バラ園にはちょっとした広場もあって、オープンカフェのように、丸テーブルと椅子が並んでいた。
「そういえば、あの二人もグレッグミンスター出身だって言ってたから、ルキア、知ってるんじゃないかな……?」
その場所だけ、他とは異質な雰囲気を醸し出している場所を示してゴクウは言った。
「あぁ。片方には解放軍にも参加してもらってたよ」
良くいえば優雅な貴族趣味をこよなく愛する二人が、ルキアを見つけて、驚いたように席を立った。
「ルキア! ルキアじゃないですか!」
「久しぶり、ヴァンサン」
「トランに戻ったとは聞いていましたが、あなたがいなくなったとき、私がどれだけ悲しんだことか」
「ごめん」
二人は友情を確かめるように抱きあって、軽く肩を叩いた。
「シモーヌ、我が心の友、ルキアはご存じか?」
「もちろんだ、ヴァンサン。元帝国貴族にマクドール家を知らぬ者などいようか。……久しぶりだね。元気そうでなによりだよ、ルキア」
シモーヌはルキアと握手した。
「ありがと。シモーヌも元気そうだね。最後に会ったのは誰のパーティだったかな……」
「我らが心の友、ミルイヒのパーティだったよ。あのあと、私は遊学の旅に出て、それからまもなくして戦争が始まったんだ」
「あぁ、そうだったな」
「ルキア、再会を祝して、ティータイムといかないかい? 美味しい茶葉が手に入ったんだよ」
ヴァンサンの申し出に、ルキアは残念そうに首を振った。
「ごめん、ヴァンサン。いま、ゴクウにこの城を案内してもらってる途中なんだ。お茶会は、次の機会にしてくれないかな」
「そうか……。とても残念だが、そういうことなら仕方ないね。でも、次はきっとだよ」
「あぁ、わかった」
バラ園をあとにしたところで、いままで呆気にとられていたゴクウはルキアに訊いた。
「……ねぇ、赤月帝国の貴族って、みんな、あんなだったの?」
ルキアは悪戯っぽく笑う。
「彼らは特別だよ」
4階から5階へ向かう階段を上りかけて、ルキアは足を止めた。
「どうしたの、ルキア……?」
「あの扉の向こうは?」
「一応、テラスになってるよ。屋上からの眺めには負けるけどね。見ていく?」
「あぁ。……知った気配がする」
テラスには、黒くわだかまる影のように一人の騎士が立っていた。
「やっぱり、ペシュメルガだ」
「彼もトランの解放戦争に参加してたんだ……?」
ゴクウの言葉に頷いて、ルキアはペシュメルガの前に立った。
「やぁ、久しぶり」
「ルキアか……」
「………ユーバーがハイランドにいるんだってな」
「あぁ」
「ネクロードもつるんでるらしいって、本当?」
「さぁな。だが、有り得んことではない」
「………そうだね」
「…………お前が、この戦争に首を突っこむとはな」
「冗談。この城に遊びに来ただけさ」
「フッ、それこそ冗談だ。この城に来た時点で、傍観者ではいられない」
「それって、予言?」
「真理だ」
ルキアは肩をすくめると、ふっと眼差しを真剣なものへと改めた。
「……?」
なにか言いかけて躊躇う素振りに訝るものの、ペシュメルガはルキアの言葉を待つ。
「…………。伝言が、あるんだ………。……これの、前の、持ち主から…………」
右手がそっと腕に触れる。ルキアの頬に手を添えて、ペシュメルガは仰のかせた。
「それは、お前の瞳がゆれることがなくなったら、聞く。お前の知りたいことも、その時に話してやろう」
ルキアは泣き笑いの表情で、ペシュメルガを見つめる。
「そんな時ってくるのかな?」
「くる」
「それも、真理?」
「預言だ」
ほぅ、と大きく息を吐き出すと、ルキアはゴクウを促してその場をあとにした。
「ペシュメルガがあんなに喋ってるの、初めて見たよ」
触れてはならないことを察したゴクウは別の話題を取りあげた。
「そうかい……? でも、肝心なことは、私も教えてもらったことがないよ」
