人恋し 秋の夜長の 慰めは
君の腕(かいな)に 勝るものなし
夜も更けて、飲んだくれたちを追い払い、レオナは店の片づけを始めた。テーブルの上に椅子を逆さまに載せ、店内の照明を落としてゆく。カウンターだけが、儚げな洋燈の灯に浮かび上がった。
残った洗い物を片づけてしまおうと、レオナが袖をまくり上げたとき、コツンと密やかな足音が聞こえた。
「もう、お終い?」
顔を上げると、夜着姿のルキアが立っていた。
「………どうしたのさ、こんな時間に?」
「ん……ちょっと、寝つけなくてさ……」
カウンターに手を滑らせて、ルキアは答えた。
子供っぽい甘えたような表情に溜め息を零したものの、無下に追い返すのも気が退けて、レオナはグラスをカウンターに置いた。ルキアはにっこりと笑って、スツールに腰を下ろす。トクトクと琥珀色の液体が注がれるのを見つめていた。
「洗い物が終わるまでだよ」
「ありがと」
ルキアは軽くグラスを掲げた。
舐めるように酒を飲むルキアを横目で見ながら、レオナはグラスを洗っていく。
「今日の相手はどうしたの?」
少しだけルキアの動きが止まった。
「あのねぇ、いくら私でもそんな非道いことはしないって。……今夜は、一人なんだ……」
「珍しいこともあるもんだ」
「たまにはな」
「少なくとも、ジーンやローレライはとくに用はないみたいだったけど……?」
「そう………」
「………そうって、逢いに行けば良いじゃないか、人恋しいんだろ」
「だから、行かないんだ」
「…………。どういう意味さ?」
「内緒」
むっつりと押し黙って、ルキアはグラスを傾けた。
「………こんな夜長に一人だなんて、思ったよりきつかったな……」
ポツリと零れた言葉に、今度はレオナが動きを止める。
「…………誘ってるのかい?」
「うぅん……。今日は、ほんとにダメ……」
つらそうに言葉が返る。
珍しく素肌の右手は関節が白く浮き出ており、手のひらに爪が食いこんでいるのではないかと思えるほどに握りしめられていた。出会った当初、不気味な紋章の影があるのを見たことがあったが、それはいつの頃からか術で眩まされるようになっていた。
いま、なにも見えないその右手が淡く光っているように感じるのは、果たして気のせいだろうか。
レオナは視線をルキアの顔に引き戻した。
「じゃあ、どうして此処へ来たの?」
「……それでも、誰かの声が聞きたくて………」
泣き笑いの表情が胸に痛い。
なにも知らない自分がもどかしい。
まだ半分も飲んでいないグラスを、レオナは取り上げた。
「もう、部屋にお帰り」
伏し目がちに絞り出された言葉に、ルキアは神妙に頷いた。
「うん……。間際に悪かったな……」
「そんなことは良いんだよ」
「………それじゃ、おやすみのキスをもらっても良いか……?」
無心する表情には、笑顔を返すことができた。
「しょうがない坊やだねぇ」
カウンター越しに身を乗り出すと、ルキアの少し熱い左手が頬に触れた。
「おやすみ」
優しい声に、ルキアは嬉しそうに笑って唇を重ねる。
甘やかな音は、意外に店内によく響いた。

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