月来香



 眩しい夏の日射しが月の柔らかな光に替わり、焼けつくような暑さを和らげる。
 今宵も梁山(リアンシャン)城の酒場は、一杯の涼を求める人々で大盛況だった。トランの英雄がゴクウに招かれているときは、さらに売り上げが良いような気がする。
 件(くだん)の英雄・ルキアは、滞在中は毎晩必ず酒場に来ている。カウンターで女主人のレオナと他愛もない会話を交わして、一杯ひっかけるだけのときもあれば、テーブルで悪友たちの馬鹿な飲みっぷりを笑っているときもある。
「アル中じゃあないだろうね……?」
 からかい半分にレオナがそう訊いてみれば、
「酔えないのにかい?」
 と、咄嗟に判断つきかねる声が返された。
 さて、今日のルキアは、とレオナが店内を見渡せば、同じく此処の常連たちとテーブルを囲んでいた。
「レオナさ〜ん、竹酒、追加です〜」
 あいた食器を持てるだけ持ってカウンターに戻ってきたウェイトレスが声をかけた。
「ルキアかい……?」
「はい」
 こくりと頷きが返れば、レオナは呆れたように溜め息を吐き、自分と替わるようにと指示を出した。客の注文が一区切りついたこともあり、レオナは注文の品を片手にそのテーブルへ向かう。
 青竹の一節を酒杯にして、氷で蓋をする。蓋の直径を結ぶ二ヶ所に穴を開け、中に生酒を一合入れたものが竹酒だ。もちろん、氷の蓋は時間が経てば溶けて落ちてしまうので、その前に飲みきらなければ酒が不味くなる。モンドが「夏はこれがないと」と頼んでできた新メニューだった。
 今夜は、ルキアが手土産代わりに持ってこさせた上質の吟醸酒が入っている。元手がタダなので、値段は据え置き。ただし、口あたりの良さにルキアのピッチが尋常でないので、ほとんど本人が飲み尽くしているようなものだった。
「………まぁ、自分が飲むために持ってきたってのが本音だろうけどさ」
 口中で独り言ち、レオナはトンとルキアの目の前に竹酒を置いた。
「ありがと、レオナ」
 振り返ってルキアはにこりと笑った。
「フリック、ハンフリー、あんたたちは、今日、夜番じゃなかったかい?」
 手厳しいレオナの声に、フリックは肩をすくめてグラスを見せた。
「飲んじゃいないさ。ジンジャーエールだよ」
 隣にすわっていたハンフリーも無言で、グラスをレオナに見せる。
「大丈夫だよ、レオナ。俺も見張ってるから」
「ゴクウ、あんたも程々にしておくんだよ」
 フリックの隣で笑ったゴクウに、レオナは釘をさすことを忘れない。
「かったいこと言うなよ、レオナ!」
 豪快に笑ってレオナの背中をバンバンと叩いたのはビクトールだった。レオナはさも痛そうに顔をしかめて、ビクトールの頭を軽く叩(はた)く。
「なに言ってんだい。こっちにも軍師のお小言が出るんだからね」
「あんなの、いちいち真に受けてたら、身が保たねぇって」
 昨日で夜番から解放されたビクトールは、日暮れ前から飲んでいて呂律はかなり怪しい。酔っぱらいになんかかまってられるかと一睨みして、レオナはテーブルを一渡り見まわした。
 ゴクウから時計まわりに、フリック、ハンフリー、ビクトール、ルキア、ゲオルグ、シーナの面子がテーブルを囲んでいた。
「今日は女っ気ナシかい?」
「他はどうか知らないが、私は待ってるところだよ」
 艶やかに笑って答えたのは、やはりルキアだった。
「……で、今度はなにを賭けるんだ?」
 カードを大雑把に切りながら言ったのはゲオルグだ。
「賭ける……?」
 レオナの柳眉がつり上がった。キッと睨みつけた先のゴクウとシーナは、素早い動きで視線をあらぬ方向に向けている。
「大丈夫だよ、レオナ。お金を賭けてるんじゃないから。負けた者には罰ゲームってだけのお遊びさ」
 やんわりとルキアがフォローに入れば、それだけでレオナの表情が柔らかくなった。
「………なら、良いさ」
(……っとに、得な性格だよなぁ……)
 とは、誰の心中であったか。
「じゃあぁ、次は、ルキア! おめぇの初めての女! これを賭けようぜぇ」
「「それ、俺も知りたい!」」
 ビクトールの提案に見事に声をハモらせて身を乗り出したのは、ゴクウとシーナ。
「………別に良いけど」
「当然、お前が一番で勝たなきゃあ、ダメだぜ……?」
「良いよ。……で、私が勝った場合は?」
 一人は親になるとしても、一対五である。絶対勝てると確信したゴクウが答えた。
「ルキアの酒代を俺たちが奢るってのは?」
「え……!? ちょ、ちょっと待……」
 顔を引きつらせたのはフリック。もとより賭け事に滅法強いルキアは、こと酒代が懸かったときに負けた試しがないのを知っている。
