「どう? ビッキー、見つかった?」
カクの船着き場では、置いてけぼりを喰らった少女たちが、なんとかして帰城する方法を見つけようとしていた。
「う〜、ダメ〜。もう、ヘリオンお婆ちゃん、何処?? いつもなら指輪を辿ればすぐにわかるのに〜」
ミーナの問いに、イライラしながらビッキーは答えた。
「お城、かなりやばいみたいだよ。なんか、いろんな気が渦になってるの、此処にいてもわかるもん」
眉間に皺をよせて、ロッテは城の方角を見つめていた。
「……ちょっと、あれ、なに……?」
メロディの袖をギュッとつかんで、メグが暗い夜空を指差した。
「え……?」
言われて、皆が夜空を見上げると、さらに暗い影がいくつもいくつも空を横切っていくのが見えた。
「ま、まさか、あれ……」
「みんな、モンスターなの!?」
テンガアールがビッキーの肩をつかんだ。
「ビッキー、とにかく“瞬きの紋章”で僕たちをお城へテレポートできない?」
「ダメなの。ルックさんの風が暴れてて、お城へ行こうと思っても弾かれちゃうの。……お婆ちゃんの力を借りたら、なんとかなるかもしれないけど………」
半泣きのビッキーに、テンガアールは慌てて謝って手を放した。
「こっちにいる部隊から船を借りられないかな」
湖上要塞の収容人数には限りがあるので、解放軍のほとんどはカクの街外れに駐屯している。
そこから人手を借りようと言うメグの提案に、アップルはキッパリと首を振った。
「危険よ。空があんな状態なら、湖にもモンスターがいるはず。ゲンさんやタイ・ホーさんみたいな船乗りがいないのに、船で湖を渡るのは無謀だわ」
「………此処で、指をくわえて見てるしかないなんて……!」
ぼんやりと篝火に浮かぶ城を見つめて、ミーナは裳裾を皺になるほど握りしめた。
「……あ、待って………」
ビッキーの左手の中指には、己の尾を咬む金の蛇の指輪がはまっている。その両目にはめられたルビーが、妖しく輝いていた。
「見つけた! ヘリオンお婆ちゃん!」
ビッキーはその光が湖面に当たるように手を伸ばした。
湖面に紅い光が当たると、アイリーンに肩を支えられたヘリオンの姿が映し出された。
「お婆ちゃん!!」
少女たちも口々に呼びかける。
すると、ヘリオンが懐から掌におさまる小さな丸鏡を取り出した。
『あんたたち!』
湖面の映像がヘリオンの顔だけになる。
「お婆ちゃん、ルックさんは大丈夫!?」
ビッキーの問いに、ヘリオンは一瞬困ったような顔をした。
『悪いが気休めを言える質じゃないんでね。正直、とても楽観はできないよ』
「そんな……!」
『良いかい、ビッキー、あんたの気持ちはわかるが、これは継承者でないとどうにもならない問題だ。直にルキアがこの広間に帰ってくる。ルックのことは彼に任せるんだ』
「………う〜、でも、此処でじっとしてなんかいられないよ。お婆ちゃん、私を呼び戻して」
「私たちもよ! モンスター相手なら、私たちだって役に立てるわ!」
ビッキーの肩越しに、ミーナが叫んだ。
『レベルはいままでの比じゃない。この城に押し寄せてきているのは、夜の眷属なんだ』
「でも、だからって、こんなところでルキアの危機を黙って見てろって言うの!? 自分のことくらい、自分で守れるわ!」
ミーナの剣幕に、ヘリオンは軽く溜め息を吐いた。
『………私に寝覚めの悪い思いをさせないでおくれよ』
「もちろんよ」
歓声をあげる少女たちに、ヘリオンは釘を刺すことを忘れない。
『ただし、呼び戻せるのは六人までだ。それから、場所は地下1階の転移の大鏡。気の乱れが激しいから、空間を繋ぎ止められる力のあるものがなにもない此処に呼び戻すことはできないよ。そこからこの4階まで、自力で上がって来られるかい?』
「できるよ!」
メグもビッキーの隣りに手をついて、ヘリオンに大きく頷いた。
