男の子の都合、女の子の事情。
秋晴れの気持ちの良い昼下がり。
デュナン湖・梁山城のホールに設けられた転移の間にいるビッキーを、メグがお茶に誘いに来た。
「ね、ビッキー、ハイ・ヨーさんの新作ケーキを食べに行かない?」
「うん、良いよ! 私も今日、それを食べに行こうって思ってたところだったんだ」
今回のメニューはビターテイストに仕上げてあると聞いては、甘い物が苦手なメグにとっても興味の惹かれるところ。ビッキーも、お昼を過ぎれば転移の依頼が格段に減るので、午後の休憩にそろそろ出かけるつもりだった。
楽しみだね、と早くも相好を崩した少女たちの横で、大鏡が光り輝いた。
「あ、ゴクウさんたちが帰ってきたみたい」
「今回はゆっくりだったね。交易でもしてたのかな?」
「うん、そう言ってたよ」
光る鏡面から、やはり最初に飛び出してきたのはゴクウだった。
「ただいま!」
「お帰りなさ〜い」
「お帰り、ゴクウさん」
元気よく帰ってきたゴクウに、ビッキーもメグも笑顔で挨拶を返す。
「ビッキーちゃん、メグちゃん、ただいま〜!」
「お帰り〜、ナナミちゃん」
続いて、姿を現したのはナナミ。アイリ、ビクトール、フリック、と大鏡より出てきて、そして、最後の人物の姿を認めて、ビッキーの動きが凍りついた。
「やぁ、ビッキー」
いつものようににこりと笑って、ビッキーの頭を撫でたのはルキアだった。
「……? ビッキー、どうしたんだい? メグも……」
隣のメグまで驚きを隠そうともせずまじまじと見つめているのを訝って、ルキアは首を傾げた。
「どうして、ルキアさんが此処にいるの〜!?」
「え……」
最初の衝撃からようやく覚めたビッキーは、しかし興奮した様子でルキアの腕をつかんだ。
「私、昨日、カスミさんをテレポートしたんだよ!」
ルキアの眦がほんのわずかつり上がった。
「ゴクウさんはサウスウィンドウへテレポートしたから、てっきり交易をしてるものだとばかり思っちゃって……!」
「軍の予定がいろいろ繰り上げになって、でもそのほうがカスミも都合が良かったからって。昨日から、カスミはお休みで、いま頃グレッグミンスターに着いてるはずなんだよ」
口々にビッキーとメグが説明するうちに、ゴクウは小さくなにかを叫び、ビクトールとフリックはこの場からいますぐ立ち去りたい心境に駆られていた。
確かに、気温が5℃は下がった。(アイリ談)
とても重い溜め息が、ルキアの口から零れた。
「あ、あの、ごめん、ルキア!! ほんとに急な変更で、あの、すっかり予定が変わったことを、忘れちゃってて………」
無言の背中に耐えきれなくなって、ゴクウはあたふたと言葉を並べた。
「………まぁ、ゴクウもいろいろあって、忙しくて、大変なのは、よくわかってるよ………」
うつむいて返された言葉は、思いっきり棒読みだった。
「あ、あの、ルキアさん、テレポートしようか?」
恐る恐る提案したビッキーには、ルキアはいつもと同じ優しい笑顔で答える。
「うぅん、せっかく来たんだし、しばらくいるよ。ありがと、ビッキー」
「そう……?」
「………ビクトール」
そぉっとその場から逃げようとしていたビクトールは、いきなりルキアに呼び止められて飛び上がった。
「な、なんだ……?」
引きつる頬を手でさすって誤魔化しながら、ビクトールはルキアを見る。見上げてきたルキアの目は完璧に据わっていた。
「久しぶりに、手合わせ願おうかな」
「…………あぁ、良いぜ」
ビクトールは諦めたように軽く溜め息を吐いて頷いた。ひとまずゴクウの顔を立てて、速攻帰るようなことをしないだけでもありがたく思わなければならない。
「俺もつきあうよ」
ルキアの肩に手を置いて、フリックも言った。
戦争には一切関わらないと宣言しただけあって、ルキアは道場での訓練にも付き合った試しがない。普段の身のこなしと、ゴクウのお供でのモンスター退治くらいでしか、いまのルキアの実力を計ることはできなかった。それを知ることができるのだ。このチャンスを物にしない手はなかった。
「じゃあ、行こう」
腐れ縁を両脇に従えてルキアは歩き出した。
