過去の遺物



 モラビア城の攻略後、都市同盟に北方は侵略された。その偵察へ、ルキアは少数の手勢だけで出かけた。
 馬上からモラビア城を遠くに眺め、ルキアは軽く息を吐く。止むを得なかったとはいえ、北方を奪われたことはやはり気が滅入る。
 いずれ取り返します、と言ったマッシュの強い言葉を信じるしかないだろう、と自分の気持ちを無理矢理、納得させる。
 その帰り道。同じく近辺の哨戒任務に出ていた都市同盟軍と鉢合わせてしまった。
「ルキア様、此処は我らが食い止めます!」
「本陣へお戻りください! 早く!!」
「そんなことできるか……!」
 アレンとグレンシールが盾になろうとするのを、ルキアは怒鳴り返して反対した。
「アレン」
 ヘリオンが短く、火炎将の名を呼んだ。その右手が淡く光っている。心得たようにアレンも頷いて、右手を迫りくる敵へ向けた。
猛る熱き風!
礎なる者、業火を抱きて変化を遂げよ。“焦土”
 アレンの起動した烈火の紋章をヘリオンが引き継いで、爆炎と大地の変動を引き起こす連携魔法が完成する。敵は、炎と大地の裂け目に呑まれた。
「ほぉ、豪快な花火じゃ」
 ヘリオンが魔力を上乗せしたので、さらに威力が増した“焦土”を見てクロウリーが口の端をあげた。敵にも異変を察知されるが、これだけ目立てば、本陣がルキアの危機を知って救援部隊を差し向けてくれるだろう。
「フリック、ルキア様を頼む!」
「わかった! 行くぞ、ルキア!!」
 フリックに促されて、渋々、ルキアは馬に鞭を入れた。それに、フリックとクロウリー、ヘリオンが続く。アレンとグレンシールは、魔法の効果がいましばらく続くことを確認してからあとを追った。

