幼い吸血鬼の女の子がちっとも変化しない自分の身体にヒステリーを起こして髪をザキザキに切ってしまうんですが、瞬く間に元の長さに戻ってしまってさらに狂乱に追いこまれるというシーンがありました。うちの吸血鬼設定は此処からきてます。
 さらに悲惨なのは、小野不由美女史の『屍鬼』です。鬼になる前の身体的不調はそのまま引きずることになる、という設定は壮絶でした(>_<)
 話それましたが、以上です。

 そうそう、うちとこでは、シエラが一等美人さんです(笑) 続いて、ウィンディーやジーンとか、『1』で美女攻撃に参加した面々とか、セラがくるかな。ちなみに、『可愛い』が基準だとルキアもゴクウも、女の子はみんな『可愛い』なので甲乙つけ難しデス(;'-')

 此処までお付き合いくださいましてありがとうございますm(_ _)m