千以上の言葉を並べても
屋上から遙か北を見はるかし、テンガアールは祈りを捧げる。
これが、最後だと。此処から遙か遠くへ遠征した幻影(ホアイン)軍。誰もが勝利を確信し、北へと進軍した。
非戦闘員の自分はリーダーのお供をすることはあっても、戦争には参加しない。この城で、みんなの帰りを待つ。
「テンガ……!」
下から、ヒックスの呼ぶ声がした。
「ヒックス、此処だよ」
屋上から梯子を登って、ヒックスがテンガアールの隣に立った。
「祈ってた……?」
「うん。みんなが無事に帰ってきますようにって」
ヒックスも北へと視線を向ける。この戦争もまもなく終わる。長かったような短かったような。
三年前は村の外に出ることも初めてで、わけもわからぬまま怒濤の勢いで過ぎ去ったと感じた。
いまは。楽しかった日々ばかりを思い出す。戦場で命を賭けて戦っている人がいるというのに。不謹慎だとは思うが。此処は、外つ国で、他人の戦いだった。自分の戦いだったのは、ただ一度。死を隣に感じたあのヒヤリとした感覚は、絶対に、一生、慣れることはないだろう。
「もうすぐ、戦いが終わって、みんなとお別れだね………」
きゅっとヒックスの手を握って、寂しくなるなぁとテンガアールは呟いた。それに応えるように、ヒックスはテンガアールの手を握り返す。
「…………。テンガ、あの……」
「なに……?」
口ごもるヒックスに身体ごと向き直って、続きを待つ。
「僕はずっと君の側にいるよ。……戦士の村に帰るにはもう少し時間がかかるけど、だけど、帰ったら……テンガ……」
頬を赤くしながらも、ヒックスは真っ直ぐにテンガアールを見つめた。
「僕と結婚して欲しい。僕は生涯、君の剣であり盾でありたい」
ポケットから青金石でできた小さな玦(おびだま)を取り出して、微かに震える手で差し出した。
「…………」
テンガアールは声もなくそれを見つめる。
小さい頃からヒックスとの結婚を夢見てきた。でも、優しくてちょっと優柔不断なところもある彼からプロポーズされるのは、もっと先の話だと思っていた。
「ど、どうして……急に……?」
かろうじて、やっとそれだけ言えた。
「……僕の気持ちを、ちゃんともう一度伝えたくなったんだ。この戦争ももうすぐ終わって、また新しい旅立ちが始まるから………」
テンガアールは両手でそっと玦を取った。綺麗な青い石と精緻な織り目の飾り紐。これを選ぶのにも、きっとヒックスは何日も悩んだことだろう。そのときの様子が目に浮かんで、テンガアールはホッと表情が和らぐ。
「ヒックス、ありがとう。……僕も誓うよ。君をずっと支え続けるって……。ずっとずっと、一緒にいようね」
幸せでいっぱいの気持ちで抱きついてきたテンガアールを、ヒックスはしっかりと抱きとめる。大好きで大切な少女を悲しませたりはしない、と心新たに誓った。
ヒックスの腕の中で、テンガアールはふと親友を想う。
誓いの儀式も、ウエディングドレスもいらない、ずっと一緒にいられなくったってかまわない、と言った彼女。彼女はなにに幸せを見いだすのだろう。
牧場の外れ、湖を臨める場所で、メグはルキアと一緒にいた。
「この戦争が終わっても、家に帰る気もなければ、私の家に来る気もないんだな?」
「うん。ジュッポおじさんがハルモニアにいるって聞いたから、追いかける」
「お腹の子は?」
「あっちで産むよ」
「ハルモニアは身分制度が厳しい。どんな待遇をされるかわからないよ」
「知ってる。でも、バングルがこの子を護ってくれるし、指輪が必要最低限の生活を保障してくれるんでしょ……?」
お腹の上に両手を重ねて載せて、メグはにっこりと笑った。
もう何度も繰り返してきた問答。心配するルキアを余所に、メグの決心は一度も変わらなかった。
「私を想って言ってくれてることは、ちゃんとわかってる。でもね、大丈夫だから。伊達に三年も一人旅してないよ。からくり丸もいるしね」
ルキアの子供を産むことも、一人で育てることも、最初から決めていたこと。比翼連理の相手がいるのを承知で、子供が欲しい、と頼みこんだのだ。これ以上、甘えるつもりは毛頭ない。