「おぅ、異存はないぜ」
「絶対勝つ!」
「…………」
 酒精のおかげでハイになっているビクトールとシーナはともかく、ハンフリーまでがかまわないと言わんばかりに無言だった。
「お手柔らかに」
 にこりと笑ったその笑みが心底怖い、と思ったフリックであった。
「そういえば、お前の家は確か………」
 なにかを思い出しかけたゲオルグに、ルキアは悪戯っぽく笑ってシーッと人差し指を口許に立てる。意図を察して、ゲオルグは頷いた。
「じゃあ、俺が親をやろう。……お前は、どうする?」
 見上げてきたゲオルグに、レオナはとんでもないと首を横に振る。
「観戦させてもらうよ」
 賭け事にはあまり興味はないが、この勝負の行方は気にかかる。まして、ルキアがもし負けた場合には……。それは、レオナにとっても非常に好奇心を刺激することであった。
「じゃあ、シンプルに一発勝負だ」
 そう言って、ゲオルグは適当に切ったカードの山をザッと半円に並べた。
「一斉に一枚選べ。六人の中で一等強いカードをルキアが引けば、ルキアの勝ち。それ以外は負けだ。三つ数えるからな」
「お、シンプルで良いねぇ」
 余裕の口調ながら、シーナは油断なくカードを眺めていた。
「良いか……? ……一、二、三!」
 早かったのはルキアとシーナ。続いて、ゴクウ、フリック、ハンフリーはほとんど差がなく、酔いがかなりまわっているビクトールが最後になった。
「じゃあ、遅かったビクトールから逆時計まわりで披露してもらうか」
「お〜、俺のカードは、これだ!」
 ビクトールが引いたのは、コインのJ。
「へっへ〜ん、なかなか良いカードだろ」
「…………」
 自画自賛するビクトールの横で、ハンフリーは無言のまま自分のカードを表に向けた。
「ハンフリーはソードの10かぁ。惜しかったね。フリックは?」
「俺は、こういうのはダメだ……」
 ガッカリと肩を落としてフリックが見せたカードは、コインの3。
「…………まぁ、気にしない。俺のがあるし」
 そういってゴクウが表に向けたカードはカップのQ。
「やるじゃん、ゴクウ。でも、今回は俺の勝ちだな。見ろ、バトンのAだ!」
 シーナが胸を張って意地悪く笑いながらルキアを見れば、窮地に立たされているはずなのに、相変わらずの笑みは少しも崩れていない。
「まだまだ甘いな」
 指に挟んだカードをピッと表に向ければ、五人の動きは止まり、レオナはやれやれと首を振った。
「ソードのAだ。ごちそうさま」
 やはり、タダ酒を飲むために発揮されるルキアの悪運は半端ではなかった、とゲオルグは感心した。
「うがー! そんなこと、納得できるかぁ〜!! ……お、ろ……?」
 テーブルにガンッとジョッキを叩きつけて吼えたビクトールだったが、台詞の最後はほとんど言葉にならず、ズルズルとテーブルに突っ伏してしまった。心得たもので、ルキアやレオナ、ハンフリーはビクトールの周りの食器をすでに退避させている。
「あぁ、これはもうダメだね」
 退けた皿をテーブルに戻しながら、ルキアはビクトールの顔を覗きこんだ。
「日暮れ前から飲んでるからだよ、まったく」
 レオナは呆れたように、酔い潰れてしまったビクトールの頭を叩いた。握りしめられていたジョッキを剥ぎ取って、ハンフリーが正体のなくなった腕を取ると立ち上がる。
「部屋に連れ帰る」
「一人で大丈夫か、ハンフリー?」
「あぁ………」
 手伝おうとしたフリックを目線で押し止めて、ハンフリーはビクトールを立たせた。
「………うぃ〜……」
 ふらふらとおぼつかない足取りながらも立ち上がったビクトールの腕を肩にまわして、ハンフリーは酒場を出た。
 半ば引きずるようにしてホールの階段を上り、エレベーターに乗りこむ。人気のない長い廊下を歩き、目的の扉の前に辿り着くと、ふわりと花の香りが鼻先に漂った。
「なんじゃ、こ奴は酔い潰れておるのかえ……?」
 いきなり降って湧いた女の声に、さすがのハンフリーもギョッとなって横手を振り返った。
 月光をまとった女が、そこに佇んでいた。
「…………」
 軽く瞠目したあと、ハンフリーは美貌の吸血鬼に目礼した。シエラは鷹揚に頷き、ビクトールの部屋のドアノブに手をかける。カチャリと鍵の開く音がして、シエラが扉を開けると同時に、小さな丸テーブルの上の蝋燭に灯がともった。
 シエラは中に入ると当然のように椅子にすわり、ハンフリーは些か乱暴にベッドへビクトールを下ろした。
「ご苦労じゃったな」
「…………」
 ハンフリーは軽く頷いて、部屋を出ていった。