『…………その言葉を信じるとしよう。……それで、帰ってくる六人は誰だい?』
「ちょっと待って」
ビッキーは後ろを振り返った。
「私が残ればちょうど良いわ」
真っ先にそう言ったのはアップルだった。
「私には戦う力はないもの」
「……わかったよ。じゃあ、カクのことは頼むね」
テンガアールの言葉に頷いて、アップルはビッキーに向き直った。
「ヘリオンさんに、カクのほうにもモンスターが来る可能性があるか訊いてくれる?」
「うん」
ビッキーは湖面に映るヘリオンに呼びかける。
「お婆ちゃん、呼び戻して欲しいのは、私とメグちゃん、ミーナちゃん、メロディちゃん、テンガちゃん、ロッテちゃんの六人だよ。それから、カクもモンスターに襲われる可能性ってあるかな?」
『……いや、それはないと思うが……。祭りはまだ続いているんだろう?』
「うん」
『火さえ絶やさなけりゃ、まず大丈夫だ。心配なら、結界石の周りをさらに篝火で囲むと良い』
「アップルちゃん、聞こえた?」
「えぇ、わかったわ。カクのことは任せて。お城のこと、お願いね」
「お互い、頑張ろうね」
メロディの言葉に、アップルはにっこりと笑って頷いた。
『空間を繋ぐよ』
「お願い!」
湖面の映像が消え、代わりに金色に光る円盤が出現する。
「一人ずつ、飛びこむよ」
「わかったわ」
真っ先に、ビッキーが光に向かって足から飛びこむ。ビッキーの髪が光に飲みこまれたところで、次はミーナが。そして、メグ、ロッテ、メロディ、テンガアールの順に円盤の中へ飛びこんだ。六人全員を飲みこんで、湖面の光が消える。
見届けたアップルは、街のほうへ駆けだした。
梁山城の地下1階にある転移の大鏡の鏡面が光り輝く。そこから、六人の少女たちが次々と飛び出してきた。
「やった、帰ってきた!」
地下は真っ暗だった。唯一の光源は、大鏡の光のみ。それもテンガアールが出てきたところで消えてしまう。
「きゃ、真っ暗……!」
「あった、私のロッド!」
ペタペタと壁を手探りしていたビッキーが、愛用のロッドを探し当てた。
「The Light!」
元気な一声とともに、ロッドに先に取りつけられている球体が淡い光を発した。
「みんな、いる?」
「大丈夫よ」
「なんか、武器ないかな?」
メグはからくり師と錬金術師の机の上をあさった。
「エレベーター、生きてるかい?」
ボタンを押したロッテに、テンガアールが訊いた。
「大丈夫みたい。降りてきてる」
「此処にはモンスターはいないようね」
帯留めを外して、ミーナはパシンッと張った。
「上で頑張ってくれてるおかげよ」
メロディは“音の紋章”を使って、外の音を拾っていた。
「エレベーター、来たよ!」
「行こう……!」
少女たちはエレベーターに乗りこんだ。
ヘリオンが六人の少女たちを呼び戻すために転移の大鏡とトラン湖を繋いだとき、ルキアが4階に到着した。
「ご無事でしたか、ルキア殿」
さすがに安堵の表情を隠しきれないマッシュに、ルキアは軽く頷いて答える。
「状況は?」
「……最悪です」
広間に運びこまれた大机の上には、城の見取り図が広げられている。
「シーナ、モーガンはこの階の防衛についてくれ。指揮はフリックが執っている」
「了解!」
レオンの指示に、シーナとモーガンは広間を出ていった。窓からの魔物の侵入を防ぐために、剣戟と紋章術による落雷の音がここまで聞こえてくる。
ルキアをはさんで、マッシュとレオンは現状を説明した。
「ビクトールと星辰剣のある2階は、鍛冶場をクロウリー殿に任せてそれ以外は放棄しました」
「鍛冶場……?」
「今回の騒動の原因は聞いておられますか?」
「星辰剣の暴走とだけ」
「それが、鞘が壊れたためだそうです」
「…………。鞘?」
「フッケンが言うには、具現化した真なる紋章を鞘が封じていたのだそうだ」
レオンの言葉に、武人としての嗜みを叩きこまれていたルキアは、得心したように頷いた。