「それよりも!」
ずいっとメグはルキアに顔を近づけた。
「ルルノイエ城に入るときは、呼んでくれってゴクウさんに頼んだって本当?」
「あぁ、頼んだよ」
「どうして?! 戦争には参加しないって言ったじゃない……!」
「“獣の紋章”に用があるんだ」
なにか訊きかけて口を開けたメグは、パクパクと口を動かしただけで、問いを声にすることを思い留まった。にこり、とルキアは笑う。
「私が溶けてしまったのか、これが溶けてしまったのか、もう誰にもわからないことなんだよ」
せっかく訊かずにおいたことを、ルキアに正確に把握されて答えられてしまい、見ひらいたメグの瞳から涙があふれ出す。
「…………私が、怖いか?」
「そんなこと、あるわけないじゃない!」
泣きながら首を横に振って、メグはルキアに抱きついた。
「ごめん……。泣かれるのはわかってたけど、お前にも知っていて欲しかったんだ」
触れてくれる温もりに、縋りつくように抱きとめるように、ルキアは腕に力をこめた。
「ルキアはルキアだよ……! 私の愛してる人で、この子の父親。どんなことがあったって、それは変わらない。私の気持ちは、変わらない」
ささやかれた言葉に陶然として、ルキアは柔らかい髪に額に頬に唇にキスを落とした。
「メグ、愛し……」
「ま、待って、言っちゃダメ」
ルキアの唇に指を当てて、メグは慌てて言葉を遮る。
「また、骨折られちゃうよ……!」
悪戯っぽく笑いながら、ルキアはメグの手を取ると華奢な指先に口づける。
「良いよ、この右手が粉々に砕けても」
「ルキア……!」
「“優しさの流れ”をかけてくれるだろ?」
メグの右手には“流水の紋章”が宿してある。
「でも……」
「言わせてくれ。こんな機会、もう二度とない………」
取った手を頬に押しあてて切なげに見つめられては、メグにはもう返す言葉もない。
「……そんな顔されちゃったら、私、なにも言えないじゃん………」
またほろほろと零れた涙に口づけて、ルキアはメグにささやいた。
「愛してるよ、メグ」
ルキアの腕の中で、メグはふと親友を想う。
時間まで飛び越えてしまう彼女。それは、死よりも恐ろしい別離ではないだろうか。あの二人が離ればなれになることのないように、とメグは祈る。どうか、幸せでありますように。
約束の石版の前で、ビッキーは刻まれた大好きな人の名前を指で辿った。
なんとなく、予感がしている。自分が此処にいられる時間が、あとわずかであるということを。次に自分が落ちるのは、何処だろうか? いつだろうか?
大好きな人の名前に頬をあて、ビッキーは目を閉じた。
最後の戦いへ出陣するルックを探して、ビッキーは城中を走っていた。
「ルック君、見なかった?」
慌ただしく働く人たちに、何度訊いただろう。
望む答えをくれたのは、ルキアだった。
「いまは屋上にいるみたいだな」
「ありがとう、ルキアさん……!」
エレベーターに飛び乗って、開いたドアももどかしくすり抜けるように飛び出して。息せき切ってやってきた屋上で、やっとビッキーはルックに会えた。
「ルック、君……!」
肩で息をするビッキーに、ルックはどうしたのかと首を傾げる。
「……どうしたのさ、そんなに慌てて」
「あ、あの、出発する……前に、どうしても、会いたくて……」
「………会いに行くつもりでいたよ」
「……そだったんだ……」
大きく深呼吸して、ビッキーは照れたように笑った。同じ気持ちでいてくれたのが、なにより嬉しかった。
並んで屋上からの景色を眺めながら、ビッキーは訊きたくて、でもずっと訊けなかったことを訊いた。
「…………。ルック君は、この戦いが終わったら、どうするの?」
「……僕はまた、レックナート様のところへ帰るよ。………君は?」
「…………」
ビッキーは答えようとして、出た言葉が音にならないことに気づく。
「……私も、旅の続き、かな……」
結局、曖昧な言葉でしか答えられなかった。
次に逢うときが、もしかしたら運命の時なのだろうか。ならば、できるだけのことをしたい。泣いて後悔なんてしたくない。
