Perfect Triad



 馬を使えば一日で楽に往復ができるその小さな村は、建築用の石材を細々と切り出して収入源としていた。緑に乏しく、ゴツゴツとした岩ばかりが目立つそこは、その名もロックランド。
 ルキアは初めて自分の馬をもらってからというもの、暇を見つけては、テッドとともに遠乗りへ出かけた。
 その真新しい墓を見つけたのは、テッドが先だった。
 村と同じく小さな墓地は、口の利けない老爺が墓守をしていた。都会から来た少年たちに最初こそ良い顔はしなかったが、悪戯をするでもなく、ただ物珍しげに墓碑を眺めるだけだとわかってからは二人の好きにさせてくれた。
「ルキア、見ろよ」
「なに?」
 テッドに袖をひかれて、ルキアもその墓碑を見た。
『行き倒れの女の最期の言葉
 クライブ、お前の手にかかることなく死んで行くのを許してくれ』
 意味深なその言葉を、二人はじっと見つめた。
「………仇同士、かな」
 最初に沈黙を破ったのはルキア。
「あぁ、そんな感じだな……」
「……でも、もっと深そうだ」
「だろうな………」
 なおも食い入るように墓碑を見つめているテッドに、ルキアは首を傾げた。
「どうしたんだよ、テッド……?」
「………ん、クライブっていう奴がこれを見たとき、なんて言うんだろうなって思ってさ」
「ふぅん」
 ごく稀に見せるテッドの誰よりも大人びた眼を、ルキアは見つめた。
「行くか」
 その視線に気づいたのか、テッドはいつもの屈託のない笑顔を見せて歩き出した。
「あぁ」
 問い質したい衝動を堪えて、ルキアはテッドのあとを追いかけた。

 いまなら、わかる。テッドはあの墓碑の下に眠るべき遺体がないことに気づいていた。


 ルキアがその刻まれた言葉を思い出したのは、グレッグミンスターに攻め入る直前のことだった。
 レパントやウォーレンたちの進言、なにより傷ついたマッシュに少しでも安静の時間を与えたいこともあり、グレッグミンスター周辺地域の治安回復が先に行われた。
 ルキアも自ら中隊を率いて、ロックランドへ向かうことにする。護衛役にはクライブを指名した。普段から表情の乏しい彼は、諾と頷くのみ。
 グレイディが逃げ出したあとも、ロックランドには帝国が任命した軍政官が派遣されていたが、解放軍元帥自らが鎮圧にやってきたことに恐れを成してか、官庁は蛻の殻だった。
 ロックランドが早々に解放された旨、本陣に伝令を出す。兵たちには翌早朝帰還の予定を告げ、それまでは自由時間を与えた。
「クライブ、ちょっと付き合って欲しいんだけど、良いかな……?」
「………あぁ」
 ルキアはクライブを誘うと、小さな墓地へと向かった。
 そこは、記憶と変わらぬ佇まいのままだった。荒れ果てた様子はなく、だが寂しげに整然と並ぶ墓碑。テッドを思い出し、目も眩む想いだったが、ルキアは最奥へ真っ直ぐに向かった。
 墓地へと連れられたクライブは、訝しげではあるものの、なにも言わずにルキアについてきた。
「………最近まで忘れてたんだけど、これってお前のことだよな……?」
 風雨にさらされてすっかり景色に溶けこんでいた墓碑がクライブにもよく見えるようにと、ルキアは場所を空ける。
「……?」
 不思議そうにルキアから墓碑へと目を転じたクライブは、刻まれた言葉に顔色を変えた。
「…………っざけやがって!!」
 やおら“シュトルム”を手にすると、銃口の角度だけで狙いを定め、墓碑に向けて発砲した。
「クライブ……!」
「誰が、誰が信じるか! お前の言葉を、俺は二度と信じない!」
 激昂したクライブは、トリガーを引き続けた。
俺たちを裏切ったお前を、そんなことで許すとでも……!」
 感情のままに言葉を吐き出しながら、クライブが涙を流していることに気づき、ルキアは止めようとした手を下ろす。かける言葉など思いもつかず、痛ましげに見つめることしかできなかった。
 “シュトルム”の弾が尽きる頃には、墓碑は瓦礫と化していた。
 それでも、クライブはカチカチと引き金を引くことを止めない。
「………クライブ、もう……」
 ルキアがそっと右手に手を置くと、クライブは崩れるように膝をついた。
「何故だ……エルザ………」
 震える肩をそっと抱き、ルキアは瓦礫を見つめて溜め息を吐いた。