「あぁ、なんとなくわかってきた」
「“夜の紋章”の力に魅入られて、その眷属たちが襲ってきているとのことで、通常のモンスター退治と同じというわけにはいきません。この事態を収拾するために、クロウリー殿の指揮で鍛冶屋衆が新たな鞘を作っています」
「地階はクワンダ・ロスマン、1階はアレンとグレンシール、3階をバレリア、4階をフリック、以上が晴れの塔(本塔)の布陣。続いて、明けの塔(東塔)はレパント、宵の塔(西塔)はハンフリー、雲の塔(北塔)はカシム・ハジルに指揮を執らせている」
レオンは見取り図を指し示しながら、ルキアに説明する。
「夜の眷属たちか……。厄介だな。鞘ができたからといって、すぐに魔物たちは退き下がるものなのか?」
「それは………」
ルキアの当然の問いには、さしもの軍師たちも管轄外のことで答えられない。
「そいつは、私から説明するとしよう」
話に入ったのは、ヘリオンだった。ルキアは思い出したようにヘリオンを問い詰めた。
「ヘリオン、ルックは何処だ? それから、カスミは……」
「それも一緒に説明するよ」
ルキアの言葉を途中で遮って、ヘリオンは唇を湿らせる。
(さてと……。どう誤魔化したものかねぇ………)
再度、心中でクロウリーに悪態を吐いて、ヘリオンはルキアを見た。
「カスミは2階の護衛のためさ。心配しなくても良い。それより、ルックのほうだ。あの小僧は屋上にいる」
「屋上……?」
「“夜の紋章”の気に、“真なる風の紋章”が引きずられて暴れている。屋上からの魔物の侵入は防げているが、同様に私たちの誰も近づけない。だが、あのまま放っておくのは危険だ。ルックの成長途中の身体では、“風”の暴力的な力に耐えられそうにないからね」
「そんな……!」
驚愕するルキアに、ヘリオンはあっさりと言う。
「だから、あんたが迎えに行ってきておくれ」
「………は?」
「鞘が完成したら、クロウリーの退魔呪文が起動して、夜の眷属たちをこの城から追い払うことになっている」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、それとルックのことと……」
「関係してるから、最後までお聞き」
ピシャリと言われて、ルキアは口を噤む。
「あんたが危惧したとおり、鞘が完成しただけでは夜の眷属たちはこの城の襲撃を止めたりしない。“夜の王”がこの城にいることが知られてしまったからね。完全に追い払うためには退魔呪文を起動させなきゃならないんだが、これは魔物だけでなく、人にもダメージを与える危険な代物だ。その呪文から私たちを守るには、ルックの風の結界がどうしても必要なんだよ」
「“真なる風の紋章”が暴れてるっていうのに、どうやって迎えに行くんだよ」
「“風”のなだめ方はそいつが知ってるさ」
スッと伸びた手が指し示したのは、ルキアの右手。
「…………」
奇妙な沈黙が流れた。
どれほどの怒りでも甘んじて受けようと思っていたヘリオンは、拍子抜けしてしまったほど。
軽く睨むように右手を見ていたルキアは、顔を上げるといつもと変わらぬ表情に戻っていた。
「………風の結界をルックに張ってもらうにしても、大きさに限界があるだろ」
「あぁ。いまこの城にいる者は皆、3階と4階に集めてもらうよ」
ヘリオンの言葉に、レオンが渋い顔した。
「各々の塔と、2階以降を放棄しろと……?」
些細なことだ、とヘリオンは頷く。
「壊れた物は直せば済む。人命、優先だろ」
「この混乱状況では、伝令など出せんぞ」
「メロディがこちらに戻ってきている。塔内放送を流すことはできるさ」
マッシュも、軽く溜め息を吐きながらではあったが、頷いた。
「では、そのように手配するとしましょう」
「じゃあ、俺は屋上に行ってくる」
「お気をつけて」
マッシュの言葉を背に受けて、ルキアは広間を出た。
