Mighty Smile



 麗らかな陽気の昼下がり、ビッキーは図書館内の司書室を訪ねた。
「エミリアさん、こんにちは〜」
「こんにちは、ビッキーさん」
 大机に散らかっていた書類を脇に退けて、エミリアはテンプルトンと一緒にティータイムを楽しんでいるところだった。ビッキーは勧められるままに向かい側にすわり、お茶をお相伴する。
「あのね、エミリアさん、教えて欲しいことがあるんだけど………」
「私でわかることなら、力になるわ」
「ありがとう! あの、ルックさんって、いつもどんな本を読んでるのかなぁ?」
 キラリ、とエミリアの眼鏡が光った。
「もしかして、その指輪のお礼を探してるの?」
 思わず、ビッキーは指輪を手で押さえた。
「えぇ、どうしてわかったの!?」
 得意げに微笑むエミリアは、やれやれと呆れたように溜め息を吐いたテンプルトンを睨んで黙らせた。
「もちろん、わかるわよ。………好きな人から初めてもらった贈り物。ましてそれが指輪だなんて、素敵なものだったりしたら、嬉しくて気持ちが天まで舞い上がっちゃって。それで、その気持ちを好きな人にも分け与えたいって思うものなのよ」
 うっとりと両手を組んで力説するエミリア。テンプルトンはもはや溜め息を吐く気力も失せて、修正中の地図に視線を落とす。でも、指輪は無理でも、なにか買ってあげようかなと思ったことは秘密。
「はぁ〜、そうなのかな……」
 ビッキーは感心して頷くばかり。エミリアは我に返って、軽く咳払いをした。
「そうそう、ルック君の読んでる本よね」
「はい」
「当然というべきか、やっぱり、紋章術の本ばかりよ」
「……読みたがってる本が一冊あるんじゃなかったっけ」
「え、本当? テンプルトン君」
 地図に目を落としたまま口をはさんだテンプルトンに、ビッキーは期待に満ちた眼差しで訊いた。
「テンプルトン、無理よ、あの本は………。確かにルック君から問い合わせのあった本が一冊あったけれど、もう絶版になっていて入手できないものなのよ。……期待させちゃってごめんなさいね、ビッキーさん」
「そう………」
 ガッカリと肩を落としたが、ビッキーは思い直して顔を上げた。
「あの、一応、その本のタイトル、訊いても良い?」
「えぇ、それは構わないわよ。ちょっと待って……」
 エミリアは覚え書きを探そうと、抽斗に手をかけた。
「『紋章術の限界〜魔力及び相性に関して』っていう本だよ」
 それよりも早く、テンプルトンが手近にあったメモ用紙に、タイトルを書いてビッキーへ渡す。
「ありがとう、テンプルトン君!」
「どういたしまして。でも、探すアテはあるのかい?」
「ヘリオンお婆ちゃんに訊いてみようかなぁって思うんだけど………」
「あぁ、あの人なら持ってそうだね」
「ヘリオン……?」
 エミリアが首を傾げた。
「トランでお世話になったお婆さんさ」
「そう……。……じゃあ、ビッキーさん、いまからグレッグミンスターへ行くのね?」
「うん、通り道になるかな」
「じゃあじゃあ、ついでに買ってきて欲しい物があるんだけど、頼んでも良いかしら?」
「良いよ」
「ありがとう。本なんだけど……」
 エミリアはサラサラとメモ用紙にペンを走らせ、お金と一緒にビッキーへ渡した。
「ミルイヒ様の最新作を買ってきて欲しいの」
 うっとりとするエミリア。胸やけしたような表情のテンプルトン。
「お釣りはあげるから、お願いね」
「はぁ〜い。じゃあ、行ってきます」
 ビッキーは立ち上がって、その場でロッドをかかげると転移魔法を起動した。

