忘れたいこと、忘れてはいけないこと



 酒場で、フリックはぼんやりとグラスを眺めていた。中の琥珀色の液体は、手つかずのまま。
「フリック、どうしたのさ?」
 ルキアがポンとフリックの肩を叩いた。
「あ、あぁ、ルキアか……」
 向かい側に腰を下ろしたルキアに、フリックは視線を向けたがすぐにそらしてしまった。
「フリック……?」
「………ルキア」
「なに?」
「………その紋章に、意志は、あるのか……?」
 つかえながら訊かれた質問に、ルキアは目を瞠った。
「………星辰剣も、紋章だよね、フリック」
 迂遠な答えに、フリックは決まり悪そうに頭をかいた。
「そ、そうだったな……。すまない、変なことを訊いて」
 ルキアは無理に作った笑顔でそれに応えた。
「……飲むか?」
 差し出されたボトルに、ルキアは首を横に振る。
「今日は、止めておくよ」
 そして、席を立って行ってしまった。
 ルキアを呼び止めようとして、結局、言葉が見つからず、フリックは自分の失言を悔いた。

 ルキアはシエラのもとへ向かった。
 人気の途絶えた城の庭を散策していたシエラをつかまえて、自分が眠っていた間にフリックとなにを話したのか問い質す。
「とくにあやつと会話をした覚えはないがのぉ。………あぁ、カスミとの話を聞いておったのやもしれぬ」
「カスミと……?」
「“生死を統べる者”に、カスミと話をさせてやったそうではないかえ」
 ルキアの視線がシエラから外れた。
「あの男が、どういうつもりでいきなりそんな問いをおんしにしたのか知らぬが、わらわが思い当たることといったらそれくらいじゃ」
「そう……」
「………いらぬ世話かもしれぬが、そう気に病むことではないと思うがの」
「…………フリックとは、これの話をしたくない」
 ムスッとして言ったルキアを、シエラは笑った。
「おんし、存外、子供っぽいのぉ」
「八百年も生きてる人から見れば、みんな子供だよね」
 ルキアの憎まれ口に、シエラの目つきが剣呑になる。それを綺麗に無視して、ルキアは右手に視線を落とした。
「……フリックは、これをオデッサと同一視するときがあるんだ……」
「では、尚のこと話してやるのじゃな。女の輪廻はすでに廻っておることを」
「世界の理(ことわり)を、普通の人が知るわけないじゃないか」
「…………。あの男の前では、どうでも右手の紋章を忘れたいのかえ? 女の命を喰らっておきながら……?」
 シエラの言葉に耐えるように目を閉じていたルキアは、やがて真っ直ぐに見返した。
「だからこそ、なんだよ、私にとっては………」
「忘れられようはずもあるまいに。互いを結んだ存在を……」
「そうだね」
 ルキアは切なくなって、夜空を振り仰ぐ。
「でも、忘れていられるから……。その居心地の良さが、すごく気持ちが良くて、だから、真実(ほんとう)を話したくない」
「矛盾しておるぞ」
「人だからね」
「………あの青い男の何処がそうも気に入ったのやら……」
「そういうとこ」
 にこりと笑ったルキアに、シエラは呆れたように溜め息を吐いた。
「手に負えぬわ」
 シエラが肩をすくめると、ルキアは完爾と笑い、邪魔して悪かった、と去っていった。
 それを見送って、シエラはまた歩き始めた。

