「好きだよ、ビッキー」
 1階ホールの大鏡の前で、少年は少女を抱きしめて交互に頬を触れあわせた。
 くすぐったそうに笑って、少女も答える。
「私も好きだよ、ルキアさん」


Say you love me



 グレッグミンスターへ帰るルキアを見送りに来たゴクウたちは、ハラハラしながらこのやりとりを見ていた。なぜなら、見送りメンバーの中には、ルックも無理矢理入れられていたからである。ヒュッと風が唸りを上げたのは、決して気のせいではないはずだ。
「じゃあ、頼むよ、ビッキー」
「はぁい。
……世界と世界の狭間の道を開く。此の者の行く先は
 ビッキーはロッドを掲げて、転移魔法を起動する。
「「
華やかなりし都、グレッグミンスター」」
 ルキアとビッキーの声が見事に重なると、ルキアの姿は光に包まれて転移した。
 恐る恐るゴクウがルックを振り返ると、ふいっと背を向けて歩き出したところだった。背中から「話しかけるな」オーラが出ていて、ゴクウは黙って見送るしかない。
「ビッキーは、ルキアさんだけグレッグミンスターまで転移できるんだねぇ」
「うん、そうなの。ルキアさんは魔力が強いから、私、道を示すだけで良いんだ」
 とってもラクチン、と笑顔でメグの問いに答えるビッキー。
「それなら、俺だって、そこそこ魔力はあると思うんだけど……?」
 シーナがそう混ぜかえせば、ビッキーは笑顔のまま首を少し傾げた。
「ダメだよぉ。シーナさん、魔力強いけど、雑念が多くて、行き先が固定しないんだもん」
 にこりと笑って、キツイ一発。ガックリとシーナは肩を落とした。
「………あ、そう………」
「え、じゃあ、俺は?」
 ゴクウも会話に加わった。
「……う〜ん、ゴクウさんも、グレッグミンスターまでは送れないかなぁ。………だって、本当に行きたい場所じゃあ、ないでしょ……?」
 のほほんとした笑顔で、ズバリと核心を突かれて、さすがのゴクウも言葉に詰まる。
「転移魔法って、本当は使う人じゃなくて、かけられた人の気持ちが一等、影響するんだよ」
「じゃあ、時々ビッキーが失敗するのは、転移する人の気持ちのせい?」
「エヘヘ、それを言われると、苦しいんだけど………」
 気まずくなりそうだった空気は、メグの問いとビッキーの答えで、もとに収まった。
「………それにしても、ルキア、ルックの目の前で大胆なことを……」
「あぁ、俺も冷や冷やした。いつ、“切り裂き”が炸裂するかと思って……」
 ゴクウとシーナが顔を見あわせて、溜め息を吐いた。
「え、どうして?」
 心底、不思議そうな顔をして、ビッキーが訊き返した。
「どうしてって……」
「だって、ビッキー、ルックと付き合ってるんでしょう……?」
「えぇ、違うよー!」
 その場にいた三人が固まった。
「ウソー!?」
 真っ先に立ち直ったのはメグ。ガシッとビッキーの肩をつかんで問い詰めた。
「だって、指輪、もらったよね!?」
「あれは、買ってきてってお願いしたから……」
「お返しに本をあげて、喜んでくれたって言ってたよね!?」
「だから、指輪を買ってきてもらったお礼で………」
 退け腰になりながら、ビッキーは答えている。ゴクウとシーナはただ唖然として見守るばかり。その視線に気がついて、メグはビッキーの手を取った。
「ちょっと来て、ビッキー」
 メグは“転移の場”からビッキーを連れ出してしまった。
「………行っちゃったね………」
 茫然と呟くゴクウ。
「………あぁ………」
 同じく頷き返すシーナ。
「どうやら、ルックが肝心なことを言ってないみたいだね……」
「……そうらしいな。………ルキアのアレは、当てつけかぁ」
「大事なことはちゃんと言わなきゃ。………今日と同じ明日が来るなんて、有り得ないのにさ」
 ほんのわずか、悲しそうに呟いたゴクウの頭を、シーナはガシガシと撫でた。