 転移魔法特有の光が消えると、薄暗い部屋の中に移動していた。
「………ヘリオンお婆ちゃん?」
「あぁ、あんたかい」
 豪奢な窓から射しこむ光は、森の木々に遮られてほんのわずか。部屋の一番奥まった場所に丸テーブルがあり、そこに置かれた蝋燭の灯りが唯一の光源だった。大きな椅子に腰かけ、ヘリオンはテーブルで書き物をしていたらしい。
「“風”がまとわりついているから、一瞬、誰かと思ったよ」
 ビッキーは誇らしげに微笑んで、首からさげている指輪を見せた。
「この指輪、ルックさんからもらったんだよ」
「風の魔法をかけた指輪かい。あの小僧っ子も洒落たことをするようになったもんだ」
「エヘヘ、おかげで、最近、魔法の暴発が少ないの」
「そうだろうねぇ。………それで? わざわざこんなところまで、惚気に来たのかい?」
「それもあるけど……。あのね、この本を探してるんだけど、お婆ちゃん、持ってないかなぁ?」
 ビッキーはメモをヘリオンに手渡した。
「『暁に咲く華〜その愛の始まりと終わり』。……なんだい、このタイトルは……?」
「あ、ごめん! 違うの。それはエミリアさんに頼まれた本」
 ヘリオンに渡したメモを取り返して、もう一つのメモと交換する。
「『紋章術の限界〜魔力及び相性に関して』。……懐かしい本だね。確かに、これなら持ってるよ」
「本当!? その本、譲ってくれないかな?」
 ジロリとヘリオンは、ビッキーを見た。
「………その指輪のお返しかい?」
「えぇ、どうしてわかっちゃうの!?」
「亀の甲より年の功って言うだろ」
「う〜ん、エミリアさんは、贈り物で舞い上がっちゃってわけたくなっちゃって、とか言ってたような………」
「…………あぁ、だいたいわかったから、もう良い」
 ヘリオンは呆れたように溜め息を吐いて、ビッキーの思考を止める。
「本ならあげよう。ただし……」
 満面の笑みが浮かびかけたビッキーは、途端に心配そうな顔をした。
「代わりに、お使いを頼むよ」
「お使い?」
「“星見の結果”をレパント大統領のもとへ届けておくれ」
 ヘリオンは先ほどまでなにやら書きこんでいた紙をクルクルと丸め、紐で縛って赤鑞で封印を施す。それをビッキーに差し出した。
「あんたがお使いから戻ってくるまでに、本を書庫から出しておくさ」
「うん、わかった。じゃあ、行ってくるね」
「頼んだよ」
 ビッキーはそぉれっと、ロッドを振った。

 光が消えると、ビッキーは何故か屋外に立っていた。
「あれれ?? 久々の、失敗……?」
「あら、ビッキーじゃないの。どうしたの?」
 名前を呼ばれて振り返ると、そこはテラスで、アイリーンがルキアとミルイヒにお茶を振る舞っているところだった。
「アイリーンさん! それに、ルキアさんとミルイヒさんまで!!」
「やぁ、ビッキー」
「久しぶりですね」
「……此処、グレッグミンスター城?」
「そうよ。こちらへいらっしゃいな、ビッキー」
 招かれるままにビッキーはテーブルにすわって、お茶をごちそうになった。
「レパントなら、会議中だよ」
 ビッキーが用件を告げる前に、ルキアが言った。
「そうなんだ……。……? ………あの、此処へ私を呼んだのって、もしかしてルキアさん?」
 にっこりとルキアは笑った。
「大事な会議中に飛びこんだりしたら、マズイだろ?」
「それもそうだね」
「ビッキー、レパントに用事だったの?」
「うん。ヘリオンお婆ちゃんに、お使いを頼まれたの。“星見の結果”を届けて欲しいって」
「そういえば、そんな時期だったわね。じゃあ、それは私が預かっておくわ。会議も長引いているようだし」
「うん、お願いします、アイリーンさん」
 ビッキーは“星見の結果”をアイリーンに渡した。
「そうだ、ミルイヒさんにも用があったの」
「なんでしょう?」
「えぇっと、なんてタイトルだったっけ……最新作の本が欲しいって頼まれてきたの……」
 メモを探しながら、ビッキーは言った。
「これのこと?」
 ルキアが差し出したのは、『暁の華〜その愛の始まりと終わり』。
「そうそう、この本!」
「都市同盟にも、私の本を愛読してくれる方がいるのですね」
「もう、大ファンなんですよ〜」
「じゃあ、記念にこれにサインでもして、あげたら良いんじゃないかい、ミルイヒ」
「そうですね。ルキアにはまた後日、持っていきますよ」
「あぁ、頼んだよ」
 ルキアから本を受け取ると、ミルイヒはサインをして、ビッキーへ渡した。
「どうぞ、差し上げますよ」
「わぁ、ありがとう! エミリアさん、喜ぶよ! それじゃあ、私、戻るね。アイリーンさん、お茶、ごちそうさま」
「また遊びに来てね」
「はぁ〜い! ………そうだ、ルキアさん。メグちゃん、あのリボンを使ってるんだよ。見に来てあげてね」
「あぁ、わかったよ。また遊びに行くから」
「きっとだよ。じゃあ、またね!」
 ビッキーはご機嫌な表情で、ヘリオンのもとへ再び転移した。

