紋章に魅入られた子供たち 外伝
外つ国にて
或いは、いつか太極となる者と道を照らす者 篇
セラス湖にそびえる天狼(ティエンラン)城に、交易商人がやってきた。城の主であるアスタリオン王子は再びニルバ島へ出かけていて不在だが、人や物は滞りなく動いている。
「不思議な外観のお城だね、父上」
「なんでも元はシンダル族の残した遺跡らしいぞ」
「へぇ……」
馬車から降りたいかにも育ちが良さげな少年は、左腕を真白の三角巾で吊っているが、好奇心むき出しに城を見上げていまにも探検に走り出したくてうずうずしている。父と呼ばれた男は、商人らしい身なりだったがまとう雰囲気がただの商人らしからぬなにかを持っていた。
「ルキア、仕事を終えてから探検にしなさい」
「……はい、父上」
少し残念そうな顔をして、でも大人しくルキアは従った。尊敬する父の仕事を手伝える機会も滅多にないのだ。
天狼城の交易所を仕切っているのは、名高き大商人のサイロウである。やってきた親子を驚きと喜びを持って出迎える。
「これはこれは、テオ様。遠路はるばる、ようこそお出でくだされました」
「久しいな、サイロウ。お前が現役復帰したと聞いたのでな。これにも会わせたかった」
テオは少し後ろに控えていたルキアを促した。
「お初にお目にかかります、サイロウ翁。テオ・マクドールが一子、ルキアと申します」
「初めまして、ルキア様。若君をお迎えできて光栄です。……お怪我は大丈夫ですかの?」
左腕を吊った三角巾に目を留めたサイロウにそう訊かれて、ルキアはばつが悪そうに頬をかいた。
「ギプスも取れて、リハビリを始めたところです。ご心配には及びません」
ハキハキとした受け答えは、とても好ましくサイロウの目に映った。
「烏鴉(うや)も安泰ですなぁ」
「やんちゃで困っているよ」
テオは軽く受け流し、運ばれてくる荷に目をやる。
「北の茶葉を持ってきた。巧く捌いてくれ」
「お任せを。代わりになにを持ち帰られますかな?」
「金銀の細工物と米酒で良い物はあるか?」
「出来の良い物が入っておりますよ。どうぞ、こちらへ」
サイロウはテオとルキアを奥の部屋へと案内した。
商談はテキパキとあっという間に済んでしまった。
「いつもこんなに早いのですか?」
「お館様は即断即決なお人ですから。人によっては丸一日かける御仁もおりますよ」
目を丸くしているルキアに、サイロウは笑いながら答えた。
「ルキア、仕事は済んだ」
表情を輝かせて、ルキアはテオを見上げた。
「探検してきても良い?」
「住人に迷惑をかけないように。夕飯の時刻にはまた此処へ戻ってきなさい」
「はい、父上。いってきます!」
ルキアは交易所を飛び出した。
天狼城は呆れるくらいに広く、そして、不思議な城だ。石造りなのだが、どの石材を使っているのか見当もつかない。
ルキアはキョロキョロとあたりを見渡しながら、外へと出た。
「おい、そこのお前」
声をかけられて、ルキアは振り返った。湖の上に足場を組んで畑が作られていて、農作業に勤しんでいる人々がいた。その中に、同じ歳頃の少年と見たこともない亜人種がルキアを見上げている。ルキアは薄茶の毛皮に覆われた亜人を見て目を瞬かせていたが、次第にその顔がふにゃりと締まりない笑顔に変化していく。亜人はその表情の変化に身に覚えがありすぎた。
「トーマ、おいら、逃げても良いか?」
亜人は隣に立つ友人に声をかけた。
「……あぁ、マルーン、ごめん、変な奴に声をかけちまったみたいだ」
トーマは見慣れない同じ歳頃の少年に純粋な興味を持って呼び止めたのだが、相手はビーバー族も知らない国から来たらしい。ビーバー族を知らない者はまずその姿に驚いた表情を見せ、続いて愛くるしい彼らに相好を崩すのだ。ひどいとそのまま抱きつこうとする者までいる。
どうやらその類の奴だったらしい。畑から塔へつながる通路にはルキアがいるが、ビーバー族は泳ぎが達者だ。このまま湖へ飛びこんでしまえば良い。マルーンをかばうように前へ出たトーマは、横を疾風が駆け抜けたのを感じた。