 それから、さらに歳月は流れた。
 デュナン湖・梁山城から久しぶりに歩いて帰ることにして、ルキアはラダトに立ち寄った。真っ先に目に入った小料理屋に入り、昼食をとることにする。
「お客さん、悪いね。相席でも良いかい?」
 昼時で、店内の賑わいは最高潮に達していた。申し訳なさそうに訊く給仕の女に、ルキアはかまわないと頷く。
「じゃあ、あちらのテーブルに……」
 店の奥へと案内される。
「すまないね、姐さん。こちらさんと相席してくれるかい」
「あぁ、かまわないよ」
 小さなテーブルにいた先客は、美しい金髪の女だった。右の頬骨の辺りから左の耳許にまで走る傷痕があるが、その美貌を損なうどころか、一種独特の凄味が増して妖艶な美しさがある。
 シーナなら口笛の一つでも吹いてるところだな、と頭の片隅で思いながら、ルキアは椅子にすわった。
 女は一瞥くれてすぐに視線を逸らし、琥珀色の液体が入ったグラスをゆっくりと傾けた。
 注文した点心を平らげて、ルキアも食後のお茶をゆっくりと楽しむ。いままで一言の会話もなかったが、ルキアは茶器をテーブルに戻して、女を見つめた。
「エルザ?」
 この言葉に、女の雰囲気が一変した。
 右手をするりとマントの内に滑りこませ、目線は殺気で相手を射抜こうかとするほどに鋭い。
「そんな怖い眼で睨まないでくれ」
 ぶつけられた殺気をものともせず、ルキアは敵意がないことを示すように両手を挙げた。
「私は、ルキア。クライブの知りあいなんだ」
 自分の殺気にも動じない相手を値踏みするように眺め渡して、エルザと呼ばれた女はテーブルの上のグラスを手に取った。
「どうして私がエルザだと……?」
「匂いだよ」
「……?」
「クライブと同じ匂いがする。………硝煙って言うんだっけ、火薬のあの独特の匂い。それから……血の匂い……。姐さん、ロックランドに墓標を残していっただろう。……クライブ、あれを見て泣いてたよ」
「あんたが慰めてあげたのかい?」
「まぁね」
 軽口を取りあいもせず、ルキアは真面目に頷いた。
「…………。何処まで知っている?」
「クライブの知ってることは全部。寝物語に聞くには、哀しすぎる話だったな………」
 ほぉと溜め息を吐いて、ルキアは視線を落とす。
 クライブとエルザ、そしてもう一人ケリィという名の男の関係。『ほえ猛る声の組合』という暗殺ギルドの中にありながら、羨ましいほどに対等であった三人。
 だがその関係は、一発の銃弾によって壊れてしまった。ギルドの命令で、ケリィとエルザが決闘させられたために。
 とつとつと語られた三人の男女の終わっていない悲劇。最悪の結末を避けることはできないのか、とルキアはクライブに問うたことがある。
「あぁ、そうかい」
 対するエルザは、他人事のように相づちを返してきただけだった。
「………クライブは、お前が逃げた理由だけがどうしてもわからないって言ってたよ」
「私は二人と違うからさ」
「なにが?」
「…………」
 責めるでなく、憐れむでなく、ただ事実を見極めようとする黒曜の瞳を、エルザは静かに見つめた。
 無粋な問いに腹が立たなかった訳ではないが、クライブの側にいるらしいこの不思議な魅力を持った少年に、伝えておくのも良いかもしれない。自分は、結局、最期までクライブには嘘を吐き通してしまうだろうから。
「ケリィとクライブはギルドで生まれてギルドで育った純粋培養だから、どんな理不尽なことでもギルドの言葉には従えるんだろう。でも、私は違う。あの小さな庭がすべてじゃない。私を売り飛ばしたところでも、故郷がある、ギルドが絶対じゃないと知っている……。だから、逃げ出した。ケリィと殺しあうよう仕向けたギルドを許せなかったから」
「それなら、何故、またクライブの前に姿を見せるんだ?」
「ケリィを殺した私を許せないから」
「どうして、二人でいられないんだよ……」
 初めてゆらいだルキアの表情に、エルザはやんわりと笑う。
「それは無理ってものさ。私もクライブも、欠けた一点に心奪われて求めてしまう。…………いまでも、叫び出したくなるほどに……。きっと、クライブもそうだろうよ………」
「………お前ほどの腕なら、姿を眩ますことだってできるだろう……?」
「そりゃあね……。でも、言っただろ。私は私を許さない。それに、あの坊やには、ギルドの小さな庭こそが『世界』。ちゃんと帰してあげないと……」
「お前を殺したら、クライブだって自分を許さない」
「それはないよ。私はケリィを殺してる。それに、嘘も吐いた……。私たち三人には、真実しかなかったのに………私がそれを壊したんだ……」
「…………。クライブは、決闘の日を知ってたよ」
「……まさか……」
「本当。お前に逢った前の晩、クライブはケリィと逢ってたんだ。ケリィからすでに決闘の日を教えてもらっていた。それに、ケリィはこうも言ったんだって……。エルザは優しいから、お前にはきっと嘘を言うかもしれない。でも、その優しい嘘は許してやってくれって……」
「…………。は、はは……」
 エルザは力無く笑った。
「……なんだい、まったく……人の良い男たちだね……。それでも、騎士級(クラス)ガンナーかい……」
「………ねぇ、それでも、それでも二人ではいられないのか? どちらかが死ななければ、終わらないのか?」
 いまにも泣き出しそうなルキアに、エルザは一つ大きく息を吐き出して気持ちを静めた。
「無理だ……。失ったものが大きすぎて、二人きりではバランスが取れやしないのさ……。………あの血も涙もない『世界』に、私たち三人がいたこと自体が、奇蹟だったねぇ……」
「……どうして、二人して同じことを言うのさ………」
 はらはらと零れる雫を、エルザは微笑んで拭ってやる。
「なにも、あんたが泣かなくても良いじゃないか」
「だけど……!」
「クライブも同じ気持ちだとわかって嬉しいよ。これで心おきなく帰してやれる」
「……ここでお前に会って、話したことをクライブに伝えても良いのか?」
「……あんたはそんな野暮はしないさ」
 うっとルキアは言葉に詰まった。
「一つ、頼まれてくれないかい?」
「………なに?」
「私が死んだあと、クライブに伝えて欲しいことがあるんだ」
「…………自分で言えよ」
「そんな時間はないよ。あの決闘当日になにがあったのか、それだけはちゃんと伝えたい。そして、私の時間はそこで終わりだろう………」
 一瞬、拗ねたような表情を見せたあと、ルキアは頷いた。
「…………。わかった。伝えてやる」
「ありがと。恩に着る」
「それで……?」
 エルザの儚げな微笑が、いつまでもルキアの脳裏から離れなかった。


