梁山(リアンシャン)城、大広間。『同盟芸術祭』打ち上げ会場。
「それでは、『同盟芸術祭』の成功を祝して、乾杯!」
 ゴクウの乾杯の音頭で、大宴会は始まった。
「やっぱり、今回のMVPはメグちゃんだよね」
 舞台衣装が気に入って、ドレス姿のままのナナミが力説した。手にしている料理を山盛りに載せた皿が、見事なまでにミスマッチ。
「えぇ、本当に。想像以上の出来映えで、感動したわ」
 アップルの言葉に、うんうんと頷く女の子たち。
「私、泣いちゃいました〜」
「ワカバちゃんも? 僕も泣けたよぉ」
「………その肝心の今日の主役は?」
 トモの言葉に、みんながあたりを見渡す。
「今日のところは、そっとしておいてあげませんか……?」
 苦笑しながら言われたカスミの言葉に、女の子たちはピンと思い当たるものがある。
「う、うん、まぁ、そうだね」
「カスミさんがそう言うなら……」
 テンガアールとナナミはそう答えながら、大好きな人を目線で捜す。
 そこへ、バサバサと猛烈な衣擦れの音を伴って、騒がしい足音が近づいた。
「ねぇ、フリックさん、見かけなかった!?」
「うぅん、見てないよ」
 アイリの答えに、みんなもそろって首を振る。
「んもう〜、何処に行っちゃったのよ〜」
 ニナは頬を膨らませ、ドレスの裾をからげて走り去っていった。
「…………今夜は、独り者にはつらい宴会になりそうだわ」
 溜め息を吐いたアップルに、カスミはにっこりと笑う。
「アップル、一緒して良い?」
「………そうね。今日は、女同士、とことん語り合いましょ!」
「はい」

 ゴクウがアイリのところへやってきた。
「アイリ、お疲れさま」
「ゴクウもね」
 アイリの顔を見つめて、ゴクウはこれ以上ないくらいに嬉しそうに笑った。
「な、なんだよ……」
「エヘヘ、だって、口紅、ちゃんとつけてくれたからさ。嬉しくって。思った通り、よく似合ってるよ」
「……ありがと……」
 ほんのり頬を赤くして、見つめあう二人。
 その良い雰囲気が邪魔されるのも、こういう宴にはつきもの。
「ゴクウ!」
 後ろから、シーナがゴクウを羽交い締めにした。
「俺に貧乏クジ引かせて、自分だけオイシイとこかっさらおうなんて、そうはいくかよ」
「チェ、良いところだったのに」
 ゴクウは頬を膨らませる。
「ナイフ投げも大成功だったから良いじゃないか。シーナ、怪我一つしてないみたいだし」
「それはー、リィナが手当をしたからー」
 ボルガンが会話に加わった。その隣で、リィナが微笑んでいる。
「言ったとおり、あの薬、よく効いたでしょう」
「あぁ、うん、それよりもリィナの手当が俺にとっての、最高の良薬」
 ゴクウを解放して、シーナはリィナの手を取った。
「…………最高の貧乏クジだったみたいだね」
 油断も隙もない、とゴクウは呆れたように溜め息を吐いた。

 広間のバルコニーの片隅で、シエラが一人でワイングラスを傾けていた。
 シエラもドレスが気に入った口で、舞台衣装のまま。澄み切った夜空を思わせる深い青いドレスは、白い肌をよりいっそう際立たせた。
「……一人か?」
 グラスを片手に、声をかけたのはビクトールである。
「見ての通りじゃ」
 軽く微笑んで、シエラは答える。
「………クラウスはどうしたんだよ」
「さて………。中で父親の相手でもしておるのではないのかえ」
「ふ〜ん、じゃあ、遠慮なく……」
 そう言って、ビクトールはシエラの傍らに並んだ。触れるほど近くに。
「……その、なんだ、よく似合ってるぞ」
 外を眺めながら言われたぶっきらぼうな言葉に、シエラは嬉しそうに目を細めた。
「なにか言うたかえ? 聞こえなんだぞ」
 顔を真っ赤にしてビクトールは振り返った。
「バカヤロー、二度も言……」
 至近距離にシエラの顔があって、ビクトールは固まる。だが、すぐに気を取り直して、さらに顔を近づけた。
 シエラは悪戯っぽく微笑んで、ほんの一瞬だけビクトールに口づける。
「殊勝な言葉は、褒めてやろうぞ」
 そして、するりとビクトールの傍らを通り抜け、ちょうどバルコニーへ出てきたクラウスのもとへ行ってしまった。
 それを視界の端で確認して、ビクトールは溜め息を零す。
 だが、触れてくれた唇を思い出し、まんざら悪い気もしない。
「まぁ、良いか……」
 ビクトールは一人、グラスを傾けた。

