万有引力
出会いは、クールークから解放されたオベルの王宮だった。
“罰の紋章”を使って倒れたレイブンを運んできたのが、彼だったのだ。
とても不機嫌そうな顔でレイブンを背負ってきて、王宮の一室に寝かせると、
「身内が心配なのはわかるが、治療の邪魔だから出て行ってくれ」
と、フレアを追い出した。
「テッド君、彼女は部屋を貸してくれたこの国の王女様なんだよ。厚意を無下にしなくても………」
一緒についてきた長身の青年がたしなめるように言っても、さらに不機嫌そうに眉をひそめるだけだった。
「アルド、あんなに言ったのに、俺にとって身分がなんの意味もないってことがまだわからないのか?」
「わかってるけれど、もう少し言葉を選んでも損はしないんじゃないかな……」
「そんなのは俺の勝手だ。良いから、お前も出てろ」
アルドと呼ばれた青年も追い出されて、バタンと扉は閉じられた。
「…………なんなの、あの人は………」
愛想の欠片もない態度に、フレアは呆れたように呟いた。
「申し訳ありません、王女様」
「フレアで良いわ。……それに、あなたが謝ることじゃないでしょう?」
「でも、僕はテッド君の友達だから。フレア様にテッド君のことを嫌って欲しくないんです。ちょっと愛想が悪いけど、それはどうにもできない理由があって、だから大目に見てもらえませんか……?」
「………わかったわ。あなたが、様付けを止めてくれたらね」
悪戯っぽく笑いながらフレアに言われて、アルドは狼狽える。
「えぇ……!? じゃ、じゃあ、フレアさん、で良いですか……?」
「私のほうが年下だと思うけど、まぁ、良いわ、それで」
さすがに一国の王女を呼び捨てにするのは気が引ける。アルドは安堵の溜め息を吐いた。
「……あ、レイブンさんのことは心配ないですよ。テッド君、治癒魔法も得意ですから、明日には元気に起きられると思います」
「そう、良かった……」
こんなやりとりがあって、フレアのテッドに対する印象はマイナスから始まったと言って良かった。
オベル王国も解放して、急速にふくれ上がったランドール軍だ。もう会うことは滅多にあるまい、と思っていたのにそうはいかなかった。
レイブンが、テッドをいつもそばに置いているからだ。
一度、どうしてテッドを連れ歩くのか、と訊いた。レイブンは意味ありげに笑ってこう答えた。
「彼、便利なんだよ」
その答えを聞いた時、さすがにフレアはテッドに同情した。
何事にも淡泊なレイブンが、珍しく執着した一人。キカに対するものとも、スノウに対するものとも違う感情を持っているようで、あまり無茶振りされないよう、フレアは気にかけるようになっていた。
そう、始まりなんて、些細なこと。そうして、気づいた時には劇的な変化を遂げているのだから、手に負えない。
フレアの場合、その変化はすぐに訪れた。
ある日、ミドルポートへと向かう途中、ランドール軍はクールークの哨戒船と鉢合わせてしまった。
「チッ、補給に行く途中だっていうのに、戦闘をしている余裕はないよ。振り切れ……!」
エレノアからの指示に、レイブンも頷く。
「ダメだ、向こうのほうが足が速い!」
「あいつら、ただの哨戒船じゃないのか!?」
相手の動きを見て、ブレックとジャンゴが忌々しげに怒鳴った。
要塞船といっても良い巨大なエスペランサ号は、グリシェンデ号やオベル艦よりもどうしても遅くなってしまう。もちろん戦力もどの船より充実しているので、他を護るように殿(しんがり)を努めているのだが、それを狙い澄ましたかのようにクールークの船はまわりこんできた。エスペランサ号の船首が、自身の船腹を傷つけるのも構わず横付けする。
「敵兵、進入してきました!」
ニコの報告に、エレノアは歯噛みする。
