軍学者の叛意



 ルルノイエの白亜の皇城で、レオンはその報告を聞いた。
「失敗した、だと……?」
「はっ! 申し訳ありません!」
 あくまで伝令役で、その作戦には関わっていないはずの兵士は、まるで自分が叱責を受けたかのように恐縮した。
「…………。報告書は?」
 レオンは幾分、口調を和らげて伝令役に訊ねる。
「此処に」
 差し出された報告書を受け取ると、レオンは伝令役を下がらせた。
 幻影(ホアイン)軍がグリンヒル奪還に動いたのを機に、レオンはマチルダ騎士団の併呑とあわせてデュナン湖畔の梁山(リアンシャン)城を攻め落とすことにした。毒にも薬にもならぬ都市と引き替えに、強力な軍事力を誇るマチルダ騎士団と、都市同盟の中枢を担うあの城を落とす。こんな魅惑的な事態がまたとあるだろうか。ジョウイはあまり良い顔はしなかったが、足りない物はあるところから出させるのは造作もないことだったし、シュウがどうやってグリンヒル奪還作戦を立てるかも手に取るようにわかったので、レオンはさっさと作戦を立案し若き皇王の許可を取ると実行に移した。
 失敗するなど、露ほども疑っていなかった。事実、マチルダ騎士団はこの手に落ちた。だが、グリンヒルを奪還するだけで精一杯だったはずの幻影軍の本拠地を落とせなかったのは想定外だった。
 なにがあったのか。クルガンとシードの両将軍が作成した報告書を、レオンはなに一つ見逃すまい、と読みこんだ。
「………ふふ……はははは……!」
 報告書を読み終えて、執務机で堪えきれずにレオンは笑い声をもらした。
「さすが、我が君………」
 50騎ほどで編成された黒い幟旗の騎馬隊。風に途切れ途切れに聞こえた指笛。レオンにはこの二つで充分だった。
 ハルモニアの小隊が全滅したことなど、どうでも良かった。三等市民の歩兵隊でも寄越せばいいものを、あわよくば幻影軍にあるらしい真の紋章を狙って魔法部隊を送りこむからこんな目にあう。
 確か、幻影軍には“月の紋章”と“夜の紋章”もあったはずだ。ハルモニアに彼の存在をマークされることは、絶対に避けなければならない。レオンはハルモニアへの親書の作成に取りかかった。
 半刻足らずで親書を書き終え、肩の荷を一つ下ろすと、レオンの思考は自然と三年前へ飛んだ。



 カレッカをわざわざ隠遁の地として選んだのは、確かに自戒だった。大義のために、罪なき者を手にかけたことは、いまも後悔していない。だが、罪は罪だ。罰は受けねばならない。
 それに、皇帝が色香に迷ってあの魔女を寵愛するのを見るのは、吐き気がするほど嫌だった。自ら滅ぼした村で、一度は忠誠を誓った国が滅ぶ様を眺めるのも一興か、と思っていた。
 死を迎えるその日まで永遠と続くかと思われた静寂の日々は、だが、突然に破られた。
 暗く鬱蒼とした廃墟へ、日輪の使者が現れたのだ。
 生涯を捧げられる主君だと思った。甥が教育係だったことには癪に障るが、それには目をつぶれた。ただ、一つだけ、レオンを絶望させたのは。
「俺は、“27の真の紋章”の一つに呪われている」
 このたった一つが、レオンから生涯の主君を奪った。

「この世を人が動かすようになって、数百年。だのに、いまだ、人は神に縛られている。いい加減、人は神から解放されるべきだ」
「戦争のたびにこれだけ紋章(かみ)に頼っておいて、そんな都合の良いことを言うのですか、あなたは」
 甥は呆れたように反論した。
「紋章が道具以上に扱われているのがおかしいと言っている」
「何処の国も大抵、“27の真の紋章”に支配されているのがおかしいと言うことですか」
 レオンは我が意を得たり、と頷いた。
「ハルモニアがそのように創り上げてしまったものを、いまさらどうやって壊そうというのです?」
「一つがいま壊れようとしている。一つ壊せたのなら、この先いくらでも壊せるということだ」
「気の遠くなるような話ですね………。あなたが、そんなロマンチストだとは知りませんでしたよ」
 甥は鼻で笑ったが、主君への愛をひた隠しているお前はどうなのだ、と言わないでやるくらいにはレオンは大人だった。

 世界を神から人へ。この壮大な野望を、レオンは諦めたことはない。
 だが、生涯ただ一人と望んだ主君も神に奪われた。もはや、これは復讐なのかも知れない。
 紋章の加護を受けたこの国も、滅びの道へと進んでいる。それをいまの時点で理解しているのは、自分と最愛の主くらいのものだろう。
 黒い布を二の腕に巻き自ら最前線に立っては、甥共々、肝を冷やされ続けた。渋面で出迎えても何処吹く風。どうだ、と言わんばかりに見得を切られるのがオチだった。
 あの告白を聞いた時、よほど酷い顔をしていたのだろうか。憐れむように微笑まれた。
「俺が俺であることには変わりない。俺は神ではないし……」
 それから、少し首を傾げて主は付け足した。
「十二代様でもないよ」
 あの時の動揺は上手く隠すことはできなかった。そういえば、誰よりも不意を突くのが上手かった、と思い出しても後の祭。
「………どういう意味ですか………」
「ん? そのままの意味。シルバーバーグ家は十二代様を求めすぎるから要注意って家訓が、まさか本当だとは思わなかった」
 一見、無邪気な笑顔は、一等、質が悪い。自分でも気づいてないことを見透かすのも得意な主は、十二代の再来と密やかに言われ続けていた。



 執務室の南側のバルコニーにレオンは出た。
「もはや会うこともありますまいが………」
 そして、跪く。
「見事な勝利を心よりお祝い申し上げる、我が君、ルキア様」
END





 『軍学者の愛弟子』のハイランド側の言い分? というよりは、このあとの“獣の紋章篇”の補足、が正しいな、と書き上げて思いました、ハイ(;'-')
 一度、レオンがルキアのことどう思ってたのかちゃんと書いておかないとって思ってました。マッシュは、他でちょこちょこ出てきてるから。書き上げてわかった。レオンは不憫キャラ!(爆) なので、必然的にアルベルトも不憫キャラに決定しました(ぇ
 うん、まさか、レオンがこんなにルキア好き好きだとは思ってなかったけどね。ほんとに、どゆこと・・・(;'-')

 たぶん、十五とかそれくらいの当主があの家訓を作ったんだと思う(笑) ユリアンさん、きっと十二代様のこと好きだったんだろうなぁって、でも十二代様はクラナッハとひっついちゃったんだよね〜とか、勝手に妄想してました('-'*) その好き好き!が子孫に伝染ったんだよ、きっと。
 十二代様は女性だけど、ルキアに面影があったんかな。先祖返り。でも、ルキアは男なので、再来と言われたのは気質のせいです、あくまでも(笑)

 さて。レオンは会えないと思ってるけど、そうはいかないのよ!(笑) ガツン、とルキアに叱られなさい('-'*)