Sleeping Beauty
木染月(こぞめつき)10日/晴れ
父親の命令で、シーナはルキアを探しに行かされた。
「部屋にいなかったら、俺にわかるわけないじゃん、ったく……」
ぶつくさ文句を言いながら、ひとまずビッキーに何処にも飛ばしてないことを確認。エレベーターでまた最上階まで戻って、下に向かって探していくローラー作戦を地道に実行した。
「あ〜、こんなとこにいやがった…………」
ようやく見つけたルキアは、2階のテラスの断崖絶壁を背にして気持ちよさそうに眠りこけていた。
モーガンにもたれて。
「おたくら、なにしてんの……」
「座禅を組んでたところに、『寝るから』ってすわりこまれた」
シーナの呆れ顔に、モーガンは苦笑して答えた。
組んだ膝の上に手のひらを上に向けてモーガンは瞑想の型を取っているのだが、足の上にはルキアがすわって肩に頭を載せて眠っている。
「ルキア、起きろよ。親父が呼んでる」
多少の目眩を感じつつも、シーナはルキアの肩をゆすって起こしにかかった。だが、ルキアからの反応は全くない。
「当分、起きないぞ。寝に来たルキアは自分が起きたいときにしか目が覚めない」
「………は?」
「もしくは私が離れれば起きるだろうが、寝た子を起こすなんて酷なことはしたくないな」
しれっとした顔して、甘いことを言う。
「親父が呼んでるって聞いてた?」
「待ってもらえば良い。一時間くらいで起きるだろう。起きたら伝えておく」
「そっくりそのまま言ったら怒られるの俺じゃん、どう考えても」
「怒られはしないと思うがな」
「え……?」
「レパント殿はルキアの癖……というか、習性をご存じのはずだ」
「なにそれ」
「ルキアは、普段眠りが浅いんだ。誰かそばで起きてると眠ることができないらしい」
一般人には信じ難い習性にシーナは眉をひそめる。しかし、ふと思い当たることも思い出した。ルキアの寝姿を見た記憶がいままでないのである。城や旅先の宿でたまに起こしに行くことがあったが、ベッドから起きてこないだけでいつも完全に目は覚ましている。
「もとからそうなのか、解放軍を束ねるようになり暗殺者(アサシン)に命を狙われるようになってからそうなってしまったのかまでは知らない。武人の家の出らしく、眠れるときに深い眠りを短時間で得て体調を整えることはできるようだが、それだけでは足りないときがあるらしい。こうやって、誰かを捕まえては寝に来る。そのときはちょっとやそっとじゃ起きない。いまも、起きる気配さえないだろう……?」
確かにさっき肩をゆすったときも、モーガンがこれだけしゃべっていても、ルキアは身動ぎせずに眠っている。
「『誰か』って他は?」
「…………。さぁ?」
ちょっとの沈黙のあと、モーガンはすっとぼけた。ふとシーナに悪戯心がわいてくる。『誰か』に自分が入ってないのなら、その基準とはどれほどのレベルなのか。
此処は武闘家たちがたむろするエリアでもあるので、修練用の道具が置いてある。シーナは自分の愛剣と似たような長さの木刀を手に取った。
「……?」
シーナの気配の変化を感じ取ったモーガンは、瞑想状態の身体を緊張させた。
「3本勝負、良いかな?」
相手は目が見えないハンデがある。さすがにシーナは一声かけた。
「断れそうもない気炎だが……?」
顔を正確にシーナの位置に向けて、少し面白そうにモーガンは答えた。
「当然……!」
まだルキアをもたれさせたまますわっているモーガンに向かって、いきなりシーナは斬りかかった。
シーナが走り出した瞬間に、すでにモーガンはルキアを左腕でがっちりと抱えて立ち上がっていた。右肩めがけて振り下ろされてくる木刀を、流れるように左へかわしてシーナから間合いを取る。
あくどいとは自分でも思ったが不意打ちのつもりで走り出したら、すでに相手が立ち上がっていたので、シーナにはこの一撃がかわされることは予測済み。すぐさま振り向いて、二撃目に打ってでる。それはさらに遠慮なしに、ルキアを抱えていて使えない左側へ振り下ろそうとした。
