光あふれる庭で
突然ふらりと現れたルキアは、また突然ふらりと帰ってしまった。
「まだ疲れてるからって、ルック君が送ってあげたみたい」
ルキアを探しまわっていたゴクウにそう答えたのはビッキー。ね、と隣に立つ風使いを見る。
「そうなんだぁ………」
ゴクウはガッカリと目に見えて落ちこんだ。
「こないだのこと、ちゃんと謝りたかったんだけどなぁ……」
「………此処に立ち寄ったのは、予定外のことだったみたいだよ」
約束の石版にもたれたまま、ルックが言う。
「先に言っておくけど、僕は当分、動けないからね。誰かさんのフォローにまわれって、鬼の軍師から厳命出てるから」
「エヘヘ、いつもありがと、ルック君」
ビッキーはとろけるような可愛い笑顔。朱の差した頬を誤魔化すように、口許に手をやってルックは咳払いをした。なんでリーダーが肩身せまいんだろう、とゴクウはさらに凹む。
「そういうわけで、私、転移のお仕事がいっぱいあって、魔力の安定する此処にいるの。さっきもカスミさんを送ったばっかりなんだよ」
さらりと重要人物の不在を教えられた。やはり、隊を任せられている者たちも無理だよなぁ、とゴクウは考えこむ。
「メグちゃんを連れてってあげてよ」
「…………」
ビッキーはにこりとゴクウを見つめた。
「あとは、シーナがいればなんとかなるんじゃないの。残りは適当に暇そうなのつれてけば良いよ」
ルックはいつものように視線をあわせようとはしない。
「ん、そうする。ありがと、ルック、ビッキー」
二人に手を振って、ゴクウは駆けだした。
ゴクウ、ナナミ、メグ、シーナ、ヴァンサンのパーティをビッキーがバナーの村へ転移したのは、それからしばらくしてのことだった。
グレッグミンスターのマクドール家について、ゴクウはルキアに深々と頭を下げた。もう良いから、とルキアは苦笑する。散々、責められただろう、と。顔を上げたゴクウは、ちょっと表情を歪ませて。でも、涙は見せずに笑った。
謝罪を終えて、お茶菓子を楽しみながら談笑しているところへ、カードを載せたプレートを手にした家宰がやってきた。
「お館様、こちらがメグ様に面会を求めております」
「………私?」
名を呼ばれてメグはキョトンとする。ルキアはカードを取りあげた。名刺サイズのそれに、名前は書かれていない。ただ、左上に紋章が型押しされ、ガーネットレッドのキスマークがあるのみ。ルキアはやんわりと笑って、キスマークに口づけた。
「通せ」
「かしこまりました」
家宰は優雅に腰を折り、部屋を出て行った。
「……ね、誰?」
「昔の仲間さ。メグはあまり話したことはないかも知れないが………」
「どうして、私が此処にいるってわかったのかな?」
「バルカスにでも、来たら教えてくれるように頼んであったんだろ。………ミーナの代わりに来たんだろうな、彼女は……」
ミーナが地方公演に出ていることをメグは思い出す。
「代わりっていうことは、たぶん、そっち関係で用事ってことだよ、ね……?」
「たぶんな」
苦笑するルキア。
「誰だろ……?」
いまグレッグミンスターにいるかつての仲間たちで、ルキアと深い仲の女がメグには思い当たらない。
「失礼いたします。お連れいたしました」
家宰が扇で口許を隠した貴婦人を案内してきた。
「ごきげんよう、ルキア」
「久しぶり、エスメラルダ」
優美な外出用のドレスに身を包んだエスメラルダに、にこりとルキアは笑顔を見せる。
「おぉ、翠玉の姫よ、ご無沙汰しています」
ヴァンサンはエスメラルダの足許に膝をついて手の甲にキスをした。
「お久しぶりね、ヴァンサン。変わりはなくて?」
「おかげさまで」
まるで舞台の一場面のようなシーンに、他の面々はポカンと口を開けて見つめるばかり。
「さて……」
エスメラルダはメグに視線を止めた。
「少し、お時間良いかしら?」
「あ、は、はい……!」
飛び上がるように、メグは席を立った。
「今日は日差しも暖かいことだし、庭の東屋をお借りしてよろし?」
「どうぞ。家宰にお茶を運ばせるよ」