 ビッキーを引っ張りながら、メグは“約束の石版”前にルックがいたら、どういうことか問い質してやろうと思っていたが、いつもの場所にルックの姿はなかった。仕方なく、そのままレストランのお気に入りのテラス席へビッキーを連れて行く。
「さぁ、詳しく聞かせてもらおうじゃないの、ビッキー」
 本日のおやつ。メグは、ミニアンチョビピザ。ビッキーは、オレンジのショートケーキ。飲み物は二人とも、最近、女の子たちの間で人気のあるアールグレイベースのスペシャルブレンドティー。
「……えっと、なにを……?」
「惚けないの。ルックと付き合ってないってどういうこと?」
 ビッキーは落ち着かな気に視線を彷徨わせたが、メグの有無を言わせない気迫に根負けして、溜め息を吐いた。
「…………だって、私ね、まだルックさんから、『好き』って言葉をもらってないんだもん」
 まさに口に入れようとしたピザから、アンチョビーが皿の上に落ちた。
「…………」
 メグはピザを戻して、再びビッキーを見つめる。
「………それ、本当?」
「うん、本当」
「ビッキーは、ちゃんとルックに伝えた?」
「もちろんだよ〜」
「じゃあ、その時、ルックはなんて?」
「…………。はぐらかされちゃった……」
「なんだって〜!!」
 怒りの鉄拳を握りしめ、メグは叫んだ。その場にいた全員がメグを振り返ったが、激怒モードに入っている彼女に対し、不用意に声をかけるような愚か者は幸いにしていなかった。
「あ、でも、完全に断られたわけじゃないし、ちょっとは期待しても良いかな、なんて思ってるんだけど」
「………その告白から、どれだけ経ってるのよ」
「…………」
 ビッキーの視線が宙を彷徨う。ますますメグは、怒りに肩を震わせた。
「その間に、指輪をもらって、お礼に本をあげて、とかしたりしてるわけでしょう!?」
「……そうだね……」
「そうだね、じゃない! 本当に、なにも言われなかったの!?」
 ビッキーは眉間に皺をよせて、ルックとの会話をすべて思い出そうとしたが、明確な意思表示をされたことは一度もなかった。
「………なにも………」
「それで良いの!?」
「……良いわけないけど………」
 ふぅっと盛大に溜め息を吐いて、メグは肩の力を抜いた。
「あのさ、いままで、大きな戦いや小競りあいも含めて、ゴクウさんたちが戦場に行くのを見送ってきたよね、私たち。ルックだって、魔法兵団長なんて、すごい責任のある役目でさ、先頭切って戦うわけじゃないんだろうけど、でも、戦場に立つわけでしょ。………ビッキー、どんな気持ちで見送ってきたの?」
 爽やかな柑橘類の匂いと、微かに花の香りのする紅茶のカップを両手で包んで、ビッキーはじっとメグの言葉に耳を傾けていた。紅茶に映る自分の顔が、なんだかぼやけてよく見えない。
「すごく、不安だよ。心配だよ。……でも、だからこそ、余計にルックさんは答えをくれないのかなぁって………」
「そんなこと、言い訳にもならないよ」
「でも……だって………」
 ポチャン、とカップの中に涙が落ちた。
「ごめん、言い過ぎた」
 ぽろぽろと涙を零したビッキーに、メグは頭を下げた。
「……大丈夫……。ヘヘ、やだな、最近、なんか泣き虫で……」
 無理に笑顔を作って、ビッキーは涙を拭う。
 失言を反省しながらも、メグはビッキーの恋を応援してるから、自分も似た恋をしてるから、頑張ろうって想いをこめて言った。
「……真なる紋章を持つ人たちの背負ってるものなんて、私たちには計り知れないけどさ………。でも、見えないものは、言葉にしてくれなきゃ……言葉にしなくちゃ、真実(ほんとう)なんて伝わらないんだよね」
「うん、そうだね……」
 女の子たちは互いを見て、励ましあうように頷いた。