モーガンはぐっとルキアを自分の身体の中心に引き寄せて、左足で木刀の腹を蹴り飛ばす。思っていた以上に強い蹴りにシーナの身体がわずかに流されたところを、あっという間に踏みこんで、顔面に向かって右拳を突きだしてピタリと寸止めした。
「1本じゃな」
いつの間にかことの成り行きを見守っていたカイが、呵呵と笑いながらそう宣した。
「う〜」
渋々シーナは木刀を退き、いったん下がる。
「2本目、どうぞ」
ルキアを抱え直して、モーガンは口の端を上げる。そこでカッとなってがむしゃらに突っこむほど、シーナも素人ではない。だが、モーガンには隙がまったく見当たらない。ジリジリと立ち位置をずらしてみるが、モーガンもピタリとそれにあわせてきた。ハッキリ言ってこういう神経戦が大の苦手なシーナは、自分の忍耐が切れそうになってるのを自覚する。
「坊主、隙が見つけられないなら、こちらから作りに行くのも一つの手だぞ」
カイの一声に、シーナは吹っ切ることにする。気合いの声を発し、モーガンに斬りかかっていった。
ルキアを抱えたままでは、さすがのモーガンもただかわしているだけではすまない斬撃だった。これが本当に彼の愛用する“フラムベルク”だったら、と思うと笑えない。カチッとモーガンの最終スイッチが入る。
薙ぎ払ってきた木刀を大きく飛んで避けながら、ルキアの膝裏を右腕で持ち上げる。
「後ろは崖。両手はルキアを抱きかかえてて使えない。これ、俺の1本じゃね?」
「掠らせもしてないのに、よくそこまで豪語できるなぁ」
呆れたようにカイは首を振る。
「じゃ、これで決まりだ!」
シーナは飛びこみながらモーガンに向かって木刀を突き出した。
だがしかし、それで決まったと思ったのは、シーナといつの間にか観客の一人になっていた武術の心得のないシルビナくらいなものだろうか。
なんの助走もなしにモーガンは高く跳躍したのだ。向かってきた木刀の背を踏み台にして、さらにシーナの頭を飛び越えていく。
「え……わっわ……!」
木刀を踏まれてバランスを崩したシーナは、なんとか崖っぷちの一歩手前で踏み留まるのが精一杯。自分を飛び越えていったモーガンが着地後すぐさま振り向いて、軽く曲げた左足を上げて背中にピタリと狙いを定めているのが横目で見えた。
「2本目」
再びカイの宣言。
「モーガン、その足、伸ばしちゃって良いよ」
まだ眠そうに目許を擦りながら、ルキアが見上げていた。
「ルキア」
「こら、なんてこと言うんだ、ルキア! 俺を落とす気か!」
ホールドアップ状態でシーナはわめく。モーガンはいつもの口の端をちょっと上げるだけの笑みを浮かべて左足を下ろすと、両腕に抱き上げていたルキアも下ろした。
「起こして悪かったな」
「いや。モーガンの闘気を感じたのなんて久しぶりだったから、なにがあったのかと思ったら………。で、なにしてたんだ?」
ルキアはモーガンとシーナにかわるがわる視線を向ける。モーガンが答えようとした矢先、テラスの入り口から大音声が響き渡った。
「このバカ息子! 用事一つまともに片づけられんのか!」
「げっ、親父……」
ズカズカとレパントがテラスにやってきた。近くまで来て、モーガンの傍らに立っていたルキアに気づく。
「ルキア殿、こちらにおられたのですか。マッシュ殿と打ちあわせをしたいのですが」
「……あぁ、そういえば、もうそんな時間か」
ちょっと名残惜しそうにモーガンを見上げる。視線を感じたモーガンは少し膝を曲げて、ルキアに顔を寄せた。
「今日はお前のとこで寝る」
ささやく声に、同じくささやき返す。
「そんな声で言われると、寝かせたくない気分になる」
解放軍元帥ではなく、悪戯っ子のように破顔する気配。
「良いよ。お前のとこなら朝寝もできる」
