『夜の眷属駆逐のため、晴れの塔3階及び4階を除き、すべて放棄する。地階防衛にあるクワンダ隊より撤収開始!』
船着き場にも響いたルキアの命令に、クワンダは声を張りあげた。
「総員、撤収だ!!」
「ルキアの野郎、無茶を言ってくれるぜ」
ぼやくタイ・ホーに、ヤム・クーが答える。
「だけど、こんな状態じゃあ埒があきませんぜ、兄貴」
「……ちぇ」
面白くなさそうに、タイ・ホーは這い上がろうとするモンスターを蹴り飛ばした。
「地階撤収完了後、続いて、明け・雲・宵の順で各塔を放棄。殿(しんがり)はアレンとグレンシールに任せる」
マッシュとレオンはルキアの采配に満足げに頷いた。
「ルキア様、エレベーターはモンスターに破壊されて使えません。それから、2階は陰の毒気が充満していて危険です」
メロディの言葉に、ルキアは了解したと頷いた。
『エレベーターはすでに破壊されているので使うな』
3階でその放送を聞いたセルゲイが髪を掻きむしった。
「儂の最高傑作が……!」
「なに言ってやがる。俺様の風呂なんか………クッソ〜!」
その横ではサンスケが涙を呑みながら、モンスターと戦っていた。
さらにその反対側では、ロックが。
「俺の金庫だって〜!!」
セルゲイとサンスケは顔を見あわせる。
(あれは、ただの倉庫だろ)
『最後に、2階フロアへの立ち入りを禁じる。撤収は十分で済ませろ! 以上!』
雲の塔でそれを聞いていたカシムは眉間に皺をよせた。
「ルキア殿も無茶を言う。あの天空回廊をどうやって渡れと言うのだ」
各塔と晴れの塔を結ぶ回廊は吹きさらしのもので、いまの状況で渡ろうとすれば魔物の格好の的になってしまうだけだった。
「ですが、全軍あげての作戦に遅れをとるわけには参りませんよ、カシム将軍」
ヴァンサンの言葉に、わかっているとカシムは頷いた。
一方、晴れの塔1階。防具屋や道具屋が並ぶエリアでは、店主たちが撤退を渋っていた。
「せっかくの俺の店が、モンスターたちに破壊されるなんて我慢できん!」
「そうだそうだ」
拳を振りまわして熱く語るチャンドラーに、チャップマンが本気なのか投げ遣りなのか判断つきかねる声で合いの手を入れた。
「儂だって、このコレクションを見捨てることはできんぞ!」
先に撤収するように伝えに来たクロミミたちに、ジャバも食ってかかった。
「この危険な状況で、そんな呑気なこと言ってる場合か?」
「兄貴の言うとおりだ」
クロミミとゴンがそろって、呆れたように首を振る。
「まだゴチャゴチャと益体もないことを言ってるの?」
コボルトたちの間を割って、店主たちの前にジーンがやってきた。この事態にはジーンも相当頭にきているようで、機嫌の悪さを隠そうともしていない。
「……ジーンさん……」
妖艶な美女の怒りの様相に、大の男たちはたじろいだ。
「要は、店が無事ならそれで良いのよね……?」
その言葉の端から、バチバチッと雷撃が零れてくる。コボルトたちはジーンが現れた時点で、すでに安全域まで退避済み。全身に雷撃をまとったジーンに恐れをなして、男たちはジリジリと脇へ道を空けた。
「Lightning Bind !」
突き出した右手から稲妻が走り、店の周りを囲う。都合四軒の店は、雷でできた網に完全に囲われた。
「これなら夜の眷属といえども手出しはできなくてよ。……さぁ、これで満足したでしょう?」
「ヒィッ……!」
止めに剣呑な目つきで睨まれて、チャンドラーたちは我先に階段へ走り去っていった。
「まったく、男ってどうしてこんなに手が掛かるのかしら」