口を挟む余地もなく、心配そうに事の成り行きを見守っていた少女たちはほっと胸を撫で下ろした。
が。ルキアはおもむろに歩みを止めた。
「どうした、ルキア?」
首を傾げたフリックはルキアの表情を見て、訊くんじゃなかったと激しく後悔する。
「忘れてた」
そんなことにはまったく気にも留めず、ルキアはくるりと振り返り、カスミとの逢瀬を邪魔されたとわかってから初めてゴクウを見た。
整った面に浮かんだのは、いっそ艶やかとさえ言える笑み。ただし、その瞳には笑みの欠片もない。敵の心胆を寒からしめたことで有名な、ルキアの凄惨な含笑をゴクウは目の当たりにした。
「ゴクウ、次は、ないよ」
一言言い捨てて、あとは振り向きもせず道場へ向かって歩き出す。ビクトールとフリックはすまなさそうに目配せしてから、ルキアのあとを追った。
ゴクウは白目を剥いて卒倒してしまった。
秋の夜の訪れは早い。グレッグミンスターのマリーの宿屋は、今宵も大層な賑わいを見せている。
だが、そんな賑わいには背を向けて、バーカウンターの片隅にうら若き乙女が二人、額を寄せてヒソヒソと男無用な話をしていた。
「本当にビックリしたわよ。昨日、ゴクウに攫われたルキアを見送ったばかりだっていうのに、カスミがこっちに帰ってきてるから」
一人は、トラン国内だけでなく近隣諸国にまでその名を轟かせている舞姫のミーナ。
「休暇の繰り上げを忘れられてたなんて、私も夢にも思わなかったわ………」
もう一人は、知る人ぞ知るロッカクの里のナンバー2・カスミ。
「血の雨が降ったんじゃないの?」
ミーナは、大きなボウルに入ったサングリアをゴブレットに注いだ。
「…………さぁ……」
カスミは苦笑する。
グレッグミンスターに着いて、カスミが真っ先に訪ねたマクドール邸。だが、驚きを隠せない様子で迎えてくれたグレミオから、ルキアがゴクウの依頼で都市同盟へ出かけたことを聞き、傍目にもわかるほどに落ちこんでしまった。フラフラとおぼつかない足取りで城へ帰る途中、これまた驚愕に目を瞠るミーナとばったり会い、事情を悟ったミーナから「わかった、今夜は憂さ晴らしにとことん付き合ってあげるから」と、此処まで連れてこられた次第である。
「ルキアはこういうことは絶対に忘れたりしなかったのにね」
「……そうね。………リーダーとして、ゴクウさんも大変なのはわかるんだけど……」
頭ではわかっていても、語尾は溜め息に紛れてしまう。
「…………でも、カスミ、向こうでもルキアに……なんでしょ?」
ゴブレットを両手で持って、上目遣いにミーナが訊いた。サングリアを飲みながら、ミーナの問いの意味を考えていたカスミは、やがて思い至って頬を赤らめた。
「信じてくれないかもしれないけど、デュナンのお城ではないです」
「え、ほんと……!? どうして?」
ずいっとミーナがカスミに顔を近づける。思わず退け腰になりながら、壁際のカウンターの端にいるカスミはそれ以上逃げることはできなかった。
「…………私、一応、お役目をいただいてあちらに行ってるのよ……? だから………」
「……だから……?」
「…………」
カスミはミーナの強い視線に負けて、深々と溜め息を吐いた。
「………ルキア様が、言われたの。…………とても歯止めが利きそうにないから……此処では抱かないって。………次の日に差し支えのないようにする自信がないって言われて……。だから……私が休暇で帰ってきたときだけなの……」
その告白に、ミーナは都市同盟がなくなってるんじゃないか、と洒落にもならないことを思う。
そして、ルキアの笑顔を思い出した。次の日が休みだと知ったときの、とろけるような極上の笑みを。
染まった頬を誤魔化すように、ミーナはサングリアを飲んだ。
「排卵期を外して休暇取ってるのに、今回は逢えないなんて………」
予想もしていなかった言葉をカスミの口から聞いて、ミーナは盛大にむせた。
「ミーナ……!? 大丈夫?」
カスミは驚いてミーナの背をさすり、おしぼりで零れたサングリアを拭いた。
「……だ、大丈夫……」
肩で大きく息を吐いて、ようやくミーナは落ち着いた。
