紅葉狩り
時折、ピリリと刺すような冷たい風が吹く秋の午後。
畳を正方形に敷きつめた道場の一角に、ルキアとゲンシュウが向かいあってすわっていた。
そこには、外を吹き抜けている風と同じようなピンと張りつめた空気が漂っている。
「拝見いたす」
「どうぞ」
ゲンシュウは目の前に置かれた太刀を取り鞘から抜いた。
美しい線を描く刀身に感嘆の息が零れる。慎重に柄や鍔などを外し、ゲンシュウはつぶさに太刀を見つめた。
「鎬造(しのぎづくり)、庵棟(いおりむね)、反り高く腰元で強く反り、中鋒(ちゅうきっさき)の太刀でござるな。茎(なかご)は生(う)ぶ、栗尻(くりじり)、鑢目勝手下(やすりめかってさが)り、目釘孔(めくぎあな)二つ。鍛(きたえ)は小板目(こいため)きれいによくつみ地沸(じにえ)つく。刃文(はもん)は広直刃匂口(ひろすぐはにおいぐち)締まりごころに小沸つき、丁子足(ちょうじあし)・葉(よう)よく入り、ところどころ金筋(きんすじ)かかる。帽子小丸(ぼうしこまる)に返る。彫物は表裏に角止(かくどめ)の棒樋(ぼうひ)が彫ってござる」
ゲンシュウは流れるように鑑定をしたあと、しばらく言葉を切った。
「………そして、銘に九条。この特徴のある九の字体……。初代・九条とお見受けいたす」
ルキアは楽しそうに口の端を上げるのみ。
「この直刃(すぐは)の名刀、初代・九条の最高傑作といわれた“薄ら氷(うすらひ)”ではござらぬか」
「いかにも。我が家に伝わる逸品だ」
再び、ゲンシュウは感嘆の息を吐く。そして、太刀を元通りにして鞘に収めるとルキアの前へ返した。
「眼福にござった」
両手をついて頭を下げたあと、ゲンシュウは少し身体の向きを変え再び手をついた。
「無理を聞いて頂いて感謝する、カスミ殿」
ルキアの左斜め後ろには、ひっそりと花一輪。
「どういたしまして、ゲンシュウさん」
カスミはにこりと笑みを返した。
「じゃあ、行こうか。お待ちかねの人がまだいることだし」
太刀をつかんで立ち上がったルキアのあとに、カスミも続く。
外へ出た二人は、湖畔へと向かった。
「わざわざお呼びだてして申し訳ありませんでした、ルキア様」
「かまわないよ、丁度カスミを迎えに来られたわけだし」
ゴクウの依頼ではなく、明日から休暇に入るカスミを迎えに来た形になるルキアは、いつもの胡服姿ではなく濃き紅の表地に濃き黄色の裏地の朽葉襲(くちばがさね)の襴衫(らんさん)姿。
軽快な足捌きで衫の裾をひるがえし颯爽と歩くルキアに、カスミは遅れることなくついていく。
「とても思いつめた顔でいらして、何事かと思いましたけど……」
そのときの様子を思い出してカスミはクスクスと笑みを零した。
「そうか……。芸術祭のときに、ぜひにと言われていたんだけど、急用でね。見せてあげられなかったんだ。……本当に好きなんだねぇ、彼は」
湖畔の木々は鮮やかに色づいていた。
「あ、きたきた。ルキア、こっちだよ!」
あちらこちらに布が敷かれ、そこで幻影(ホアイン)軍の面々が酒を酌み交わしつまみを口に運んでいた。
ルキアは見事に紅葉した木々に眼を細めたあと、名を呼んだ声の主に目を向ける。リーダーのゴクウが勢いよく手を振っていた。この一角にはナナミ、ビクトール、フリック、シーナにアイリもいるようだ。
そこにルキアとカスミが加わり、紅葉狩りはますます盛況を迎えた。
「あの堅物が、よく祭りのあとのバカ騒ぎを許可したね」
迎え酒を飲み干してルキアが不思議そうに訊けば、ビクトールが肩にドカッと腕をまわしてきた。
「まぁ、そこはそれ。いろいろと手はあるさ」
口の端を上げるビクトールに、そういえば三年前もあの手この手でバカ騒ぎを実行していたな、とルキアは思い出す。意外と柔軟性に欠ける彼は、マッシュより扱いやすかろう。
日射しを浴びてキラキラと光る湖面。さわさわとゆれる紅葉。
ルキアは気持ちよさそうに眼を細めた。
「なぁ、ルキア〜、太刀を持ってきてるなら久々にどうよ……? 最高の舞台だろ?」
少々呂律の怪しくなっているシーナが、脇に置かれた太刀を目線で示した。
「なになに?」
二人の間に入ったゴクウの肩にシーナは手を置く。
「こいつにも見せてやれよ、な、ルキア」
「……そうだな、旨い酒をご馳走になったことだし、ひとさし披露するか」
杯を飲み干してルキアは太刀を手にとると、湖に向かって枝を広げる木の下に立ち止まった。
「ルキアはなにを……?」
「まぁ、見てなって。滅多に拝めないものが見られるぜ」
太刀を腰に佩き紅葉を背に立つルキアは、それだけでも一幅の絵を見るようだ。
賑やかな声が絶え間なく続く広場で、ルキアは左手を鍔にかけ右手を横に真っ直ぐ伸ばすとスッと腰をかがめた。右足を軸にそのままくるりとまわる。と同時に、伸ばしていた右手は柄に移動しており、澄んだ音を立てて太刀が鞘走った。
