S-1 花将軍の屋敷

 テッドとロックランドまで遊びに行った帰り道、まだ陽も高かったので、普段あまり通らない西の街を抜けて帰ることにする。ここには、グレッグミンスターっ子なら知らない人はいない、花将軍ことミルイヒ・オッペンハイマーのハデな屋敷がある。
 俺たちは迷わず屋敷の豪奢な門をくぐった。常連客の俺たちを執事は愛想よく出迎え、申し訳なさそうに2階を指さした。
テッド「またかい?」
 恐縮して執事は深々と頭を下げる。
ルキア「良いよ、いつものことだし。行こうぜ、テッド」
テッド「あぁ」
 玄関ホールを抜けると、廊下の両側の壁は、美術館よろしくミルイヒの衣装がずらりと展示されている。俺たちは執事の礼の言葉を背中に受けながら、2階へ上がった。
テッド「あの執事さんも大変だよなぁ」
ルキア「主人が衣装選びに二時間もかかる人じゃね」
 クスクス笑いながら、衣装部屋へ入った。
ルキア「ミルイヒ、時間だよ!」
テッド「執事さんが呼んでるよ、謁見の時間だって!」
 階下の大広間並みに広いはずの部屋は、極彩色の衣装で埋まっている。帝国中の服屋の在庫を並べたってこうはいかないだろう。
ミルイヒ「あぁ、その声はルキア君、テッド君。こっちです」
ルキア「ミルイヒ、また迷ってるのか?」
 声が聞こえた方向へ、衣装をかき分けかき分け進む。ミルイヒは唯一、服で埋まってない壁に取りつけられた大鏡の前に立っていた。右手には“真紅のマント”、左手には“闇のマント”を持っている。
テッド「はぁ〜、やっとたどり着いた」
ミルイヒ「本当に君たちはタイミング良く遊びに来てくれますね。今日はマントで悩んでいるのです。この二着にまでは絞りこめたのですが、どちらが良いか決めかねていました」
 彼が真剣に悩んでいるのは、表情と声でよくわかる。だが、すでに着ている衣装が真剣味マイナス
200%(当社比)だ。
テッド「おぉ〜、そいつは究極の選択だなぁ」
 そう言って、テッドは一歩下がった。まったく、いつもはなんでもかんでも首を突っこみたがるくせに、こんなときは俺にまかせっきりなんだから。
ミルイヒ「そうでしょう。さすがテッド君、よくわかってくれますね。ルキア君はどちらが良いと思いますか?」
ルキア「え、えっと………。そうだな、俺なら“真紅のマント”かな。今日はすっごく良い天気で春の訪れを実感できる日なんだから、こうパァーッと華やかな感じで決めたいよな」
 俺は心にもないことを、ミルイヒが喜びそうな言葉でアレンジしながらならびたてた。こうでもしないと、この男は謁見なんかそっちのけで一週間くらい悩みそうなのだ。俺の後ろで、テッドが必死に笑いを堪えている。それを後ろ手に小突きながら、俺はミルイヒにダメ押しをした。
ルキア「絶対、“真紅のマント”だって」
 ミルイヒは喜びに顔を輝かせて頷いた。
ミルイヒ「そうですね、ルキア君の言うとおりです。今日は“真紅のマント”にしましょう」
 “闇のマント”をその辺に放り投げ、ミルイヒは嬉々として“真紅のマント”を羽織った。
ミルイヒ「それでは、私は陛下との謁見がありますのでここで失礼しますよ。新作はいつもの場所です。君たちはゆっくりしていってください」
 颯爽とマントをひるがえし、ミルイヒは衣装部屋を出ていった。俺たちはそれを見送って、ミルイヒの足音が聞こえなくなるまで待った。
 シーン、と物音一つ聞こえなくなる。俺たちは顔を見あわせると吹き出した。
テッド「あははは! ルキア、お前、本当にすごいな!!」
 いままで我慢していたのを取り戻すように、テッドは大爆笑した。
ルキア「テッドもたまには言ってやってくれよ」
テッド「無理無理! 俺には絶対あんな真似はできないって。“七色パンタロン”に似合うマントを決めるなんてさ!」
 俺たちは涙が出るまで笑い転げた。
 気のすむまで笑った俺たちが下へおりると、執事が謁見の時間に間にあいました、とまた礼を言った。
 今日入荷したばかりの新しい衣装を見せてもらう。新作は、『でっかい安全ピンやら鋲やらがいっぱいついた黒の革ジャン』だった。ミルイヒ、いったい何処へ着ていくつもりなんだ………。
【あなたたち、いつもこんなことしてるの?】
 そうだよ、母さん。ミルイヒは執事の言葉じゃどうも納得できないらしいけど、俺たちが言うとすんなり決めるんだよ。うちに執事が決めてやってくれって頼みこんできたことも、一度や二度じゃないんだ。
【そ、そうなの…………】




