散華
恒例となりつつある、トランの英雄のお出迎え。いつもなら、真っ先にマクドール家を訪れるのだが、今回は夕暮れ間近ということもあって、訪問は明日にすることとなった。
マリーの宿屋に部屋を取り、ゴクウはアイリとカレンを連れて、共和国一の舞姫がいる劇場へ。フリックとビクトールは、懐かしい顔に会いに行く、と出かけていった。
フリックは途中、花屋へ寄るのだが、どの花屋も口をそろえて、今日は切り花は一輪もないと言う。
「日が悪かったね、お客さん。毎年この日は、グレッグミンスター中の花屋から、花がなくなる日だから………」
愛想の良い女主人が、ほんの少し悲しそうな表情で謝った。
「そうか………。じゃあ、その鉢植えをもらおうか」
フリックは、小振りの白薔薇の鉢植えを指さした。
「はい、ありがとうございます」
いそいそと鉢植えを手にすると、女主人はラッピングを施した。
「だから、俺みたいに酒にしとけば良かったんだよ」
開店休業状態の花屋を眺めながら、ビクトールが言った。
「……そうかもな」
いつもなら、反論の一つもあるところだが、フリックは大人しくそれに頷いた。かえって、ビクトールのほうが拍子抜けしてしまう。なにか言いかけて、結局、言葉が見つからず口をつぐんだ。
「お待たせいたしました」
代金と引き換えに鉢植えを受け取って、フリックたちは花屋をあとにした。
グレッグミンスターを出て、歩くこと十数分。小高い丘に、墓地が見えてきた。
かつてこの地を支配していた、赤月帝国に縁のあった者たちの墓地である。死者を冒涜する気はないが、かといって、敵だった者を首都内に葬るのも感情が許さない。皇帝の血筋だったルーグナー家の墓などは、すべて此処へ移された。
墓地の入り口には、簡素な平屋が建っている。
誰も訪れなくても良い。だが、せめて自分が生きているうちはこの墓地を守りたい、と共和国軍の将軍の座を捨てて、ミルイヒ・オッペンハイマーが墓守を務めていた。
「あなた方にも来ていただけるとは…………」
「久しぶりだな、ミルイヒ」
軽く手を上げて、ビクトールが言った。
「お久しぶりです」
驚愕の表情を微笑に変えて、ミルイヒは答えた。そして、フリックの手にした鉢植えに目を留める。
「花は、なかったでしょう、フリック殿」
フリックは苦笑して、肩をすくめる。
「あぁ、出遅れたらしい」
「花盗人は、もう帰りました。……ですが、あなた方の行こうとしている場所には、まだ我が心の友がいます。ご案内して良いものか、迷いますね」
フリックとビクトールは、顔を見あわせた。
敵ながら偉大な将軍だった男に、敬意を表するつもりで此処へ来た。今日が彼の命日なのは、偶然である。それならば、ミルイヒの心の友、そして二人にとってもなにものにも代え難い友の邪魔をするのは気が引けた。
「いや、それなら良いんだ。あとで、これを墓前にでも供えておいてくれよ」
肩に担いでいた袋から、ビクトールは酒瓶を取り出した。
「無用の心配だ」
酒瓶を差しだそうとしたとき、星辰剣が口をはさんだ。
「星辰剣?」
「すでに“生死を統べる者”は、貴様らが此処へ来たことに気づいている。それを途中で引き返されては、あ奴も気が引けよう」
「………その咎は、私が引き受けても構いませんよ」
「いらぬ世話だ、“天究星”」
切り捨てた星辰剣の言葉に、ビクトールは額に手を当てて天を仰いだ。
「すまんな、ミルイヒ。どうやら、俺たちは行かなきゃならんらしい」
「そのようですね」
ミルイヒも軽く溜め息を吐いた。そして、奥を指さす。
「此処を真っ直ぐ進んで、突き当たりを左に曲がるとわかりますよ」
「ありがとよ」
二人は奥へ進んだ。
ミルイヒが管理しているだけあって、墓地は整然と整えられ、寂れた様子は一切なかった。ただ、茜に染まりかけた墓地は、やはり物悲しい。
言われたとおり突き当たりを左に曲がると、色とりどりの色彩が目に飛びこんできた。そして、むせかえるような花の香り。
「…………これは………」
フリックとビクトールは、ただ茫然とその景色を眺めた。
この数え切れないほどの花は、ただ一つの墓のために捧げられていた。花に埋もれかけた墓標の前には、一人の少年が胡座をかいてすわっている。紅い上着に、松襲のバンダナを巻いた少年。
帝国五将軍の一人、百戦百勝のテオ・マクドールの墓前に、息子のルキア・マクドールがいた。
テオの墓を此処にしてくれと言ったのは、ルキアだった。英雄の父の墓をいつ打ち捨てられてしまうかもわからない場所に据えるのは、レパントをはじめ幾人かが難色を示した。だが……。
