Egoists
たとえば、好きな女の子が顔を真っ赤にしながら、「あなたの子供が欲しいの」と言ったら、男として取るべき行動ってなんだろうか?
「…………。メグ、ちゃんと意味がわかって言ってる?」
ルキアが取ったのは、テーブルの下に隠れて見えない右手を、骨も砕けよと左手で握り潰すことだった。
メグの部屋で小さなテーブルに向かいあってすわっている二人。からくり丸が心配そうにメグを見上げている。
「もちろんだよ!」
相変わらず、トマトみたいに顔を真っ赤にしてメグは大きく頷いた。
「あ、あの、カスミとのことはちゃんと知ってるよ。結婚とかして欲しいわけじゃなくて、ルキアの子供を産みたいの。私、一人で育てるから」
「一人でって、そんな簡単なことじゃないだろ……?」
「覚悟はしてる」
真剣な表情は、ふざけて言ってるわけでも一時の気の迷いでもない、と物語っていた。
「………私の永遠の伴侶はカスミだけだ………。それを知っていて、どうしてそう思ったのか、訊いても良いか?」
ルキアの背中を汗がつたう。右手の魔力は、物理的な圧力にも負けずに零れだしている。
そんなルキアの様子に気づかぬまま、メグは真っ直ぐにルキアを見つめた。
「だって、証明したいの。なんの力もない女の子だって、ちゃんとルキアは愛せるんだよってこと」
これは、天の福音か、最果ての闇の囁きか。
うつむいたまま、ルキアは荒々しく席を立った。
「メグ、その願いを聞いてあげることはできない」
「ルキア……!」
「駄目なものは駄目だ!」
器用にメグの目から右手を隠し、ルキアは部屋を飛び出した。いままで聞いたこともないくらい強く怒鳴られて、メグはしばらく立ちすくんで動くこともできなかった。
「………ルキア……。怒ってた………。どうしよう………からくり丸………私、嫌われた……?」
ぽろぽろと零れた雫は程なく滂沱の涙となって、からくり丸の上にも落ちた。
「めぐ………」
テーブルよりも低い視点のからくり丸には、“ソウルイーター”がしようとしていたことが丸見えだった。結果、泣かせてしまっても、ルキアがメグの命を救ったことには違いない。だが、またルキアに会ったとしても事態は変わらない。それどころか、最悪の事態になってしまうかも知れず、からくり丸にはなにも言えなかった。
しかし、メグは泣いてばかりはいなかった。“鉄砲玉娘”の異名を遺憾なく発揮してルキアを探した。これがルキア以外ならすぐにもつかまって、それなりに話しあいに持ちこむことはできただろう。だが、相手はそのルキアで。星の魂魄がすぐにわかってしまうルキアは、影すら踏ませずメグを避け続けた。
「…………搦め手って、どうしろって言うの、からくり丸? ルキアは会ってもくれないんだよ」
ハイ・ヨーのレストランで、メグは朝食セットのホットサンドにかぶりついた。
「かすみニ頼ムノデス」
「…………」
メグは露骨に顔をしかめた。それは搦め手どころではなく、一等卑怯な手ではなかろうか。
「イツカ言ワナクテハイケナイコトナラ、早イホウガイ良イデショウシ」
「………それは、そうだけど………」
「ソレニ、今回ノコトハ、モウ彼女タチニばれテシマッテイルノデハナイデスカ?」
「…………だぶんね」
フォークに突き刺したプチトマトを頬ばって、メグは考える。カスミにルキアのことを取りもってもらうかどうかはともかく、少なくともいまこの城にいる彼女たちに言わないでいることもフェアではない。
「うん、言わなくちゃね」
会見の場に選ばれたヒルダの宿屋の一室で、メグは素直に自分がルキアに願ったことと、そのせいでルキアが“ソウルイーター”の制御ができなくなっていることを語った。
「頑張んな、応援してるよ」
少し眩しそうに眼を細めて、ローレライはメグの頭を撫でていった。
「もうちょっとルキアに時間をあげてね。大丈夫、きっとその願いは叶うから……」