「あぁ、ビックリした。……カスミ、わかるんだ……」
「幸か不幸か、ね」
「ちょっと羨ましいかも……。……次の日を気にしなくて良いときだって、ルキアは気を遣ってくれるけど、でも、やっぱり、ねぇ……?」
「そうね」
カスミも照れくさそうに笑って頷いた。
「……でも、メグは欲しいみたい。ルキア様の子供」
「…………ルキア、嫌がったんじゃない……?」
「うん……」
その頃を思い出し、カスミは少し目を伏せる。
「険悪……っていうのも違うかな……。ルキア様、怒ると取りつく島もなくなるから、必死のメグが可哀想で……」
「ルキアは責任のとれないようなことは絶対にしないもの。あなたを伴侶にって決めたのに、メグに子供を産ませるわけにはいかないでしょ」
「それはもちろん、メグもわかってる。でも、メグは言ったの。『私みたいになんの力もない女の子でも、ルキアは普通に、紋章なんか気にすることなく、愛せるんだってことを証明したいの』って………」
それは、ミーナも感じていたことだった。
別に真の紋章なんか宿していなくても、人を縛りつける言葉を持っていなくても。ルキアに愛され天命を全うすることはできるだろう、と。
ただ、メグは気づいていないようだが、ミーナにはわかっていることがある。
それもすべてはカスミがいればこそ。カスミがルキアを人の世に繋ぐ楔になっていなければ、彼の愛は羽虫の命と人の命が等価になっていたことだろう。
(悪魔の恋は神の愛に変わったっていうのに、肝心のルキアときたら………)
ミーナは軽く溜め息を吐いた。
「…………ルキア、自覚ないものね。私たちを抱くとき、自分がどれほど深い愛をこめてるか……」
「えぇ……。だから、私もルキア様に言ったの。『私のことを気になさる必要はありません。それに、あなたがその紋章の力を怖れているのなら、尚のこと私にあなたの子供が産めるという保証はないんですよ』って」
「……それで、ルキアはなんて……?」
「なにも………。でも、メグの話をきちんと聞く気にはなったみたい。いつも通りの二人に戻ったし……。それから、メグにお礼を言われて、謝られたわ」
軽くカスミは肩をすくめた。
「そう………」
二人はしばらく無言でグラスを傾けた。
「…………。あのさ、カスミ」
「はい……?」
「……カスミって、その、ルキアが……初めて、なの? ……あ、私は、もちろんそうなんだけど……。その、くノ一って………」
珍しく歯切れの悪いミーナに、カスミは彼女がなにを訊きたいのか思い至る。
(……こういう情報は、どうしてこう一人歩きするのかしら……?)
カスミは苦笑して、はっきりと答えた。
「私もルキア様が初めて。……あの人以外には、触れさせる気もありません」
「……そっか。うん……それなら良いの。ごめん、変なこと訊いて。……ちょっと、気になって………」
「どういう経緯で、その話を聞いたのか知らないけれど、でも、確かにそういう手段もあるわ。色香の術が、一等手っ取り早いから」
「え……!?」
「誤解して欲しくないんだけど……なんて言ったら良いかな……」
言葉を探して、カスミは言葉を切る。ミーナは興味津々な様子で見つめた。
「メンタル的なこととか、倫理上のこととか、おいて聞いてね」
「うん」
「情報を手に入れるには、その方法が安全で確実なの。……私たちは山中の隠れ里だけど、娼館を本拠にしている一族もあるのよ。れっきとした外交手段にしている国もあるって聞くし」
「そうなの……!?」
「女系国家とかそうらしいけれど。………ロッカクの里のくノ一たちも、その知識を叩きこまれて教育されるの。例外なく私も」
外見からは予想もできないことを時折カスミが口にするのはこのせいか、とミーナは納得する。
「でも、私はそれを使わなくても、もっと簡単に情報を手に入れる術を持っているから、実践経験はないだけ。それに………」
「それに……?」
カスミは照れたように笑った。
「他の里はどうか知らないけれど、私たちの里は、初めての人は選べるから」
「選ぶ……?」
「色香の術の修得の仕上げは、里の年長の男性忍者に印を刻んでもらうことなの」