「ルキア様、これを……」
喧噪の合間を縫って、部屋に置きっぱなしになっていた“天牙棍”をクレオが携えてきた。
「ありがとう、助かるよ、クレオ」
「お気をつけて」
「あぁ」
“天牙棍”と槍を交換し、ルキアは颯爽と屋上へ続く階段を登った。
屋上は、烈風が吹き荒れていた。
「…………」
吹き荒れる風のせいか、上空の雲は切れて、欠け始めた月が凄惨な光景を照らす。
穿たれた石畳、累々と転がる死骸らしき肉片。風のせいで臭いが飛んでしまったのですぐにはわからなかったが、水のように見えたのは血溜まりである。さすがのルキアも、すぐには階段から外へ出ることを躊躇った。
だが、迷うルキアを急かすように、右手がチリチリと疼く。
「……わかってる……」
覚悟を決めて、ルキアは外へ踏み出した。
凄惨な様子とは裏腹に、風の威力はルキアを傷つけるほどもなかった。進もうとする身体を押し戻す強さはあるものの、ルックの使う“切り裂き”の脅威に比べればどうということはない。
別の危機感を募らせて、ルキアはルックを探した。
「ルック!!」
毎夜、佇む場所にルックはいた。その姿は、ルキアの心をざわつかせた。
塀にもたれて。手足を投げ出して。
どれほど望んでも。どんなに愛しても。
すわっている。
輝きの失せたエメラルドの瞳。
この手から零れ落ちたりしない。彼。
なにも映っていない硝子玉。紛い物。偽物。
まるで、壊れた人形のように放心して。
人形。
彼は、人形。歪んだ“円”に造られた。容れ物。器。
「っるせぇ! 黙れ!!」
割りこんできた意識の渦を、ルキアは怒鳴り飛ばした。ブンッと薙いだ棍は、風の隙間を縫って舞い降りた魔物を殴り倒す。
ルックに駆けよろうとしたルキアの邪魔をするように、異形の者がスラリと降り立った。間合いに踏みこみそうになったルキアは、かろうじて踏み止まる。
「こいつに喰われたくなかったら、そこを退け!」
右手を突き出して、ルキアは怒鳴った。
いくつもの布を身体に巻いた、人に似た者。体型で判断して良いのなら、男。ただし、頭髪と思しきものは、黒い羽毛。背中から生えた巨大な黒い翼は、左のみ。肌は雪のように白く、唇は血のように紅く、両の瞳は黄金のよう。怒りも露わに睨みつけるルキアを、嘲るように見下ろした。
「“死”を抱く我らに、それは効かぬ」
それの流暢な言葉に、ルキアは目を瞠る。
(………夜の眷属……しかも、大物だ……)
おろしたての装束の下を、冷や汗がつたう。
「…………だが、“生”なら効くだろう」
通用しないだろうことを百も承知で、はったりをかけてみる。
「それは、貴様にはまだ使えぬ」
即答した異形の者は、嘲笑うかのように付け足す。
「使えるようになるとも思えぬ」
「くっ……」
「“夜”は目覚めた。我らの世界が此処に復活する。大人しく去ぬるなら、貴様一人くらいは見逃してやろう」
高圧的に告げた異形の者は、ちらりと後ろに視線を投げた。
「だが、あ奴はならぬ。たかが造り物風情が、よくもこれほどの仲間を嬲り殺してくれたものよ。許してはおかぬ」
ルキアの身体が怒りに震えた。
「……二度と、ルックを造り物だと言うな……!!」
渦巻く怒気と闇の力にも、異形の者は平然としていた。
「…………これは異な事。偽りを最も嫌う“生死を統べる者”の言葉とも思えぬ」
「そこに誠の魂魄がある限り、それは全き者だ」
「神の憐れみなぞ、我らの与り知らぬこと」
「悪魔の正論で、我が界を蹂躙することは許さぬ」
異形の者は冷笑に顔を歪めた。
「なれば、力尽くで我を退(の)かして見せよ、“生死を統べる者”」
「言われなくとも!!」
ルキアが瓦礫を蹴ったと同時に、上空を旋回していた魔物たちが襲いかかってきた。
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