想いを、時間を止めた花にして・・・



 麗らかな陽気のティータイム。
 レストランにやってきたメグは、ミンミンに注文を頼んだついでにおしゃべりを楽しむ。ほどなくできあがった注文の品を自分で持ってお気に入りのテラス席へと向かった。
「……あれは………」
 お決まりのテラス席には、おしゃべり仲間のビッキーがいた。
「う〜ん、どうしよう……?」
 首を右に傾けたり、左に傾けたり。能天気が売りのビッキーにしては、珍しいこと。でも、目の前に置かれた、クリームブリュレのオレンジソースがけは、ちゃんと口に運んでいる。
 少し迷ったが、メグは声をかけた。
「ビッキー、此処、すわっても良い?」
「あ、メグちゃん。どうぞ、すわって」
 ビッキーはすぐに顔を上げてにこりと笑った。
 スパイシーチキンのホットサンドに、グリーンサラダ、ドリンクはエスプレッソのセットを載せたトレイを置いて、メグは向かい側にすわった。
「メグちゃん、いっぱい食べるね」
「実は、お昼ぬきだったの。もう、お腹ペコペコ」
 メグはアツアツのホットサンドを頬ばった。
 ゆるやかに波を描く、長い髪を飾る紅いリボン。ちっちゃな傷がいっぱいの両手。なにかを生み出すアイデアと器用さがある人が羨ましい。ビッキーはいつのまにか溜め息を吐いていた。
「……ビッキー。なにか悩み事でもあるの? 眉間にシワがよってるよ」
 ビッキーの溜め息を聞きとめて、メグが訊いた。ビッキーは思わず、眉間に手をやってもみほぐす。
「うん、実はね、ルックさんにお礼をあげるとしたら、なにが良いかなぁって考えてたの」
 パクッとホットサンドにかぶりついたまま、メグはビッキーの胸許にさがっている指輪に目を留めた。
 いったいどうお願いしたら、あのルックからこれを買ってもらえたのか。メグはニナと一緒になって、かなりしつこく問い質したのだが、ビッキーはとうとう口を割らなかった。「エヘヘ」と笑うだけで、答えてくれない。ルック本人に訊く勇気もなく、いまやこの指輪は梁山(リアンシャン)城の七不思議に数えられている。
 メグはかぶりついていたホットサンドをお腹におさめた。
「なにか候補はあるの?」
「最初は、手作りのお菓子でもどうかなぁって思ったんだけど」
「そ、それは止めておいたほうが………」
 思わずメグの顔がひきつる。ビッキーは、『味のピカレスクロマン』と呼ばれるナナミと、タメをはる味オンチである。
「そうだよねぇ。ルックさんは、なんでも不味そうに食べる人だもんね」
「そうだよ」
 メグの相槌に力が入る。キョトン、とビッキーはメグを見つめた。メグは慌ててサラダを口に入れて誤魔化す。
「そうだ、ビッキー、ルックのお礼さ、本はどう?」
「本……?」
「からくりの勉強で、私、図書館に行くことがあるんだけど、ルックをよく見かけるから。こーんな分厚い本を読んでるよ。たぶん、紋章術の専門書だと思うんだけど」
「そっか、本ね」
 それはなかなか良いアイデアに思えた。
 ビッキーは残っていたお茶を飲み干し席を立った。
「メグちゃん、ありがと。お礼は本にするよ」
「うん、それが良いよ」
「じゃあ、私、行くね」
「いってらっしゃい」
 ビッキーが軽い足取りでレストランを出るのを見送って、メグもよし、と気合いを入れる。
「私も頑張らなくちゃ」
 ホットサンドセットをきれいに平らげて、メグはまた自室へ戻った。
「充電完了!」
 元気いっぱいで帰ってきたメグを、からくり丸が出迎えた。
「オ帰リナサイ、めぐ。準備ハデキマシタ」
「ありがと、からくり丸」
 机の上には、赤と緑の紙を細長く切った物が何枚も用意されていた。
「あとはこれを作ったら、できあがりだね」
「長イ道ノリデシタ」
 深々と溜め息を吐かれながら言われて、メグは頬を膨らませる。
「からくり丸……!」
「デモ、るきあハキット喜ンデクレルト思イマス」
「ほんと? からくり丸もそう思う?」
「ハイ」
 たちどころに、メグの機嫌は直る。
「ふふ、そうだと良いな」
 メグは机に向かい、作業を始めた。
 思いがけずもらったリボンのお礼と、いまの自分の想いを、一心に形にした。


