オマケ


 ルキアは、その日の昼下がり、ビッキーに転移魔法をかけてもらって、トラン湖の梁山(リアンシャン)城へやってきた。
「ルキアさん! こんにちは」
 留守役のクロンが笑顔で出迎える。
「やぁ、元気かい、クロン」
「…………もしかして、ルックさんを迎えに来てくれました?」
 恐る恐る聞くクロンに、ルキアは苦笑して頷く。
「よかったぁ」
 クロンは胸を撫で下ろして、大きく息を吐き出した。
「………そんなに、怒ってる?」
「もう大変ですよ。屋上、嵐になってます。……喧嘩でもしたんですか?」
「まぁ、そんなとこ……。じゃあ、つれて帰るから」
「お願いします。……また、遊びに来てくださいね、ルキアさん」
「あぁ、またね」
 クロンと別れて、ルキアは屋上へと向かった。
 屋上へ一歩足を踏み出すと、ヒュンッと風が鳴って、ルキアの頬を掠めていった。反射的に顔を傾けてなかったら、頬をざっくりと切っていただろう。
(………これは、相当、キレちゃってるなぁ………)
 微かに溜め息を吐いて、ルキアは持ってきていた“守りの天蓋の札”を起動する。この札の効果が保つまで、どれだけルックに近づけるのかはなはだ不安ではあったが。
 ルックはトラン湖に面した塀の近くに立っていた。その姿を確認した途端、風の刃がルキアに襲いかかって札の効果を潰してしまった。こうなっては、あとは自分の反射神経とあまり使いたくない右手の紋章が頼りだった。
「ルック」
 聞こえているだろうに、ルックは振り向きもしない。その背中が怒りの度合いを物語っていた。
 風の刃を持ち前の反射神経でかわしたり、紋章の力で吸収したりしながら、ルキアはルックに近づいた。
「ルック」
 とうとう、ルキアはルックの肩をつかんで振り向かせた。
「なにしに来たのさ」
 赤く腫れた目許は、眠れなかったからなのか泣いていたからなのか、ルキアには判別できなかった。
「迎えに来たよ」
 ルックはそっぽを向く。欲しいのは、そんな言葉じゃない、とでもいうように。
「不安にさせて、ごめん」
 ルックの顔を覗きこむようにして、ルキアは言った。
「もう、大丈夫だから。怖がらなくて良いよ」
 不安も恐怖も包みこんで解かしてしまう、黒曜石の瞳。欲しかったのは、その言葉。その眼差し。
 ルックはルキアを抱きしめた。ルキアもしっかりと抱き返す。
「……ごめん、ルック……」
「…………どれだけ、心配したと思ってるのさ……」
「ごめん……ありがと……」
「独りが嫌だったら、僕を呼んでよ……!」
 いっそう力をこめて、ルックは抱きしめる。
「………うん。………次からは、そうするよ」
 柔らかい金茶の髪を撫でながら、ルキアは答えた。口許がついつい綻んでしまうのを止められない、と思いながら。
「………なに、笑ってるのさ」
 それに気がついて、ルックは顔を上げた。
「だって、嬉しくて」
「……なにが」
 まだ怒ったままの表情のルックに、堪えきれずルキアは満面の笑みを見せる。
「ルックが、素直に感情をぶつけてきてくれるのが。ルックの温かい気持ちが。私にはすごく嬉しいよ」
 ルックの頬が真っ赤になる。にっこりと微笑んで、ルキアはルックの耳許にささやいた。
「戻ろう、ルック」
 ルキアの背中にまわしたままの手を、ルックは軽くあげて風を紡ぐ。
 一陣の風が流れると、二人の姿はかき消えていた。
おしまい