かなわない、と言うように頬に軽く触れると、快活に笑ってルキアはレパントとともにその場をあとにした。
「………俺ってば怒鳴られ損?」
「修行あるのみだな、坊主」
カイに豪快に笑われて、シーナはガックリと肩を落とした。
木染月12日/晴れ時々曇り
シーナはリュウカンのもとを訪ねた。
幸いにして医務室に患者はおらず、二人きりで会うことができた。
「健康そのものに見えるが、儂になんの用かの?」
「ルキアがテオ将軍との一騎打ちで大怪我したとき、看病役のローテーションが組まれただろ。あの名簿を見せて欲しいんだ」
胡乱げにリュウカンはシーナを見た。
「なにに使うのじゃ?」
「ルキアを探してこいってよく言われるから、参考にさせてもらおうと思ってさ」
あけっぴろげに答えるシーナ。
断る、と突っぱねることは簡単だった。だが、リュウカンは思い出す。自分の救出のために、この少年もソニエール監獄にいたことを。あの悲劇を、あの胸張り裂ける慟哭を聞いていたことを。それでもシーナがルキアを避けることなく、解放軍元帥としてでもなく同年代の友人として接し続けていることに、リュウカンは好感を持っていた。理解者が一人でも多くいることは、ルキアのためになるだろう。
溜め息を吐きながらリュウカンは席を立つと、書棚から紙を一枚取り出してきた。
「見せるのは構わんが、持ち出しは禁止じゃ。他ならぬ、解放軍元帥のことじゃからな」
「……わかった、覚える」
それはタイトルもつけられていない、名前だけを記入した用紙だった。
「これ、テオ将軍との戦いのあとに仲間になった人も入ってるけど……」
モーガン、クロウリー、ペシュメルガの名前が下に書き足されている。
「最新版じゃ。医者は患者をよく知らねばならんのでな」
「さすがリュウカン先生」
食い入るように用紙を見つめ、シーナは書かれた名前を頭に叩きこんだ。
「よし、覚えた。ありがとな、先生」
「他言するでないぞ」
「わかってるって」
紙をリュウカンへ返して、シーナは医務室を出た。
ルックを探して、約束の石版の設置された部屋を覗きこんでシーナは一瞬ギクリとする。石版にもたれてルキアが眠っていた。さらにルックがルキアの肩にもたれて本を読んでいる。
(最近、仲良いよな)
遠慮なく見ていると、ルックが目線だけを上に向けて睨んできた。
「なにか用?」
「ん〜、あるといえばあるし、でもお前にはくだらないって切って捨てられそうだし」
「わかってるんなら、さっさと行けば」
だが、シーナは部屋へ入るとルックの前にしゃがみこんだ。
「………相変わらず、人の話を聞かないね」
「へへ……」
ニヤリとシーナは笑う。
「一つ訊きたいんだけど、前はルキア、何処で寝てたんだ?」
ルックは剣呑な目つきでシーナを見たが、シーナは珍しく真面目な表情でルックを見返した。
「…………石版の後ろ」
「……風邪引くだろ………」
「夏場しか来てなかったよ。そうゆうとこもちゃっかりしてるんだ」
「お前が、風を通してくれるしな」
ルックは下を向いて本を読む振りをしたが、朱のさした頬をシーナは見逃さなかった。
木染月18日/雨
シーナは紋章師の店を訪ねた。
「いらっしゃい」
「こんにちは、ジーンさん。“雷鳴の紋章”につけ替えてくるよう言われてんだけど」
「えぇ、指令書をもらってるわ。右手を出して」
右手を出したシーナは視界の隅に入ったものに、カウンターから身を乗り出した。
「…………」
ジーンの右手壁側の床に、クッションが敷きつめてある。その上に、ブランケットを掛けられてルキアが丸くなって寝ていた。
「ずいぶん大っきい猫、飼ってるんスね……」
「可愛いでしょう」
にこりとジーンは笑う。カウンターに肘をついて、シーナはがっくりと肩を落とした。
「よく来るのは、冬場なのだけど」
ハッとなって顔を上げると、いつもの謎めいた微笑より幾分優しい笑顔で見つめられていた。