憤懣やるかたないようにジーンは鼻を鳴らし、再び戦場へ向かった。
「グレンシール、地階の撤収は終わった!」
最後に階段を駆け上がってきたクワンダが、明けの塔へ続く回廊出入り口の防衛にあたっていたグレンシールに声をかけた。
「クワンダ様、ご無事で」
「お互い様だ。明けの塔へ合図を」
「はい。明けの塔に撤収の合図だ!」
「おう!」
グレンシールの号令に、ケスラーが松明を掲げて回廊の防衛戦に走った。
大きく振られた松明の灯りは、明けの塔の防衛戦からもよく見えた。
「レパント殿、地階の撤収は完了したようですぞ」
ウォーレンの言葉に、レパントは頷いた。
「ジュッポ、カマンドール、準備は良いか!?」
「あいよ」
「うむ、作戦開始じゃ」
回廊の防衛ラインに、ジュッポとカマンドールの指示で、エルフたちとローレライが円筒形の物をくくりつけた矢をつがえた。
「バランスが取りにくい………」
ルビィが文句を言いながら、回廊に旋回する魔物に狙いを定める。
「掠るだけで良い。目眩ましくらいの効果にはなるはずじゃ」
導火線に火をつけながら、カマンドールは言った。
「着火完了!」
ジュッポの声に、レパントは頷いた。
「撃てぇっ!」
号令一下、矢が放たれた。群がる魔物たちの中に矢が撃ちこまれるや否や、火炎が広がり爆発音が轟く。
「よし、上手くいったぜ」
「ふむ。エンジンの応用にしては、ちと物足りなかったか」
「あれが限界だろう。こっちに被害が出ては意味がないしな」
混乱する魔物たちの様子に、ジュッポとカマンドールは満足げに頷いた。
「第一陣、行くぞ! 二射目に注意しろよ!」
クン・トーのかけ声とともに、明けの塔の撤収が始まった。
「第二射、用意」
回廊を目がけてくる魔物に向かって、矢がつがえられる。
「撃てぇっ!」
再び、爆炎と爆音が轟いた。今度は射手たちも含めた、残りの者が全員回廊へ走り出す。
「きゃっ……!」
「シルビナ!」
回廊の石畳に、シルビナが躓いて転んでしまう。キルキスは慌てて踵を返した。
「……キルキス、上だ!」
ルビィが、爆炎の混乱から抜け出して急降下する魔物たちに気づく。
(間に合うか……?)
矢をつがえたルビィの耳に弓弦の音が届き、風が頬を掠めていった。
「ギャアッ!」
眉間を撃ち抜かれて、魔物が失速する。思わず振り向いたルビィの目に、すでに二射目を放ったローレライの姿が映る。ローレライは休むことなく背中の矢筒から二本の矢を同時に抜き、凄まじい早技で続けざまに魔物を射抜いていった。
「ヒュゥ、やる……」
ルビィが感嘆して口笛を吹くと、ローレライは不敵に笑った。
「シルビナ、大丈夫かい?」
「……足が……」
痛さにシルビナは顔をしかめる。転んだ拍子に左足を思いっきり擦り剥いてしまったらしい。
「俺に任せろ!」
真っ先に回廊を走り去っていったスタリオンが、いつのまにか戻ってきていた。
「頼むよ、スタリオン」
ローレライとルビィが魔物を射落としている間に、キルキスはシルビナを支えて、スタリオンの背中におぶわせる。
「じゃ、4階まで超特急だ!」
「え……きゃあ……!」
スタリオンは、元気な一声とシルビナの悲鳴を残して走り去っていった。
「…………」
「ぼぉっとしてる暇はないよ!」
ローレライの声に、キルキスはハッとなって立ち上がり仲間たちと合流する。
明けの塔、撤退完了。被害、負傷者一名。
明けの塔へ続く回廊から侵入しようとする魔物たちを、クワンダとケスラーたちに任せ、グレンシールは反対側の回廊出入り口に走った。