 再び、ハンフリーは酒場に戻ってきた。テーブルにはすでにレオナの姿はない。
「おかえり」
 椅子にすわったハンフリーに声をかけて、ルキアはそれに気がついた。
「……ハンフリー、シエラに会ったか……?」
「………あぁ」
 どうしてわかったのか、と首を傾げるとルキアは意味ありげに笑った。
「残り香だ。シエラは時々、すごく良い香りをさせるから」
「どれどれ?」
 シーナとゴクウが身を乗り出した。
「あ、ほんとだ。微かだけど……花みたいな香りがするね」
「………そうか?」
 ハンフリーの隣にいるフリックは、首を傾げている。
「…………。オデッサって、すごく苦労したんだろうなぁ」
「どういう意味だよ、ルキア」
 むくれたフリックの隣で、ハンフリーがその通りだったと言わんばかりに頷いていた。
「ハンフリー、お前まで……!」
「女のお洒落はちゃんと褒めてやらんと、拗ねられるぞ」
 ゲオルグの指摘に思いあたる節があったのか、フリックは不機嫌そうに押し黙った。
「香りといえば、ジーンも良い匂いするよな」
「そうそう。香水なのかなぁ……?」
「ジーンのも体臭だ」
 ルキアの言葉に、シーナとゴクウの動きがピタリと止まる。
「………なんで、そんなこと知ってるんだよ?」
「…………。訊いたから」
 しれっと答えるルキア。微妙な間が怪しいよな、とシーナとゴクウはささやきあう。
「あれ、でも、ハンフリーにどうしてシエラの香りが移ってるのさ? すれ違っただけじゃあ、普通はつかないよね……?」
 ゴクウの当然の疑問に、ルキアの笑みはますます深くなった。
「………部屋にいた?」
「いや……。部屋の前で………」
 ルキアとハンフリーの問答に、ゴクウとシーナはようやくその事実に気づく。
「え、なに、あの二人って、そういう関係だったのかよ!?」
「本当に!?」
「なんだ、二人とも知らなかったのか?」
 フリックは目端の利く二人が知らなかったことに驚いている。
「初耳だよ。二人で一緒にいるところなんて、滅多に見ないし」
「俺は一度だって見たことないぜ」
「いつも一緒にいなくても良い関係なんだろ」
 ゲオルグの言葉に、ゴクウはあまり納得がいかないようだった。
「………ビクトールとよりも、クラウスと一緒のときのほうが、まだ普通の恋人同士に見えた」
「美女と野獣コンビよりは、美男美女カップルのほうがわかりやすいな」
「そうじゃなくて」
 混ぜ返したフリックに、ゴクウは珍しく食い下がる。
「あの二人が一緒にいるのは、そんなに不自然か?」
 やんわりとルキアが訊くと、うつむき加減にゴクウは答えた。
「……だって、あの二人が一緒にいるのを見たとき、なんだかすごく切なくなったから………」
 いつもながらの洞察力に、ルキアとフリックは顔を見あわせた。
 その切なさを、いずれ己も背負うことになるのを、果たして彼はわかっているのだろうか。
 軽く息を吐いて、ルキアはゴクウを見つめた。
「ゴクウ、この世界にいったいどれだけの人がいると思う? 想いの通わせ方だって、人それぞれさ」
「…………。そうなのかな……」
 不承不承ながらも、ゴクウは納得する。
「お前が言うと、説得力あるなぁ」
「…………大兄、それどういう意味?」
「言葉通りの意味だが」
「…………」
 身に覚えがあり過ぎて、ルキアは言い返せない。
「でもさ、血を吸われるのはなぁ………」
 ゾッとしないと言いたげなシーナに、大人四人はやれやれと呆れたように笑った。
「………なんだよ」
「わかってないな、シーナ」
「…………遊び過ぎだ」
「自分の女のためなら、そんなことくらいどうってことないもんだぜ」
「お前、一度でも本気になったことないだろう」
「……お、俺だって、本気になったことくらいあるさ……!」
「シーナの場合、本気になる前に諦めちゃうんだよ」
 きついトドメの一発をゴクウに言われて、シーナはガッカリと肩を落とした。
「………ゴクウ、人のこと言えるのかぁ……?」
「俺は少なくとも、諦めてはないから」
 むくれたシーナにゴクウはにっこりと笑う。
「二人とも、人のことをとやかく言う前に、まずは自分のことだよな」
「……わかってるよ〜」
「だから、お前の体験談が聞きたいんじゃないか」
 強引にシーナは話をもとに戻した。
「………参考にならないと思うけど。私のは、特殊だから」
「特殊って!?」
 好奇心に目を輝かせて身を乗り出した二人に、ルキアは乾いた笑いを返す。
「ほら、やっぱり此処にいたよ、ローレライ」
「あぁ、ほんとだ」
 女の声に、皆が振り返った。
「フリック、ハンフリー、交代の時間だよ」