 空が茜に染まりだした頃。ルキアを見送ったあと、姿を消していたルックは、図書館へやってきた。
 図書館の書庫には、持ち出し禁止の貴重な書物が所狭しとならべられている。自らの知識をより高めるために訪れる者もいれば、それほど人がよりつかない場所であるせいか、格好の昼寝の場所にしてしまう者もいる。そんな両極にいる者たちが顔を合わせることは滅多にないが、今回は事情が違ったようだ。
 ルックが書庫の扉を開けたとき、小さなテーブルにはシーナが俯せて寝入っていた。入り口でルックは少し躊躇ったが、起こさなければ良いだろう、と中へ入った。書架に備えつけられた階段状の梯子を使って目的の本を取り出すと、そのまま梯子にすわって読み始めた。
 すぐに本に集中したルックは、やがて目を覚ましたシーナがジッと自分を見つめていたことになかなか気づかなかった。
「…………。なに……?」
 視線が不快になってきて、ルックは本から顔を上げると、不機嫌そうに訊いた。
「どうして、言ってあげないのさ?」
「…………なんのこと」
 わかってるくせに訊き返したルックだが、構わずシーナは言葉を続けた。
「お前が言う気がないんなら、俺が言っちゃおうかなぁ。……あ、でも、ルキアも狙ってるっぽいもんな。……あいつだけは敵にまわしたくないし……」
「…………。僕なら良いって言うわけだね」
 いつのまにやら、ルックの右手には風が集まっていた。頬杖をついたまま、シーナは壁を埋め尽くす書架を見渡した。
「貴重な本を切り刻まずに、俺だけ切り裂けるのか?」
 言葉に詰まりながらも、ルックはまだ風を放さなかった。
「ゴクウが言ってたぜ。今日と同じ明日なんかないって」
「………言ったからって、それは変わらない………」
「ま、それはそうなんだけど」
 ルックの気持ちも、あっさりとシーナは肯定する。
「ビッキーはまたいつ何処へ飛んでくかわからないし、お前は寿命がないし。言わないでおいたほうが、最悪の結果に直面しても、なんとか気持ちをやり過ごせるってか」
 風を握りしめたまま、無視するようにルックは本に視線を戻した。
「意外と臆病だな、お前」
「あんたに、なにがわかるって言うんだ……!」
 怒りに駆られて、ルックは右手を開いたが、空気はそよとも動かなかった。
「風は、流れてこそ風だろ」
「…………あんたに言われるとはね……」
 忌々しそうにルックは舌打ちをした。
「まぁ、そうカリカリするなよ。………言わなきゃ、わかんない相手だっているってことさ。ビッキー、お前とは付き合ってるわけじゃないって、ハッキリキッパリ言ってるんだぜ」
 ルックはパタンと本を閉じた。
「天然ボケなところはあるけれど、そこが可愛いっていう連中もいるわけだし、横からかっさらわれても………って、もういないや」
 風の鳴る音が微かにしたので、走るのももどかしかったらしい。シーナはやれやれ、と肩をすくめた。

 いつもの大鏡の前にいたビッキーは、風とともに転移してきたルックを見て、目を丸くした。
「どうしたの、ルックさん? そんなに慌てて……」
「ビッキー、話があるんだけど、ちょっと良いかな」
「うん。私も、ルックさんに話があるの」
「じゃあ、行こう」
 ビッキーの手をつかんで、ルックは再び転移した。
 風が散ったその場所は、屋上。沈みかける夕陽に、あたりは薄暗くなって、他に人影はなかった。
「あのね、ルックさん」
 勢いこんで話し出そうとしたビッキーの唇に、そっとルックの指が触れた。
「待って。先に僕から良いかな。それから、君の話を聞いてあげるから」
 ほんのり頬を赤らめて、ビッキーは頷いた。
「……僕は、言葉にする事って、あんまり好きじゃないんだ。言葉は気をつけて使わないと、勝手に一人歩きするからね。……でも、言わなきゃ、伝わらない気持ちもあるから、一度だけ、言うよ」
 藍に染まる空に、互いの表情はよくわからなくなってきたけれど、ビッキーの真っ直ぐな瞳と、震える唇はまだ見てとれた。
「……言って、ルックさん………」
 待ち焦がれたその言葉を、どうか……。
 そっと華奢な肩に腕をまわして、ルックはビッキーの瞳を見つめた。
「大好きだよ、ビッキー」
END





 前サイトキリ番『12345』をゲットされたあひるん妹々のリクエスト、『ビッキーに「好き」という、ルック』でした。いかがでしたでしょうか?

 よくよく思い出してみれば、うちのルック、ビッキーに一回も「好き」とは言ってなかった。さすが小妹、よく気がつきました(;'-')
 ビッキーが『視えざる者 篇』で告白したのがルカ戦後だから、夏の終わり? で、この話は『
Mighty Smile』からしばらく経った頃なので、春くらいかしら。・・・一年近く待たせたのね、ルックってば(爆)
 その間、仲良くなってきたからルックにしてみれば、言わなくても通じてるくらいは思っていたのでしょうが。甘いわ、相手は天然なのよ(笑)
 女の子って言葉を欲しがるものですよね〜(私だけ?・^^;)。その辺の心理をお話にしてみました。

 最初と最後に、同じ台詞を別の人に言わせるっていう演出を一度、やってみたかったのです。小妹にはうけてもらえて嬉しかった('-'*) サイトアップもしてくれてありがとうね(*^_^*)