「アレン! 明けの塔の撤退は完了だ!」
「わかった。雲の塔に合図を!」
「了解!」
アレンの号令に、カミーユが松明を持って踊り場へ向かった。
「晴れの塔から合図だ!」
アンジーが雲の塔でそれを確認する。
「………では、シドニア、頼むぞ」
「フッ……」
硬い表情のカシムに、シドニアは余裕の笑みで答えた。
集団で回廊を強行突破するしかないか、とカシムが考えていた矢先、意外な人物から提案があった。
「此処の回廊の踊り場と、晴れの塔の踊り場の空間を繋ぐ」
物音一つ立てずにカシムの前に立ち、ペシュメルガがそう告げた。
「……空間を繋ぐだと……?」
訝るカシムに、相変わらず淡々とペシュメルガは言う。
「“風”が落ち着いた。異界の道を開けられる。向こうに目印になる物を置いてきてもらわねばならないが、シドニアの遠当てなら問題ないだろう」
「異界? それは安全なのか……?」
「一瞬、通過するだけなら、問題はないはずだ。……多少の精気は喰われるかもしれんがな」
血の気の多いメンバーを見渡し、カシムは一考する。確実に全員を撤退させるには、それしか方法がないようだった。
「わかった。それで行こう」
撤退の合図を受け、ペシュメルガがシドニアのもとにやってきた。
「目印になる物を踊り場の中央に置いたら、他の奴らは塔内へ引き上げさせろ」
「あぁ。それで、なにを持っていけば良い……?」
ペシュメルガは無造作に兜を脱いだ。
「……おぉ」
初めて露わになる素顔に、周りから低いざわめきが起こった。
ざんばらな長い黒髪を煩げに後ろに払い、ペシュメルガは兜を差し出した。
「これを」
思いの外、端正な面。ただ、異彩を放つのは両の瞳。右が青みを帯びた銀、左は血のような赤。ゾッとするほどの冷たい視線に、シドニアも息を飲む。
「……わかった」
無造作に片手で差し出されていたそれを、シドニアは同じように片手で持とうとして、予想外の重さに取り落としそうになる。
「おい、シドニア、大丈夫か?」
バルカスが横から手を差し伸べるが、なんとかその手を借りずに兜を持ち直した。
「……重いな……」
百メートルほどの回廊を見やって、シドニアは呟いた。
「大丈夫か?」
「あぁ……。行って来る」
心配そうなバルカスに一つ頷いて、シドニアの姿が消えた。
回廊の三分の一ほどの場所に、兜を腰に抱えたシドニアの姿が現れる。
「奴があれだけしか行けないなんて……」
「兜がそれだけ重いってことだな」
様子を窺っていたカナックとレオナルドの視界から、その姿はまた消えた。
さらに三分の一を進んだところで、シドニアはまた姿を現した。そこへ、魔物が襲いかかる。
「シドニア!」
「よせって!!」
助けに走ろうとするバルカスを、元湖賊三人組が慌てて止める。
シドニアは“三日月錐”を構えたが、それを投じる前に銃声が轟いた。魔物は湖へと真っ逆様に落ちていった。
「フ………」
銃口から薄く煙をたなびかせた“シュトルム”をクライブが構えていた。シドニアもそれに口の端を上げて答え、最後の移動を開始する。
晴れの塔側の踊り場に、シドニアは辿り着いた。
「あんただけかい?」
「ペシュメルガが異界の扉を開ける。一端、塔内に引き上げろ」
問いかけたカミーユに、シドニアは用件だけを伝えた。
「異界!?」
予想もしなかったことを言われてカミーユは声をあげるが、シドニアが無駄なことは言わない男であることを思い出し、兵士たちに声を張りあげる。
「全員、塔に入れ!」
シドニアも兜を踊り場の中央に置くと、晴れの塔の中へ入った。