「かっわいいなぁ! お前、名前はなんて言うんだ?」
「……ぐぇ……く、苦し……」
いつの間に移動したのだろう、ルキアがマルーンを片腕で抱き上げて、グルグルとまわっていた。
「こ、こら、お前、マルーンを離せ!」
トーマが慌ててマルーンを救出する。ぜぇはぁとマルーンは大きく息を吸いこんだ。ルキアはキラキラと目を輝かせて二人を見つめた。
「マルーンって言うのか。僕はルキア。父の仕事の手伝いで、此処の交易所に来たんだ」
存外素直にマルーンを放し、人懐っこく名乗ったルキアに、トーマもマルーンもひとまず警戒心を解いた。
「俺はトーマ。こっちはビーバー族のマルーン」
「へぇ、ビーバー族って言うのか。初めて会ったよ」
「ファレナの者じゃないんだな。何処から来たんだ?」
マルーンはしげしげとルキアを見つめたが、喜色満面の笑みになったルキアの表情に、トーマの後ろへ隠れた。
「赤月帝国から。群島にいたネコボルトも可愛かったけれど、ビーバー族には負けるなぁ」
「海の向こうかぁ、遠いところから来たんだなぁ」
トーマの背中越しに、感心したようにマルーンが言った。
「ネコボルトってなんだ?」
「んと、亜人種の一つなんだけど、僕たちよりもうちょっと背丈のある猫が二足歩行してる」
「へぇ……。亜人種もいろんなのがいるんだなぁ。この城にいるのは、ビーバー族とドワーフとエルフだけだ」
「僕の国にもドワーフとエルフはいるよ。あと、コボルト族。彼らは人間の大人くらいの二足歩行した犬みたいな感じかな」
「………ゴドウィンの亜人種全滅なんて不可能なんじゃないか?」
トーマの言葉に、マルーンも頷く。
「おこがましいにもほどがあるよ」
「そんな酷いこと考えてる奴がいるのか?」
「あぁ! 極悪非道な奴なんだ! 俺たちはそいつと戦ってるのさ!!」
誇らしげに胸を張ってトーマは答えた。
「おい、ちびっ子ども! いつまで休んでるんだ!」
少し離れた畑から、男の怒声が飛んできた。
「ヤベ……! ごめん、ゲッシュ! いま戻るから!」
ルキアは申し訳なさそうに二人に頭を下げた。
「ごめん、仕事の邪魔をしちゃったね」
「良いって」
「おいらたちも知らない国のことがちょっとでも聞けて嬉しかったから」
二人はルキアに手を振って、農作業に戻っていった。ルキアも探検を再開する。
寝転がれるくらいには幅の広い城壁に登って歩いていると、数人の武人たちが訓練をしている場所に行き当たった。その中の燃えるような赤毛の女性騎士を、ルキアは見知っていた。休憩中なのを確認して声をかける。
「イズ! イザベル!」
女騎士は振り返り、ルキアの姿を認めると満面の笑みで両手を広げた。
「ルキア!」
迷わずルキアは城壁からイザベルの腕の中へ飛びこんだ。イザベルはしっかりと抱き留めて、ルキアが飛び降りた勢いを殺すようにクルクルとまわった。
「久しぶりだ! 大きくなったなぁ、ルキア!」
「………イザベル様」
近くに控えていた長身の騎士が、控えめに主の名を呼んだ。
「なんだ、マティアス?」
ルキアに頬ずりしていたイザベルは、動きを止めて従者を見上げた。
「あまり強く抱きしめられますと、若様の左肩が痛むのではないですか?」
「……あぁ! すまない、ルキア」
「だ、大丈夫………」
イザベルの腕から解放されて、弱々しくルキアは笑った。
「マティも久しぶり」
「ご無沙汰しております、若様」
「お前の従者はどうした? また、まいてきたのか?」
「またってなんだよ……。グレミオはお留守番なんだ。父上が、僕と親子水入らずで家族旅行がしたいって言ったから」
「テオ様が来ているのか!?」
「うん、交易所にまだいると思う」
「こうしてはおれん、マティアス、行くぞ」
「仰せのままに、イザベル様」