 数日後。
「できたー!!」
 両手を突き上げて、メグは歓声を上げた。
 机の上には、木でできた立方体の形をした物が鎮座している。両手に載るくらいの大きさのそれは、どの面にもきれいな幾何学模様が彫り込まれ、ニスを使ってピカピカに磨き上げられていた。
「らっぴんぐハシナイノデスカ?」
「しないよ。だって、これがリボンをかけた箱の代わりなんだもん。………まぁ、当初の予定と大幅に違って、こんなになっちゃったけど」
 からくり丸は沈黙する。
 最初、メグは自分の腕も省みず、凄い物ばかり作り出そうと無謀なことをしていた。城ごと吹っ飛びかねない、と危惧したからくり丸が、何度目かの失敗のあと、大掛かりな物だけがからくりじゃない、と懇々とメグを諭して、お礼はいまの形の物になったのである。
(………本当ニ、ドウナルコトカト思イマシタ………)
 こっそり溜め息を吐いて、からくり丸はメグを見上げる。
「るきあハ、イマコノ城ニ来テイルソウデスヨ」
「…………」
「ドウシタンデスカ? 渡シニ行カナイノデスカ?」
「い、行くわよ。……ちょっと、心の準備をしてただけ」
 ルキアのこととなると、メグにはブレーキが働くらしい、とわかってきたからくり丸は、黙って見守ることにした。
 メグはじっと、自分が作った物を見つめていた。
 独り占めできないことはわかってる。カスミといつかは一緒になるという話も聞いた。でも、その彼が、自分の気持ちに嘘は吐くな、と言ってくれた。好きだよ、と言ってくれた。自分のこの気持ちを気づかせてくれた。その時、どれだけ嬉しかったか。この箱の中には、それだけが詰まっている。
(うん、それで良いんだ……)
 メグは立ち上がると鏡を覗いて、髪を整え服の皺を伸ばした。
「よし、行くぞ……!」
 小さく気合いを入れて、箱をつかむと部屋の扉へ向かう。
「健闘ヲ祈ル」
 からくり丸の言葉に、メグは笑った。
「ありがと」

 ルキアを探しに部屋を出たメグは、まずビッキーの所へ向かった。
「メグちゃん、何処かへお出かけ?」
「うぅん。ルキアさんを探してるの。まずは、ゴクウさんと一緒に出かけてないかどうか、聞きに来たわけ」
「そっか。でも、今日はゴクウさんを転移してないよ。だって、会議があるからって、シュウさんからゴクウさんにだけ転移魔法禁止令が出されちゃってるの。可哀想だよね」
「同情しちゃう……」
 二人は気の毒そうに、苦笑いをかわした。
「あ、それで、ルキアさんも今日は転移してない。朝、おはようって挨拶したきりかな」
「じゃあ、この城の何処かにいるってことだね。ありがと、探してみる」
「頑張ってね」
 ひらひらと手を振って、メグはエレベーターへ向かった。
 一人のときのルキアが何処にいるか、いくつか候補を知っているが、上から順番に探すことにする。それに、今日は天気も良くて風も気持ち良いから、その一つである屋上にいる確率も高かった。
 勢いよく屋上に続く扉を開けたが、人影はない。気にすることなく、メグは顔を上げた。フェザーの柔らかい羽根が屋根から覗いている。そして、紅い服の端も。
 メグはにっこりと笑って、屋根に取りつけられている梯子を登った。
 屋根の上には、フェザーにもたれてルキアがすわっていた。寝ているかと思ったが、メグが梯子を登ってくるのをじっと見ていた。
「ルキアさん、やっぱり此処だったね」
「今日は風が気持ち良いからね」
 メグが隣りにすわれるよう、ルキアは身体の向きを変えた。
「ほんとだ。絶好のお昼寝日和」
 優しくデュナン湖を渡る風に、メグは気持ち良さそうに目を細めた。それから、ルキアの隣りに腰を下ろして、メグは膝の上に載せた箱に目を落とした。
「……えぇっと、ルキアさん、あのね」
「なんだい?」
「これ! あげる!!」
 ずいっと箱をルキアの前に突きだして、メグは言った。
「……ありがとう」
 ちょっと呆気にとられながらも、ルキアは箱を受け取った。
 形の割りに軽かったので、ルキアは首を傾げて少し振ってみた。カサカサと中から音が聞こえた。
「………これ、中になにか入ってるな」
 しげしげと箱を見つめ、模様を指でなぞり、ルキアは立方体の正体を知る。
「からくり仕掛けの箱?」
「うん、そうなの!」
「凄いな、継ぎ目がまったくわからないよ」
 驚嘆の眼差しで見つめられて、メグはくすぐったい。
「そんな、凄い物でもないんだけど……。あ、あの、こないだ、リボン、くれたから、そのお礼も兼ねて……」
 ほんのり頬を赤らめたメグから、ゆれるリボンに視線を転じて、ルキアはにっこりと嬉しそうに笑う。
「使ってくれるだけで嬉しかったのに」
(……本当の、笑顔だぁ………)
 身体中が嬉しさと愛おしさでいっぱいになってしまう。
「……そうすると、この中身を知るには、一定の手順が必要になるんだな」
「中は生ものじゃないから、時間は気にしなくて良いよ。………いまの、私の気持ちが入ってるの。先のことなんてわかんないけど、いまの、私の真実(ほんとう)の気持ちだから………」
 とびきりの笑顔でそう伝えると、ルキアも大好きな笑顔で答えてくれた。
「ありがとう、メグ」
「こちらこそ、ありがと。頑張って、開けてみてね」
「うん」
 足取りも軽く去っていくメグを見送って、ルキアは箱を見つめた。一見しただけでは、本当にただの立方体のオブジェ。これは骨が折れそうだ、と思いながらも、ルキアの表情は嬉しそうだった。