ジーンはメグを抱きしめたあと、身体をかがめて左右の頬を交互に触れあわせた。
部屋にはカスミとメグとからくり丸が残った。
「あ、あの、ごめんね、カスミ………」
「謝らないで、メグ」
顔を跳ね上げたメグに、カスミは笑いかけた。
「私にだって、ルキア様の血を遺せるかどうか保証はないもの。だから、あなたがそう願ってくれたことは、私にとってもすごく嬉しいことなの」
「……ふぇ……ごめ、ごめんね、カスミ………。でも、私、どうしても………」
ほろほろと涙を流すメグを、カスミは優しく抱きしめた。
「ん、わかってるから。………ルキア様も、メグがそう言ってくれたこと、本当に嬉しいんだと思う」
「ひっく……どうして、ルキア……あの紋章の、“魂の鏡像”な、んだろ……」
「そうね………。でも、そうでなかったら、私、困るのよね」
「……?」
カスミは顔を上げたメグに苦笑する。
「だって、あの紋章がなかったら、私はルキア様と出会うことなんて絶対になかったもの」
「………ふ〜、私もだ………。都に、住んでる貴族のルキアと、会えるわけがないや……」
顔を見あわせて、二人笑って。
「ねぇ、メグ。私が先にルキア様と話をしても良い?」
「もちろん……! どのみち、いまのルキアは私と会ってもくれないし………」
「そのことも、ちゃんとお願いしてみるわ」
「………ありがと、カスミ……」
「どういたしまして」
メグと別れたカスミは、ルキアの部屋へ向かった。中に人の気配はなく、念のためノックをしてから扉を開けたが、抵抗なく開いた扉の向こうは蛻の殻だった。荷物もないことを確認して、カスミは“転移の間”へ走った。
「ビッキーさん、ルキア様は帰られた?」
「うん、少し前に送ったところだよ」
カスミの問いに頷いて答え、ビッキーは小首を傾げた。
「でもね、ルキアさんにしては珍しく魔力がとっても不安定で、いつもみたいにグレッグミンスターまで飛ばしてあげられなかったの。バナーの村で精一杯だったよ。……なんかあったのかなぁ……?」
それなら追いつける、とカスミは拳を握った。
「ビッキーさん、お願い。私をバナーの村まで転移して」
「うん、良いよ。いくよ〜、そぉれ!」
振り上げられたロッドが光り輝いて、カスミは目を閉じる。
瞼をさす光がおさまって、目を開けると、そこはバナーの村だった。
「ルキア様………」
まるでその呟きに反応するように、キリキリと鎖の鳴る音が聞こえた。峠道へ向かって、カスミは駆けだした。
鬱蒼と茂る森の中。街道からずいぶんと外れた大きな木の根に、ルキアはうずくまっていた。投げ出されている右手は血だまりの中。“ソウルイーター”が求める対象から離れてみたが、ままならぬ力に癇癪を起こしたのはルキアのほうだった。ゆるく巻いてあった包帯を、右手が動かせないほどにきつく巻き直せば、刺草が肌身に食いこんで未だ血は止まらない。止める気もない。
「我が君、ルキア様」
突然、届いた、この世で最も愛しい音。
ルキアは左腕だけで、カスミに抱きついた。縋りつくルキアを抱き留めて、カスミは周囲の気配を探る。充満する血の臭いに、よってくるモンスターの気配は皆無。喰らい尽くしたあとなのだろう。そっと溜め息を吐いて、カスミはルキアの右腕に手を添えた。
「ルキア様、右手の手当をさせてください」
「…………このままで良い」
不貞腐れた声。そのままずるずると、カスミの膝を枕にしてルキアはうつ伏せの状態になった。顔を左に向けて、意地でも右手を見ようとはしない。カスミは苦笑しながら、手を伸ばしてルキアの右手に巻かれた包帯を解いた。刺草が引っかかって、解くというよりはほとんど破り裂くことになる。
「……染みますよ」