 広間の片隅で、エミリアは人混みと酒の酔いを醒まそうと、椅子に腰を下ろした。
「エミリア」
 そこへ、タイミングを計ったようにテンプルトンが声をかけた。
「……テンプルトン」
「大丈夫……? 酔ったの?」
「少しね。すわったら、楽になったわ」
「……そう。じゃあ、いま、約束を果たしてもらおうかな」
 『約束』という言葉を聞いて、エミリアは耳まで真っ赤になった。
「ちゃんと、薬屋の役をやったでしょ」
 年に似合わず大人びた微笑を浮かべて、テンプルトンはエミリアを見下ろしている。
「え、えぇ、そうね。素晴らしかったわ」
「約束だったよね。ちゃんと役を演じたら、ご褒美をくれるって」
 さらに首まで赤くなるエミリア。
「まさか反故にするなんて言わないよね。嘘が嫌いなあなたが」
 痛いところを突かれて、エミリアは渋々頷いた。
「もちろん、ちゃんと覚えてるわ。で、でも、こんな人目が多いところでなくても………」
「大丈夫だよ。みんな自分のことに手一杯で、他を見てる人なんていないって」
 言われて大広間を見渡せば、互いを見つめ合う恋人同士か、気の合う者同士で語り合ってる集団しかおらず、こちらを見ている者など誰もいない。
「ね、だから、約束の、あなたからのキスをちょうだい」
 耳許で大好きな声でささやかれて、エミリアの酔いは醒めるどころかさらにまわったようだった。
「………わかったわ」
 覚悟を決めて、エミリアはテンプルトンを見つめた。満足げに微笑んで、テンプルトンがエミリアの眼鏡を外す。
 エミリアは、ちょっと朧気になったテンプルトンの存在を確かめるように、頬に触れる。そっと引き寄せると、軽く唇を触れあわせた。
(ヤケ酒するオジサンたちが、いっぱいいるだろうなぁ)
 自分のことには鈍感な人で助かった、と思いつつ、テンプルトンは譲る気も全くないので、離れようとするエミリアをつかまえて、甘いキスを返した。

 ビッキーは、ミルクホワイトの地に空色のレースをふんだんにあしらったドレスの裾をつまんで、屋上へ続く階段を上った。
 人目を嫌うルックのために、みんなが寝静まるのを待って、ダンスの練習をした場所。足を踏まれたのは痛かったけど、でも、二人っきりで踊れたのはすごく楽しかった。
 そんな日々も、もう終わってしまった。それが淋しくて、そしてもしかしたら姿の見えなかったルックが此処にいるんじゃないか、と淡い期待を胸に抱いて、ビッキーは屋上へ出た。
 柔らかい風が、頬をかすめていった。
「ルック君……」
 塀にもたれて、グラスを傾けていたルックが、ちらりとビッキーを振り返った。そしてまた、視線を景色へと移す。ビッキーはルックの隣りに立った。
「ルック君、もう着替えちゃったんだね」
 いつもの緑の法衣姿に、ビッキーは少しガッカリして呟いた。
「動きづらいんだよ、あの服は」
「すごく格好良かったのにな」
「これは、格好悪いって……?」
「うぅん、そうじゃなくて……! もう、こんな機会ないだろうから、もう一度踊りたかったんだもん」
「………別に、これっきりにしなくても良いんじゃないの」
 相変わらずの口調だったけれど、でもとても嬉しい言葉に、ビッキーは目を輝かせた。
「………ルック君……」
 照れくささを誤魔化すように、ルックはグラスの中身を飲み干した。
「……なに飲んでたの……?」
「ワインだよ」
 塀の上にグラスを置いて、ルックは答えた。
「私も飲みたかったな」
「君ねぇ……」
 ルックは呆れたように溜め息を吐いた。
「なに飲んで、三年も時間を飛んだか忘れたの?」
 拗ねたように、ビッキーは頬を膨らませる。
「お酒のせいだけじゃないもん」
 ルックの冷たい視線に、上目遣いになって付け加える。
「たぶん……」
 また溜め息を吐かれて、ビッキーがさらに言いつのろうとしたとき。
 ふわりと、ワインの香りが広がった。
 ビッキーは目をしばたかせて、ルックの長いまつげと満天の星空を眺めた。
「ワインの味、した?」
 こつんと額をくっつけて、さらりとルックは訊いた。ビッキーは顔を真っ赤にして、頷くことしかできない。
「………踊ろう、ビッキー」
「うん……!」
 差し出された手に、ビッキーは自分の手を重ねた。
 二人きりのダンスパーティ。踊りながら、ルックは言った。
「………いつか、君が帰ってしまっても、時には、風を辿って会いに来て欲しいな………」
 ビッキーはルックからの願いに、嬉しそうに愛おしそうに微笑んで答える。
「はい。必ず、会いに行きます」