「謎が多いよね、彼」
「あぁ」
二人は5階へ向かった。
「そっちに行くと俺の部屋で、屋上へはこっちの階段になる。眺めは最高だよ」
ゴクウはルキアを屋上へ案内した。
「これは………」
屋上に出て、ルキアは目の前に広がるパノラマに圧倒される。
「でね、さらに上に行けるんだ」
ゴクウは屋根に取り付けられた梯子を登っていった。ルキアもあとに続く。
「此処からの眺めが、俺の一等お気に入り」
「あぁ、これは壮観だ……」
デュナンの湖面が陽を浴びてキラキラと輝いている。果てないように広がる湖面と、青い空はとても美しい。
「キュオオォーン!!」
突然、獣の鳴き声と強い羽ばたきの音が聞こえた。
「あ、帰ってきた」
「え……?」
グリフォンが屋上の屋根に優雅に舞い降りた。突然、現れたモンスターとそれを仲良さげに迎えるゴクウに、ルキアは目を瞠る。
しかもグリフォンの背には、なにやら茶色の丸っこいものがしがみついていた。
「フェザー、ムクムク、お帰り!」
「キュオーン!」
「ムムー!」
グリフォンの背から、ゴクウの肩へ飛び移ったのは、赤いマントを羽織ったムササビだった。
「ルキア、紹介するね。このムササビは、俺の幼馴染みのムクムク。それから、グリフォンは森の村で知り合ったフェザー。二匹(ふたり)とも108星の仲間なんだよ」
「…………。は……?」
ルキアの間の抜けた声に気づかずに、ゴクウはムクムクの頭を撫でまわす。
「フェザー、ムクムク、こちらはルキア。俺の友達だよ」
「キュオォ」
「ム、ムムー」
「動物は、他にも狼犬とユニコーンがいるんだ」
「…………あ、そう……」
軽い眩暈を覚えながら、ルキアは頷く。
(あの女、ほんとに大丈夫か……!?)
だが、内心の呟きは完璧に隠して、ルキアはムクムクに指を差しだした。実を言うと、その丸々した姿にかなり惹かれていたりもする。
「よろしく、ムクムク」
ムクムクはすぐにその意図を理解して、ちっちゃな両手でルキアの指を握った。
屋上を降りた二人は、西棟の3階へやってきた。
「こっちの棟は、みんなの個室が集まってるよ」
「掃除が行き届いてるね」
「此処に避難してきた人たちに、やってもらってるんだ。家事関係は、女の人が一等、効率よくやってくれるよね」
談話室には、フッチとハンフリーがいた。子供たちが珍しがるので、いつも部屋に閉じこめているブライトを少し出してあげているらしい。
「クァア……?」
ブライトが真っ先に、ゴクウとルキアがやってきたことに気がついた。
「どうしたんだい、ブライト? ……ルキアさん……!?」
「お願いして、来てもらったよ」
ゴクウがフッチにそう説明する。
「久しぶり」
「お久しぶりです。こんなところで会えるなんて………」
フッチは少し涙ぐんだ。
「本当にフッチは大人っぽくなったな。初めて会ったときなんて、あんなにやんちゃ小僧だったのに」
「そうなの!?」
「え、いや、あの時は……」
ニヤニヤと笑うルキアに、フッチは慌てる。
「もう呼び捨てにしてくれないのか?」
「………フッチが、呼び捨て……」
「うわぁ、やめてください〜」
「タメ口だったのに」
「しかも、タメ口……」
「勘弁してください〜」
顔を真っ赤にして、慌てふためくフッチ。
「意外。フッチもこんなに可愛いとこあったんだ」
「そんなこと言われても嬉しくありません」
ゴクウとフッチをルキアは微笑ましく眺めて、同じように二人を眺めていたハンフリーを見上げた。
「やぁ、変わりはなさそうだね」
「はい……。久しぶりです…………」
「フッチの成長ぶりは、お前の影響が大きいのかな」
「それは、フッチの努力の賜物でしょう………」
「………ふふ、じゃあ、そういうことにしておくよ」
「そうだ、ルキアさん。この子が、僕の新しいパートナーのブライトです」
