異邦人たちの午後
ゴドウィン卿主催のリムスレーア女王戴冠式は、それは盛大に執り行われた。ピカピカに磨き上げられた大理石に、豪華な衣装を身にまとった列席者たちの姿が映える。
「あぁ、そういえば、花将軍殿。貴殿の昔のお仲間が我が国では指名手配されておりまして。まさか、かつての誼を頼んでそちらに逃げこんでいるとは思いませんが、見かけた際には是非ご一報を」
いっそ腹立たしいくらいの笑顔で女王騎士長にそう言われ、同じようにミルイヒも慇懃な笑顔を返した。
「えぇ、もちろんです。まったくもってすっかり忘れていた名前でしたが、おかげでこのように立派な舞台を拝見できたわけですから、頭の片隅にでも覚えておきましょう」
ファレナ女王国の首都、ソルファレナ。フェイタス河に浮かぶ首都を冠するに相応しい洗練された街並みは、内乱中とはいえ新女王の誕生に祝福ムードでいっぱいであった。
その一角を、不機嫌そうに足音も荒く闊歩する騎士一人。
「赤月の五将軍であるこの私が、あんな若造にどうして嫌味を言われなくてはならないんです」
紺地に蘇芳の太いストライプが入ったマントのような上着が、優雅に翻る。
「だいたいゲオルグが悪いのです。陛下はともかく、大恩あるテオ殿にまで三年間、なんの音沙汰もなかったのに、ファレナの女王騎士におさまっているとは! 笑わせてくれます」
肩口から大きくふくれ上がった袖は、途中でスリットが入っていて腕をそこから出して動かしやすいようになっている。白いブラウスのレースの袖口が覗いたと思った瞬間、手のひらが壁に貼られた指名手配犯の触れ書きに叩きつけられていた。
「しかも左眼に眼帯? フン、何処までおめでたいのでしょうね、この国は……! あの“二太刀いらず”がそんなヘマをするわけないじゃないですか。…………ねぇ、そこな騎士殿、そうは思われませんか?」
壁に手を置いたまま振り返った先に、踝まで届く長いオレンジの上着を着た男が立っていた。両肩を飾る豪華な金のフリンジも長く、手許まで隠すほどある。晴れやかな衣装は、戴冠式に招待された異国の武人に見えなくもなかった。丸い眼鏡の奥で、両眼が悪童のような輝きを見せる。
「さぁ、どうでしょうか。一流の武人といえども、油断することもあるでしょう」
壁に置かれた手が握りしめられると同時に、触れ書きをビリビリと破り裂いていく。
「…………。まさかそれほど腑抜けてはいないでしょうね? でなければ、本当に左眼をくり貫いて差しあげますよ、ゲオルグ」
「そのつもりだが、試すなよ、ミルイヒ。さすがに、お前の遺体と俺の左眼が帰国したら帝(てい)も悲しまれるだろう」
ニヤリとゲオルグが笑うと、ミルイヒも握りしめた拳を開いて笑う。触れ書きが風に乗って飛んでいった。
「元気そうでなによりです」
「あぁ、お前もな」
二人は互いの存在を確かめるように抱きあって、背中を軽く叩きあった。
「やはり、左眼の眼帯はフェイクだったんですね」
「この国の連中にハンデをやったのさ」
ミルイヒは目を眇めた。
「あなたって人は、本当にイヤな奴ですね」
「まぁまぁ、そんなことより、お前、アクオ・インフェリアホテルに宿取ってるんだろ。あのホテルに入ってる洋菓子店のチーズケーキが美味いんだよ」
肩に腕をまわしたままゲオルグはにっこりと笑う。続く言葉におおよその見当をつけながら、ミルイヒは胡乱げに見やった。
「………だから、なんです?」
「奢れ」
「相変わらず、直球ですねぇ………」
「ちゃんとこっちからも土産をやるからさ」
やれやれ、とミルイヒは盛大に溜め息を吐いた。
「陛下に報告できるものであれば良いんですがね」
「大丈夫、大丈夫」
ご機嫌な様子で、ゲオルグはミルイヒの背中を押した。
アクオ・インフェリアはソルファレナの誇る最高級ホテルである。デラックススィートで、オッペンハイマー家の執事を務める老人に出迎えられる。執事はゲオルグの姿に一瞬だけギョッとした様子を見せたが、長年、勤め上げた経験から心得たもので、それ以上は動揺した素振りも見せず主とその客にアフタヌーンティーを用意した。