 メグは若草色のドレスに再び着替えて、城の中を歩いていた。
 料理の追加を運ぶレオナに、ルキアを見かけなかったか尋ねると、3 階へ歩いて行くのを見たと教えてくれた。
 バラ園へと続く扉を開ける。咲き誇る秋バラの香りの中を、他のカップルの邪魔をしないように、メグは進んだ。
 バラ園の最奥。茂みの中に隠れるように、ルキアがうずくまっていた。上着がメグの血糊で汚れてしまったので、シャツだけでは少し肌寒く闇色のマントで身体を包んでいる。メグは、危うく見落とすところだった。
「ルキアさん……」
 そっと声をかけると、ルキアは顔を上げていつもの笑顔を見せた。
「どうしたの、メグ……? 友達といなくて良いのか?」
「………ルキアさんといたいの。ダメ……?」
「そんなことないよ。おいで」
 ルキアはメグもすわれるように、少し横へ移動した。ドレスをバラに引っかけないように注意して、メグは隣にすわる。
「……ルキアさん、ごめんね」
 いきなり謝られて、ルキアは不思議そうに首を傾げた。
「なんのこと……?」
「こんな悲しいお芝居をさせちゃって………」
「そんなことないよ。すごく楽しかった。メグともキスができたし」
「茶化さないで……!」
 いつもの調子で答えるルキアの頬を、メグは両手で包んだ。いつかルキアにされたように。
「ルキアさん、私に言ったよね。自分の気持ちに嘘を吐いちゃダメって。それなのに、どうしてルキアさんが自分の気持ちに嘘吐くの? 私には真実(ほんとう)をくれないの? 私、私だって、こんなにルキアさんのこと好きなのに、ほんの少しでも、ルキアさんの気持ちを包んであげたいのに………」
 言いながら、メグはぽろぽろと涙を零した。ルキアは申し訳なさそうに、涙を拭う。
「ごめん、ごめんね、メグ。泣かないで……」
「じゃあ、本当のこと言ってよ」
 泣きじゃくるメグをあやすように、ルキアはそっと抱き寄せた。
「……そうだなぁ……。みんなの迫真の演技には、ちょっとまいっちゃったかな……。あぁ、こうやって置いていかれるんだって、突きつけられたようで悲しかった………」
「ごめんなさい………」
「メグが謝ることじゃないって。実際、面白そうだって思って快諾したんだし……」
 メグはルキアの腕の中で首を振る。
「それもあるけど……。……置いていってしまうから……。からくりだって、どうすることもできないから……だから、ごめんなさい………」
「……じゃあ、尚のこと、メグが謝ることじゃないな、それは。……私が、自分で決めたことだから」
 穏やかに微笑んで、ルキアはメグの髪を優しく梳いた。
「……私にも、弱音言っても良いんだからね」
「ありがと……。……つらいときもあるけど、でも、時にはこうやって、温かい想いをもらえるから、だから、大丈夫なんだ……」
 ルキアの想いの行方を訊きかけて、メグはかろうじて踏み止まった。つらい想いをさせたいんじゃない。
 でも、とメグは思う。想いを受け止めてくれるなら、目一杯甘えても良いのかなと考えてみる。そう、せめて今宵だけでも。
「………あのね、ルキアさん、私がお芝居をお願いしたときの言葉、覚えてる?」
「うん。あれは、クラクラするほど、嬉しかったな」
 その時の、メグの可愛い表情を思い出して、ルキアは笑った。
「お芝居は終わっちゃったけど、私たち、まだ衣装、着てるよね」
「そうだな」
「芸術祭も、まだ終わってないよね」
「まだ、打ち上げの最中だからな」
「じゃあ、今夜はまだ、ルキアさんは私の恋人ね」
 ルキアはメグの強引な論理に吹き出した。
「私、本気で言ってるんだよ〜」
 拗ねるメグに、ルキアは笑いながら謝る。
「ごめん、そうじゃなくて、メグがあんまりにも可愛いから」
 かぁっとメグは真っ赤になる。
「………やっぱり、強引すぎたかな……」
「メグらしいよ」
 ようやく笑いをおさめて、ルキアはメグの頬に手を添えた。
「じゃあ、可愛い恋人のお願いはなんでも聞いてあげようかな。なにかある?」
 メグは嬉しくなって、とびきりの笑顔を見せた。
「恋人の証のキスが欲しいな」
 ふわりとマントを広げて、ルキアはメグを包みこむ。そして、甘く優しく口づけた。
 ついばむようなキスのあと、メグはなにかを思いついたようで、目をキラキラさせて言った。
「ふふ、私、良いこと思いついたよ」
「なんだい……?」
「ロミオが恋の翼でジュリエットのもとへ来たように、私もからくりで翼を作るの。そうしたら、ルキアさんが何処にいても、すぐに会いに行けるでしょ?」
 その時ルキアが見せた笑顔を、メグは一生、忘れないと思った。
 愛しさと切なさをこめて見つめられて、溶けてしまいそう。
「楽しみに待ってる」
「うん、約束だよ」
 今宵限りの恋人同士。でもそれは、紋章に捕まらないためのお呪い。
 優しい指先も、甘い唇も、温かい言葉も、すべてちゃんと覚えているから。
 二人の気持ちが同じだったことを知っているのは、バラの花と満天の星。
END





