Dramatic Panic
清々しい秋晴れの午後。
有無を言わさず大広間に招集され、配られた紙に躍る『同盟芸術祭』の文字を見て、皆が大騒ぎしたのは当然の結果と言える。
「説明するから、聞いて!」
リーダーの張りあげる声にも、この時ばかりは誰も聞いてないようであった。が。
「“天雷”喰らう? あ、“雷の嵐”でも良いんだよ?」
この一言に、辺りは水を打ったように静まりかえった。それに、にっこりと、まるで何処かの英雄のように微笑んで、ゴクウは言葉を続ける。
「メインは四つ。ダンスと大道芸と歌と演劇。各自の分担はその紙に書いてある通りだから、それに従ってちゃんとやってね。サボったりしたら、軍法に照らして厳罰を下すから。そうそう、出来が悪くても、減俸だよ。じゃ、解散」
軍規だけでなく、給金にまで響くとあっては、もうやるしかない。割り当てられた苦役、ではなく役割に、口々に文句やら安堵やらを零しながら、人の波が大広間から出ていった。
残っているのは、こういったお祭り事が大好きな若者たち。特に、演劇に割り当てられた女の子たちは、やる気満々だったりする。
「ねぇねぇ、ゴクウはなんの役をやるの?」
いかにも楽しそうに、ナナミが壇上から降りてきたゴクウに訊いた。
「俺は、ダンス担当だよ。カレン、早速、練習しよう!」
メラメラと闘志の炎を燃やして、ゴクウは意気ごんだ。
「じゃあ、ステージに行きましょう」
カレンははにかんだ様子でそれに答え、ゴクウと一緒に広間を出ていった。
「……どうしたの、あれ?」
不思議そうに二人を見送ったナナミに、アイリが溜め息を吐きながら答える。
「こないだ、グレッグミンスターの劇場で、ルキアさんとカレンのお師匠のミーナさんが一緒に踊ってるのを見て、すごく感動したみたい。自分も踊るんだーって燃えてたから……」
「なるほど……」
「じゃあ、アイリは俺と大道芸の練習ね」
馴れ馴れしくアイリの肩を抱いて、会話に割りこんできたのはシーナである。
「あれ、シーナさんも演劇じゃないの?」
「そうなんだよ。キスシーンは俺にお任せだっていうのに、大道芸担当なんだ」
「………そうだね、時間もあまりないことだし、早速、練習しようか」
肩からシーナの手をはぎ取って、アイリは言った。
「そうそう、練習練習。……で、どんな出し物にする?」
「あら、それはもう決まってるのよ」
艶然と微笑んで、リィナがシーナの隣りに立った。
「決まってるー」
反対側にはボルガン。
「……え?」
「人を囲むようにナイフを投げるんだ。当てないように投げるってのが、結構、難しくてさ」
ナイフを投げる仕草をして、アイリが答える。
「……は??」
「当てるのは得意なんだけど、ギリギリ当てないってのは、なかなか勘がつかめないんだよね」
「あ、あの……」
「大丈夫、傷によく効く薬を持ってるから」
「そ、そういう問題じゃあ……」
「練習だー」
旅芸人三人組に引きずられるようにして、シーナは広間から連れ出されてしまった。
「…………」
弟の強かな策略に、ナナミは呆れたように溜め息を吐いた。
「ちょうど良かったわ、女の子たち、そろってるわね」
手に冊子を抱えたエミリアとアップルがやってきた。
「演劇担当の人は、一冊ずつこれをもらってください」
「アップルちゃん、これは?」
ナナミが冊子を受け取って訊いた。
「台本よ」
「……タイトルは『ロミオとジュリエット』か……」
「ミルイヒ様が古典劇をベースに書き下ろされた話を原作にして、私とアップルさんで脚本を書いたのよ」
得意気にエミリアは言う。
「ねぇ、エミリアさん、肝心のジュリエット役が『十代女子』ってだけで、ロミオ役は空欄になってるよ」
テンガアールの問いに、エミリアとアップルはにっこりと顔を見あわせる。
「この、悲劇の大恋愛を演じる主役の一人であるロミオ役は、ジュリエット役に選出権が与えられます」
エミリアの高らかな宣言に、女の子たちは目の色を変えた。