「………一つ、教えて欲しいんだけど、あのリストから名前外れてるかの・・」
ジーンはシーナの唇に人差し指を置いて、言葉を止めさせた。
「その話は此処ではできないわ。この子、とても耳が良いの」
「………そっか……」
無理には深入りしない。それはシーナの美点だった。
木染月22日/快晴
シーナが屋上に行くと、カシオスに伴奏を頼んでミーナが舞の練習をしていた。近々、開催されるゴウラン地方の竜胆祭りで、奉納舞を踊って欲しいと依頼を受けているのだ。
舞台では奉納舞以外にも踊る予定で、いま練習しているのは余興用の激しいリズムの舞。カシオスの弦をかき鳴らす手さばきも見事だ。腰にスカートに見立てた布を巻いたレオタード姿だというのに、領巾(ひれ)を自在に操った情熱の舞は本番さながらで、その場にいた誰もが見惚れていた。
ひときわ大きく弦が鳴り、ミーナがピタリと決める。
一瞬の静寂のあと、数人しかいなかった観客たちだが、惜しみない拍手を送った。それににこりと笑ってミーナは腰を折り、カシオスにも礼をする。
「ありがとう、カシオス。今日は此処までにしましょう」
「こちらこそありがとうございます。稀代の舞い手の伴奏を務められるなど、そうそうあることではありません」
珍しく興奮した様子でカシオスも礼を返し、屋上をあとにした。観客たちも三々五々、いつもの場所へと戻っていく。ミーナは酷使した身体をほぐすように、ゆっくりとストレッチを始めた。
「本番が楽しみだなぁ」
「当然でしょ」
シーナの言葉に、ミーナは笑う。
「今日はカスミはいないのか?」
「仕事みたいね。私が練習に来たときにはもういなかったわ」
忍びの者たちは、ルキアの部屋が近いせいか屋上にいることが多い。いまは、フウマとカゲがいるだけだった。
「カスミに用だったの?」
「用っていうか、訊きたいことがあってさ」
「訊きたいこと?」
「ん〜……。ルキアが例の決闘で大怪我したときに看病役してたけど、そのあと、あいつが眠りの番を頼みに来たことってあるのかなって」
「あるわけないじゃない」
「………なんで、ミーナにわかるんだよ」
即答したミーナに、シーナはちょっと不満そうに口を尖らせる。
「私、これでもルキアの女なので、彼が誰を眠りの番にしてるかくらいは把握してるの」
「…………失礼しました」
わかればよろしい、とミーナは鷹揚に頷く。
「カスミのところで寝られなくなったのは、そういうことなのよ」
「どういうことよ……?」
「……ルキアも一等を見つけられたってこと」
それは、なんとなくシーナも感じていたことだった。恐らく、カスミも同じ気持ちだろうとも思う。最近、年相応の表情を見せるようになった彼女は、本当に綺麗だ。
「でも、『見つけた』と『手に入れた』は違うのよね」
「お前のことは『手に入れた』じゃん」
立ち上がったミーナは勢いよく、領巾を地に打ちつけた。
「男女問わず、ルキアが自分から手に入れた人なんて一人もいないわ。たぶん、ルックでさえ受け入れた結果よ。ルキアは自ら手に入れることなんてできないって思ってるんだから……!」
「ごめん、失言だった」
神妙に謝ったシーナに、ミーナはつり上げた柳眉をゆるめると領巾を肩にかけ、ストレッチを再開する。
「でも、なにも方法がないなんて思いたくないわ。なにか、絶対に、あの呪いをかいくぐる方法はあると思いたい。……そうでなくても、せめて、カスミも飛びこめれば良いのにって思って、私たち、くノ一の仮面をはがすのに躍起になってるの。ルキアは与えられた想いを無下にすることだけはないから」
「あぁ、それで、カスミは表情が出てきてたんだ」
ちょっと得意げに、ミーナは笑った。
「一つ、誤算だったのは、ルキアがカスミを眠りの番にはしなくなってたこと。ルキアの気持ちはわからないでもないけど、カスミだって来られてもパニックなんだろうけど、先が思いやられるわ………」