フッチがブライトを抱き上げて、ルキアに紹介した。
「こいつが噂の竜の子なんだ」
「クアァ!」
人懐っこそうな大きな目で見上げて、ブライトは一声鳴いた。ルキアが頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を閉じる。
「………でも、まだはっきりそうとわかったわけでもなくて………」
「……そっか……。見習い竜騎士の子たちが、そいつが竜だとわかったらすぐに帰ってこいよなって言ってたよ」
「みんなが………」
フッチは懐かしそうに呟く。
「向こうはみんな変わりないよ」
やはり大人びた表情で、フッチは笑った。
「ルキア殿ではないですかぁー!!」
2階に降りてきたところで、老騎士が物凄い勢いで駆けよってきた。
「久しぶり、マクシミリアン。元気そうだね」
「まだまだ若い者には負けませんぞ」
「サンチョが心配してたよ」
「おぉ、サンチョに会われましたか。久々に休暇を与えたところでした。ですが、騎士たる者に休暇など言ってはおれません。正義のために戦い続けるのみでありますぞ。では、私はこれより兵の教練がありますので、失礼」
そして、また怒濤の勢いで階段を下りていった。
「…………相変わらずだなぁ」
ルキアは苦笑してそれを見送る。
「……最初に声をかけられたとき、正直、大丈夫かなぁって思ったんだ、実は」
申し訳なさそうにゴクウは頬をかく。
「あはは、その気持ちはよくわかるよ。……でも、なかなか侮れないだろ……?」
「うん。騎兵の統率が上手くてビックリした。マイクロトフたちも勉強になるって言ってたもん」
「ずっと騎士一筋で、あの歳まで生きてきたんだから、やっぱりそれ相応の実力があるんだよ」
「そうなんだよね。……あれで、余計な話をしなければもっと良いんだけど……」
二人は顔を見あわせて笑った。
西棟の1階に二人は降りてきた。
「そこが医務室。で、此処の談話室で探偵が看板出してるんだけど、今日はいないなぁ」
「リッチモンドさんなら、依頼が入ったから調査に出かけたようだよ」
談話室の椅子に腰かけていたタキが教えてくれた。
「そっか……。あ、お婆ちゃん、紹介するよ、こちら……」
「ふふふ、トランの英雄のルキア・マクドールさんだろう」
「…………お婆ちゃん、いつも思うんだけど、そういう情報、どっから仕入れてくるの?」
「それは秘密さ、坊や」
悪戯っ子のようにタキに微笑まれ、ゴクウは肩をすくめた。
「ルキア、こちらは情報通のタキお婆ちゃん。その情報源は俺にも不明だよ」
「お初にお目にかかる、ルキア・マクドールだ」
ルキアは椅子にすわる老婦人に、腰を折って完璧な挨拶をした。
隣りに立つゴクウは目を瞠る。いままで、気さくな態度で接してもらっていたので忘れかけていたが、彼は家名持ちの紛れもない貴族なのだということを改めて思い知る。そして、何人か紹介してきたが、ルキアがこれほどまでにきちんとした挨拶をしたのは、タキが初めてだった。
(………負けてられないや……)
タキはにっこりと笑っていた。
「おやまぁ、こんな庶民のお婆ちゃんにそんな大袈裟な挨拶をしないでおくれよ」
そう言いながら、タキは立ち上がる。
「お気遣いなく。私が、そうしたかっただけなので」
「でも、せっかく完璧な挨拶をしてもらったことだし、帝国貴族のように優雅には行かないだろうけど、私もマクドール家のお坊ちゃまにちゃんと挨拶しておこうかね」
タキはスカートを軽くつまんで、腰を折った。
「トゥーリバー市国のタキです」
その仕草はルキアの目から見ても充分に通用するものだった。
「お婆ちゃん、貴族だったの?」
ゴクウの言葉に、タキは笑った。
「まさか。旦那様が商人だったからね、貴族との交流もあったんだよ。これはその時、覚えたものさ」