 砂漠のただ中とはいえ、小山ほどもある岩石や砂丘を利用して敵から姿を眩ますことはできる。ただ、身を隠しながらの逃避行は、本陣までの道のりを遙かに遠くしてしまった。
 ゴツゴツとした岩ばかりが転がる、道なのかもはっきりしないところを進みながら、フリックは後ろを振り返った。
「……アレンとグレンシールとははぐれちまったな」
 敵を引きつけていた二将の姿はない。ルキアも心配そうに後ろを振り返った。
「剣も魔法も腕の立つ二人じゃ。大丈夫じゃろうて。彼らのほうが先に本陣へ着いておるやもしれん」
 クロウリーの言葉に、ルキアは自分を納得させるためにも頷いた。
「そうだね」
「それに、他人のことよりも、自分の身を心配したほうが良さそうじゃ」
「え……?」
 先を眺めるクロウリーの視線を、ルキアも目で追う。
「………とんでもないところに、迷いこんだようだね」
 ヘリオンの声も緊張している。
「な、なんだ、あれは!?」
 皆の視線の先に立ちはだかるのは、山と言っても良いほどに巨大な岩石。風化によるものなのか大きな穴があいており、下から上へかけて亀裂が走っている。
 そして、その洞の前には、巨大な蛇がとぐろを巻いていた。
「ラミアー………」
 忌々しそうに、ヘリオンは呟いた。
 白銀に輝く鱗。ギラつく黄金の目。人で置き換えるならちょうど額にあたる部分には、第三の目のような血のように紅い石が埋まっている。馬はすっかり浮き足立っていた。
「“死の指先”で倒せるか……?」
 ルキアは手綱から右手を放した。
「紋章を使ってはいかんぞ、ルキア」
 厳しい口調で止めたのは、クロウリーだった。
「どうして?」
「ヘリオンが死ぬ。此処は来た道を戻るしかあるまい」
 だが、大蛇はゆっくりと鎌首をもたげていた。とぐろを解いたその姿は、優に十メートルはあるだろうか。
「……向こうは、俺たちを帰す気はないみたいだぜ」
 フリックは愛剣を抜いて身構えた。ルキアも背中に負っていた棍を構える。
「どうして、紋章を使うとヘリオンが死ぬのさ……?」
 ラミアーから目を離さずに、ルキアは再度、訊く。
「あの額の、石に見える物はヘリオンの血じゃ」
「え!?」
 思いもしなかった答えに、ルキアがクロウリーを振り返ったとき、その隙を狙い澄ましてラミアーがルキアに襲いかかった。
「ルキア!!」
 馬上から飛び降り様に、ルキアは棍で馬を打った。受け身を取ってルキアは転がり、馬は間一髪のところでこの場を走り去った。他の三人も馬から降り、この恐怖の場から馬を逃がした。
「あれは、ラミアーは、大昔にこの私が封じたんだよ。紋章術の粋を集め、自分の血を媒介にして」
 ルキアのしつこい視線に辟易として、ヘリオンは答えた。
「じゃあ、あの石はまだ生きてるのか?」
「私が死ねば、あの石も死ぬ。あの石が死ねば、私も死ぬ」
「ヘリオンがもし死んでしまったら、あの魔物は自動的に復活したってこと?」
「バカお言いでないよ! 石で封じたあとに、別の封印を施しておいたさ」
 ルキアはヘリオンの怒声に肩をすくめて、ラミアーの牙から滴り落ちる毒液を避けた。毒液を浴びた大地が、嫌な音をたてて溶けていく。
「それがなんだって、こんなところにいるんだよ!」
「大方ウィンディかその手下が、面白半分にもう一つあった封印を壊して、ラミアーを起こしていったんじゃろうて」
「はた迷惑な……!」
 舌打ちして、フリックは襲いかかる鎌首を薙ぎ払った。金属が擦れあう嫌な音を響かせて、フリックが弾き飛ばされる。
「うわぁ!!」
「フリック!」
 地面へ叩きつけられる前になんとか受け身を取って、無事なことをルキアへ合図する。それを確認して、ルキアは軽く息を吐いた。
「……あの鱗、ずいぶんと硬そうだな」
「鋼なみだね。ひとまず防御力は上げてやるよ」
 ヘリオンの言葉と同時に、ルキアとフリックを光の幕が取り囲む。
「さて、どうする、ルキア?」
 ルキアの隣りにフリックが並んだ。
「急所を一撃で仕留めるしかないな」
「だろうな。……目と目の間か……」
「たぶんね。フリック、援護を頼む」
「わかった」
 魔物を引きつけるために先に動いたフリックに、ラミアーの照準が定まる。大上段から振り下ろされた剣を驚くべき早さでかわし、ラミアーはフリックに毒牙を向けた。
「下がれ、フリック!」
 その後ろから、ルキアが棍を振りかぶって急所を狙う。
 決まった、と誰もが思ったその時、左側から凄まじい風圧を伴ってラミアーの尾がルキアを殴り飛ばした。
「ルキア!」
 数メートルも飛ばされて、ルキアは起き上がることもできない。クロウリーが素早く“癒しの風”を紡いだ。
 頭を軽く振りながらなんとか起き上がったルキアを確認して、フリックは紋章使いたちを振り返った。
「おい! あいつの動きを止める方法はないのか!?」
「まったく世話の焼ける……。言っておくが、ヘリオンの封印がまだ生きておるから、あ奴の速さは通常の1/3以下なのじゃぞ」
「マジかよ………。クッ……!」
 ラミアーの尾の攻撃をかわし、それを踏み台にしてフリックはジャンプをした。落下速度を利用して突き立てた剣先は、ラミアーの右目を貫く。
 激痛にのたうつラミアーに、フリックは振り飛ばされた。突き立つ岩石に叩きつけられそうになったとき、その姿がかき消える。
「え……?」
 気がつくと、フリックはヘリオンの足許にすわりこんでいた。
「……いまのは、あんたが……?」
「言ったろ。私の得意は“呼び戻し”なんだよ」
「た、助かったよ」
 フリックは驚愕からようやく冷めて立ち上がった。
「大丈夫か、フリック!?」
「あぁ、平気だ。だけど、余計に怒らせちまったかな」
 激しくのたうつラミアーは、逃げるどころか残った目に怒りの色を湛えだした。
「やはり、剣では無理かの……。ルキア、フリック、しばらく奴を引きつけておけ。動きが止まったら、すぐに石を取り出すのじゃ」
「なにをする気だ?」
「良いから、あ奴が痛みに耐えきる前に、早く行かぬか」
 つまらなさそうに舌打ちして、フリックはラミアーへ向かっていった。
「さて……。久々の大仕掛けじゃ」