カスミは一声かけて、竹筒からルキアの右手にゆっくりと水をかけた。声こそあげなかったが、腰にしがみつくルキアの左腕に力が入る。血にまみれた右手は水で清められ、手のひらにぐるぐると巻かれた刺草が現れる。そして甲に浮かぶ紋章は、なお淡く光ってその存在を主張していた。
自分の左手にルキアの右手を載せて、カスミは“ソウルイーター”を見つめた。それから、ルキアを愛おしそうに見下ろして、そっと空いた右手でルキアの左耳をふさぐ。
「カスミ……?」
それには答えず、カスミは刺草の上から“ソウルイーター”に口づけた。
「どうか、いまはこれで、ご容赦を」
藍晶石の泉に、金剛石の雫が降ってきた。
ガバッとルキアは身体を起こした。
「いま、なにをした……?」
詰めよられて、カスミは上体を反らしながら曖昧に笑う。
「……ほんの少しだけ、気をわけました………」
険しい表情のルキアに、カスミは慌てて言葉を添える。
「本当にほんの少しだけですから………」
「………そのつもりでも、こいつが上乗せして吸うかも知れないだろう」
「でも、なんともないですし………」
刺草で引っかいてうっすらと血の滲む唇は、まるで紅を刷いたよう。カスミの煽情的な姿に、気が立っているルキアはいとも簡単に火がついた。
「返すから、受け取れ」
ルキアは緑の褥にカスミを押し倒した。
今日はデュナンの梁山城に帰るのは嫌だ、と駄々をこねられて、仕方なくカスミはバナーの村に宿を取った。
「・・・なので、今日は戻れません。申し訳ないですが、急な案件があったらあなたが采配してください」
手のひらに熾した火にカスミは言葉を告げ終わると、握り潰して消した。再び開いた手にはなんの痕跡もない。これでモンドの部屋にある特製の灯台に火が灯り、モンドにだけカスミの伝言が聴けるようになっている。
一仕事を終えて、カスミは向かい側にすわる想い人を見つめた。ルキアは少しだけばつが悪そうに視線を落としている。
「………悪かった、いろいろと……」
付け足された『いろいろと』に、カスミは頬を染める。先刻、淹れた緑茶に口をつけ、本来の目的を思い出すことができた。
「ルキア様、メグの願いを聞いてあげてくれませんか?」
テーブルの上のルキアの右手が、固く握りしめられた。新しい包帯に血が滲む。カスミか両手で覆うようにしてルキアの右手を撫でると、握りしめられた拳がゆるく開かれる。
「あなたがこの紋章の力を恐れているのなら、尚のこと私にあなたの子供が産める保証はありません。………でも、これは、あくまでも“生と死を司る紋章”なのですから、新しい命を祝福するものでもあると、私は思うのです。………できるできないは、もちろんわからないことですけど」
観念したように、ルキアは大きく息を吐き出した。
「……ん、私もそう思う……。いままで誰も喰らわずに抱いてこれたのだから、気持ちの切り替えができれば、この先も喰らわずにいられるとも思っている」
一度、言葉を切り、ルキアはカスミを見つめた。
「いま、私を躊躇わせているのは別のことだ」
「それはなんですか?」
ルキアは左手で、襟もとからメダルを取りだした。
「これを、覚えているか?」
黄金と白金の二匹の蛇が、複雑に絡まって真円を作るメダル。カスミは頷いた。
「お母様の形見と聞きました」
「…………これが、なにをしたか、覚えているか?」
言葉を替えた問いに、再びカスミは頷いた。忘れられるはずもない。
「あなたの命を救いました」
カスミの気遣いに、ルキアは苦笑する。
「……そう、これは持ち主を護る。どんな災いからも………。そして、これは、第一子に受け継がれていくものなんだ。次の持ち主は、私の最初の子だ。…………私の第一子は“ソウルイーター”に決して喰らわれない。これが完璧に護るから。その子にだけ、私は『愛している』と告げることができるんだ」
真っ直ぐにカスミの瞳を見つめて、ルキアは宣言する。