 書類をはさんだボードを片手にしたローレライとオウランがやってきた。
「もうそんな時間か……。悪かったな」
「良いさ。私たちも此処に用があったから」
 勤務表のボードを立ち上がったフリックに渡して、ローレライはルキアに笑みを向けた。
「お仕事、お疲れ様」
 軽く手を振って、ルキアは答える。ゲオルグの隣をあけるために一つ席を移動した。
「悪いね」
 微かに照れたように笑って、オウランがそこにすわる。
 またな、とフリックとハンフリーは酒場をあとにし、ローレライも腰を下ろした。
「さっき、なに話してたんだい?」
「ローレライは知ってる? ルキアの初めての女の人」
 逆にゴクウに訊き返されて、注文した竹酒を受け取りながら、なんだそんなこととローレライは頷いた。
「雪華楼(せっかろう)で御職を張ってた真赭(まそお)太夫だろ」
 あちゃ〜とルキアは片手で額を押さえる。
「…………雪華楼って、あの、気に入らない客は、たとえ王族でも敷居をまたがせなかったっていう……」
「そうそう、グレッグミンスターの最高級妓楼」
 固まっているシーナとゴクウを余所に、ローレライは旨そうに竹酒を飲んだ。
「ローレライ、あんた、なんでそんなこと知ってるの?」
「グレッグミンスターで、ルキアと一緒にいたときに花魁に会ったんだよ。そのときはもう請け出されて、私たちのかつての仲間の後妻におさまってたんだけど。ひょんなことで、そのことが話題になっちゃってさ。解放戦争に参加してた女たちには周知の事実。……あのときのミーナったら、可笑しかったねぇ」
 ころころと笑うローレライの隣で、ルキアは軽く溜め息を吐いた。
「………あのあと、機嫌直してもらうの、ほんっとうに大変だったよ」
「もてる男はつらいなぁ、ルキア」
 ゲオルグも豪快に笑う。
「あの〜、一つ、聞いても良い?」
「どうぞ、ゴクウ」
 バレてしまったので、やや投げ遣りな調子でルキアは頷いた。
「『オショク』ってなに?」
「その妓楼で最上位の花魁のことだ。こいつの家は古くてなぁ。変な仕来りが山のようにあって、そのうちの一つに、『男子元服の際には、妓楼に七晩通いて手引きを受けること』ってのがあるのさ」
 答えたのはゲオルグ。
「…………うちにもそんな仕来りがあればなぁ」
「なに言ってんのさ」
 心底羨ましそうにぼやいたシーナの額を、オウランが呆れて軽く弾いた。
「あてっ……」
 大袈裟に身体をすくめて、シーナは額をさする。
「……あれ、そういえば後妻って、まさか、ウォーレンの!?」
「あぁ。シーナも会ったことあるんじゃないのかい?」
「………ある」
 シーナは茫然と頷いた。
「へぇ、どんな人?」
「ものすっごく綺麗。粋でさ、頼れる姐さんって感じだったけど……。へぇ、あの人が………」
「俺も会ってみたいなぁ。………でも、ルキアの家って、すごい。そんな高級所にも顔が利くなんてさ」
「家が古いと、いろいろ誼はあるさ。だから言ったろ、私のは特殊だって」
「家が古いくらいで、御職の花魁が元服したての子供を相手にするはずないだろ」
「あれは、太夫の気まぐれ」
「それで、どうだった……?」
 この際、徹底的に聞き出してやろうという魂胆が丸見えのゴクウとシーナに、ルキアはさてどうやって逃げようかと算段する。
「どうって………目眩く七日間ってとこ」
 にっこりと極上の笑み。
 鼻白む二人を余所に、ローレライはムッとしたようにルキアの顎を取って顔を自分に向けさせた。
「私を放っておいて、誰のこと考えてるのさ」
「放ってなんかいないさ。ちゃんとローレライのこと考えてる」
 唇が触れそうなほどに顔を近づけてきたルキアに、ローレライも艶然と笑う。
「じゃあ、証して見せておくれよ」
「場所変えてくれたらな」
「もちろん」
 外野の視線なんか何処吹く風の二人は席を立った。
「それじゃ、お先」
「ごちそうさま」
 呆気にとられているゴクウたちに手を振って、ローレライとルキアは酒場を出ていった。
「上手いこと逃げたなぁ」
「……ローレライがあんなに乗りやすいタイプだったなんて知らなかったよ」
 しみじみと感心したようにゲオルグとオウランが言ったところで、ゴクウとシーナはようやく気を取り直した。
「ちぇ、逃げられた……」
「なぁんで、ルキアの女好きにはクレームが出ないんだ……!」
 実は、シーナ、結構酔いがまわっている。
「シーナ、それ違うよ。ルキアは黙ってるのに、女の子がよってくるんだから、クレームなんか出るはずないじゃん」
「不公平だぁ〜!」
 完全にシーナが酔っぱらいと化してしまったので、ゴクウは清算することにした。五等分されているはずのルキアの酒代に軽い眩暈を感じながらも。