「………あぁ、でも、訓練あとのこの状態では汗臭いか、私!? でもでも、待たせてしまうのも申し訳ない、というか、風呂に入っている間に帰られてしまっては……!」
一人でブツブツと慌てふためいているイザベルに、ルキアは相変わらずだなぁ、と呟いた。
「イズ、僕たち、今日は此処に泊めてもらう予定だよ。帰るのは明日、朝ご飯のあと。ちゃんと時間あるから、お洒落して父上に会っておいでよ」
「…………そ、そうか……」
顔を赤くして、イザベルはルキアに頷いた。あぁは言ったけど、この人はマクシミリアン騎士団の鎧を着こんで父に挨拶に行くのだろうなぁ、とルキアは胸の内で思った。
着替えを取りに塔へ戻るイザベルとマティアスについて行ったルキアは、塔に入ったところで二人と別れた。二人は下へ、ルキアは上へ向かう。
“えれべーたー”という不思議な箱から降りたそこは最上階。軍議の間というのがあって、普段は人がいないところだと教えてもらっていた。さらに上へ続く階段を見つけて、ルキアは躊躇いもなく登った。
屋根と腰高の壁はあるが、それを支える柱が円く立ち並ぶだけで窓はないので、屋上と言って差し支えない場所だろう。
「うっわあぁ〜!」
ルキアはそこから見える景色に歓声を上げた。
湖の青、遠くに見える森の緑、大パノラマが目の前に広がっている。壁に飛び乗ると、まるで宙に浮いているようだ。セラス湖から流れる風が気持ちよく、ルキアは目を細めた。
胸許でなにかがチリチリと熱を持ち、ルキアは思わず手で押さえた。支えをなくして身体が宙へと持って行かれそうになる。
「わ……うわわっ……!」
慌てて踵に重心をとったので湖への転落は免れたが、後ろへ盛大にひっくり返ってしまう。
「いってぇ……」
なんとか受け身は取ったが、左肩に走った痛みまでは殺しきれない。グッと首を仰け反らせたとき、その扉に初めてルキアは気がついた。
「……?」
見事な景観に目を奪われて、そこに小部屋があることに気づかなかった。城内の個室に使われている木の扉とは違って、複雑な紋様を描く金属でできた扉のようである。
くるりとうつ伏せの状態になって、ルキアは再びしげしげと小部屋を眺めた。
「………あすこに反応したのか……?」
胸許を再び手で押さえる。服の下には、母の形見のメダルが提がっていた。黄金と白金の二匹の蛇が複雑に絡み合って真円を作るメダルは、不思議ないわれがあるのだが、それはまた別の話。
ルキアは背の高い扉の前に立った。中の気配を窺うと、人はいないようだがなにかいる。軋んだ音を立てて開いた扉の中は、不思議な紋様の石の壁で囲われた小さな部屋だった。正面の壁の前に、黒いドレスの女がすわっていた。女の膝には本が広げられており、扉の開く音に読書を邪魔されたようだ。ドレスと同じく漆黒に輝く艶やかな長い髪がひきたてる、白磁器のような肌。それに見あう整った顔立ち。だが、そのすべてを台無しにするかのようなしかめ面をしていた。
「此処は子供の来るところではありません。早く帰りなさい」
少し低めのトーンの声は、静かに告げられたが迫力がある。だが、その声はルキアの耳には入っていなかった。ただただ、ルキアは女に見惚れていた。
「…………。お星様だ………」
女を見つめて、ルキアは呆然と呟いた。女の眉間の皺がさらに深くなった。
「人の話を聞いていますか? さっさと出て行きなさい」
ルキアは女の前に片膝をついた。
「こんにちは、お星様。僕はルキア。どうしてこんなところにいるの?」
「…………私は、出て行けと言っているのです」
女の険悪な表情をきれいにルキアは無視した。
「お星様がどうして地上にいるのか教えてくれたら帰るよ」
「私にはゼラセという名前があります。またそれで私を呼んだら、容赦はしませんよ」
ルキアは、思わずゼラセも見惚れるほどの可愛い笑顔を見せた。
「うん、ゼラセ、よろしくね」
苛立たしげにゼラセは溜め息を吐いた。
「ね、外の景色を見ながら話したいな」
