チリリン、と賽子が茶碗の中で踊る。
「…………」
出た目に、一同、言葉も出ない。
「五の嵐だから、三倍返し、だよな」
ルキアのよく通る声が、時間を動かす。
「はっはっは! さすがだぜ、ルキア!」
タイ・ホーがルキアとシロウの背中を大笑いしながら叩いた。勝負の行方を見守っていた男たちも、拍手喝采を送った。
「イカサマだー!! こんなの、認められるかぁ!!!」
シロウが吼える。
「お前の賽子だ。どうイカサマできると?」
「グウゥ〜〜」
物凄い形相で、シロウは歯噛みしている。
「ルキア、凄い!!!」
ゴクウは先ほどまでとはうって変わって、ひたすらに尊敬の眼差し。
「ま、運が良かったね」
「シロウ、賽子の目は嘘は吐かねぇぜ。観念して、15,000ポッチ、出してやんな」
タイ・ホーに言われて、渋々、シロウは懐からお金を出してルキアに渡した。遠慮なく、ルキアは受け取って財布にしまう。
「おぅ、おめぇ、もう一勝負しろや」
「また今度な」
「勝ち逃げする気か!?」
「ゴクウに此処を案内してもらってる途中なんだよ。しばらく、此処にいることになりそうだから、お望みならまた寄るよ」
「あったりめぇだ! このままで済むと思うなよ……!」
ルキアはそれに軽く手を振って、横にすわってるタイ・ホーを促した。
「ちょっと、良いか?」
配当金を配り終えてホクホク顔のタイ・ホーは、ルキアのあとについて賭場とは反対側の奥へ向かった。止められなかったので、ゴクウもそのあとについていく。
「キンバリーから伝言があるんだけど」
「うげ……!」
タイ・ホーは不味い物を無理矢理飲みこんだみたいな顔になる。ルキアは構わずに続けた。
「お前が黙っていなくなった怒りは、全部、私にぶちまけられたんだから、ちょっとは感謝して欲しいくらいだ」
「…………すまねぇ………」
「その時の酒代は、お前のツケになってるからよろしく」
「………え……?」
「それでチャラにしてやるよってさ」
引きつる頬をさすって、タイ・ホーはルキアに顔を寄せた。
「い、いくらになった……?」
キンバリーがザルなのはもちろん、ルキアが底無しなのもタイ・ホーはよく知っている。
「聞きたいか?」
ニィッとルキアは口の端を上げた。音を立ててタイ・ホーの血の気が引く。
「………酒蔵、空にはしてねぇよな!?」
「あすこの酒蔵はでかいから、それは無理だったな」
ホッとタイ・ホーが安堵しかけたのは、一瞬のこと。
「半分、空けるのが精一杯だったよ」
無情なルキアの一言に、へなへなと腰が砕ける。
(今日の儲けが…………)
床に直接すわりこんだタイ・ホーに目線をあわせるように、ルキアはしゃがんだ。
「それから、ろくでもない女に引っかかってたりしたら、承知しないよって」
「……おう……」
「クン・トーからもあるんだけど、大丈夫か?」
「あぁ、まとめて聞いておく」
「ヤム・クーにも伝えてあるけど、取引をこっちにまわせってさ。デュナン河のルートが、完全にトラン主導で使えるようになったから、ゴードンばかりに任せておけないらしいな。アンジーが凄い乗り気だった」
「…………。ヘッ、そういうことなら、上手い話があるぜ。任せときな」
「あぁ、頼んだよ」
すぐさま頭を切り換えられるのも、タイ・ホーの良いところである。活き活きとした表情で、大部屋を出ていった。
ゴクウは戦いを率いていくのが精一杯で、経済運営その他諸々の雑務はシュウ以下に任せっぱなしである。シュウやクラウスについて勉強してはいるものの、性に合わないとつくづく思い知らされる。ただ、ルキアがこうして話を聞かせてくれたということは、それなりの意味があるのだとはわかった。
(………商取引はトランに牛耳られたってこと………)
交易商だったシュウには、承知の上のことだろう。だが、なにか重い物にのしかかられた気分になって、ゴクウは大きく息を吐き出した。そんなゴクウを見るルキアの眼差しは優しい。
