Spice



 麗らかな陽気のティータイム。テラスの一角を占領して、甘いお菓子とお茶を楽しむ少女たち。
「・・でね、ヒックスったら、フッチ君にまで負けちゃって。ちっとも特訓の成果が出ないんだよね」
 よっぽど腹を立てているのか、テンガアールが乱暴にトッピングの杏をフォークで突き刺した。
 いつもの愚痴に、周りの少女たちは乾いた笑いで適当な相槌を入れる。
「…………。いきなりだけど、テンガって、ずっとヒックスさん一筋?」
 ココアのカップを両手でくるむようにして、小首を傾げて訊いてきたのはニナ。
「……? そうだよ、僕たち、幼馴染みだから」
「他の人に目移りしたことってないの?」
「ないよ〜、そんなこと」
 笑って首を振るテンガに対して、真剣な目でニナはさらに詰め寄る。
「本当に? それだけヒックスさんにけなすところがあるんだったら、もっと他にも素敵な人がいるはずって思わない? 嫌いになっちゃったりしない? いまでもときめいたりする?」
 歯に衣着せぬ物言いに、他の少女たちは内心ハラハラした。ただ、三年前から二人を知っている者は、落ち着いた様子でことの成り行きを見守る。
「…………。そんなこと、考えたことなかった」
 新たな発見をしたかのように、テンガアールは呟いた。
「恋愛にドキドキは必須! トキメキをくれない男の子なんて、苺ののってないショートケーキ、メープルシロップのないパンケーキ、カラメルの焦げた焼きプディングよ!」
 一同、拍手。
 ニナはありがと、と鷹揚に頷いて軽く手を挙げた。
「ともあれ、テンガには一度、広い視野で世の男性を見ることをオススメするわ」
「うん、わかったよ、ニナちゃん」
「じゃあ、私、フリックさんがそろそろ休憩時間に入る頃だからお先ね」
 自分の分のお茶代をテーブルに置いて、ニナは元気よく立ち上がった。
「行ってらっしゃ〜い」
「頑張ってね」
 ひらひらと手を振って駆けていったニナを、少女たちは見送った。
「そう言ったニナちゃんが、一等一人にしか目が行ってないと思うんだけどな」
 ナナミの言葉に、少女たちは苦笑する。
「この人が好きって思ったら、他の男の人のことなんて見てる暇ないよね」
 まだ温かいジャスミンティーに視線を落として呟いたのはビッキーだった。
「うわ、ビッキーに先に言われちゃった」
 メグが混ぜ返せば、ビッキーは満面の笑みを返した。
「………あのさ、みんなも好きな人にこうして欲しいこととかってある?」
「テンガ、さっきのニナの言葉、真に受けてるの?」
 珍しく眉間に皺を寄せているテンガアールに、アップルが驚いて訊き返した。
「ん〜、そういうわけじゃないんだけど……。僕はよくヒックスにあぁして欲しいのにこうして欲しいのにって愚痴を言っちゃうけど、でもみんなからは聞いてないなぁって思って」
「私はないわ」
「ないよ」
 異口同音に答えたのは、カスミとメグ。
「…………君たちのは特殊すぎて参考にならないから、期待してないよ」
 呆れたように言ったテンガの言葉が、他の少女たちの気持ちを代弁していた。
「訊かれたから答えただけだもん」
 不服そうにメグは頬を膨らませ、カスミは苦笑する。
「私はね〜、子供扱いしないでって言いたいんだよね!」
 グッと拳を握りしめて力説するナナミ。
「でも、それを言っちゃうと余計自分が子供染みてるみたいだから言えないの」
「わかるよ〜、ナナミちゃん!」
 トモが大きく同意を示した。
「……やっぱり、年の差あると大変?」
「「うん!」」
 力一杯返ってきた肯定。だが。
「でも、一緒にいるとすごく安心できるのは、年上だからなんだろうけどね」
 とろける笑顔に乗せてトモが言った言葉は、先ほどの肯定を裏切って、結局のところ惚気られたことになる。
「……私は、そうだな〜、もうちょっとみんなとも仲良くすれば良いのになぁって思うときはあるよ」
 のほほんと言ったビッキーの言葉を、それぞれが思い描こうとする。
「………そんなルック、想像できない……!」
 メグが大笑いして真っ先に音を上げた。
「えぇ〜、そうかな〜」
「でも、それだけ?」
「ん?」
 アップルの言葉に、ビッキーは首を傾げた。
「もうちょっと愛想良くしたほうが良いとか、優しくして欲しいとかあるんじゃない?」
 テンガアールがアップルの問いを引き継いだ。
「ルック君、無愛想じゃないよ。それに、すっごく優しいの」
「…………ハイ?」
「あんなに表情に出る人もいないよね」
 一同、無言。
「……あれ、みんな、どうかした?」
「ビッキーって、強者………」
 少女たちは大きく頷いた。
「でもね、テンガ」
「なぁに?」
「ヒックスさんは弱くはないわよ」
 カスミの言葉にテンガアールは目を丸くした。
「良いよ、慰めてくれなくて」
「そうじゃなくて」
 カスミはにっこりと笑う。
「ヒックスさんは優しさを強さに変えられる人ね」
「……そうかなぁ……」
「今度は試合じゃなくて、訓練の様子をこっそり覗きにくればわかるわよ」
「訓練の成果が試合に出てないんじゃ意味ないよ」
「テンガ、最近、訓練のほうは見学してないでしょう」
「……だって、みんなここのところピリピリしてるから邪魔しちゃ悪いし……」
「外から覗くくらいなら誰も文句は言わないわ。それに、百聞は一見に如かずって言うじゃない」
「ん〜、カスミがそう言うなら……」
 半信半疑ながらも、テンガアールは頷いた。

