Hug Day/part 2
「あの者は何処にいるのです?」
なんの前触れもなく、突然、紋章屋に立ち現れた女は開口一番にそう言った。彼女の性格を熟知しているとはいえ、ジーンは少し呆れたように黒いドレスを身にまとった女を見つめる。
「久しぶりの挨拶もなしなの、ゼラセ?」
「瞬きの時間しか経ってないのに、久しぶりはないでしょう、ジーン」
ゼラセは皮肉っぽく口角を上げるのみ。
「………それもそうね」
今度こそ溜め息を吐き出して、ジーンは頷いた。
「それで?」
ゼラセは答えを催促した。
「“星月を抱く者”なら、鍛冶屋じゃないかしら?」
「あんな頑固者のわからず屋には金輪際、用はありません」
ゼラセの怒り心頭な言葉に、ジーンは彼女がすでに星辰剣と会ったと知る。さぞや、凄絶な舌戦が繰り広げられたのであろう。
「“光を映す者”に用とは思えないし」
「当たり前です。闇の住人など、私の知ったことではありません」
“星”が“太陽”と同じものであるならば、確かに用などないだろう。
「“視えざる者”は、エントランス広場にいるのではないかしら」
「“門番の娘”の小間使いに用などありません」
それを本人の前で言ってみて欲しい、と喉まで出かかった言葉をジーンは飲みこんだ。
「“守護する者”は出かけてるわ」
「ジーン、ふざけているのですか? 私が彼の天間星でない以上、彼にだって用はないのです」
柳眉を吊り上げたゼラセに、ジーンはいつもの謎めいた微笑をひらめかす。
「だって、あなたが私よりも先に彼と知りあっていただなんて、妬けるんだもの」
今度はゼラセが盛大に溜め息を吐いた。
「それで、“生死を統べる者”は何処にいるのです?」
三度目の問い。ジーンは顔を城の入り口のほうへ向けた。
「………あぁ、いま来たところね。“守護する者”もとても彼に懐いていて、定期的に迎えに行くのよ」
ゼラセにも、強大な二つの力が意識に触れる。
「伝えてください。旅の埃をドレスにつけられてはたまりません。身綺麗にしてから屋上まできなさい、と」
「えぇ、わかったわ」
ジーンの返事を聞き終える前に、ゼラセは転移していた。
「相変わらずねぇ……」
伝言を届けるために店のカウンターから出たところで、ルキアが走りこんできた。
「………ジ、ジーン、いま、此処に……」
転移の間から、旅の荷物もそのままに全力疾走してきたらしい。ルキアが肩で息をして、言葉も続けられない様は、滅多に拝めるものではなかった。ますます妬けるわ、と独り言ちてジーンはルキアの顔を両手で挟みこんで仰のける。
「今夜は私に付き合って。そうしたら、知りたいことを教えてあげる」
「……ん、約束する」
「“標の者”から伝言よ。旅の埃をドレスにつけられてはたまりません。身綺麗にしてから屋上まできなさい、ですって」
「わかった。ありがと、ジーン」
いつものはぐらかすような笑みではなく、子供のようにあどけなく嬉しそうにルキアは笑った。とうとう、ジーンは悋気に身を焦がしてルキアに深く口づける。
最初こそ驚いたように目を瞠ったルキアだが、すぐに甘美な唇を貪るように吸う。
「…………いまはこれで許してあげる」
「あぁ……」
赤く熟れた唇と潤んだ目許にキスを落として、ルキアは紋章屋をあとにした。
荷物を部屋に置いて、ルキアは着替えを持って風呂場へ向かう。旅の汚れを落としてさっぱりしたところで、紅の上着と生成り色の袍の胡服に着替えた。さすがに襴衫は持ってきていないし、此処に置いてもいない。身なりは整えたので、これで許してくれるだろう。
屋上へ続く扉の前。立ち止まって外の気配を窺う。
懐かしい、一度だけ会ったきりの気配は確かにそこに在った。
扉から少し死角になる屋上の隅に、黒いドレスをまとった女は背を向けて立っていた。
「ゼラセ、久しぶり」
ルキアの声にゼラセは振り向いた。
「…………大きくなりました、ルキア」
もはや二度と聞くことはできない言葉に、ルキアは照れたように頬をかいた。ゼラセはほんのわずか悲しそうに眉をひそめて、ルキアの右手を見つめる。
「あなたが、“太極の者”を手にした経緯はまだ訊かないでおきます。私たちには、時間だけはいくらでもあるのですから………」
「………うん、そうだな……」
正直、その言葉はルキアにはありがたい。まだ、三年前を語る言葉をルキアは持たなかった。
ゼラセが今度ははっきりと眉をひそめた。
「………右手に絡みついているその鎖はなんです?」
実際には目に見えない。魔力が高くても、真なる紋章を宿していても。“生と死を司る紋章”がそう表現したこの鎖は、“27の真の紋章”にしか視えないものだった。
ルキアは艶やかに笑う。
「これは、“愛”なんだ」
その真意を確かめるように、ゼラセはルキアを見つめた。
「…………。これを訊くために此処まで来ました」
ルキアは真っ直ぐにゼラセの視線を受け止める。
「あなたは、いま、幸せなのですか?」
「あぁ、幸せだよ」
真摯な言葉がゼラセの心に響いた。
「その言葉は、いま此処にいる連中がほぼ死に絶えた頃に訊いたほうが良かったかもな」
悪戯っぽく笑うルキアに、ゼラセは顔をしかめた。
「相変わらず可愛げのない子供ですね、あなたは………」
「しょうがない、あなたの前では甘えてしまう。10歳の私に戻れるから……」
「…………帰ります」
「あ、待って」
転移魔法を起動しようとしたゼラセを、ルキアは抱きしめた。ゼラセはルキアの肩越しに青空を眺めた。あの時の空もこんな色だった、と思い出しながら。
「また会いたい」
「では、この城の石版の名前がほとんど灰色に変わった頃に会いましょう」
自分の言葉を取られて、ルキアは苦笑するしかない。
「うん、その頃なら、これを宿したことも話せると思う」
きゅっと腕に力をこめて、ルキアはゼラセの冷たい頬に自分の頬を交互に触れあわせ、腕を解いた。
「ねぇ、あの時の願いは、まだ有効?」
「…………えぇ。無限となっても……」
そして、ゼラセの姿はかき消えた。ほんの一瞬だけ見せた淡い笑みは、昔と少しも変わらなかった。
END
ハグの日にちなんだお話です。いかがでしたでしょうか?
相変わらず、話をアップする順番がおかしくてすみませんデスm(_ _)m ルキアとゼラセが初めて会ったお話は、近いうちに。もちろん、時間軸『5』のお話になります。
最初にありきがルキアとゼラセが初めて会った話で、その話を考えてたらルキアが紋章を宿してから再会するところまで流れができて、でもそれってどう考えてもオマケになるなぁって思って、だったらこの企画に載せちゃえば良いじゃん!って思った次第デス('-'*)
ゼラセとジーンの会話も書きたくて、ついでにいちゃいちゃも書きたくて、こうなりました。ルキアとゼラセは弟と姉みたいな関係なので、ベタベタはあるけどいちゃいちゃはないデス(;'-')
ジーンは意外とお茶目な人だと思うのです(〃∇〃) お風呂イベントで女の子たちをよくからかってるし。だから、ゼラセのあの言葉をルックに言ってみて欲しい、なんて思ったりする。でも、別に険悪な雰囲気は好きじゃないので、本当に言っちゃダメなことは言わない人だと思ってます。
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