The Harvest



 死神の代役を務めた男にも、死とは無縁な記憶がある。
 陽の光の加減も風の匂いさえも鮮明に甦る、決して色褪せることのない記憶。

 一つは、友の首を斬り落とした(それが、彼にとって首切り役人としての初仕事だった)とき。
 最期の表情、祈りにも似た言葉、骨を断つ感触、流れ出た血の紅さ。
 それでもなお、この記憶は死とは無縁。なぜなら、託されたものが希望であったから。
「私の願いは、必ず叶う。ならば友よ、我が身の不運さを嘆く必要が何処にある。………ただ、私に終焉をもたらすことが、お前の重荷にならなければ良い……。それだけが、心残りと言えば、心残りだ………」
 叛逆という浪漫を語った友らしい、気障な言いまわしだった。
「………ただ上の命令に従うだけが能の、俺を軽蔑するか……?」
 “ジャッジメント”という、冗談にもならない銘の大鎌を振り下ろさずとも、すでに致命傷を負った友の命はやがて尽きる。だが、徒に苦しませるくらいならいっそ、と彼は得物を手にしたのだった。
 そんな想いまで見透かしたのか、友は穏やかに微笑んで首を横に振った。
「代わりにと言ってはなんだが、一つ、約束してくれ。………私の死は、この国を再生させることの始まりになるだろう。それを、見届けて欲しい」
「終わらせることしかできない俺に、それを頼むのか……?」
だから、頼むんだよ………」
「………わかった」
 とても満足そうな笑顔を浮かべて、友は逝った。


 一つは、友の夢を引き継いだ少年に初めて会ったとき。
「終焉に厭(あ)いているなら、俺に付き合わないか?」
 帝国が、反乱分子を一つ一つ潰しているのでは埒があかないとようやく気づき、転属になったロリマー城塞。蛻の殻だった砦で(あとになってわかったのだが、ネクロードによって全員ゾンビにされてしまっていた)、反乱軍、いや、解放軍の行く末を見るのも悪くないか、と彼は半ば世捨て人のような想いに囚われていた。
 だが、ほんの少し言葉を交わしただけで、少年はなんのてらいもなくそう言ったのだった。
 事実を衝いた少年の言葉は、彼の心をゆらした。
「始まりを俺に見せてくれるのか?」
「…………この国の再生だけならば……」
 その言葉の意味を正しく理解できたのは、少しあとになってからだったが、深い哀しみを抱えこんでいるようなのはすぐにわかった。それでもなお、皆の希望となり真っ直ぐ前を向ける力強さ。
 友の願いは叶うのだ、とその時、初めて実感することができた。
「それを見せてくれるなら充分だ」
 差し出された手を、彼はしっかりと握り返した。


 最後は、得物を託した女との会話。
「それって、どう使うんだい?」
 なんの前振りもなしに唐突に訊かれて、彼はギョッとなって顔を上げた。
 得物を磨く手許に、吸い寄せられている美女の視線。頬にかかる長い髪を、耳にかける仕草も艶っぽい。
 ただし、綺麗なバラには棘がある。彼女の棘も痛烈であることは、彼も充分に承知していた。
「どうって……。……まぁ、薙ぐのが普通か……」
 女の質問の意図がよくわからず、返答は歯切れが悪い。
「ふぅん。……なぁ、あんた、この戦いが終わったら、それを手放すって本当?」
「……あぁ、そのつもりだ」
「じゃあ、私に譲っておくれよ」
「………は?」
 鳩が豆鉄砲を喰らったようなとは、こんな顔を言うのかもしれない。
「金は払うからさ」
「……お前、自分の武器は?」
 女が愛用する得物は弓矢。速射に関しては、エルフにも匹敵する。陽のあたる世界へと招いてくれた少年が、彼女のその技も愛しているのを彼は知っていた。
「あれは、矢が尽きたらお終いだろ……? もっと、実戦向きの武器が欲しいんだよ」
「………これが、実戦向きか?」
 彼の膝の上に横たわるのは、実用一点張りの大鎌。生半可な技量で扱える代物ではない。
「使いこなせば、剣より重宝するさ。それに……」
 まるで愛おしい者にでも触れるように、女は大鎌に指を滑らせる。
「これなら、いつでもあいつを想い出すことができるだろ……?」
「…………」
 少年相手に嫉妬する羽目になろうとは、彼は夢にも思わなかった。