「父は、最期まで帝国軍人であることを選んだんだ。バルバロッサと同じ場所のほうが、かえって喜ぶと思う」
淡々と語られた言葉に逆らえる者は、誰もいなかった。
フリックとビクトールは、何度めかのお迎えのとき、クレオからその経緯と場所を教えてもらっていたのである。
「……いつまで、そんなところに突っ立っているのさ。こっちにきなよ」
墓標を見つめたまま、ルキアが言った。二人はそれで呪縛が解かれたかのように、ようやく墓標の前に立つことができた。ルキアをはさんで、腰をおろす。
「………邪魔して悪かったな、ルキア」
墓前の片隅に鉢植えをおいて、フリックは言った。
「とんでもない。来てくれて嬉しいよ、フリック、ビクトール」
穏やかな声音で、ルキアは返した。
「そう言ってくれると助かるぜ」
ビクトールも持っていた酒を墓前に供えた。
すでに開いた酒瓶が一本あり、なみなみと酒が注がれたグラスも供えてあった。そして、ルキアの前にもグラスがある。
「星辰剣が言ってたんだが、俺たちが来たこと、わかったか?」
ビクトールの問いに、ルキアは苦笑して肩をすくめた。
「……まぁね。こいつのせいさ」
ルキアは右手を軽く振った。
「最近、星を宿すほどの魂は気を向けなくとも、近づけば意識に触れるんだ。その上、同類がいたとなればな」
一瞬、ビクトールは星辰剣がまた余計なことを言うのではないか、と肝を冷やした。だが、口の減らない相棒は、珍しく黙したままである。
そんな様子を気にすることなく、ルキアは手近の花に触れて言う。
「お昼まで、ソニアがいたんだ」
「じゃあ、この花は………」
フリックの言葉に、ルキアは頷く。
「うん、ソニアだ。毎年、花屋を買い占めているらしい。私が来たときには、もう花でいっぱいで、ソニアが墓標にもたれるようにすわっていた」
ルキアは目を細める。
テオと恋仲だった女将軍。いまだ、彼女の心の傷も癒えていないことを、かつてともに戦った仲間たちは見守ることしかできずにいた。
「目を閉じてすわっていて、童話に出てくるお姫様みたいだったな」
朝摘みの花は一日が経ち、すでにその色が失われつつある。だが、咲き誇る花の中にすわる美貌の女将軍の姿は、それは美しかったであろう、と容易に想像ができた。
「人は、紋章なんかなくても、時間を止めることができるね」
フリックとビクトールは、同時にルキアを見た。さらりと言った当の本人は、相変わらず墓標だけを見つめている。
「時が解決してくれるはずなのに、それを拒むのは、愚かだと思うか?」
フリックが訊いた。ルキアはフリックを見上げ、やんわりと笑って首を振る。
「いいや。それもまた、人の姿だと思う。……ただ、端で見ているほうもつらくなることはわかって欲しいけれどな」
「すまん………」
「……ソニアもそう言って、泣いてたな……」
ルキアはグラスを一息で空けた。ビクトールが酒を注ぐ。
「………なぁ、ルキア、俺たちの出会いは、不幸なことだったと思ってるか……?」
ビクトールの問いに、ルキアは驚いたように目を瞬いた。そしてまた、やんわりと笑う。
「思いもしなかった。………親父のことを気にしてくれてるのか?」
「う、まぁ、その……」
歯切れ悪く呟いて、ビクトールは頭をかく。
「私がオデッサの遺志を継いだ時点で、あれは避けられないことだった。戦うことで、想いが伝わることもあるんだよ、ビクトール。三年前も、いまも、後悔はしていない。これが、私たち親子の生き方だと、胸を張ることさえできる」
それは、二人にもよくわかっていた。三年前のあの日、確かにルキアは泣いたけれども、そのあと鬱屈した様子は少しもなかった。何処まで強く在れるのか、と仲間たちは様々な想いで彼を見守っていたが、その胸の内を聞いた者はいない。
「………我が子が己の手から飛び立ったと感じたとき、他の親はどう思うのかは知らない。ただ、親父はとても喜んでくれた。己の助けを必要としないくらいに息子が成長したならば、心おきなく信念を貫けると思った。結果、息子にどれほどの罪を背負わせることになるのかわかっていても、己の信念を貫いて逝く、という誘惑に親父は勝てなかったらしい。……私としても、いまだ親の手助けが必要な子供だと見られるのは、矜持(プライド)が許さなかった。それなら、その願いを叶えてやるのも、親孝行になるのかなって、思ったんだ………。……それとも、お前は、私との出会いを不幸なことだったと思っているのか?」
最後の台詞は、目を潤ませたビクトールをからかったようだった。