 さらに数日後、ルキアはグレッグミンスターへ帰っていった。
「るきあハ、アノ箱ヲ開ケラレタデショウカ?」
 中庭で日向ぼっこをしながら、からくり丸はメグにゼンマイを巻いてもらっていた。
「さぁ、どうだろう? 此処にいる間では、無理だったようだけど……」
「開ケテモラエナカッタラ、ドウスルンデスカ?」
「別に、どうもしないよ」
 あっけらかんとメグは答えた。
「エ!?」
「それが重要じゃないもん。あれが私の気持ちの入った物だってことは伝えてあるからさ。ほんとはそれだけわかってもらえれば、それで良いんだ」
「デモ、折角、苦労シテ作ッタ仕掛ケジャナイデスカ」
「そりゃあね、その仕掛けの凄さも褒めてもらいたいけれど。でも、贈り物っていうのはさ、心がこもってればそれで充分じゃない……?」
 ハイ、おしまい、とメグは蓋を閉めた。カタカタとからくり丸はメグに向き直る。
「それに、ルキアさんなら絶対、開けちゃうと思うし」
「………ソレモソウデスネ」
「でしょ?」

 グレッグミンスターの我が家へ帰ってから、ルキアはなんとか箱のからくりを解くことができた。
「………メグもこんなに凄いの作るようになったんだなぁ………」
 箱を形作っていた木片を眺めて、ルキアは感嘆した。

「デハ、アノ箱ノ中味ノ意味ニ気ガツクデショウカ?」
「…………どうだろうねぇ……? 男の人って、あぁいうことには興味ないから、気がつかないかもね」
「ソレデモ、構ワナイ……?」
「そうよ。言ったでしょ。本当にわかって欲しいことは、もうちゃんと伝えてあるから、それで良いの」