 解放戦争が終止符を打ち、すでに三年。
 トラン湖北方に広がる大地は、零れそうな綿の実が一面に広がっていた。
「………此処も、なにかが稔るようになったんだなぁ………」
 感慨深げに白い綿畑を見渡すのは、赤い胡服を身にまとった少年。頭に巻いた松襲のバンダナが、風にひるがえる。
「お前にも、初の稔りを見てもらえて良かったよ」
 隣に立つ農作業姿の男が、同じく感慨深く言った。
 そんな男の様子を横目で見やって、少年は笑みを口の端にのせた。
 農夫がすっかり板についてきた彼が、元は首切り役人だったと誰が想像できるだろう。それはもう鍛え甲斐があった、とは豪快に笑うようになったブラックマンの言葉だった。
「すっかり、土の匂いが似合うようになったな、キルケ」
 からかい半分、祝福半分。少年は、相変わらず咄嗟には判別しがたい声音で、男の名を呼んだ。
「おかげさまで。……お前は……」
 キルケは少年に答えようとして、ふと言葉を途切らせる。三年振りの再会にもかかわらず、記憶と違わぬ容貌の少年がまとう印象は、かなり変わったことに気づいたので。
「……お前は、余裕が出てきたな、ルキア」
 自分の抱いた印象を上手く表現する言葉が出てこず、似た言葉に代えたつもりだったが、それはルキアのお気に召さなかったようだ。
「そんなにテンパってたか……?」
 拗ねたような口振りに、キルケは慌てて別の言葉を探す。
「いや、なんていうか……。…………あの時、お前はこの国の始まりしか創れないと言ったが、いまのお前を見てると、もっと多くのものを創れるようになったんじゃないかって思ってな」
 初めて会ったときの会話を思い出しながら言うと、ルキアも同じ事を思い出したらしい。懐かしそうに目を細めた。
「そうだな………。あの時は、とてもそんな心境になれなかったが、いまなら、この手でもなにかを生み出すことができると言えるだろう。……でもそれは、私一人の力じゃない。この国を再生させたことも、みんなの力があって初めてできたのと同じようにね。これから私が創りだすものも、誰かと一緒でなきゃ駄目なんだ………」
 指導者たる天賦の才を持っていた少年は集った多くの仲間をまとめ上げ、腐敗した国を見事に再生させた。だが彼は、払われた犠牲に償うかのように、別れの挨拶もなく表舞台から去った。少年の心がどれほど傷ついていたか、残された仲間には想像することしかできず、ただいつか、癒される日が来ることを願うばかりだった。
 その祈りが通じたのか、それともただの気まぐれか、ルキアがふらりと帰ってきた日。だから皆は、心から彼の帰郷を喜んだ。そして、密やかに仲間たちだけに伝えられた話が、なお一層、皆を喜ばせたのだ。
 畏怖すべき闇を宿したルキアにも、誰もが持つなにかを生み出す力はあるのだと、彼自身が気づいたことを皆が祝福したのだった。
「…………。明日はこいつらの収穫だ。ルキアもやってみるか?」
 わきあがる想いを表情にするだけに留め、キルケは綿の実を撫でた。
「あぁ、手伝うよ」
 二人はたわわに稔る綿の原を、並んで歩いた。