「あなたと話すことなどありません」
「この部屋も面白いけど、たまには外の空気を吸うのも良いでしょ……? …………それとも、空が恋しくなるのが怖い?」
ルキアの挑発に、ゼラセは柳眉をつり上げた。しかし、子供に手を上げるほど気が短かったら、いまも生きているはずもない。
黙りを決めこんだゼラセに、ルキアはさて今度はどんな手を打とうか、と考える。
その時、また服の中のメダルが身じろぎした。ルキアは初めてゼラセから視線を外して、さらに後ろの壁を見上げた。壁一面を埋める大きさで描かれた紋様は見たことのないものだが、いまのルキアにはさして興味を引かれる代物ではない。逆に、ゼラセが訝しげにルキアの胸許を凝視した。
「……あなた、首になにを掛けているのです?」
「じゃあ、外に行こう?」
にこりと笑って、ルキアは手を差し出した。ゼラセがその手を取ったのは、探求心の故か気まぐれか。
ルキアはゼラセの手を取って外へ出ると、大きく深呼吸をした。
「あの部屋、息苦しくない?」
「別に」
ゼラセの返答は素っ気ない。生意気な子供はへこたれもせず笑って、木箱が積み上げられたところまでエスコートする。ルキアは三角巾を外して木箱の上に広げると、ゼラセにどうぞと手で示した。遠慮なくゼラセはそこへ腰を下ろし、ルキアはその隣にすわった。
セラス湖からの風が、二人の間を優しく流れていく。
「あ、僕の首に提げてる物は、母上の形見だよ」
そう言って、ルキアは襟許からメダルを引っ張り出してゼラセへ手渡した。黄金と白金の蛇が対象の位置に頭を見せている手のひらよりも少し小さいメダルを、ゼラセはしげしげと見つめた。
(…………。これは、生きている………)
いま此処に、あの学者と遺跡探索者がいないことは幸か不幸か。
ゼラセは関係ないと頭を振って、メダルをルキアへ返した。
「初めて会った人に、そうやすやすと形見の品を見せることは感心しません」
自分のことは棚に上げた台詞だが、ルキアは気にせずメダルから湖を透かし見た。
「大丈夫だよ。これはね、いまは僕の物だから、もし誰かがこれを盗んだとしても、僕が湖へ落としてしまったとしても、ちゃんと僕のところへ帰ってきちゃうんだ」
困ったことにね、とルキアは付け足した。
身の程をわきまえている者を、ゼラセは嫌いではない。己が、身に余る力を手に入れてしまったから。
「…………あの、ゼラセ、えっと……」
メダルを弄んで珍しく口ごもったルキアを、ゼラセは見下ろした。一等気になっていることを口にしたら容赦しないと言われ、好奇心と戦っているらしい。
ゼラセは、不思議な少年だと思う。立ち居振る舞いに一切の無駄がないところを見ると、よほど地位のある貴族の子息だろう。そして、身のうちに宿した魂の眩いこと。ルキアはゼラセを星だと言ったが、彼女からしてみれば、ルキアこそ星だった。
(恐らく、魁の子………)
ならば、これを話しておくのは悪いことではないだろう。戒めとなれば良い。
「昔、“星”を拾った女がいたのです」
ゼラセは重い口を開いた。ぱっとルキアが顔を上げた。
「そのまま空へ帰せば良かったものを、愚かな女はその輝きに心奪われて自分のものにしてしまった………。やがて、女はどれほどの罪を犯したのか知る。そして、罪の重さに耐え切れなくなり、女は生きることを止めました」
「…………。“星”はどうなったの?」
「さぁ………。空へ帰ったか、いつでも帰れると人の世を眺めているか、何処とも知れぬ場所で掬い上げてくれる者を待っているか………」
ルキアは表情のないゼラセの横顔をじっと見つめた。なんとなく、答えがどれかわかったが、それは言わぬが花というものだろうか。
「過ぎたものを求めてはいけません」
少しずつ茜に染まっていく空に向かって、ゼラセは言った。
「はい………」
ゼラセを見つめたまま、ルキアは答えた。