「………あ、あの、私………」
確かに解放戦争の仲間同士だったが、メグはエスメラルダとは挨拶を交わしたくらいしか記憶にない。少し混乱気味になるのはしょうがなかった。
「お話ししてみたくなっただけよ。大変なこともあったようだし………」
傍目からもわかるほどメグが身体を強ばらせたので、ルキアはかばうように言った。
「メグを怒らないでやってくれ」
「誰が怒りにきたと言いましたか。……あぁ、でも」
エスメラルダは広げていた扇をパチンと閉じると、それでルキアの顎を軽く持ち上げた。ルキアは逆らうことなく、艶然とエスメラルダを見上げる。
「あなたには言いたいことが山ほどあります。お覚悟なさいませ」
「お手柔らかに頼むよ」
メグに大丈夫だよ、とルキアは頷いてみせる。メグは安堵の息を吐いたが、まだ少し緊張した様子でエスメラルダの後についていった。
客間はテラスに面しており、そこから庭に出られるようになっている。エスメラルダはそこから部屋を出て、迷うことなく東屋までやってきた。梁山城のバラ園にあるような小さめの丸テーブルとおそろいの椅子があり、二人は向かいあってすわった。程なくして、家宰がワゴンにアフタヌーンティーセットを載せてやってきて、手際よく二人に紅茶を振る舞った。
紅茶を飲んで落ち着いた頃を見計らって、エスメラルダは話しかけた。
「怪我はありませんでしたか?」
「え? あ、はい、大丈夫です」
「そう、良かった」
「あ、あの……」
「頑張ったわね」
「………いえ、私、そんな大変なことしてないし……」
「いいえ、よくあの場に残り、耐えました。もちろん、あなたを人質に取った同盟軍には怒りを覚えるけれど、残って戦うという選択をしたあなたにわたくし達は、敬意を表します。あなたがルキアの血を遺してくれる一人で良かった」
「エスメラルダさん………」
「これが、カスミを含めた、ルキアを愛している女たちの総意だと受け取って」
「…………はい」
神妙に頷いたメグを、優しい笑顔でエスメラルダは見つめていた。
「すべてを飛び越えてルキアを愛しているあなたを、みんなが羨望と愛情を持って見守っているわ。……もちろん、嫉妬もあるでしょうけど」
「わ、私、考えるより、先に身体が動いちゃうから……だから……」
「その行動力が、わたくしには眩しいわ………」
ぽつりと零れた言葉。嫌味ではなく、本当にそう思われているのだ、とメグはまじまじとエスメラルダを見つめた。
「あ、あの、エスメラルダさんって、ルキアと、その………」
「…………トラン湖の梁山城に来る前の話。もっとも、ミーナには最初からバレバレだったようだけど」
そんな素振り、少しも見せたつもりはないのだけれど、とエスメラルダは首を傾げている。
「………いまの私も、わかる気がします」
にこり、とメグは笑った。
「あら、どうして?」
「だって、ルキアの眼差しがすごく優しいから。いまなら、私でもわかります」
「言ってくれること……」
「あ……! ご、ごめんなさい……!」
また考えなしに言っちゃった、とメグは慌てて謝った。エスメラルダは怒ったわけではない、とゆるく首を振った。
「…………。もし、黄金皇帝が英邁な君主のままだったなら、あのままルキアとわたくしは婚約していたかも知れないわ」
「………そんな前から知り合いだったんだ……」
「えぇ。マクドール家と誼を持ちたがっていた父が勝手に進めていたことだったけれど………。それが、家名も財産も不当に奪われて、ご破算になってしまって、忘れていたのに、忘れられていたと思っていたのに、あの人、わたくしのこと覚えているんだもの………。小憎らしいったらないわ………」
初めて会ったのは、幼い頃、家が主催したパーティで。この東屋で一緒に遊んだこともあった。そして、もう二度と思い出したくない場所で再会した。髪の色を変え、濃い化粧もして、昔の面影なんて微塵も残していなかったのに、ルキアは一目で看破した。あの時の胸の痛みと歓喜に打ち震えた心は、生涯忘れることはできないだろう。