アクオ・インフェリア自慢の様々な種類のチーズケーキに、ゲオルグはしまりない顔で舌鼓を打つ。
「ファレナじゃ、此処が一等、美味い」
「はいはい……」
「………それで、みなは元気か?」
スフレチーズケーキを綺麗に平らげて、ゲオルグは四皿目のティラミスを手に取った。
「クラウディア様が亡くなられたことは……?」
「風の噂で聞いた………」
目を伏せて、ゲオルグは答えた。
「あなたが去った翌年のことですよ。あのまま、回復叶わず………」
「そうか………。帝は……?」
「それはもう、しばらく声をかけることも憚られるほどに嘆かれて……。死に目にも間にあいませんでしたから………」
黄金の女神と謳われた皇妃は、二人にとっても特別な女性だった。
止まった時を動かすようにミルイヒは深く息を吐き出して、もう一つの訃報を伝える。
「キラウェア殿も事故で亡くなられました」
「…………そうか」
男勝りだった金髪の女将軍を思い出し、ゲオルグは黙祷する。
「跡をソニア嬢が引き継いで、苦労しているようです」
「お前にいまだ嬢ちゃん呼ばわりされていてはな」
「敬称をつけるとさらに複雑な表情をされるのですよ」
ゲオルグは記憶から、生真面目そうな少女の面影を引っ張り出す。
「……あいつは真面目すぎるのが玉に瑕だったか」
ミルイヒは頷いた。
「もう少し鷹揚に構えていても良いと思うのですがね」
「テオやルキアはどうしている?」
「元気ですよ。ルキア君は最近、某貴族のバカ息子の顎の骨を砕いてこっぴどくテオ殿に怒られました」
「どうせ、そのバカ息子がルキアの逆鱗に触れたんだろ。あいつは理不尽な暴力は振るわない」
「えぇ。ルキア君が女性名であることを公衆の面前でからかったんです。それは見事な左アッパーが炸裂しましたよ」
何処かうっとりとミルイヒは言った。ゲオルグは笑い転げている。
「まぁ、ルキア君は、バカ息子の家がマクドール家と誼を持とうとしていたライバルの家を不当にお家取り潰しにさせたことも怒っていたんでしょうが………」
「…………。なんだそれは……」
まわりの空気が一気に冷えるかのような変化だった。慣れたもので、ミルイヒは特に気にも止めずに言葉を続ける。
「よくある政敵同士の争いですよ。とある家が洒落にならない巨額の横領の嫌疑をかけられて潰されたのです。その家の娘がルキア君と仲が良かった。横領を発見したのがバカ息子の家だった」
「嫌疑だけで家名断絶……?」
「状況証拠だけは充分に。金は見つかりませんでしたが……」
「そんな杜撰な調査を帝が許したのか?」
「…………えぇ」
そう、これをゲオルグに伝えたかった。
「我らも努力はしています。………ですが、いますぐではなくとも、荒れるでしょう、残念ながら………」
ティラミスにたっぷりと入ったリキュールに悪酔いしそうだ。ゲオルグの苦虫を噛み潰したような表情に、ミルイヒは気分を変えるように声をかける。
「さて。次はそちらの番ですよ。陛下に土産話ができるようなネタがあるのでしょう?」
「…………。ゴドウィン派の“太陽の紋章”を国内外に使用する政策については全力で阻止する。国境を接している国はその恐怖にもろに晒されているからな。アーシャに期待しているところのほうが多い」
「あなたもついているのですから、そこは心配していません。幽世の門は?」
「ゴドウィン派の抱えている残党だけだろう。行方の知れない幹部クラスが舞い戻ってきているという情報はない。ゴドウィン派の勝利が確定するまで、出てきはしないだろうな」
「それは上々」
「ソルファレナを追われたときはどうなることかと思ったが、うちの軍師はかなりの食わせ者だ。あれは、赤月のシルバーバーグ家にも匹敵するな」
「その軍師ですが………」
ミルイヒは視線を落とした。
「ルクレティアがどうかしたか?」
「…………ハルモニアが絡んではいないでしょうね……?」