 シエラはビクトールの部屋で、クスクスと忍び笑いを零した。
 己の力が最大限に振るえる今宵、シエラは特殊な聴力を利用して酒場の音を拾っていたのだった。
「フン、あ奴はよく似ている
 面白くなさそうに言ったのは、向かい側に浮かんでいた星辰剣である。
「であろうな………。そうでなくては、“最も厄介な力”をあれほどの短期間で使いこなせるはずもあるまい。木偶人形にされるのがオチじゃ」
 ひそひそと話しあう声に、ビクトールが目を覚ました。重く痛む頭を押さえながら、起き上がる。
「……?」
「気がついたかえ?」
「シエラ……? 俺を此処まで運んでくれたのは、まさかお前じゃないよな」
「当たり前であろ。こんなか弱い乙女に、熊が運べるものか」
(ヴァンパイアって、人間をはるかに超える力の持ち主じゃなかったか?)
 そう思いはするが、口に出せるはずもない。
「無口な大男、ハンフリーといったかの、あ奴が運んでくれたのじゃ。明日にでも礼を言っておくが良いぞ」
「あぁ、そうするよ」
「“月の娘”、私は出かける。この男は好きにするが良い」
「言われるまでもない」
 星辰剣は光る球体に変わると、何処かへ転移してしまった。
「…………。星辰剣となにを話してたんだ?」
「“生死を統べる者”のことを少しな」
 一瞬、誰のことかわからなかったビクトールだが、思い至って酒場でのことがすべて星辰剣からシエラに筒抜けになったとわかり、不機嫌そうに黙りこむ。
 シエラは一向に気にする様子もなく、椅子から立ち上がり、ベッドへ移動した。
「小僧に出し抜かれるとは、おんしもまだまだじゃのぉ」
「うるせぇ。……!」
 自分の声が響いて、頭を抱えるビクトール。シエラは、盛大に溜め息を吐いた。
「……水でも飲むかえ?」
「……欲しい………」
 サイドテーブルの水差しからコップに水を注いで、シエラはビクトールに手渡した。
 ビクトールはそれをゆっくり飲み干す。
「悪ぃな、シエラ」
 コップをサイドテーブルに戻したビクトールに、シエラはにっこりと笑顔を見せる。
「タダではない故、安心するが良いぞ」
「だよなぁ………」
 ビクトールは観念したように、大人しくベッドに横になった。
「うむ、良い心がけじゃ」
 満足げに微笑んで、シエラはビクトールの隣にもぐりこんだ。
「シエラ?」
「そんなに頭痛がひどくては、再び寝つくのに時間がかかるであろ。しばらく、一緒にいてやろう」
「……それはありがたいが……。なにか、あったのか……?」
「………少し、人恋しくなっておるだけじゃ………」
 見上げてくる眼差しが、酔いを加速させる。
 先ほどから鼻腔をくすぐる甘い花の香りは、シエラから発せられているものに他ならず、そういうときの彼女が求めているものを与えられるのは、いまは自分一人であることが眩暈がするほどに嬉しい。
「そうか……」
 ビクトールがシエラの身体にまわした腕に力をこめると、シエラはくすぐったそうに笑って、ビクトールの首筋に唇をあてた。
END