「私が永久(とわ)の伴侶と決めたのは、お前だけだ。それなのに、私はその子に愛情を告げることができないなんて嫌だ」
言葉を理解するとともにあふれ出る幸福感で、カスミの身体は震えた。そして、いつか生まれてくる子供たちにつらいを思いをさせてしまうのは、ルキアではなく自分だということを、本当に申し訳なく思った。
「その気持ちだけで、私は充分です………」
自分の両手を載せたままのルキアの右手に、一度、視線を落として、カスミもルキアを見つめ返した。
「私もルキア様に言っておかなくてはいけないことがあります」
「なに……?」
「私は、あなたの子供を産めると思っています。…………生まれてくる子は、双子です。そして、そのどちらかは、最初から声が失われているでしょう………」
ルキアは少し驚いた様子で、カスミを見つめる。
「忍びの、血の呪いなのです………。生まれつき特殊な能力を持って生まれた子は、男でも女でも、双子を授かるのです。そして生まれた双子の片割れは、親の特殊能力に関わる部位が必ず欠落しています。私は言魂使いですから、声のない子が生まれることが決まっているのです………」
カスミは頭を下げた。
「ごめんなさい、ルキア様。これを覆すことはできません。健康な子を産めなくて、ごめんなさい………」
するりと、両手の下からルキアの右手が逃れていった。顔を上げたカスミの前に、ルキアの姿はなく、横手から不意に抱きしめられた。
「………ルキア様?」
席を立って移動していたルキアは、カスミをやんわりと抱きしめた。
「それは謝ることじゃないだろう……? お前にはどうにもならないことなんだから」
「………はい。ありがとうございます……」
優しい腕の中で、カスミは幸せそうに目を閉じた。そのまま、言葉を続ける。
「それで、思ったのですけど、私が最初に産む子供が双子なので、どちらか片方しかあなたの愛情を得られないのは哀れだと思うのです………。それならいっそのこと、二人平等であってくれたほうが良い………」
カスミの柔らかい髪を梳きながら、ルキアは溜め息を吐いた。
「そうか………」
「はい。……それに、言葉を告げることだけが愛情ではないでしょう? あなたの愛は、ちゃんと私たちの子供たちにも伝わります」
「………自信ないな………」
苦笑混じりにそう零すと、カスミが顔を上げて頬に触れた。
「自覚ないんですか? あなたの腕の中が、こんなにも愛にあふれてるってことに」
目を瞠るルキアに、カスミはにっこりと笑った。
「だから、メグはあんなことを願ったんですよ。他の女たちも、あなたに抱かれることをとても幸せに思うのですよ」
ルキアはカスミの首許に顔を埋めた。カスミは優しくその背を撫でてやる。
「メグの話を聞いてあげてくれますか?」
頷くルキアの髪がカスミの頬をくすぐった。
梁山城に戻ったルキアはメグとちゃんと話しあい、一つ条件をつけた。
「この戦争が終わるまで。それまでにできなかったら諦めてくれ」
メグはとろけるような笑顔で頷いた。
「うん、それで良いよ。ありがとう、ルキア」
結果がわかるのは、もう少し先の話。
END
正妻vs愛人・第3ラウンド(爆) もとい、ルキアの三人の子供たち誕生秘話でした。いかがでしたでしょうか?
もし、当寮でこの話を最初に読んだという方がみえましたら、『上邪』、『Wheel of Fortun』、『人恋し〜』もあわせて読まれることをお勧めします。
うち設定、気功法の成立してる世界です。“ソウルイーター”を宿したあとのルキアとそういう関係の人たちは、気を掠め取られてんじゃないかなぁって思うデス。あくまでも寿命に差し支えない程度に、ですが。
時々、思うことがあります。うちのカスミは“ソウルイーター”が好きかも知れないって(;'-')
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