遠まわしな表現でも、ミーナはすぐに理解した。
「……なるほど。最初くらいは、希望を聞いてもらえるんだ」
こくんとカスミは頷く。
「私にも、この人が良いなって想う人がいたのだけれど……。……戦争が始まって、里が滅んで、私はルキア様に出逢ってしまったから……」
「そっか………。………そういえば、忍びって、里の外に嫁ぐことはできるものなの……?」
「……結婚っていう概念がもともとないわね」
「本当!?」
「女たちがそういう任務に就くのに、結婚なんて無意味でしょう。一生を添い遂げるなんて無理だもの。私が、ルキア様に恋人が何人いても平気なのは、この慣習が常識として私の内にあるからなんだと思う」
「子供は……?」
「この人との子供が欲しいと自分が決めたなら、相手は里の内でも外でも構わないの。男は産ませた子供は早々に里の女たちに預けてしまうし、女はある期間は自分で育てることはできるけど、里の子供たちは一定年齢に達すると別の家に集められてそこで集団生活をするのがしきたりだから、親子という概念もないわね」
「ちょ、ちょっと待って。じゃあ、あなたたちの子供は……? ロッカクの里に引き取られちゃうの……!? ルキアがそんなこと許すなんて、到底思えないけど………」
腕をつかんで心配そうに訊くミーナに、カスミはやんわりと笑った。
「ハンゾウ様に一筆書かせてらしたわ。もしも私たちの間に子供が授かっても、里へはやらないって。干渉もさせないって」
「………承知してもらえたの?」
「拍子抜けするくらいあっさりと。……マクドール家に貸しを作るのは悪くないって、仰られて」
「……それは確かに、大きいわね……」
「でしょう……?」
「見てみたかったわ、その時のルキア。どんな顔して、押しかけていったのやら」
「それは秘密よ」
「あ、ズルイ」
少女たちは額を寄せてクスクスと笑った。
「楽しそうになに話してるのさ?」
カウンターに立ったセイラが、二人の前にそれぞれ違うデザートの載った皿を置いた。
「私たちが額寄せて話すことなんて、ルキアのことに決まってるじゃない」
「野暮訊いてすまないね」
「セイラさん、これは……?」
「ん? 母さんから差し入れ。アントニオとレスターの試作品だってさ」
人気シェフの新作ドルチェに、二人は目を輝かせた。
「これがアントニオ作のニ・ド・マロン。こっちはレスターので、シブースト・アマレットって言ってたかな」
カリカリに焼いたココナッツの上に、大粒のマロングラッセが載る濃厚なアントニオのケーキと、香ばしいキャラメルの表面とアプリコットが覗く淡いオレンジ色のコントラストも美味しそうなレスターのケーキ。
「食べ比べね」
「うん」
二人の少女は、それぞれを少しずつ食べ比べて、とろける美味しさに相好を崩した。
「セイラ、どっちも最高に美味しいって伝えておいて」
ミーナの声にセイラは頷いて、自分の仕事に戻った。
「……それで、カスミ、今回の休暇はどうするの……?」
「どうって……。なんの予定もなくて、困ってるところ」
「じゃあ、一緒に、セイカへ行かない?」
「セイカ……?」
「明後日、竜胆祭がセイカであるの。私たちの一座も呼ばれてて、私も踊りを披露するし。出番が終わったら、私もあとは自由だから、一緒にまわれるわ」
「行く……!」
いつになく力をこめて、カスミは即答した。
「よし、じゃあ、決まりね」
二人はにっこりと笑って、グラスを掲げた。
あれ、ENDマークは・・?
ここにENDマークがついていないことに、何人の方が気づいてくださるでしょうか?(笑)
そうなんです、この話、もう1シーンあります。ただ、そのまま掲載するにはさらに抵抗があったので、リンクを隠しました(^^;)。
最後は、ルキア×メグのえっち度MAXな1シーンです(核爆)。
「だから、なにを読んだって平気だって!」と120%自信のある方だけ、矢印の横をクリックしてくださいm(_ _)m。
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