 スタイルシートのテーブルの透過ってIEしか反映されないんですかね〜。だとしたら、とっても残念なこのページ(;'-')
 ともあれ、重くてすみませんデスm(_ _)m

 さて。
 前サイトでキリ番『
33333』をゲットされたアジト様のリクエスト『ビクトールとシエラの恋愛を見守る坊ちゃんとフリックと野次馬の皆さん』でした。いかがでしたでしょう?
 「ビクシエは秘め事が良い」なんて言っておきながら、少なくともフリックとルキアは知っていたことを思い出しました(爆) 私の書く男性陣は、どうやら恋愛経験豊富なようで(笑)、ビクトールとシエラのこともすんなり受け入れているようです。

 今回も、あんまりリクに添えてなかったですね(≧△≦)
 カスミとミーナの恋バナSSのあとがきにも書きましたが、入れ損ねたルキアの初めての相手の話を入れたくなっちゃって、そこにビクシエを絡めたから・・・。しかも、前サイトでの初出はオマケ話だったという・・・。初出時に、シエラが仲間になってないことに気がついて、下げた話を此処で使いまわしたのでした(爆)

 作中に出した『竹酒』は本当にあります(笑) たぶん、いまもある・・・と思う(;'-')
 私が学生の頃は夏季限定でしたが、年中飲めるようになったと聞き、それから早何年?
 途中で氷の蓋が落ちたらペナルティーでもう一杯飲まなきゃいけない、なんて冗談を言ってたものです。懐かしい(笑)

 タイトルの『月来香』は月下美人の別名です。
 月下美人は映像でしか見たことがありませんが、良い香りらしいですね。この話を書いている時は水仙の香りをイメージしてました。薔薇でも良いけど、もうちょっとスッキリした香りのほうがシエラっぽいなって思って。
 使わせていただいた写真素材はまったく別の花ですが、私のイメージにピタリとはまりました。しかも嬉しいことに、私の書く話をイメージして作ってくださったそうで、言葉にできないくらい感激しています。エヘヘ、自慢しちゃうわ! 小妹、ありがと〜〜(≧∇≦)♪
 それから、『3』でエレーンが、ジーンの使ってる香水が欲しい、と目安箱に入れてたので、そこからもネタを拝借してみたり。ジーンは花よりも、香木なイメージ。白檀なんか良くないですか?
 ちなみに、ページタイトルは月下美人の花言葉です。ビクシエにピッタリ!(≧∇≦)

 『1』の女性陣はみんな仲が良くて、戦争終了後も独自のネットワークを展開しているんじゃないかと思ってみました。なので、例の件も『周知の事実』なのです(笑) 「花魁仕込みなんだ」と思った人が何人いたのか、私も知りません(爆)

 ルキアはゲオルグとは旧知の仲です。その辺の話も書きt(ry。
 『大兄』は、“たーくぉ”でも“おおにい”でもお好きに読んでください。

 あ、カードのスートと強さは、ソード=スペード>カップ=ハート>コイン=ダイヤ>バトン=クラブとしてます。

 長々とおつきあいくださいましてありがとうございましたm(_ _)m