「お帰り、やっと戻ってきたね」
 ヘリオンは先ほどと同じ部屋で、ビッキーを待っていた。
「ただいま。レパント大統領は会議中で会えなかったから、アイリーンさんに頼んできたよ」
「そうかい。ご苦労さん、これが約束の本だ」
 テーブルの上に置いてあった大きな本を、ヘリオンはビッキーのほうへ押した。
「ありがとう、ヘリオンお婆ちゃん!」
 ビッキーは本を抱えた。
「…………。あぁ、迎えがきたみたいだね」
「迎え……?」
 首を傾げたビッキーに、ヘリオンは窓の外を見るように言った。
「……あ、ルックさん!!」
 正面玄関から少し離れたところに、ルックが立っていた。
「あれ、どうして入ってこないの?」
「アポのない奴は、入れないようになってるのさ。手のかかる孫娘を除いてね」
 一瞬、キョトンとしたビッキーは、やがて照れたように笑った。
「エヘヘ、お世話かけちゃう孫娘でゴメンね」
「自覚があるなら、それで結構。さぁ、早く行っておやり」
「うん。ありがとう、お婆ちゃん。また遊びに来るね」
 ヘリオンは邪慳に手を振って、それに答えた。
 部屋を出たビッキーは、小走りで塔の外へ出た。重い本を持っていたけれど、全然気にならないほどに、足が軽い。この本を受け取ったときの、ルックの表情が早く見たかった。
「ルックさん!」
 塔を飛び出して、ルックのもとへ駆けよると、ルックはほんの少しホッとした表情を見せた。
「やっぱり、此処だったね。指輪に“風”をつけておいて正解だったよ」
「え……?」
「ゴクウがテレポートを頼みたいから探してこいって、うるさくってさ」
 そういえば、仕事を放り出してきたままだった。
「ごめんなさい……」
 うつむくビッキー。こんなタイミングでは、せっかくのお礼の本が渡せない。
「……まぁ、良いけど。ゴクウの人使いが荒いのにも、問題があるんだから。………それで、こんなところでなにしてたのさ?」
「…………ルックさん、怒らない……?」
 おずおずと上目遣いで訊かれて、ルックの頬が少しだけ赤くなる。
「……僕に怒られるようなことでもしてたのかい?」
「うぅん、そうじゃないけど……。……本を探してたの。きっと、ヘリオンお婆ちゃんなら持ってるはずだと思って………」
「……本?」
 思わぬ取りあわせに、ルックは首を傾げた。
 ビッキーは今度は間違えないように、表紙のタイトルを確認してから、本を手渡した。
「これは………」
「ルックさんが、探してる本があるって聞いたの。それで、こないだの指輪のお礼にって思ったの………」
 恐る恐るビッキーはルックを見つめた。
(怒る? なんの反応もなし? あなたは、喜んでくれない……?)
「これを僕のために?」
「うん」
「わざわざ、こんなところまで来て?」
「平気。ルックさんに喜んで欲しいんだもん。……私がもらった、嬉しくって、くすぐったくって、ドキドキする気持ちを、ルックさんにもわけてあげたかったの」
 必死で自分の気持ちを言葉にするビッキーを見て、ルックはほんの少しだけ微笑んだ。本当に、微かだったけれど、ビッキーに笑いかけた。
「ルックさん……」
 その微笑みが本当に綺麗で、ビッキーは見惚れてしまう。
「ありがとう、ビッキー」
 ルックはあいた手で、ビッキーを抱きしめた。
 ただただ驚いて、目を見開いていたビッキーは、やがてルックの背中に腕をまわして抱きかえした。エミリアの言葉が、ようやく実感できた気がする。
「『嬉しい』って、わけたら増えるものだったんだね」
「……そうだね」
 ルックは莞爾として笑ったのだが、その笑顔は残念なことにビッキーには見ることができなかった。
 さらさらと流れた風が、そのまま二人をさらっていった。
END




 前サイトのおニュー掲示板カキコ第一号のあひるん妹々へ、キリ番『2222』を進呈。リクエスト『「Lipstick Panic」の続きで、指輪のお礼をしよう! ビッキー→ルック』でした。

 タイトルは、
PSY・Sといういまはないユニットの歌から拝借。学生の頃、友達にアルバムをダビングさせてもらって、テープが切れるんじゃないかというくらい聞きまくってました。今回、久しぶりに聞いて「あぁ、やっぱり良い歌(^^)」ということで採用。見出しは歌詞です。

 さて、すでにできあがった話の続きを考えるのは私にはラクチンな作業で、PCのキーを叩く手も軽い軽い(笑) 飛ばしすぎて、リク作品としては異例な長さになってしまいました。仕方なく、メグの出番を泣く泣くカット。別の話にリサイクルしました(;'-')
 小妹のサイトにアップされるという栄誉を賜ったので、カットしといて良かったと胸を撫で下ろしたものです。

 書くまでもないことでしょうが、本のタイトルは嘘っぱちです。専門書はともかく、ミルイヒの作品に関してはちょっとひねりが足りなかったかな、と反省してます(^^;)

 小妹には気に入ってもらえたようなので、良かった良かった(〃∇〃)