 夜も更けてきたが、酒場からはほのかな灯りがまだもれていた。
 シエラはカウンターのレオナにグラスワインをもらって、テーブル席の間を進む。
 片隅では、フリックが相変わらず琥珀の液体を睨んでいた。それに呆れたように溜め息を吐き、シエラは向かい側にすわった。
 ちらりと視線を向けて、フリックは呟く。
「ビクトールなら来ないぞ」
 と、間髪入れずに、ガツンと小気味良い音が響いた。
 カウンターにいたレオナが思わず音の方向を見ると、優雅にグラスを傾けるシエラと、頭を抱えたフリックが目に入った。
「見ればわかるわ」
 柳眉をつり上げて、シエラは言う。頭をさすって、フリックは忌々しそうに唸った。
「おんし、乙女の会話に聞き耳をたてるとは、性質(たち)が悪いのぉ」
 誰が乙女なんだと反論を入れたかったが、拳骨を喰らった頭がまだ痛むので、とても口にはできなかった。
「………ルキアに会ったのか?」
「かなり前じゃがの」
「あいつ、大丈夫だったか?」
 ほんのわずか、シエラは眼を眇める。
「大丈夫、とは……?」
「いつものルキアだったか? ………鬱ぎこんでなかったか?」
「………さて、どれがおんしの言ういつものルキアなのか、わらわにわかるはずもあるまいに……」
「あぁ、そうだったな」
 面白くなさそうに、フリックはグラスを一息で空けた。
「…………それで? 紋章の意志なぞ確認して、おんしは、なにが訊きたかったのじゃ?」
「…………」
女は、もうおらぬぞ
 フリックの顔がさっと青ざめた。
「それがこの世の理じゃ」
「……わかってる……! ………クロウリーにも、釘を刺された。次の転生の輪は廻っているって……」
「ほぉ……」
「…………ただ、どうして宿主を苦しめるような力しか持たないのか、それを訊きたかった………」
 フリックの絞り出すような声に、シエラは此処へ来てようやく柔らかく笑った。
「世界の成り立ちは、人の手に負えるものではないからじゃ」
「だったら、余計に人に宿るのは筋違いじゃないか」
「世界を動かしておるのは、人であろ?」
 不機嫌そうにフリックは押し黙った。
 シエラは笑う。フリックの継承者を思いやる心が、嬉しくて。
「おんし、思ったより佳い男じゃな」
「思ったより、は余計だ」
「あ奴がおんしの前では、普通でいたがる理由がようわかった」
「………褒めてくれてるのか……?」
「そのつもりじゃが……?」
 フリックは疑わしげにシエラを見つめた。
 だが、一つわかったことがある。ルキアの前では、いつも通りにいるのが一等良いということ。時にどんなにつらくても、それが、ルキアの望み。

 翌日、フリックは転移の大鏡の前にいるルキアを見つけた。ゴクウに付き合って、何処かへ出かけるようである。
「ルキア!」
「おはよう、フリック」
 ルキアは笑顔でフリックに応えた。パーティメンバーに入っているルックの険のある視線が痛かったが、努めて無視してフリックはルキアを誘った。
「ルキア、今日は俺と出かけないか」
「えぇ〜、こないだも二人だけで遊びに行ってたのに〜」
 ルキアが答えるより先に、不平を零したのはゴクウである。
「……お前なぁ、俺たちが雑務に追われてる間に、ルキアを独り占めしてるのは誰だ……?」
「………俺……」
 渋々、ゴクウは認める。
「すまないな、ゴクウ」
 軽くゴクウの肩を叩いて、ルキアはフリックに訊く。
「今日は何処へ行こうか?」
「釣りに行くっていうのはどうだ?」
「良いね」
 仲良く外へ出ていく二人を見送って、何人かが盛大に溜め息を零した。
END





 前サイトキリ番『8000』をゲットされた沙久羅様のリクエスト、『ソウルイーター絡みのフリ坊』でした。同じくリク作品である『Silver Rain』の後日譚にあたります。
 リクをいただいたときに、「・・・書けんかも」と挫けそうになったことは秘密です(爆) 沙久羅様にお届けの時に、メールにて平謝りしましたが、ルキアは“ソウルイーター”に関して忌憚なく話せる人物を限定してますので(;'-') この件に関しては、ルックさえ除外されてる・・・。
 ということで、間に一人、置くことにしました。おかげで、すんなり仕上がり。さすがシエラ様(笑) ちなみに、シエラと別れたあとのルキアの行き先は、ルックのところです。だから、視線が痛かった(;;;'-')

 ともあれ、沙久羅様にはお許しいただけて安心しました。ありがとうございます(*^_^*)