 箱から出てきたのは、赤い造花だった。ルキアも大好きなその花の名前には、『天上の赤い花』という意味がある。
「………メグの気持ち………」
 とても丁寧に作ってある花を見つめながら、そこにこめられた意味を探そうとする。
 軽いノックの音がして、クレオが部屋へ入ってきた。
「ルキア様、お茶はいかがですか?」
「……あ、うん、もらうよ」
 木片と造花を少し脇に寄せて、クレオがティーセットを広げられるようにする。お茶の用意をしながら、クレオは赤い花に目を留めた。
「その花は……?」
「メグにもらったんだ。……いまの私の気持ちって言われたんだけど、ちょっとどういう意味か計りかねてて………」
 良い香りに目を細めて、ルキアはお茶を受け取る。
「造花でも、その花でなければならなかったということですね」
「……あ、そうか………」
「では、たぶん、その花の花言葉がメグの気持ちなのではないしょうか」
「花言葉?」
「人が花一つ一つに、意味をこめたんですよ。同じ花でも色でまた意味が違ったり、地方によってもまた意味が変わるみたいですが」
「へぇ、そんなのがあるのか………。じゃあ、この花にもなにかのメッセージがつけられてるんだ」
「そうですね。……生憎、クレオはそれの花言葉は知らないのですが、確か奥方様の持ってみえた本に、花言葉を集めた物があったかと………」
「母上が……? そっか、じゃあ、探してみるよ」

「……ソレニシテモ、めぐガ花言葉ヲ知ッテイルトハ思イマセンデシタ」
「なんか、気に障る言い方ね、それ」
「…………特ニ、他意ハアリマセン」
 ほんとかなぁ、とメグは横目でからくり丸を見るが、すぐに、まぁ、良いか、と機嫌を直す。
「これでもからくり師を目指して、図書館で勉強してるんだから。気分転換に見つけた本に、花言葉集があったってだけ」
 うっとり、とメグは空を見上げる。
「あの花よりもう〜んとロマンティックなのもあったんだけど、でも、その言葉をあげるのは、私じゃダメだから、さ………」
「めぐ……」
 いつもの快活な表情で、メグは笑った。
「それに、面と向かっては恥ずかしくって、とても言えないもん」

 ルキアは屋敷の書庫で、目的の本を探し当てた。書架にもたれて、ページを繰る。探していた花の花言葉もすぐに見つけられた。
 震える指が、花言葉をなぞる。
「痛っ……!」
 右手に突き刺すような痛みが走って、ルキアは本を取り落としてしまった。左手で紋章を握りしめて、ずるずるとすわりこむ。
「…………」
 痛みが退くまで、骨も砕けよと言わんばかりの力で握りしめた。
「……参ったな………」
 立てた膝に腕を乗せて、ルキアは大きな溜め息を吐いた。
「これ以上、お前の好きに喰らえると思うな……」
 一言、右手の紋章に釘を刺し、本と一緒に落としてしまった造花を愛おしく拾い上げる。
「…………この気持ちを、返せなくて、ごめんな、メグ………。でも、すごく、嬉しいよ………」
 赤い花に、口づけが降りた。


 天上の赤い花が持つその意味は。
想うは、あなた一人
END





 『Lipstick Panic』の続き、メグ篇でした。いかがでしたでしょうか?

 前サイトで、回線復活とリニューアルオープンにかこつけてキリ番穴埋めクイズを出した話でした。
 メグがルキアに贈った『天上の赤い花』の意味を持つ花の名前は?という問題でした。
 答えは『曼珠沙華(まんじゅしゃげ)』です。彼岸花の別名ですね。
 曼珠沙華の語源は梵語で、『天上の赤い花』という意味があると私が知ったのは高校生の時だったかな。電車の吊り広告で見ました。なんの広告だったのかはもう覚えていないのですが、彼岸花にそんな別名があったのかということと、曼珠沙華という語呂がいたく気に入ったことをいまだに覚えています。
 『彼岸花』と答えてくださった方々もいましたが、『天上の赤い花』の意味を持つ名前で答えてくださいね、と念を押してありましたので、それは不正解なのでした。
 ド○モで『曼珠沙華』を10/25の誕生花、『彼岸花』を9/17の誕生花(花言葉は『悲しき想い出』)と紹介していました。ほんと、誰が決めてるんでしょうね?(笑)
 彼岸花の別名を訊かれましたので、上げておきますね。私が知っていたのは、『幽霊花』、『死人花(しびとばな)』、『灯籠花』かな。広辞苑を引いたら、『剃刀花』、『捨子花』、『天蓋花』なども出てきました。

 さて、当選者様ですが。キリ番『
800』は華夜様、『1000』は片苗きと様にお受け取りいただきました(*^_^*)

 あ、また忘れるところだった。オマケつけました。この話の前の時間になるのですが。メグファンの方は、いつものアイコンをクリックです('-'*)