 "L"-supplement様の特別企画参加作品の完全ヴァージョンです。
 『恋の翼』改め『Dramatic Panic』と改題しました。これだけ形容詞なのもアレなんですが(^^;) この話も、初出時はバカップルたちの饗宴と銘打っておりましたので、『パニック』に入れちゃえ、ということで(笑)

 上演作品の『ロミオとジュリエット』については、新潮社から出ている中野好夫氏の訳を参考にいたしました。マナ好みにアレンジしまくってますので、原文まんまを抜粋したのはあんまりないかな。
 これを前サイトにアップしたあと、『3』でロミジュリがやれるとわかった時は大笑いしました(;'-')
 例の名台詞を割愛してるのは、皆さんもう周知だろうからと思ったので、他の砂吐き台詞をチョイスしました。・・・リオ様主演のロミジュリがまた見たくなった(笑) あの映画、舞台は現代アレンジだけど、台詞は原語まんまなのだそうで。日本語訳だけど、シナリオ読んだいまならまた面白く見れそう。

 胸焼け必至の甘さでしたが、いかがでしたでしょうか?(;'-') 後半のテーマが『キス』だったらしいです(前サイト掲載時のあとがき参照・笑)。
 思う存分、坊メグが書けて幸せ(≧∇≦) メグが別人ですが・・・(;'-')

 カスミとメグが語りあった部分がどうしても外せなくなって、当寮設定でも『同盟芸術祭』は開催されたことになりました(笑)
 あひるん妹々、オイシイ設定をありがとう!(*^_^*) この話のイラストまでいただいてしまって、幸せ(≧∇≦)♪

 此処までおつきあいくださいましてありがとうございます(*^_^*)