「しまった、狙いはレイブンの紋章か!?」
「応戦します。此処は頼みます」
レイブンはブリッジから甲板へ飛び出した。
「お前が狙われてるのに、前線に出てどうするんだい!?」
その背中をエレノアが怒鳴りつけるが、レイブンは振り向きもしなかった。
甲板ではすでに敵味方入り乱れの白兵戦が繰り広げられていた。
「レイブン、どうして出てくるの!? クールークの狙いはあなたなのよ!」
もう弓矢を構える余裕はないので、フレアはレイピアを手に戦っていた。
「…………あなたに言われたくないよ、王女様」
オベル王が盛大に槍を振りまわしている姿も見える。これってやっぱり血筋なのかなぁ、だとしたらちょっと嫌かも、と暢気なことを考えていたのは一瞬のこと。向けられる殺気に、レイブンは双剣で応えた。
しかし、数が多い。当の目的であるレイブン本人が前線に出てきたこともあって、敵の勢いは留まるところを知らない。或いは、手ぶらで帰れない命令を受けているのだろうか。
「なんで、お前が此処にいるんだよ!」
レイブンを後ろから斬りつけようとしたクールーク兵を短剣で仕留めながら、テッドが怒鳴った。
「もう言われたから、また言わないで」
「あぁ、いまこの場にいる全員が思ってるだろうぜ」
「僕に敵が集中するなら、みんなが楽になるじゃないか」
背中を預けて敵と斬り結びながら、二人は言いあう。
「お、ま、え、は! この軍のリーダーだって自覚はないのか!?」
「あるけど。……でも、これを宿してる時点で、本当はリーダーなんかやってたら駄目なんじゃないかな、とも思う。僕が塵になったら、君が・・」
「絶対にお断りだ!」
レイブンに最後まで言わせずに、テッドは怒鳴った。
「だよね。だから、僕はこの疑問が頭から離れない」
「…………」
この執着のなさは誰に似たんだ、とテッドは思う。乱戦の中、別のことに気を向けるなど普段なら有り得ないことだったが、この時はレイブンの言葉が引っかかった。
その隙を、狙われた。
左側から敵が迫っていることに気づくのが遅れる。
「チッ……!」
短剣を持ったまま右手の紋章を起動させるが、テッドにも間に合うかどうかは微妙に思えた。そこへ。
「危ない!!」
悲鳴に近い叫びとともに、クールーク兵の横から突進してきた華奢な身体。レイピアは深々と敵兵の横腹を貫き、勢い余って諸共に甲板から宙へと舞った。
「フレア!」
伸ばした手は空を切り、水音が喧噪にかき消える。
背後から爆発的に湧き起こった闇の魔力に、レイブンは振り返った。
「テッド?」
魔力の源はテッドの右手から。迸る力は物理的な壁となって、敵兵を薙ぎ払った。
そして、それはやがて四人の人の形を取る。黒いフード付きのマントで全身をすっぽりと覆った彼らの禍々しさたるや、さすがのレイブンも近づくことはできない。四人のうちの一人だけが、両手を胸の位置で交叉させ、鎖でがんじがらめに縛られている状態なのが、さらに不吉な印象を与えた。
「敵と味方の区別くらいはできるんだろうな?」
感情のないテッドの問いに、口許しか見えない四人は軽く頷いた。
「良いだろう。“暁(あかつき)”と“天照(あまてらす)”は敵を喰らえ、許す。“黄昏(たそがれ)”と“闇御津波(くらみつは)”は俺と来い!」
そう叫ぶと同時に、テッドは海へと飛びこむ。鎖を巻きつけた一人ともう一人がその後に従い、残る二人はクールーク兵の間を文字通り飛び交った。“暁”と“天照”が通り過ぎたあとは、クールーク兵がバタバタと倒れていった。
大小様々な木片が散らばる海の中で、テッドはフレアの姿を探す。魔力の結晶である“黄昏”と“闇御津波”は水圧をものともせずに、先へ先へと潜っていく。
(何処だ……!?)