予想外の国が出てきて、ゲオルグの動きが止まった。
「それは、想定外だった………」
「あなたが気づいていないなら、心配なさそうですが……。彼女はハルモニアで学んでいたという情報があります。我らが最も気にしているのはそちらです」
「これだけ紋章が取り沙汰されていたら、それも有り得るか………」
「それとなく注意しておいていただけるとありがたいですね」
「………わかった」
ファレナとハルモニアの間には赤月帝国だけではない。群島諸国もあるのだ。
「それで」
「ん?」
「アルシュタート女王は、そんなに佳い女でしたか?」
ぶはっとゲオルグは飲んでいた紅茶を吹き出した。広いテーブルなので届いてはいないのに、ミルイヒはわざとらしくハンカチをひらひらと身体のあちこちで振る。執事がテーブルをきれいに片付けて、新しいお茶を飲んでようやくゲオルグは平常心を取り戻した。
「佳い女でしたか」
「…………。そこでどうして一人で納得してるんだ」
「女王暗殺の話を聞いたとき、みんなして納得したものです」
「は……? ちょっと待て。そこは、捏造だって話になるだろ」
実際、黎明(リィミン)軍は誰一人として信じていないのだ。
「あなたを知ってる私たちが、捏造だなんて思うわけないじゃないですか。あなたがいたのに女王が死んだということは、あなた本人が殺した以外にどんな結論があると言うんです」
「…………。俺の腕を買ってくれていることには、礼を言っておく」
「どういたしまして」
澄ました様子でミルイヒは紅茶を飲んでいる。
『殺して………。わらわを、殺してくれ……ゲオルグ……!』
あの時、美しい唇が、麗しい声で、世にも残酷な言葉を紡いだ。愛しい女の願いをゲオルグは叶えた。自分にできることがそれしかない、と女が言うのだから。この己の気持ちに女は気づいていたのかいなかったのか。最期に見せた眼差しに答えがあった。それだけで、ゲオルグは女を許した。だから、いまもアーシャのために行動している。
「…………あぁ、最高の女だったよ」
「クラウディア様よりも? ローテ殿よりも?」
意地悪く問うミルイヒ。
「…………。同じくらい」
その視線を避けて、ゲオルグはレアチーズケーキを頬張った。ミルイヒはふふと笑う。
「本当に、あなたは恋する女性が好きですねぇ」
「………ほっとけ」
ミルイヒは指を鳴らして執事を呼んだ。執事がホテルの紙袋をゲオルグの前に置いた。
「お土産です。麗しい女王に似てると評判の王子に」
袋の中はホテル自慢のフルーツケーキが入っていた。ラム酒をたっぷりと染みこませドライフルーツがたくさん入ったこのケーキは、一ヶ月くらい余裕で保存できるので、旅先の土産物として人気が高い。
「あぁ、ありがとな」
「………それにしても、ルキア君はあなたに会えるかも知れない、と楽しみにしていましたが、行き違ってしまいましたね」
「は……?」
ミルイヒはわざとらしいくらいににこりと微笑んでいる。
「ルキア君が喧嘩でやり過ぎて、テオ殿にこっぴどく叱られた話をしたでしょう。テオ殿は罰として、ルキア君の左肩の骨をパッキリと折ったんですよ。しばらく鍛錬もできないし、テオ殿もファレナに会いたい人がいると言うので、非公式で二人してこちらに来てるんです。いまごろ天狼(ティエンラン)城についてるのではないでしょうか」
「……! お前、それを先に言え!」
勢いよく立ち上がったゲオルグは、バタバタと部屋の扉へ向かう。ドアノブに手をかけて、なにかを思い出して慌ただしく戻ってきた。テーブルに置きっぱなしになっていた紙袋をひっつかむ。
「いろいろありがとよ。皆によろしく……!」
そうして今度こそ出て行った。ミルイヒは手を振って見送る。
「情報に対する報酬は、テオ殿から受け取ってください。………間にあえば」
ミルイヒは優雅にティータイムを再開した。
END

初ですね、時間軸『5』のお話です。目安箱で、戴冠式に赤月も招待されていてミルイヒが来ていたというネタから。いかがでしたでしょうか?