さらに、アンテイの街で再会した時、ルキアは言った。
「迎えに来るのが遅くなってすまない」
二人の道は、自分の家が没落した時点でもう決して交わることなんてないというのに、よくもそんなことが言えたものだ、と思う。年下のくせに、本当に昔から可愛げがないほど、そつがない人だった。そんな破天荒な人には、メグのように振りまわしてくれる子が似合うのかも知れない。
「………ルキアのこと、お願いね」
「はい」
下草を踏む音がして、二人が振り返るとルキアがやってきたところだった。
「メグ、ゴクウたちがそろそろ宿に戻るって。出発は明日の朝だ」
「ん、わかった。あの、私、今日はこれで帰ります」
最後の言葉はエスメラルダに向けてメグは言った。
「えぇ。ありがとう、お話しできて良かったわ」
「こちらこそ……!」
満面の笑みでメグは軽く頭を下げると、ルキアに向かっては手を振って帰っていった。
「そんなに心配しなくても、意地悪なんかしませんわ」
ツンとそっぽを向かれて、ルキアは苦笑する。
「わかってるって。……風が出てきたし、中に入ろう」
差しのべられた手を取って、エスメラルダは立ち上がった。そのままエスコートされながら、隣を歩くルキアの顔を見上げる。
「……なに?」
視線に気がついてこちらを見るルキアの眼差しは穏やかだ。
「………昔のことを思い出したの。この庭が世界だった頃のことを………」
「懐かしいな……」
「帰りたいなんて思ってるわけじゃないわ。………あの世界が壊れても、いまわたくしはあなたの隣を歩いている………。それがなにより嬉しいの。あの頃、思い描いた夢よりも、いまのほうがずっとわたくしたちには相応しいと思わなくて……?」
ルキアはやんわりと笑った。
「あぁ、そうだな」
呪いを呪いで上書きしたカスミや、呪いさえも愛だと飛びこんだメグのような真似はできない。まして、可哀想だと慰めてやることなんてしたくはない。いまのこの状況がお互いにピタリとはまる型なのだ。
これも一つの幸せなのだ、と赤く染まりだした美しい庭を歩きながら、エスメラルダはルキアの肩に頭を載せた。
END
お疲れ様でした、いかがでしたでしょうか? 『軍学者の愛弟子』からずっと続いていた流れは、この話でひとまず切れます。
当寮をくまなくご覧になっている方はピンと来たのではないでしょうか。例のラフ画、実はこの話から来てます('-'*)
まず、あのシーンと台詞が浮かんで、この形にこぎ着けた次第デス。公式のエスメラルダのドレスはどう見ても夜会用パーティドレスなので、昼間の外出着ドレスは某マンガからデザインを拝借して描きました。あとは、ルキアによく着せてる襴衫(らんさん)をイメージしてもらいたかったってのもアリ。もっと細かくいうなら、エスメラルダの髪も結い上げてないといけないのですが、そこまでしちゃうとほんと誰だかわかんなくなっちゃうので止めました。巻き髪って思った以上に描くのが難しかったです(>_<) 注:2013.3.4に拍手絵は差し替えましたので、いまは別のちゃんとした素晴らしい!イラストになっております('-'*)
さて、公式でなんの役にも立たないキャラとして位置づけられてる彼女ですが。うちではそうはいきません(笑) ルキアが『働かざる者、喰うべからず』主義なので、彼女も多少の仕事はしてました。彼女の性格を鑑みて、ルキアは別にお城に来てもらうつもりはなかったのだけど、「お針くらいはできる」とエスメラルダが強引に押しかけたってとこでしょうか。
肝心の話の始まりと展開をすっ飛ばして、エンディングだけお披露目した感じ(爆) いつかは、お披露目できると良いなぁ(≧△≦) ルキア×エスメラルダを読みたい人がいるかどうかはともかくとして(;'-')
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです(*^_^*)
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