そろそろ息が続かなくなる、と焦りだした頃、鎖をまとった“闇御津波”がテッドのもとへ泳いできた。テッドが鎖をつかむと、“闇御津波”は再び潜り、“黄昏”が周りをくるくるとまわっているフレアの場所まで案内した。フレアは目につく外傷はないが、気を失ってしまっている。背中から腕をまわして抱きかかえると、テッドは海面へと全力で泳いだ。
テッドがフレアを抱えて海面へ顔を出し、レイブンは安堵したように呼びかけた。
「……テッド! フレア!」
仲間に手伝ってもらい、フレアとともに甲板に上がったテッドは四人に向かって右手をかざした。
「戻れ」
四人はグルグルと渦を巻きながら形を崩し、右手へ飲みこまれていった。
「フレア、フレア! しっかりしろ!」
テッドはリノが娘に必死に呼びかける声に振り返り、フレアの傍らに膝をつく。首筋に触れ、鼻へ軽く手をかざし、口をこじ開ける。
(脈が弱い……。呼吸が止まってる……。口の中は異物なし……。あと、なんだっけ……)
そして、フレアの顎を上げ鼻をつまむと、口づけて息を吹きこんだ。周りが唖然とする中、何度か息を吹きこんだあと、右手を支えに左の手のひらで心臓の上をリズムをつけて押さえつける。
「……ゴホッ、ゴホッ!」
フレアが海水を吐き出した。瞬きながら涙目で咳を繰り返し、フレアは意識を取り戻した。
「私………」
周りの歓声はぼんやりと聞こえる。それよりも、目の前に間近にあるテッドの表情にフレアはドキリとした。
「………テッド……?」
「お前は………」
ぽたり、ぽたりと、フレアの顔に雫が落ちてくる。テッドの顔や髪から海水が落ちているのだが、まるで泣いているかのような表情だった。
「俺のことに構うな、と何度言ったらわかるんだ……! 俺なんかのせいで、お前が危険な目に遭う必要はないんだ……!」
フレアの唇に、雫が落ちた。
そうして、心にもなにかが落ちた。
「優しいのね、あなたは………。でも、大事なことを忘れているわ。………あなたが誰も死なないで欲しいと思ってるように、私だって誰にも死んで欲しくないと願っているのよ。誰かが危険なときに助けるのは、当たり前のことじゃない。それで、自分がどうなるか、なんて考える前に、身体が動いちゃうのよ。………あなただって、そうでしょ?」
テッドはさらに深く顔をうつむかせた。
「…………俺のことだけは除外しろ………」
「イヤよ。あなたは私の命の恩人なんだもの」
「だから、それは俺のせいだろうが……!」
「私のせいよ。もっと鍛練を積まないと駄目ね」
グッと言葉に詰まったあと、テッドは立ち上がった。
「ちゃんとユウにも看てもらっとけよ」
「えぇ、そうするわ」
フレアはにこりと笑う。テッドはレイブンと小さくなにかをささやきあって、足音も荒く船の中へ引っこんでしまった。
「………フレア、大丈夫?」
差し出されたレイブンの手を取って、フレアは立ち上がった。
「大丈夫よ」
ちょっと厄介な事態になっちゃったみたいだけど、と胸の内でつけ加える。でも、悪い気分ではない。むしろ、最上級だ。
恋に落ちる、とは言い得て妙なことなのだな、とフレアはこの出来事を忘れることはなかった。
END
フレアがテッドを好きになったきっかけのお話でした。いかがでしたでしょう? これが、最初リク話の予定だったなんて、恐ろしいですね!(≧△≦)
公式でないカプは、はじまりから妄想しちゃうタイプです。ブログでも語りましたが、うちではあくまでも潜在的な『×』で、表向きはフレアの一方通行なの(;'-')
『4』時代、“ソウルイーター”の封印は第一段階があと一人で解けちゃう状態。テッドは年の功で、完璧使いこなしております('-'*) ルキアがこの域まで到達するのはもうちょっと先の話。
名前もルキアと違って漢字にしました。てか、こっちの4つが先にできてた。3つ目の“黄昏”とルキアの“トワイライト”がかぶったのは偶然(;'-')
人工呼吸は、果たして幻水世界にあったでしょうか?? この辺の文明の発展具合って、こっちと比べてどうなのって思いませんか!? “えんじん”はあるし、セルゲイの“えれべーたー”は人力で動いてはいなかったし・・・。でも、医療はやっぱり紋章魔法のせいであまり発展はしてなかったのかなぁ。そんな風に考えまして、人工呼吸という技術は一般的ではなかったと設定。テッドは、霧の導者にでも教えてもらったのよ、きっと('-'*)
『恋に落ちる』ってほんと、言い得て妙ですよね。少女漫画ですごく素敵な描写とかされてて、それを目指してみましたが、なんか・・・なんか・・・力及ばず感が否めません(≧△≦) テドフレには少女漫画がよく似合うと思うのデス。頑張るデス(>_<)
|
|