「そして、アップルさんとジャンケンをして、勝ち残った人がジュリエットです」
「質問!」
ニナが勢いよく手を挙げた。
「はい、ニナさん」
「すでに役が割り当てられてる人を、ロミオ役に変えることはできるんですか?」
女の子たちは、フリックの名前がマキューシオ役に載っていたことに気づく。
「もちろん、それは可能です」
「キャ〜! もう、絶対がんばっちゃう!」
この時、すでに広間を立ち去っていたフリックは大きなくしゃみをした。
「はい、じゃあ、いきますよ」
アップルの声と同時に、壮絶なジャンケン大会の幕が切って落とされた。
………数分後。
「……勝っちゃった………」
握り拳を作ったまま、茫然と呟いたのはメグであった。
「おめでとう、メグ。ジュリエット役、頑張ってね」
アップルはにっこりと言った。
「メグちゃん、すごい! ねぇねぇ、ロミオ役は誰にするの??」
興奮気味のナナミに訊かれて、メグは迷うように視線を彷徨わせる。
相手役のロミオがあの人だったら良いのに、と思いながらジャンケンに参加したはずである。
「……えっと………」
だが、いざ、ロミオ役を決める権利が手に入ってしまうと、メグにはその名を口にすることが躊躇われた。
「あ……あの………」
いつも思い切りの良いメグが、しどろもどろになっている。
「メグちゃん、大丈夫……?」
心配そうに見つめる仲間たちの視線が、却ってメグを混乱の渦に落としこんだ。
「……そ、その………」
まさに混乱の極致に達しようとしたその時。
ふわりと、優しい手がメグの肩に置かれた。
「メグさん、グレッグミンスターまでお願いしに行くのなら、付き合うわよ」
「……カ、カスミさん」
メグの肩に手を置いて、にこりとカスミは微笑んだ。その笑顔に、メグは申し訳ないやら嬉しいやら、なんとも複雑な気持ちになった。
(……あぁ、でも、もう自分の気持ちに嘘は吐かないって、決めたんだから……)
一つ、大きく深呼吸をして、メグは勢いよく頭を下げた。
「お願いします、カスミさん!」
その後、女の子だけで峠越えなんかさせられない、とナナミが世話を焼き、ゴクウにパーティを組ませてグレッグミンスターへ送り出した。
峠道を歩きながら、メグとカスミは互いの胸の内をポツポツと語りあった。
「本当はね、思い切るはずだったんだよ。ルキアさんが優しいのは私だけじゃないんだから、独り占めできないんだから、絶対絶対好きになったらダメって、思ってたんだよ、本当だよ」
必死に言うメグの言葉に、カスミは微笑んで頷く。
「……でもね、ルキアさんに言われたの。自分の気持ちに嘘を吐いちゃダメだって。ただでさえ、自分の心は自分にわかりづらいんだから、嘘を吐いて余計にややこしくしちゃダメって。………そう言われて、嘘を吐くことを止めたら、世界が凄く綺麗だって、私、わかったんだ………。本当は、独り占めできないのつらいよ。想いが返ってこないの淋しいよ。でも、それでも私、ルキアさんのこと好きになって良かったって想えるの」
吐息のように、メグは呟く。
「大好き……」
そして、カスミを見た。
「ごめんなさい、カスミさん………」
「そんな、メグさんが謝ることじゃないから、気にしないで」
「でも……イヤだよね、自分の好きな人が他の女の子と仲良くしてるのは……」
「う〜ん、それが、そうでもないの……」
「え!?」
メグは目を瞠る。それにちょっと苦笑を返して、また前を向いたカスミは、とても切なそうな表情になった。
「もちろん、ルキア様のことを独り占めしたいって思ったことはあるわ。でもね、同時に、絶対にそうすることができないってこともわかってしまうの」
「………それ、なんか、わかる気がする……」
ポツリと呟いたメグの言葉に、カスミは頷いた。
「ルキア様は、すべてのものが愛おしいって言ったの。人も、そよぐ風も、大地に広がる緑も、そこに息づく動物も、生きとし生けるものすべてが、愛おしくてたまらないって。……でもね、その想いを返すことは決してしないのですって……」
「……どうして………」