S-2 サラディまでの道

 今日は、とうとうアレを実行する日だ。この日のために、俺とテッドはグレッグミンスター周辺を歩きまわり、厳しくつらい修行を乗り越えてきた。
 夜も明け切らぬうちに、俺はグレミオたちに気づかれないようそぉっと屋敷を出た。
 街の中心部にある噴水のところで、テッドとおちあう。
ルキア「テッド、いよいよだな」
テッド「あぁ。ワクワクするぜ」
ルキア「“毒消し”は持ったか?」
テッド「もちろん。“お薬”も充分だ」
ルキア「よし、じゃあ出発だ」
テッド「うん」  俺とテッドは、意気揚々とグレッグミンスターを出発した。
 思い起こせば一ヶ月ほど前のことだ。
【サラディへ行こうよ】
 はぁ? 母さん、サラディまでどれだけあるかわかってる?
【だって、子供二人で行けば良いことがあるって聞いたよ】
 またそんな根も葉もない噂を………。
【ほんとだって。“金運の封印球”がもらえるんだから】
 …………。それ、本当ですか、お母様。
【………あなたも現金な子ね………。でも、この話は本当。だから、テッドを説得して、二人でちょっとレベルをあげて、サラディまで行こうよ】
 テッドを説得することなんてわけない。超レアな“金運の封印球”に絶対食いついてくるに決まってる。
 だけど、『ちょっとレベルをあげて』が容易なことではなかった。
 ビッグモスキートの連続攻撃や毒にやられたり、赤い兵隊蟻に噛まれたり、クロウに突っつかれたり、猪の突撃にぶっ飛ばされたり、レベル2にする前に全滅すること数回。狙い目のふさふさに遭遇したときの喜びはいまでも忘れられない。
【お坊ちゃんなのに、苦労してるのね】
 誰のせいだ、誰の!
 そのうち所持金も貯まり、レナンカンプの鍛冶屋まで行くことができるようになると、さらにモンスターを倒しやすくなった。
 レベル8になったのが昨日のこと。
【うん、もう虎狼山もギリギリ越えられるよ】
 母さんのOKも出たところで、今日のサラディ行きとなったわけである。
 虎狼山に入るまで、モンスターに一度も遭遇しなかった。これは幸先いいぞ。
テッド「結局、ふさふさから“青磁の壺”を奪うことはできなかったな」
ルキア「そうだな。奴から一つもアイテムを盗れなかったのは残念だよな」
 このレベル上げの修行中、奪うことができたのは“お薬”のみだった。それも当分買わなくても良いくらい手に入れられたので、その結果には一応、満足している。
 虎狼山では、宝箱には目もくれずとにもかくにも先を急いだ。だが、レベル8、しかも二人だけのパーティでは苦戦は免れず、俺が戦闘不能になってテッドがなんとか耐え抜いたり、その逆もしたりと大変な山越えになった。
 だから、サラディの村に着いたときの俺たちの喜びようといったら、村人たちが奇異の目を向けるくらいのはしゃぎ方だった。
 サラディは本当に小さな村で、“金運の封印球”を持ってるオジサンもすぐに見つけられた。
村人「こんな山奥で自給自足の生活をしてると、旅に出ることもなくてね。せっかくのお宝を使うこともない。坊やたちが持ってるほうが良いだろう」
 そう言って、オジサンは気前よく超レア封印球を俺たちにくれた。
 『坊や』にムッとしないでもなかったけど、そんなこと少しも見せないで、俺たちは行儀良く礼を言った。
ルキア・テッド「オジサン、ありがとう」
村人「なぁに、良いってことよ。気をつけて帰るんだぞ」
ルキア・テッド「はい」
 俺たちは次の日、朝早くに出発してグレッグミンスターへ帰った。
 屋敷へ帰ると、グレミオの大目玉が待っていた。
ルキア「ちゃんと、サラディにテッドと行ってくるってメモを残しておいただろ」
グレミオ「テッド君と二人だけで、サラディまで出かけたことを怒っているんです。子供たちだけであんな遠いところへ出かけて、もし坊ちゃんたちの身になにかあったら、とどれだけ私たちが心配したと思ってるんですか」
ルキア「大袈裟だなぁ、グレミオは」
グレミオ「坊ちゃん!!」
ルキア「わかった、わかったよ、グレミオ。もうこれっきりだ。二度としない。悪かった、反省してる」
テッド「ごめんなさい、グレミオさん」
パーン「そのへんにしといてやれよ、グレミオ。こうやって反省してるし、坊ちゃんたちだってたまには、友達同士で冒険に出たい日もあるさ」
グレミオ「パーンさんは、またそんな甘いことを言って………」
パーン「良いじゃないか。ところで、坊ちゃん、サラディまでなにしに行ってたんですか?」
 俺とテッドは顔を見あわせた。
ルキア「なにって、冒険さ。な、テッド」
テッド「な、ルキア」
 俺の右手にはいま、“金運の封印球”が宿されている。勝利の証だ。