雲の塔でペシュメルガはそれを確認し、踊り場へ出て“キングクリムゾン”を目の前に構えた。
「我が声、我が力、我が存在の源よ。汝の主の所望により、その口を開けよ」
大剣が空を斬る。
切っ先の軌跡を辿るように冥い線が走り、空間に人が一人通り抜けられるくらいの裂け目ができた。
オッドアイは、行き先の兜の上にも同じ空間の裂け目ができていることを見届ける。
「行け」
たった一言の下知に、男たちは覚悟を決めて夜よりさらに冥い裂け目に飛びこんだ。
雲の塔、撤退完了。被害、なし。
ペシュメルガが兜をかぶり直し最後に晴れの塔に入ると、宵の塔に向かって松明が振られた。
それを確認したフッチが、ハンフリーに伝える。
「ハンフリーさん、撤収の合図が出ました!」
「うむ……。……ミリア殿、頼みます」
「承知した」
ミリアは回廊の踊り場へ走ると、空に向かって指笛を吹いた。
「キュオォー!」
宵の塔の周りを旋回して魔物たちを蹴散らしていたスラッシュが、指笛に答えて踊り場に舞い降りた。ミリアはその背に跨る。
「行くよ、スラッシュ!」
「キュオ!」
騎士を乗せて、竜が再び空に飛び立つ。
「さぁ、進軍ぞ! 皆の者、我に続けぇっ!」
「ご主人様、撤退ですってば」
一人で気を吐くマクシミリアンを、サンチョが慌てて止めに入る。
「………風がおさまったのは幸いですな」
小さな苗木を一つだけ抱えたゼンが、誰にともなく呟いた。
「ふむ、この分なら、庭園はそれほど荒れておらんだろう」
ブラックマンがそれに答える。油断なく周囲を警戒しながら、キルケは首を傾げた。
「モンスターよりも風のせいなのか……?」
ゼンが淡々と頷いた。
「そういうものさね」
低空飛行でスラッシュは回廊の上空を飛んでいた。
「スラッシュ、炎のブレス!!」
ミリアの合図で、スラッシュは大きく口を開いてわずかに首を引くと、次の瞬間、爆炎を回廊に沿って放った。
「ギャアァッ!!」
回廊に群がっていた魔物たちが、炎に呑まれる。
「撤退開始!」
魔物を竜のブレスで回廊から遠ざけ、宵の塔のメンバーたちは天空回廊を走り抜けた。
宵の塔、撤退完了。被害、なし。
「ルキア殿、宵の塔まで撤収は完了しました」
「そうか……。鞘は、できたのか?」
マッシュの報告に頷き、ルキアはヘリオンを見た。
「……メロディ、紋章を貸しておくれ」
「はい」
ヘリオンはメロディの右手を取ると、さらにその上に手を重ね、口中で何事か呟いた。
2階で、カスミに退魔の文言を教えていたクロウリーが宙空を睨んだ。
「なに用じゃ、ヘリオン」
『鞘はまだかい?』
ヘリオンの声が、クロウリーとカスミに聞こえた。
「さて………」
クロウリーが鍛冶師たちを振り返る。
鞘は仕上げの段階に入っているようで、マース、ミース、モースはメースとムースの手許を食い入るように見つめていた。
やがて、メースの動きが止まった。肩の力を抜くように大きく息を吐き出し、額の汗を手の甲で拭う。
「大師匠……」
ムースの声に、メースは重々しく頷いた。
「うむ、完成じゃ。皆、よく頑張った……」
鍛冶師たちは歓声をあげた。
「いま、できあがったようじゃ」
『わかった』
ヘリオンの声も気配もそれきり途絶えた。
4階でメロディの手を放し、ヘリオンはルキアを見た。
「鞘が完成したよ」
「よし。1階の撤収を急がせろ」
「直ちに」
大広間の動きがさらに慌ただしくなった。

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