「その女の人がしたことは、確かに悪いことだったかも知れない。でも、“星”にとってはどうだったのかな……? 女の人は、それをちゃんと訊いたのかな?」
「…………」
答えはない。『もしも』を考えることほど、無駄なことはない。
風は穏やかに二人の間を流れ、キラキラと夕陽が湖面を反射する。
「綺麗だね………」
風に弄ばれる髪を押さえたゼラセに向かって、もう一度、ルキアは言う。
「綺麗………」
伸ばされた手の行方をゼラセが目で追ったその時、騒がしい気配が増えた。
「ルキア、こんなとこにいたのか……!」
「あ、ゼラセ……さん……」
「うっ……」
屋上へやってきたのは、トーマとマルーンだった。ルキアの隣に、ゼラセがすわっているのを見て、二人そろって逃げ腰になっている。伸ばした手を下ろして、ルキアは振り返った。
「トーマ、マルーン、どうしたの?」
「どうしたのって、お前、親父さんが探してたぞ?」
「…………あ」
夕飯の時刻までに戻れ、と言われていたのをルキアは思い出す。名残惜しげにゼラセを見上げた。
「もう行かなくちゃ。お話ししてくれてありがとう、ゼラセ」
ルキアがゼラセを呼び捨てにしたことに、トーマとマルーンは飛び上がって驚いた。
「また会えると良いな」
「子守りはもう懲り懲りです」
にっこりとルキアは笑う。
「じゃあ、僕が大人になったらまた会えるね」
「………どうしてそうなるのです」
しかめ面のゼラセにまた笑う。
ルキアはメダルを首に掛けてもとどおりに服の下へ収めた。そして、木箱の上に膝立ちになると、ゼラセを右腕だけで抱きしめた。トーマとマルーンは声にならない悲鳴を上げ、ゼラセは身じろぎしてルキアを睨んだ。間近にあったあどけない笑顔は、破壊的な威力があった。
「また会えますように」
冷たい頬に、柔らかく暖かいものが交互に触れる。
「僕が生きるのを止めるまで、帰らないでいてね」
ささやかれた言葉に、ゼラセは一瞬だけ淡く微笑んだ。
ルキアは木箱から降り、ゼラセも立ち上がって木箱に敷いていた布をルキアへ返した。いつもの無愛想な表情のまま、少年たちが走って階段を下りていくのを見送りながら、『いつか』を楽しみにしている自分に、ゼラセはますます眉間の皺を深くする。髪を後ろへ払って、ゼラセは封印の間へと戻った。
「お前、すごいな」
「なにが?」
階段を下りながら、トーマに言われてルキアは首を傾げた。
「あの人と会話できることがだよ。おいら、ゼラセさんと普通にしゃべれる人、王子様以外に見たことないぞ」
マルーンもやや興奮気味に言った。
「そうなの?」
「この城で一等おっかない人だ」
「……そうかなぁ……。とても優しい人だよ」
にこりと笑ったルキアに、トーマとマルーンは顔を見あわせた。
「………こいつ、大物だ………」
こくこくとマルーンは頷いた。
テオは食堂にいた。怒られはしなかったが、ジロリと睨まれただけでルキアには充分だった。イザベルもマティアスもいて、ルキアの強い要望とテオの好意でトーマとマルーンも、夕食に同席した。大勢で摂った食事はとても美味しかった。
宿屋のベッドに横になり、ルキアは明日には帰らなくてはいけないことを残念に思う。
(……あぁ、そういえば………大兄に、会えな、かった……な………)
翌日も良い天気だった。
馬車に積み荷を乗せ、サイロウたちに別れを告げて、テオとルキアは天狼城をあとにした。
「父上……」
「どうした、ルキア?」
親子は馬車をゆっくりと走らせて平原を行く。
「大兄には会えなかったね」
「……あぁ、出かけていたようだな」
「ミルイヒは会えたのかなぁ………」
「指名手配中らしいが、あいつのことだ。ソルファレナに堂々といそうだな………」
そうだね、とルキアは笑った。
彼らが近づいてくる騎馬に気がついたのは、それからしばらくしてのこと。ルキアは一番を父親に譲ったのだった。
END
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