一連の流れるような動作に、ゴクウはほぅと溜め息をもらす。
ルキアは薙ぎ、突き、開脚から素早く立ち、くるりとまわる。
ときには早く、ときには遅く、大太刀の重量をものともしない華麗な舞に、ざわめく声はいつしか消え、時折感嘆と賞賛の声がもれ聞こえるだけとなった。
いつしか、太刀が振るわれるたびその場の空気が変わっていくことに、気づいた者が果たして何人いるだろう。
皆とは少し離れた場所でルキアを見つめていたルックは、やがて身を翻した。
「あ、あれ、ルック君? 見ないの?」
ビッキーが慌ててあとを追いかける。
「…………僕は、此処には、いたくない……」
顔を青ざめさせたルックに、ビッキーは心配そうに寄り添ってその場をあとにした。
部屋で目を覚ましたシエラは、眉間に皺をよせた。
「星辰剣」
「私ではない。“生死を統べる者”だ」
呼んだ声に苦虫を噛みつぶしたような声がすぐさま返り、シエラは気怠げに身体を起こした。
肩から滑り落ちた白銀の髪を背中へ払う。
「止めぬのかえ?」
素肌を惜しげもなくさらし、シエラは窓辺から湖の方向へ目を向けた。
「………我らで止められるとでも?」
星辰剣の答えに、諦観の笑みが浮かんだ。
「それもそうじゃな……。あ奴の意思に、逆らえる者などおらぬのぅ……」
シエラは詠う。
「奴が逝くと言うのなら、我らはそに従うのみ………」
ルキアが太刀を振るうごとに、リンと空気が鳴った。
空気が鳴るごとに、木々がざわめいた。
木々からゆらゆらと気炎が立ち上り、いつしかそれは女の形となった。
赤く縁取られた切れ長の目とルキアの目がピタリとあう。
女は我が意を得たりという表情を見せ、枝からふわりと飛び降りてきた。
ルキアの剣舞にあわせるかのように、ふわりふわりと女の身体は舞うように翻り、紅唇は何事かをささやいた。
木立はますます妖しくざわめき続ける。
ルキアは垂直に太刀を振り下ろしたあと、するりと身体の向きを変え、回転しながら今度は水平に薙いだ。
その視界の端に、朱鷺色が過ぎった。
「!」
降ってわいたかのようにルキアの前に現れたのは、カスミだった。
思わず腰を浮かせる者、声にならない悲鳴の形に口を開ける者、目をふさぐ者、ルキアの剣舞に見惚れていた誰もが最悪の事態を想像して戦慄した。
「……!」
だが、太刀はカスミの首筋に紙一枚のところで止まった。
恐るべき膂力で寸前のところで太刀を止めたルキアだが、右腕に走る痺れに眉をひそめカスミを見つめる。
「カスミ………」
咎めるように呼ばれた声に、しかしカスミは答えなかった。はらはらと涙を零し、カスミは口を開く。
「行かないでください………」
「…………」
訝るルキアにカスミはもう一度言った。
「行かないでください……私を置いて、もう何処にも行ってしまわないで………」
ルキアの耳許に、女が再びささやいた。
『彼女も連れて行けば良いだけのこと……』
瞳の色を深くして、ルキアは口の端を上げた。
太刀がカスミの首筋にあたり、プツリと赤い玉が載った。
カスミは身動ぎもせずにルキアを見つめていた。表情に恐怖の色は微塵もなく、ただ先ほどと同じく懇願するもののみ。
ひたすらに、ともに在ることだけを願う少女。
ルキアはいつもの表情を取り戻し、それ以上カスミを傷つけることなく、一振りして太刀から血を払うと鞘へおさめた。
望んだ結末を得られなかった女は、それでも笑みを浮かべたまま風とともに立ち消えた。木々のざわめきもピタリとおさまった。
首筋に薄く流れた血をルキアが舐めとると、張りつめた緊張の糸は敢えなく切れて、たまらずカスミはルキアに縋りつく。しっかりとその腰を支え、ルキアはいまだ声も出ない群衆にニヤリと笑った。
「じゃあ、帰るから」
再び愛しい女の首筋に吸いついて、いつの間にか取り出した呪符が右手の上で切り刻まれると、二人は忽然と姿を消していた。
何事もなかったかのように、木々は端然とそこに在るのみ。
END
前サイトのキリ番『60000』をゲットされた楸陣様のリクエスト『2軸で、坊ちゃん剣舞を披露する!』でした。
冒頭のゲンシュウの鑑定は、『日本の国宝 045』からそのまま抜粋しました。この号に掲載されていた日本刀の中で、私が最も美しいと思った物の鑑定文です。
…………。
遅くなりました、なんてものじゃありませんね(核爆)
なにも言い訳は申しません。お約束守れなくて本当にごめんなさいでした。ただ、こうして書き上げてお披露目できたことでちょっと肩の荷が下りました。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
|
|