「へぇ……」
そういえば、タキはかなりの資産家だという話を聞いた覚えがある。
「とても綺麗な仕草だったよ」
「おや、嬉しいねぇ」
ルキアは手を貸して、タキを椅子にすわらせた。
「…………。ルキアが女の子にもてるわけ、なんとなくわかった気がする……」
ゴクウがあまりにもしみじみというので、ルキアとタキは声をあげて笑った。
「賭博場は、この大部屋にあるんだ」
階段を下りた左手にあるドアをゴクウは開けた。広い部屋の奥で、男たちがたむろっており、威勢の良い声が聞こえた。
「さぁ、次はどいつが相手だ?」
真ん中ですわっているシロウが、三つの賽子を片手で投げてはつかんでいる。その隣りに、タイ・ホーがいた。
「やっぱり、此処だったね、タイ・ホー」
「お、ゴクウ。お前も一山当てに来たのか?」
「………俺は遠慮しとくよ」
ついこの前、大負けしてナナミに大目玉を食らったばかりだ。
「久しぶり、タイ・ホー。調子はどうだい?」
「よぉ、ルキア!! 久しぶりだなぁ。……そうだ、ちょいとこいつに目にもの見せてやってくれよ。いっつも一人で勝ち逃げしやがるんだ」
タイ・ホーはシロウを指差した。
「てめぇが弱すぎんだろ」
シロウはタイ・ホーの指を邪慳に払い、ジロリとルキアを睨めつけた。
「おめぇがルキアか?」
「あぁ」
「トランじゃあ、ずいぶん調子に乗ってたみたいだが、ガスパーみたいな弱っちいオヤジに勝ってたからって、良い気になるなよ」
ゴクウはハラハラとシロウとルキアを見比べる。タイ・ホーはニヤニヤと笑いながら、ルキアの腕を引っ張ってすわらせた。ルキアもうっすらといつものように微笑を浮かべたまま、抵抗なくタイ・ホーの隣りに腰を落ち着かせた。
「で、いくら賭ける?」
「ルキア、あん時みたいにどーんと張れよ」
やる気満々の男二人に、ルキアは軽く肩をすくめた。
「じゃあ、5,000ポッチ」
おぉ〜!、とギャラリーからどよめきの声が上がる。
「ル、ルキア、大丈夫……??」
「なんとかなるだろ」
心配そうに声をかけるゴクウに、ルキアはにこりと笑った。
「さぁ! トラン最強の悪運の持ち主・ルキアと、デュナン梁山城のイカサマ賭博師・シロウのちんちろりん勝負! どっちに賭ける!?」
タイ・ホーの一声に、ギャラリーは二人の勝敗の行方を賭けだした。
「………よく、あの軍師が此処を許可したね」
「あはは……」
ルキアの呆れた言葉に、ゴクウは乾いた笑いを返した。
「所場代はちゃんと払ってるぜ」
問いに答えたのはシロウだった。
「待たせたな。……七三で、シロウ有利と出た」
「ふぅん」
ゴクウには、ルキアの声がとても剣呑に聞こえる。
「んじゃま、いっちょ、始めるか」
手の中で賽子を鳴らし、シロウはルキアを見た。
「まずは、俺からだ」
「どうぞ」
シロウは無造作に、茶碗の中に賽子を投げ入れた。みんなが固唾を呑んで見守る中、チリリンと音を立てて賽子は転がる。
「……一……一……おぉ、いきなり、シロウ、三倍払いか!?」
「バァカ、俺がそんなヘマするかよ」
三つ目の賽子の出した目は、五。
「うおぉ〜……!」
「五だ!」
「あの坊主、大丈夫か!?」
ギャラリーは大喝采。
「ル、ルキア〜」
ゴクウは絶望的にルキアを見つめた。
「へぇ、確かにガスパーよりは手強そうだ」
小面憎いほどに取り澄ました表情に、シロウは眦をつり上げた。
「坊主、泣きを見るぜ」
「タイ・ホーの説明、聞いてたか? トラン最強の悪運の持ち主なんだよ」
「ヘッ、言ってろよ」
ルキアは茶碗の中の賽子を握りしめた。シロウに目線を据えたまま、賽子を軽く放り投げ、パシッとつかむ。
「じゃあ、私の番だ」
ルキアは賽子を投じた。

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