「…………世界が、滅びてしまうから………」
カスミの目には光るものがあった。
「愛おしくて愛おしくて、相手にも同じ気持ちを望んでしまったら、“ソウルイーター”が喰らってしまう……喰らい尽くしてしまう……。だから、決して想いは返さないんだって……。その代わり、すべての想いを受け止めるからって………」
「で、でも、カスミさんは、ちゃんと想いを返してもらってるよね……!? “ソウルイーター”の呪いは受けてないよね……!?」
「…………。えぇ……。………でもそれは、私が自分に呪いをかけたから………。だから、喰らわれはしないだけ……」
「カスミさん……!」
ぽろぽろとメグは涙を零した。カスミも泣きながら、静かに言葉を続ける。
「ルキア様のその言葉を聞いてね、私、私だけじゃなくてみんなも、ルキア様のことを好きでいて欲しいって思ったの。そうしたら、あの方の孤独も少しは癒されるんじゃないかって思うの」
「そんな、そんなの、哀しすぎるよ……! あんまりだよ……!」
「私のすべてはルキア様のものだけど、それ以上はもうどうしたら良いか、私にもわからないわ……」
二人の少女は抱きあって泣き崩れた。ただ一人のために、涙を流した。
先を歩いていたゴクウとフリックとビクトールは、聞こえない振りをしながら少女たちの会話に耳をそばたて、少し離れたところで立ち止まった。かける言葉も見つからず、互いに視線をあわせることさえできずに、ただ少女たちが泣き止むのを待った。
マクドール家に着いて、いつものように出迎えてくれたルキアに、ゴクウは抱きついた。子犬のようにじゃれつくのは、いつものこと。だが、今日はずっと力がこもっていた。
「……ゴクウ、どうしたの?」
「うぅん、なんでもない」
慌てたようにゴクウは手を放し、今回の訪問の目的を告げた。
「……ふ〜ん、芸術祭か……」
お茶を飲みながら、ルキアは繰り返す。ただ、その目が好奇心に駆られているのを、誰も見逃さなかった。
「それでね、ルキアにも是非、参加して欲しいんだ」
ゴクウはメグを見た。赤くなってうつむくメグを、カスミは頑張ってと促す。
「ルキアさん、私と一緒にお芝居をやって欲しいの!」
唐突なお願いに、ルキアは動じることなく質問した。
「お芝居はなにをやるんだ?」
「『ロミオとジュリエット』っていう話で、あ、これが台本ね」
「あぁ、ミルイヒの書いたあれね……」
台本をめくって、配役を見たルキアはプッと吹きだした。
「フリックがマキューシオで、ビクトールがティボルトって、凄いね、この配役」
「勝手に決められてたんだ!」
二人は声を揃えて叫ぶ。
「脚本と配役は、アップルとエミリアに任せたんだ。演劇は、一等、力入れてるからね。血糊まで使うんだよ」
「へぇ、それは本格的だな。……あぁ、それで、フリックはともかく、ビクトールも芝居組に入ってる訳か」
「……ルキア、それはどういう意味だ」
「ヒ・ミ・ツ」
にっこりと笑って、ルキアはウィンクした。ガックリと肩を落とすビクトール。
「……ジュリエット役は、メグに決まったんだね。それで、私にロミオ役をやって欲しい、と」
「うん。……ダメ? ルキアさん……」
怖ず怖ずと尋ねたメグを、ルキアは真っ直ぐに見つめた。その、吸いこまれそうに深い瞳で。
「メグ、これ、キスシーンがあるけど……?」
「……う、うん、知ってる……」
「しても良いのか?」
見つめられて、メグの胸の奥は熱くなってきた。
(どうして、この人に見つめられると、泣きたくなっちゃうんだろう……)
あふれそうな想いを堪えて、メグも真っ直ぐにルキアを見つめ返した。
「良いよ。………このお芝居の中だけで良いから、私の恋人になって」
メグの大胆な発言に、顔を赤らめる者、聞こえない振りをする者、微笑ましそうに見つめる者、様々。
「うん、わかった」
ルキアはにっこりと笑った。

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