 小さな鄙びた村だった。痩せた土地をそれでも懸命に開墾して、慎ましい収穫で生きているサジャの村。そこが、エルザの故郷だった。
 どんな縁があったのか、ルキアはクライブとエルザの決闘に立ちあうことになった。
 クライブは待ち望んだこの瞬間に心奪われて、心配そうに見上げるルキアに目もくれない。なんとか止めに入ろうとするゴクウの言葉さえ、一言たりとも耳に入っていないようである。
 一方のエルザは、哀しそうなルキアと目があうと、薄く笑みを浮かべた。
 エルザの頼みで、ギルドの儀礼に則った決闘を行うことになる。エルザが持ち去っていた二丁の拳銃のうち、クライブは“シュテルン”という銘の拳銃を選び、エルザは残った“モーント”という銘の拳銃を胸に抱き、微かに笑った。
 二人は決闘の言葉を高らかに叫んだ。
「・・・・我らこそ! 戦いを告げる、最後の響き!!」
 唱和が終わると同時に、火を噴いたのは、“シュテルン”だった。

 そうして、エルザはケリィとの決闘になにがあったのか告げるも、最期の最後まで嘘を吐き通して、逝った。
 クライブは片腕に亡骸を抱きかかえ、片手で器用に“モーント”の弾倉を確かめる。
 弾は、一発も残ってはいなかった。
「…………」
 遺されていた、たった一つの真実を、クライブはかき抱いた。

 手伝うと言うルキアとゴクウの申し出を断って、クライブは一人で、村外れにある森にエルザを埋葬した。小高く丘になっているそこからは、小さな村が見渡せる。
 墓標もなにもなく、一本だけポツンとあった落葉樹の根許であることだけが目印だった。
 真新しい盛り土に黙祷を捧げて振り返ると、ルキアが手に椿を一枝携えて立っていた。
「……花を、手向けても良いか……?」
「………あぁ」
 薄く笑って、クライブはルキアに場所を譲った。
 深紅の五弁の花を手向け、ルキアは祈りを捧げる。やがて目を開けて一度クライブを振り返ったあと、軽く視線を伏せた。
「あのさ………」
「……なんだ?」
 珍しく言いにくそうにしていたルキアは、意を決してクライブに視線を戻す。
「………エルザから、伝言があるんだ………」
 クライブは一瞬、驚いたように目を見開いたあと、やがてゆるく首を振った。
「わかっている……」
「え……?」
 首を傾げたルキアに、クライブはいつかエルザが見せたのと同じ表情で微笑んだ。
「…………俺も、二人を愛していた……。だから、良い……」
「クライブ……」
 流れ落ちる涙に手を重ねたあと、ルキアはクライブを抱きしめた。
 縋りつくように抱き返し、クライブはただ静かに涙を流した。
END





 ルキアとガンナーたちのお話でした。いかがでしたでしょうか? タイトルだけはずいぶん前から決まっていたのに、形になるのに時間がかかりました。

 クライブイベントも、外伝のエルザの話もすごく好きです。が。うちのナッシュはあの時、エルザには会わず崖を飛び越えたことになってます(爆) まぁ、外伝も賛否両論あったんだよ、当時・・・。あ、外伝2は通常です。こっちは逆に、彼女たちに会っていません・・・。これは、チラ見した『5』の設定に憤慨したせい(;'-')

 この話に限らずですが、個人のファンサイトなので、ゲームをプレイ済みであることを大前提に書いています。ゲーム中に交わされた会話や場面を、端折ってしまうのはわざとデス。書くのがめんどいのも確かですが(爆) 読むときも、飛ばしちゃう傾向にあって・・・。
 お客様方はどうなのでしょうか? やっぱり読みにくいかしら?? ご意見・ご感想お待ちしておりますm(_ _)m