キャザリーには大感謝と言ったところでしょうか(笑) オイシイ情報をありがとう! 会ってるに決まってんじゃんね!(≧∇≦)♪
実のところ『5』をやる前に、いまは閉鎖されてしまったとある神サイト様で、この目安箱ネタの漫画を読んだのです。そのサイト様はさらりと描かれてましたが、あまりのネタのもったいなさに私がガッツリ読みたくなったので、自分で書いてみた次第('-'*)
ノイエシルチスの格好をしたミルイヒが、も〜〜〜〜〜めっさめさカッコ良かったんですよ(≧∇≦)♪ ゲオルグもなんかのキャラのコスで描かれてましたが、私の知らないゲーム(;'-') そんなわけで、神サイト様へのオマージュ、というとおこがましいかもですが、二人には『ファイブスターストーリーズ』の騎士の格好をさせました(*^_^*)
ミルイヒは、命と引き替えならゲオルグの左眼を貫けるくらいの剣の腕、かな。ゲームで連れ歩いたりしたわけではないですが、私、意外とナルシーびいきです('-'*)
六将軍たちはとっても仲が良かったと思うデス。キラウェア将軍の没年は不明だったので、勝手に設定。ウィンディもいつ頃から赤月にいたのでしょう? 悩みまくって、まぁ、この辺が妥当かなって。来ていきなり悪女っ振りを発揮したはずもないだろうし、下準備もいるんじゃないかなぁと。ついに見つからなかったお金は、ウィンディのところに行ってたりします。
それから、ゲオルグの眼帯について。これを聞いたのは、私に幻水を教えてくれた友人からでした。『2』はすでに発売済み、『3』の発売前のこと。確か、私がゲオルグ好き好き言ったから出た話題だったような? うろ覚え(;'-')
友「ゲオルグが『2』で眼帯してなくてどうなってんの!?ってファンの間で騒然となってね」
私「へ? ゲオルグ、眼帯なんてしてたっけ?」
友「・・・・。『1』の六将軍のイラストで、眼帯してるように見えたんだよ・・・」
私「・・・・。えぇ〜〜〜〜!? あれ、顔の影じゃないん!?」
友「うん、まぁ、そうだったんだけど・・・」
っていう会話を交わしたのでした(;'-') 制作者側は『2』のゲオルグを見ての通り、眼帯のつもりじゃなくて顔の影だったわけで、だからうちとこのゲオルグも初期設定に準じております。眼帯してたのは『5』時代のみ! した理由もミルイヒに語った通り。うちとこのゲオルグはそれなりに腹黒いのデス('-'*)
よくよく考えたら、そんなファンの反響でゲオルグに眼帯設定がついちゃうあたり、幻水ってスゴイね(;'-')
いろいろと散りばめた小ネタは、いつか拾いたい・・・デス(爆)
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