「ルック君、ちょっとかがんでくれる?」
「……良いけど」
ビッキーに向き直って、ルックは少し身をかがめた。ビッキーはポケットからアミュレットを取り出して、ルックの首にかけた。
「なに……?」
「お守り。ルック君に持っていて欲しいの」
身体を起こして首にかけられたアミュレットを、ルックはしげしげと眺めた。
鎖は少し太めのいぶし銀。トップには、何処かで見た丸い青い石。
「これ……」
ビッキーの首許を見れば、ネックレスに下がっているのはいつか自分のあげた指輪のみ。ビッキーを飾っていた青い石は、いまルックの胸許に下がっていた。
「大事な石なんじゃないの?」
「良いの。……あのね、私、ルック君からいっぱいの想い出と愛をもらったから。私もいっぱいの想い出と愛を、なにか形にしてあげたかったの」
ルックはコツンとビッキーの額に自分のをくっつけた。
「もう、あふれるくらいもらってるつもりなんだけど」
自分もなにか残してあげられたんだとわかって、幸せで胸がいっぱいの気持ちで、ビッキーはにっこりと笑った。
「私の旅が終わったら、必ず見つけるって約束したよね。その石は、約束の証でもあるんだよ」
石に手を置くと、ビッキーの不安定で、でも虹色に光る魔力を感じる。ビッキーには“風”を乗せた指輪を贈った。互いの魔力で結びあって、これでもう二人は道に迷うことはないだろう。
「大好き、ルック君」
抱きついてきたビッキーを、ルックは抱き返した。
「僕も好きだよ」
大丈夫、きっと大丈夫。でも、その想いはどうしても自信にあふれることはなく、叫びたくなるような祈りにしかならなかった。
ビッキーは顔を上げて、石版に刻まれた名前を見つめた。
「お願い、私のこと忘れないで。いつか、思い出して……」
END
前サイトのキリ番『66666』をゲットされたらいおんはーと様のリクエスト『お互いの愛を確かめるために告白をする坊メグ、るくびき、ヒクテン』でした。いかがでしたでしょうか?
宿題がまた一つ終わって胸なで下ろしております。
タイトルは、GARNET CROWから拝借。初期の頃の歌がほんと大好きで、聞いてるとSS書きたくなってたまりません(笑)
一組ずつ言い訳紛いの解説をば・・・。
ヒックスがテンガアールに渡したのは帯玉で、男性が帯から下げてた玉石等でできてる輪っかの飾り物です。古代中国の求婚アイテムをトランの風習という設定にしております。ステディもマリッジもないわけではなく、ただエンゲージまで指輪でなくても良いのでは?、という素朴な疑問からそんな設定。『給料3ヶ月分』なんて商魂に踊らされてはいけません(笑) このアイテムを使った話は坊カスですでに書いておりまして、復刊済み。
坊メグについては、裏ネタオンパレードで申し訳ないと思ってます(;'-') だけど、愛を告白するにはうちとこの二人は、この時機しかないんだ・・・。でないと、“ソウルイーター”が食べちゃうので。この辺の話もきちんと書きたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです。
メグはなにもかも承知の上で、それでもルキアの子供が欲しいと願ったのでした。もちろん、ルキアは認知しております。その証が“指輪”。レナンカンプの実家にもマクドール邸にも、メグは顔を見せに何度か彼女を連れて行きます。『3』時代でも、ルキアはメグにも彼女にも会って話しもするんだけど、その話も書きたいんだけど・・! 気長に(ry
るくびきは思いっきり『3』前提。『視えざる者 篇』でちらりと触れた話なんか絡んでたり。
十五年という月日はやっぱり長すぎるよね・・・。ルックはすっかり参っちゃったのかなぁ、と思うデス。迷うことはないはずだったのに・・・。切ない(>_<)
あ~、大事なこと書き忘れてた。うち設定、デュナン統一戦争は年またいでます。一年以内で終わったとはとても思えませんデス(;'-')
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