ミーナは立ち上がって埃を払い落とした。そして、キッと横手を睨みつける。
「そこの笑ってるあんただって、カスミにやたらとベタベタしなきゃ、ルキアに頼ってもらえるんだからね……!」
「別に我が君の眠りの番になれなくても、俺の忠誠心は変わらない」
笑いながらフウマは答えた。隣で、カゲが軽く肩をすくめたようだ。
シーナの記憶では、カゲの名前はリストにあったがフウマの名前はない。
「前から訊こうと思ってた。カスミと知り合いなの?」
「…………彼女が、ようやく修行を始めた頃から………」
懐かしそうに眼を細めたフウマ。
「そんな頃から知ってたのに、あなたが手を出してなかったなんて意外だわ」
フウマの女好きはそこそこ有名だ。素人には手を出してないようだが、酒場に連れてくる女がいつも違っていれば、噂の種にはなる。
「主(あるじ)をからかうのは、従者の嗜みだ」
「悪趣味ねぇ………」
「好いた女を自分のものにできないのが悪い」
「それは……!」
柳眉をつり上げたミーナをフウマは軽く手を上げて遮る。
「誰かに盗られるくらいなら、俺は自分で殺してしまうことを選ぶ」
シーナは口笛を吹いた。ミーナはそんなシーナを睨んで黙らせることしかできない。
「それをわかっているから、我が君はお前を眠りの番にはしないのだ」
珍しく口を挟んだカゲに、フウマは口の端を上げるのみ。
ちょっと浮かんだ恐ろしい考えを、強く頭を振ってシーナは忘れることにした。
木染月27日/曇り
父親に有無を言わさず入れられた剣の稽古がようやく終わり、シーナは肩で息をしながらカイに礼を取った。
「ありあ、と、や……した……!」
「うむ、ご苦労さん」
答えたカイは、少しも呼吸が乱れていない。この差はなんだ、と心中、毒吐きながらシーナは汗を拭く。そういえば、と思い出した疑問を訊いてみることにした。
「ルキアは師匠のとこには寝に来ないのか?」
「来んよ」
カイは即答する。
「なんで?」
「………お前、誤解してるだろ。あいつの眠りの番人の第一条件は強さではないぞ……?」
「……え!?」
「無条件に甘えさせてくれる奴。これが絶対条件だ。儂はルキアを甘やかしたことはないのでな。寝に来るわけなかろう」
「………そうなんだ……」
「だから、ルキアの寝顔をよく見てるのはマッシュ殿ではないかな。グレミオがおらんいまとなっては………」
「…………」
シーナの動きが止まる。
「えぇー!!」
「なんだ、知らんかったのか? マッシュ殿は護衛はできんから、まぁ、正確には眠りの番とは言えんだろうが。二人っきりのときだけで、誰か近づけばすぐにルキアは目が覚めてしまうようだしな」
シーナは走り出していた。
ノックも忘れて執務室の扉を開けたシーナは、室内を一瞥して、自分が酷く無粋な真似をしたことに気がついた。
「…………」
「なにか用かい、シーナ?」
机の上から身体を起こしているルキアの肩には、マッシュの上着がかけられていた。いかにも寝起きな表情は、それとわかるくらいに機嫌が良さそうではない。横付けされた机にすわっているマッシュは、相変わらず読めない表情だが、何故だか責められている気分にはなる。
「……あ、いや、し、仕事中ならあとで良いんだ……。邪魔して悪かったな……!」
シーナは来たときと同じように大きな音を立てて扉を閉め、脱兎のごとくその場をあとにした。
執務室から逃げ出して、汗を流そうと風呂場に向かいながら、シーナは思う。
(あんな風に甘えてくるのは、女の子が良いなぁ)
そして、気づく。ルキアにはそんなこと、ちゃんとお見通しであることに。
眠りの番にはなれなくても、この友情に変わりはないのだから、それで良いんだ。
END
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