「そんなこと、これっぽっちも思っちゃいないさ……! 俺だって、お前をオデッサに会わせたこと、解放軍に引きこんだことを間違っちゃいないと胸を張って言える。親父さんの墓前でも……」
「……わかっているよ」
ルキアの表情は、何処までも穏やかだった。
「………この出会いがなかったら、いったい、どうなってたんだろうな……?」
「おいおい、フリック、怖いこと言うなよ」
「……すまん、変なこと訊いた……」
「変わらないよ、たぶん」
あっさりと、ルキアは答えた。
「ルキア……?」
「後悔してるわけじゃないけど、日がな一日此処にすわってて、考えないでもなかった。もし、あの時、オデッサに会わずに親父のもとへ行っていたらどうなったか………」
ルキアは唇をしめらすように、酒を飲んだ。
「まだ、戦争は終わってなかったかもしれないが、結局、私は解放軍に身を置くことになったと思う。………私は、帝国のしたことを絶対に許しはしないし、親父はバルバロッサを諫め、もとの英邁な君主に戻すことはできなかっただろう。皇帝が、操られていたのではなく、心底、ウィンディを愛していたというなら尚更ね。この紋章を宿した私を庇えば、あの女との軋轢は表面化する。だが、親父は皇帝に剣を向けることだけはできなかったから、ウィンディには勝てるわけがない。………親父は、ウィンディか、その配下の手にかかっていたかもしれない………」
軽く溜め息を吐いて、ルキアは呟く。
「結局は、同じ道なんだ……。現在(いま)を変えるために、どれだけ過去を遡ったって無駄だ。結局、人の歴史そのものを、最初からやり直おさなけりゃならなくなる。人にできることといったら、未来を変えるために、現在を変えることくらいだ。………そして、これは、誰にだってできる」
フリックはルキアの頭を撫で、ビクトールは肩を叩いた。
「……?」
不思議そうにルキアは二人を見る。
「オデッサも同じことを言っていたよ」
「やっぱり、お前はトラン解放の英雄だぜ、ルキア。俺様の目に狂いはなかったな」
ビクトールはルキアの肩に手を置いたまま、墓標に向きなおった。
「テオ将軍、あんたの息子は、立派な男だ。俺が保証する」
「お前の保証じゃ、かえって心配かけるんじゃないのか?」
フリックが混ぜかえした。
「そんなことあるもんか。なぁ、ルキア」
「そうだな」
ルキアは笑って答えた。
「そうだろそうだろ」
フリックは肩をすくめ、彼もまた墓標に向きなおる。
「ご子息のことは、心配なさらずに。俺たちも付いてますから」
「俺たちはいま、ゴクウと一緒に戦ってるんだぜ」
お返しとばかりに、ビクトールが揚げ足を取った。
「困ったときにはいつでも駆けつけるっていう意味で言ったんだ」
「あぁ、そうかい」
三人は顔を見あわせて笑った。
沈みかけた陽が、最後の光を投げかける。ルキアはグラスをかかげた。
「そういうわけだ、親父。私は罪を背負ってなお、真っ直ぐ前を見て歩いていける。あなたがくれた最期の想いは、この身と同じく永久(とわ)にあり続けるだろう」
そして、グラスを満たしていた酒を飲み干した。
「………また来るよ、親父」
沈む陽とともに、言葉が零れ落ちた。
END
前サイトの元ネタ当てクイズ正解一番乗りの双樹様へ、キリ番『3000』を進呈。リクエスト、『カッコイイ坊ちゃんと腐れ縁コンビとのシリアスなお話』でした。
恐れ多くも、双樹様のサイトにアップされるという栄誉を賜りました('-'*)
『上邪』でも加筆しましたが、坊ちゃんとテオの戦いは成る可くして為ったと思っています。
強者と戦いたい。それが実の親でも、血を分けた子でも、そんなことは関係ない。だけど、いざ、決着がついてしまえば、失ったものには涙する。矛盾してます。人間ですから。でも、ルキアは後悔はしていないです。父親にあんな言葉かけてもらえたら本望だよ。
そんな思いで書いた話です。
あとは、テオの命日に花屋を買い占めるソニア、という一文を盛りこみたかったのもあり・・・。
三年も経ったので、一人称が変わったように、ルキアの父親の呼び方も変化しております。母親は変わってないけど。こちらは変わらず『母上』です。男の人にとっての母親って、やっぱ特別かなぁとも思って。コンプレックスとは関係なしに。
復刊にあたって読み返してみても、腐れ縁コンビらしさがあまり出てなかったのは反省しきり(>_<) ・・・だって、ギャグに走っちゃいそうだったんだもん(爆)
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