「これが、他国から力を借りるということだよ、ゴクウ」
「う、うん……」
「そして、傾いたバランスを取り戻すのは、戦争が終わってからだ」
「わかった」
力強くゴクウは頷いた。
「此処が道場だよ」
道場は訓練の真っ最中だった。ゴクウの声が思いの外よく通り、そこにいた全員が思わずそちらに目を向けた。
「あ、邪魔してごめん。続けて………」
ゴクウが言い終わらないうちに、道場での教練担当者だったカスミが小さく悲鳴を洩らした。
「ル、ルキア様……!」
にこりとルキアは笑った。カスミは弾かれたようにルキアに駆けよった。
「ルキア様………」
それきり、カスミは声を詰まらせる。
「遊びに来たよ」
ルキアに穏やかに微笑まれて、カスミはぽろぽろと涙を零した。
「どうして泣くのさ? ついこないだ、会ったばかりだろ……?」
「……で、でも……」
カスミはそれ以上、言葉にできない。ちょっと困ったような表情をして、ルキアはカスミの肩に手を置いた。
「しばらく、此処にいるつもりだから……」
そっとささやくと、カスミは腕の中で頷いて涙を拭った。ルキアはカスミの頭越しにちらりと道場に視線を走らせる。
(……さっきから、すっごく痛い視線があるんだが………)
視線の主は、忍び服を着た少年だった。顔を真っ赤にして怒りも露わに、ルキアを睨みつけている。カスミに憧れとも恋心ともつかぬ想いを抱いている、同郷の少年なのだろうか。
また、胸の奥底に仕舞ったはずの想いが、悲鳴にも似た痛みで気持ちをかき乱そうとする。カスミの髪に顔を隠して、ルキアはきつくきつく目を閉じた。
(……あぁ、いつか、彼女は私の知らない男と恋に落ちるんだ………)
「……ルキア様……?」
名残惜しかったが、カスミの気遣わしげな声で、ルキアは離れた。
「また、あとでね」
その声が、表情が、とても儚く見えて、思わずカスミは手を伸ばした。
「………うん、大丈夫だよ」
少年には見えないようにルキアは身体を軽く曲げて、涙に濡れたカスミの指先に軽く口づけると、ゴクウと一緒に道場をあとにした。
道場から外へ出た二人は、中庭を通り、城の壁にくっつくようにして建っている大きな建物へ向かった。
「これは図書館だよ」
「ずいぶん、立派だなぁ……」
感心したようにルキアは建物を見上げた。
中に入ると、石造りの建物独特のひんやりした空気と、本特有の紙の匂いがする。立ち並ぶ背の高い書架には、隙間なく本が収められ、所々に設けられた机は、利用者でほぼ埋まっていた。
「こまめに集めてはいるんだけど、それでもやっぱり、かなりの本が焼けちゃって………」
ささやくようにゴクウは説明する。
「いや、戦時下でこれだけ集められれば大したものだと思うよ」
ルキアも同じようにささやき声を返した。
司書室をゴクウはノックした。中から返事が返る。
「こんにちは、ゴクウさん。なにかお探しですか?」
司書のエミリアが愛想良く言った。
「うぅん、今日は友達を案内してるところなんだ。こちら、ルキア」
「よろしく」
「初めまして」
ゴクウは司書室を見渡して、首を傾げた。
「エミリア、今日、テンプルトンは?」
司書室の半分を紙の束で占領している張本人の姿がない。
「朝から測量に出ているの。もう、戻ってくる頃よ」
エミリアが言い終わったのとほぼ同時で、司書室に筒状に巻いた紙の束を抱えた少年が入ってきた。
「ただいま、エミリア」
「お帰りなさい、テンプルトン。ゴクウさんのお友達で、ルキアさんという方が見えてるわよ」
バサバサッと紙の束がテンプルトンの手から滑り落ちた。
「久しぶり、テンプルトン」
「ルキア!」
紙の束を飛び越えて、テンプルトンはルキアに抱きついた。
「久しぶり! てっきり旅先で会えるかと思ってたのに、ルキア、何処に行ってたんだ?」
「南のほうだよ。カナカンとか、群島諸国とか」
