春一番



 デュナン統一戦争が終わって何週間か過ぎた頃。
 オニールは久しぶりに、黄金の都・グレッグミンスターへとやって来た。宿はマリーのところを確保済み。荷物を置いて、早速市場へとくりだす。噂話を聞きたいなら市場の雑踏に勝る物はない。
 聞こえてくるのは物価の動向が多い。それに混じって微かに、隣国からの難民たちがなかなか帰れない事情、ハイ・イーストと名前を変えた土地の様子、我らが英雄がもたらした利益(これに関して隣国は永久に泣くことになるだろう)、さらにともすれば聞き逃してしまいそうなほどわずかに、南国と北国の動向が聞こえてきた。
(しばらく、大きな戦争はないだろうね………)
 ありがたいことだ。
 買い物も済ませ、オニールは適当に選んだ屋台で昼食を取ることにした。
 注文したものが届くまで雑踏を眺めていると、あるカップルに目が止まった。いろいろ買いこんだ荷物を右手に持ち、左手に比翼連理の愛を誓った女の手を握っているルキアと、正式にルキアの婚約者としてお披露目されたカスミだ。
 邪魔するのも悪いかなと思ったのは一瞬のこと。好奇心に勝てたことがないのは、実はオニールも一緒だった。
「ルキア、カスミ、久しぶりだね」
 声をかけられた二人は振り返って、オニールに笑いかけた。
「久しぶりだ、オニール」
「ご無沙汰しています、オニールさん」
 ルキアとカスミは此処でお昼にしようかと相談して、オニールの向かい側にすわった。
 当然、オニールもルキアとカスミのあの頃からの気持ちを知っているし、二人がようやく一緒になると聞いた時には思わず涙が出たものだ。ただ、何人の少女たちが人知れず泣きぬれたのか、正確な人数もオニールは知っている。
 荷物を脇に置いて、二人は注文を済ませた。
「ずいぶんと買いこんでるね」
「また旅に出るからな」
「グレミオと?」
「いや、今度はカスミとだ」
 はにかむカスミをオニールは驚いたように見つめた。
「へぇ、意外だね……。良いことだけど……」
「片時も離したくない」
 しれっと言われた言葉に、長々と溜め息を吐いたって誰にも文句は言われないだろう。
「マリーから聞いてはいたけど、実際に見ると本当に胸焼けを起こすもんだね」
「そりゃ、どうも」
「褒めてないから」
 ルキアは気にした様子もなく笑っている。
 オニールが久しぶりにグレッグミンスターまで来る気になったのは、一つはルキアの人目を気にしないカスミへの溺愛っぷりを見てみたかったというのがある。
「前から、私が人目を気にしたことがあったか?」
 ニヤリと笑うその様は、主を手玉に取ることも厭わなかったシルバーバーグ家さえ翻弄した昔を彷彿とさせる。得意げに言うことじゃないよ、と返しながらオニールは納得した。
「カスミはお役所のお勤めは良いのかい?」
 まだ食べ終わっていないのに、これ以上、食欲を減退されては困ると矛先をかえた。
「はい。もともと正式にお役目を頂いていたわけではないので、簡単な引継ぎだけで終了です。レパント大統領には、残念がられましたけど……」
 カスミの兵の教練の上手さには定評があった。
「だろうねぇ。でも、お隣の戦争で、あらかた仕上げができたんじゃないかい?」
「えぇ、私もそう思いましたので、お暇申し上げました」
「レパントが欲しがったのは、もうそっちじゃなくて、隣とのパイプ役のほうさ。向こうの上層部に顔が利いて、いろいろ内情にも詳しいからな、カスミは」
「……喧嘩売ったって聞いてるけど」
 オニールの言葉に、ルキアとカスミは顔を見あわせて苦笑した。
「そのことはどうかご容赦を。冷静さを欠き過ぎていたと反省しています」
「あたしたちは快哉を叫んだけどね」
 此処で言う『あたしたち』はトラン国民のことではなく、解放戦争参加メンバーのことである。
「まぁ、そんなこともあって、パイプ役は別に立てろって言ったのは私だ」
 ルキアが肩をすくめて言った。
「なるほどね」
 恐らく、ルキアはもうカスミを表舞台に立たす気はないのだろう。彼女を思ってか、自分を思ってか。
(両方だね、これは………)
 料理をわけあって食べる仲睦まじい二人に、オニールはそう結論づけた。
「それで、オニールはどうしてグレッグミンスターまで来たんだ? わざわざ胸焼けになりにきたわけじゃないだろう?」
 ニィッと口の端を上げるルキアの笑い方は、独特の凄みと色気がある。こんなところもまったく変わってないな、と観念したようにオニールは溜め息を吐いた。
「あんたの欲しがっていた噂話を入手できたようなんでね。ご報告に参上した次第さ」
「手紙でも良かったのに……。わざわざすまないな」
「気にしなさんな。あたしも新しい情報が手に入ったし」
 オニールは居ずまいを正して、ルキアに向き直った。
「群島諸国でも“27の真の紋章”が絡んだ戦争があったらしいよ。そして、死神を操る少年がいたとも……」
 目を瞠ってルキアは、オニールを見つめ返した。
「………本当か……?」
「ルキア、落ち着きな。噂だ。確証はないよ。なにせ百年以上も前のことらしいし………」
「…………そうか………」
「ルキア様……」
 気遣わしげなカスミの声に、ルキアは強張った表情をやわらげた。
「最初の行き先が決まった」
「はい。何処へでもお供いたします」
「ありがとう、カスミ」
 嬉しそうに笑うルキアがカスミの髪にキスを落とすと、カスミもくすぐったそうに笑顔を返した。
 最早、照れることでもないのか、とオニールは呆れたように二人を眺めた。
「オニール、本当にありがとう」
 ルキアはオニールに向かって頭を下げた。慌てたように、オニールは手を振る。
「あんたにそんなことされると、こそばゆいよ。礼は噂が本当だった時に言っておくれ」
 誰もが魅了された笑顔をルキアは見せた。
「お前の噂がガセだったことが、一度だってあったか?」
「………あぁ、まったく、あんたって子は……」
 オニールが久しぶりにグレッグミンスターを訪れた最大の理由。それは、まさしくこの笑顔を見るためだった。
END





 一ヶ月以上、更新ができなくてちょっと焦っていた頃に、妹から誕生日祝いに頼んでいた拍手御礼絵が届きました。先にご覧になっていた方は、おわかりになりましたでしょうか? そこからネタを引っ張り、なおかつ『1』の女性宿星メンバーでまだ台詞のなかったオニールおばさんを出したいと思って書いたお話デス。いかがでしたでしょう?

 オニール、私にも誰が泣いたのか教えてって思ったのは秘密(;'-')
 ルキアは滅多に美味しいとは言わないけど、ジャンクフードも普通に食べます。テッドにいろいろ教えてもらっただろうし、逃亡生活も体験していたわけなので、食べられるだけありがたいってことはちゃんと知ってます。

 そんなわけで、いちゃいちゃらぶらぶ婚前旅行、行ってらっしゃいなのです(笑)