 此処は、かつてカレッカと呼ばれた土地。十年以上前、悲劇の大虐殺が起こった場所だった。
 廃墟と化した土地の復興に手が着けられたのは、帝国が滅んだあと。それは、たった二人の男たちから始まった。
 魔物に土地を荒らされぬようにと、クロン寺のフッケンが中心となって結界石の敷き直しには人手があったが、それもそこまで。瓦礫の除去から始まる大地の再生作業は、ブラックマンとキルケの二人きりの仕事になった。時を同じくして、解放戦争の折りジョウストン都市同盟に占領された、北のセナン地方奪還作戦が始まったからである。
 三年振りに故郷へ帰ってきたルキアは、国内を一周してかつての仲間と再会し、その辺りの事情はブラックマンから聞いていた。たが、出かけていたキルケとは会えず仕舞いで、今日、ようやく再会を果たしたところである。
「しばらくは、レオンも此処にいたんだろう……?」
 カレッカを廃墟に変えた張本人の消息を、ルキアはブラックマンから聞きそびれていた。
「あぁ。此処の復興も手伝ってくれようとしたんだが……」
 キルケは当時のことを思い出し、喉の奥で笑った。
「あの人は身体を動かしてなにかをすることにまったく向いてなくて……」
 言葉はまた笑い声に途切れる。ルキアにもなんとなく察しがついてきた。
「ブラックマンが、知恵を貸してくれるだけで良いって匙を投げたんだ」
「………そんなに酷かったんだ……」
「気持ちは嬉しかったけどな」
「それから……?」
「あぁ、戦争が終わった次の年に、執事風情の老人が来て、屋敷に帰ってきて欲しい、とかなんとか言ってたな。最初はテコでも動かないように見えたが、かき口説かれて渋々な様子で出て行ったよ」
「ふぅん……」
「セナンも無事に奪還できたあとだったし、此処ではもう為すべき事もないとさ。また会うこともあるかもしれないが、かつての仲間だったとは思ってくれるな、と別れ際に言い残してったが、こうなることを予測していたのかもな……」
 ルキアが首を傾げた。
「知ってるんだ……」
 明日の収穫の準備のために働いている人々から挨拶されて、それに答えたあと、キルケはルキアに向かっては肩をすくめた。
「まぁな。……あの人たちのほとんどは、都市同盟からの難民なんだ」
 綿畑のあちらこちらで働く人々を眺めながら、キルケは言葉を続ける。
「長年の仇敵同士だという思いは一部特権階級の間に根付いているだけで、土地を耕し働いている者にとっては生きていけるなら何処も同じらしい。対応に困るほど流れこんできたわけでもなし、それなら人手の足りない此処に仮住まいさせようって事になってな。カミーユが第一陣を連れてきたときに、ざっと向こうの状況とこちらの対応を教えてくれたのさ。………まさかハイランドに付くとは、意外だったが……」
「そうだな……」
 なにかに思いをめぐらすように、ルキアは視線を落とした。キルケもそれを邪魔しない。
 しばらく、二人は黙々と歩いていた。
「そういえば」
 突然、ルキアが歩みを止めた。
「なんだ……?」
 キルケは振り返ったが、ルキアの悪戯っぽい笑顔を見て思わず後退ってしまった。
「ローレライの持ってる武器」
 ギクッとキルケの身体が強張る。このまま触れずに済むかと淡く期待していたが、やはりルキアはそこまで甘くなかったと思い知る。
「キルケのだよね……?」
 久しぶりに見た、ルキアの満面の笑み。キルケは追及の手から逃れることを早々に諦めた。
「…………あぁ」
「実用一点張りだったのに、装飾がついてたから一瞬、違うのかと思ったんだけど、やっぱりな」
「…………捨てるのならくれって言ってきたんだ」
「ふぅん……」
 躍る瞳の色は、まだ好奇心を失っていない。
「高そうな石がついてた」
「………あの仕事は地位は高くなくても、給金だけは良かったからな」
 何気に話の方向を逸らしてみたが。
「いらない武器に、わざわざ飾ってあげたんだ」
 ルキアは誤魔化されてはくれなかった。
「…………餞別だ。あの女の旅はまだ終わっていないって言うし……」
 クスクスとルキアは楽しそうに笑った。
「ローレライから伝言がある。もらった石はちゃんとまだ残ってるとだけ伝えてくれってさ。……安心して良いよ、どんなやりとりがあったかまでは聞いてないから」
 まんまと乗せられた、とキルケは額を押さえる。
 甦る、屈託のない涼やかな笑い声。