「反対方向じゃあ、会えるわけないか。カナカンはどうだった? 良いところだろ?」
「あぁ。テンプルトンの言ってた通りだったな」
名前しか聞いたことのない国や街のことを話す二人の少年は、活き活きとしていて、エミリアはちょっと羨ましくなった。
(共通の話題があるのって良いなぁ………)
押しの強いテンプルトンに翻弄されて、いまではすっかり自分のほうが逆上せあがってるみたいだ、とエミリアは軽く息を吐き出した。
「そうだ、クロンから伝言があるよ」
「クロンから? もしかして、測量が終わったって?」
「あぁ、近いうちに地図の作製にはいるってさ。それで、一日でも良いから、こっちにこれないかなって」
「そうなんだ。……僕も一度、トランに戻りたいところなんだけど……」
二人はじっとゴクウを見た。
「……ぜ、善処します」
ゴクウは乾いた笑いを返した。
傾きだした日射しは弱くなりつつも、まだ日中の暑さは和らぎそうになかった。
「こういうときは、エールでも一杯ひっかけたいところだな」
「酒場ももちろんあるよ。そこの右の建物がそう。2階は宿屋と道具屋。左は倉庫で、この道が1階ホールに続いてるんだ」
ゴクウの説明を聞いていたルキアは、酒場の前にある広場から知った声が聞こえて振り向いた。
「ルキア! 久しぶりだな!」
「シーナ」
走り寄ってきたシーナとルキアはしっかりと抱きあって、互いの背中を叩きあう。
「トランに戻ってたのは聞いてたけどよ。此処に来るなんて思わなかったぜ」
「ゴクウにほだされてさ」
「みんなには会ったか?」
「あぁ、ずっとゴクウに城を案内してもらってたからね。此処に来てまだ会ってないのは、あとはフリックとビクトールだけだ」
「あいつらならそこさ」
シーナは親指で酒場を指した。
二人の会話が途切れたところで、ゴクウはボルガンと遊んでいたピリカを呼んだ。
「ルキア、前に話したよね。紋章が祀ってあった祠へ連れていってくれた子のこと」
「あぁ、覚えてる」
「この子がそうだよ。ピリカっていうんだ。ピリカ、この人は、トランから来たルキア」
首から小さな石版を提げたピリカを、ルキアは見つめた。
(………この子は………)
ピリカもルキアをじっと見つめていたが、やがて石版に文字を書き始めた。
『はじめまして、ルキアさま』
表に向けられた石版には、辿々しくそう綴られていた。そして、ピリカは両手でスカートを軽くつまんで、膝を曲げた。
「ピ、ピリカ!?」
ゴクウが素っ頓狂な声をあげ、シーナは軽く口笛を吹いた。
ピリカの仕草は、正式な礼ではなかったけれど、ルキアにはその意図がよくわかったのでやんわりと笑った。片膝をついて、目線をピリカに合わせる。
「初めまして、いとけき巫女姫」
恭しくピリカの右手を取ると、ルキアはその甲に口づけた。にっこりと、顔を見あわせて二人は笑った。
「………ルキア、それは犯罪だぜ」
「なに馬鹿なこと言ってるんだ。ちゃんと礼をされたら、こちらも同じように返すのが礼儀だろう」
立ち上がりながら、ルキアは膝についた土を軽く叩いて落とす。
「……それとも、シーナ、お前もして欲しいとか?」
冗談とも本気ともつかない笑顔で言われて、シーナは慌てる。
「いや、俺が悪かった。お前の言うとおりだよな」
此処で、冗談でも肯定する度胸があれば、シーナももてるようになるのに、とルキアは思うが口に出しては言わない。
「ルキア、酒場のほうはまだなんだろ。早く行こうぜ。此処のママが美人なんだよ」
この移り気なところもなければね、と思いながら、ルキアはピリカに手を振って、酒場へ向かった。
シーナも加わって、三人で酒場に入った。
「此処のママは、レオナっていうんだ。とても綺麗で、頼れるお姉さんって感じの人。都市同盟の傭兵隊だった頃から、ビクトールやフリックは付き合いがあるみたいだよ」
カウンターにレオナはいた。