 実に楽しそうに呟いたクロウリーを少し不安そうに見やって、ルキアもフリックの援護に向かった。
「…………しばらく耐えておれよ、ヘリオン」
 クロウリーの左手にある小さな光る楔を見て、ヘリオンは仕方なさそうに頷いた。
「………あいつに止めを刺し損なった私が悪いんだから、ルキアが紋章を使うのを止める必要もなかっただろうに」
 平然と自分の死を口にしたヘリオンを、クロウリーは横目で睨んだ。
「ルキアが泣くのは、もう見たくないのでな」
 ヘリオンはラミアーと戦うルキアの背を見つめた。
「………それに、可愛い妹弟子を死なすわけにもいくまい」
「…………。そんな昔のことは、忘れたよ……!」
 ムッとして返ってきた答えに、クロウリーはいつものように口の端を上げた。そして、ラミアーへ向かって左手を真っ直ぐに伸ばす。
“縛鎖の陣”起動
 手のひらから浮かび上がった楔は下降して、地面すれすれを飛んでいった。クロウリーは両手で印を組んで目を閉じる。
 楔はラミアーを取り囲むようにぐるりと円を描いた。さらにそれを囲む円を描く。
 目の前に突き立てた“ガイア・ロッド”に寄りかかるようにしていたヘリオンは、足が固まっていくのを自覚した。
 さらに楔は円と円の間に、複雑な紋様を描いていく。
「まだか……!?」
 フリックは振りまわされる尾の風圧に耐えている。ルキアは渾身の力で棍をラミアーに叩きつけるのだが、わずかに鱗を傷つけるだけで、致命傷にはならなかった。
「二人とも、下がれ!」
 クロウリーの声に、二人はラミアーの攻撃圏から下がった。
 それと同時に、楔が最後の紋様を描き終える。完成した魔法陣が輝くと、ラミアーの動きが止まった。石のように微動だにしない。
「よし、いまのうちに……!」
 ルキアは胴体を駆け上り、埋めこまれている石の際に棍を突き立てた。そのまま梃子の要領で棍を押し下げる。
「くぅ……!」
 歯を食いしばり棍に力を加えていくと、メリメリと音を立てて石が額から浮き上がった。
 突然、棍に抵抗がなくなった。いつのまにか、額に大きな穴が空いている。埋まっていたときは、両手で抱えなくてはならないほどの大きさに見えた紅い石は、手のひらほどの大きさになって穿たれた穴に転がっていた。ルキアはその石を取ると、ラミアーの身体を駆け下りた。
「石を取ったなら、その魔法陣の外へ出るのじゃ!」
 二人は光る魔法陣を飛び越えた。
 全身を固めていた力から解放されて、ヘリオンはガクリと膝をついた。荒く息を吐きながら、頭の上で流れる言の葉を聞く。
光と音の作りし神の槍。その刃は星
 頭上の空がにわかにかき曇り、雷鳴が轟きだした。
邪念なる汝を縫いつけるもの。切り裂きて、業火もて浄化するもの。降り来たれ、破軍の槍!!
 轟音とともに、稲妻をまとった光の槍がラミアーを貫き通した。そして、光の槍に切り裂かれた場所から火がつき、瞬く間に全身を炎が埋め尽くす。稲妻の眩しさも、炎の熱さも凄まじく、ルキアとフリックはクロウリーの後ろへ下がった。だが、稲妻も炎も、魔法陣からは寸毫も洩れなかった。
 ラミアーは固まったまま焼き崩れ、空がもとの青さを取り戻したときには、丸く真っ黒に焦げた大地だけが残された。
 ルキアとフリックは茫然と焼け焦げた場所を見つめた。先ほどまでの死闘が、まるで夢のよう。
 いや、とルキアは左手に握りしめていた石を見る。ドロップ型の紅い石は、美しく光り輝いていた。
「ヘリオン、これ……」
 ようやく息を整えて立ち上がったヘリオンに、ルキアは石を返した。
「……ありがとう………」
 素っ気ない言葉だったが、石を受け取ったヘリオンはとても懐かしそうな表情だった。
「実物はそんなに小さかったんだな」
「この石を媒介にして、紋章術をかけてあったからね」
 フリックは要領を得ない顔をしている。
「まぁ、わからなくても良いことさ」
 軽く息を吐いて、ヘリオンは言った。
「あの魔物も、ヘリオンの封印石も、クロウリーの魔法も、すべて“古の秘法”が残していったものかい……?」
 ルキアがクロウリーに訊いた。
「………あぁ、そうさな。すべて、過ぎ去りし栄光の日々の面影じゃ………」
 遠く空を眺めやり、クロウリーは答えた。
「………心にもないことを……」
 ヘリオンの呆れたような呟きに、クロウリーはまた口の端を上げる。それに諦めたように首を振り、ヘリオンはルキアを見上げた。
「ルキア、いつかちゃんとこの礼はするから」
「俺はクロウリーに言われたとおりに動いただけなんだけど……。クロウリーには礼をしなくて良いのか?」
「こいつには、たくさん貸しがあるんだ。やっと一つ返してもらったところだよ」
「へぇ……」
 興味津々で、ルキアはクロウリーを見た。
「迎えが来たようじゃぞ」
 遠くに見えだした、馬蹄が蹴散らす砂煙をクロウリーは指さした。
 ルキアはにこりと笑って、諦めたわけじゃないことを意思表示してから近づく騎馬隊を見つめた。
「ルキア様ー!」
 遠くから呼ぶ声も聞こえてくる。
「アレンとグレンシールだ!」
 その後ろからは、レパントの率いる小隊が続いている。ルキアは大きく手を振って、彼らに答えた。
「さぁ、帰ろう」
 ルキアの声に、皆が頷いた。
END




 前サイトのキリ番『8888』をゲットされた双樹様のリクエスト『坊ちゃんとフリック中心で、バトル有りのエピソード』でした。
 バトルシーンは、難しいですね〜〜(*_*) 手に汗握るシーンを書きたいのに、書けば書くほど遠のく現実(爆) 収拾つかなくなってきたところを、偉大な大魔法使いが終わらせてくれました(>_<)

 でも、相変わらず、楽しんで書いたのも事実だったりします。書いてる本人も楽しくなくっちゃ意味ないし、と開き直りながら(;'-')
 ヘリオンとクロウリーを書くのは楽しいです〜(*^_^*) きっとイロイロとあったのよ、この二人は(まだ具体的には考えてないけど・^^;)

 坊ちゃんとフリックはちっとも中心じゃないし、裏ネタオンパレードな話だったのですが、双樹様にはお気に召していただきましてとても嬉しかったです(*^_^*) どうもありがとうございました(^^)