「………宝石なんかついてたかい?」
 ローレライが旅立つその日。キルケは様々な記憶とともにあった“ジャッジメント”を手渡した。
 曇り一つなく鍛え直された鎌には、蒼い宝石が飾られていた。
「…………餞別だ。困ったときに、金に換えれば良い」
 いつにも増して無愛想なキルケの顔と蒼い石とを見比べて、ローレライは再び訊く。
「あんたがつけてくれたの?」
「…………あぁ」
 そっぽを向いた横顔が微かに赤い。
「路銀に困るような下手な旅はしたことがないけど。まぁ、くれるって言うなら、遠慮なく貰っておくよ」
 さらに赤くなった横顔に向けて、ローレライは微笑んだ。
「あんたはずっと此処にいることにしたんだったね」
「……あぁ」
「…………私の旅もいつかは終わる。その時、もしもあんたの顔を想い出したなら、この宝石を帰しにくることにしよう」
 思いもかけない言葉に、キルケは驚いてローレライを見つめた。
「でも、自分でいうのもなんだけど、私はもてるから、その時まであんたのことを覚えてるかどうかなんて自信は全然ないけどね」
 あっさりと言い切ったその言葉に、キルケも笑う。
「分の悪い賭けだな」
「当然」
 さらりと長い髪をなびかせて、ローレライは胸をはる。
「良いだろう。あてにしないで待つことにするよ」
 艶やかな笑みを残して、ローレライは旅立った。



 ふわりと、髪に焚きしめられた香の薫りまでもが思い出されて、キルケは熱くなってきた頬を手で隠した。
 ルキアはその様子もしっかりと視界の端に捉え、さらに悪戯っぽく訊く。
「伝言があるなら、伝えてあげようか?」
 調子に乗るな、とキルケはルキアを軽く小突いて言い返した。
「言いたいことくらい、自分で言う」
「そう……?」
 小面憎い笑顔が、振りあげた手をするりとかわして逃げていく。
 こんな他愛のない会話も色褪せることはないだろう。癪に障るが、キルケはそう確信した。
 自分が初めて作った物とともに在った記憶なのだから。
END





 前サイトで移転リニューアルオープン記念企画をしまして、クイズに正解された方の中から抽選で2名様に空きキリ番を進呈いたしました。
 当選された2名様のうちの一人、『
1000』を進呈させていただいた片苗きと様からのリクエスト、『坊ちゃんとマイナーキャラのお話』でした。いかがでしたでしょう?

 マイナーキャラを選ぶ際に、やっぱり『1』からが妥当かな、と思いつつ、宿星全員のべ324人(108x3。初稿は2002.11です)をふるいにかけました(笑)

 条件その1:動物じゃないこと(だって、話ができない・^^;)
 条件その2:必須イベントに一度も絡んでないこと(まぁ、当然?)
 条件その3:外伝も含めたシリーズに、複数登場していないこと(『2』のキャラはほとんどこれで落とされました)
 条件その4:お店とかミニゲームとかの施設キャラでないこと(『3』のキャラはこの条件でかなり減りました)
 条件その5:協力攻撃メンバーにも入ってないこと

 以上の条件をクリアしたのは14人です(『2』のキャラはたった一人・笑)。そのうち、二人は当寮で主役級の扱いで出演済み。残り12人。
 此処で、私はあるキャラに釘付け。こうだと良いなぁ、とネタがあるキャラがいたんです。
 はい、それがキルケです。
 ネタはキルケの武器が『2』のローレライの武器になったわけ。そこへルキアを割りこませました(;'-') 比重がキルケに傾いているのはそのせいです。

 実は、きと様が候補に挙げていたキャラの中にもキルケがいたそうです。そして、同じく武器の件が気になっていたとのこと。なんて嬉しい偶然!(≧∇≦)
 なので、坊ちゃん添え物状態にも許してくださいました。

 相変わらずぎゅうぎゅうと詰めこみすぎた話でしたが、きと様にお気に召していただければ、それで私は幸せ(*^_^*)
 きと様、本当にありがとうございましたvvv