「おや、ゴクウ、いらっしゃい」
「俺もいるよ、レオナさん」
ゴクウの後ろで締まりのない顔で笑うシーナに、レオナはちょっと呆れたような視線を向けて付け足した。
「……いらっしゃい、放蕩息子」
ゴクウとルキアが吹き出し、シーナはガックリと肩を落とした。
「レオナ、紹介するね。こちら、トランから来たルキア」
「初めまして」
ルキアは軽く頭を下げた。
「へぇ、あんたがトランの英雄かい。よろしく。私は此処を仕切ってるレオナ」
「レオナ、ルキアのこと、知ってるの?」
「あぁ、ビクトールたちから話には聞いてたよ。まさか会えるなんて思いもしなかったけど」
「………その、ビクトールたちは?」
ルキアに訊かれて、レオナは煙管で酒場の一角を指した。
「あそこで、鳩が豆鉄砲喰らったような顔して耄けてるよ」
振り向くと、ビクトールとフリックがグラスを手にしたまま固まって、こちらを見ている。
「……しょうのない奴らだな……」
呆れたように肩をすくめて、ルキアは二人のいるテーブルへ向かった。
その背を見送って、レオナはゴクウに声をかけた。
「よく、来てもらえたね」
「押しの強さが売りだから」
ゴクウはにっこりと笑う。
「……あれは、一筋縄じゃ行かない男だよ」
「…………うん、そのことは、今日一日、身を持って体験したところ」
「『友達』でいる間は、害はないぜ」
「それ、どういう意味?」
シーナは意味ありげに笑った。
「御し得ようなんて思うな、っていうことさ」
「俺はそんなつもりは………」
「わかってる。……シュウに釘差しとけってことだよ」
「………わかった……」
神妙にゴクウは頷いた。
「レオナさん、今日は忙しくなるぜ」
「……まったく、男どもときたら、なにかしら口実つけて飲みたがるんだから」
ぼやくレオナに笑って、シーナはゴクウの肩を叩いた。
「俺たちも行こうぜ、ゴクウ」
「うん……!」
「ゴクウ、あんたは程々にしておきなよ!」
追いかけるレオナの声に、ゴクウは軽く手を振って答えた。
「遊びに来たよ」
にこりと、ルキアはビクトールとフリックに微笑んだ。
「……お、おぅ、よく来たな」
「すわれよ、ルキア」
二人の間の椅子にルキアは腰を下ろした。ビクトールが通りかかったウェイトレスにグラスの追加を頼む。
「いつ、こっちへ?」
「昼過ぎ。ずっとゴクウに城を案内してもらってたんだ」
「あぁ、それで、女の子たちが騒がしかったのか」
「………泣かれて困ったよ」
ルキアは苦笑する。新しいグラスを受け取って、ビクトールにエールを注いでもらった。
「良いじゃねぇか。俺たちは怒られまくったぜ」
「ま、人徳の差ってやつじゃないの」
口調に反して、つり上がった眦。この件に関しては、ルキアにも二人を怒る権利はあった。
「…………俺が、悪うございました」
ビクトールは深々と頭を下げる。怒ったルキアほど、手に負えないものはない。
「……わかってるなら良いよ」
あっさりとルキアは許した。だが、ビクトールがホッとしたのも束の間。
「今度、カナカンのヴィンテージワイン、奢ってくれるよな……?」
依頼口調の恐喝。
ビクトールはますます頭を下げ、フリックは二人を見比べて溜め息を吐いた。
その後、シーナとゴクウが加わり、他のメンバーも合流して、明け方近くまで大宴会となった。
『門の紋章戦争』に参加した者だけでなく、ルキアと初対面の者も大いに飲み騒ぎ、翌日、二日酔いにならなかった男はほとんどいなかった。元気だったのは、宿直等の仕事や、もともと酒が好きではないため参加しなかった者たちと女性陣、飲酒年齢に達していない未成年者、そして、最後までバカ騒ぎに付き合っていたはずのルキアのみ。
シュウは額に青筋を浮かべて、本日は公休にすることを告げたのだった。
END
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