 思い立ったら即行動。早速、夕暮れに染まる窓から、テンガアールは道場を覗き見た。
 練習用の剣を持ち斬り結ぶ兵士たち。その中にはヒックスもいた。一人で五人を相手にしている。続けざまの攻撃に、ヒックスは慌てることなく正確に一撃を返して相手の動きを止めた。
 ただし、あくまでも動きを止めるだけ。練習相手の剣はヒックスの急所を狙っていても、ヒックスの剣の動きは相手の行動力を削ぐことに一貫していた。
「…………」
 身動ぎもせずヒックスを見つめていたテンガアールは、やがてふいと視線を逸らして歩き出した。
『優しさを強さに変えられる人ね』
 頭の中でカスミの言葉がこだまする。
「わかってるもん、そんなこと」
 戦いが嫌いなヒックス。たとえ試合でも、見知った仲間に本気になれない優しい人。己を守るためでも、なにより大事な人を守るためでも、相手の命までは奪いたくないと思っている。そうできるよう、努力している。
「本当に君ってば、優しいんだから……」
 ヒックスの好きな物をいっぱい作ってあげよう、とテンガアールは宿屋の厨房へ真っ直ぐ向かった。
 この時間、ハイ・ヨーのレストランは殺人的な忙しさだが、ヒルダの経営する宿屋のほうなら、厨房を借りるのに差し支えない。
 胸のドキドキに急かされるように、テンガアールは駆けだした。

 この愛しさを貴方に。
END




 前サイトのキリ番『50000』をゲットされた柳様のリクエスト、『ヒックス×テンガアール』でした。いかがでしたでしょう?
 ヒックスが出てきていないのに、ヒクテンとはどういうつもり!?とお叱りを受けるのは覚悟の上(≧△≦)。敢えて、このままアップさせていただきました。
 さぁ、書くぞ、と思ってPCに向かったものの「ヒックスって・・・」と固まってしまった次第(爆) これはテンガを主点に据えるしかない、というわけで・・・。発想の転換デス(;'-')

 少しでも楽しんでいただけたら幸いです。