想いの結び目
幼い頃の記憶というものはほとんど夢のように朧気なものばかりだが、一つだけ鮮明に思い出せるものがある。
「ルキア、手を出して」
「なぁに? 母上」
この時すでに病床に就いていた母・ローテは、首に提げていたメダルをルキアの手のひらに落とした。
白金と黄金の二匹の蛇が絡みあって真円を作るメダル。ルキアはしげしげとメダルと母親の顔を見比べた。
「これ、母上の大事なものなのでしょう? 僕、もらって良いの?」
ローテはにこりと笑って、ルキアの頭を優しく撫でた。
「もちろんよ。このメダルは、この形になったときからあなたのものなのだから………。これはね、様々に形を変えて、私の遠い遠いご先祖様から代々受け継がれてきたものなのよ。私が母からもらったときは、白金と黄金のピアスだったわ」
「………え!?」
にわかには信じがたいローテの言葉に、ルキアは目を丸くした。
「ルキアが私のお腹に宿ったときに、ピアスはこのメダルの形に変わっていたの。だから、あなたが大きくなって素敵なお嫁さんをもらって赤ちゃんができたら、これはメダルから別の形になって、その子の物になるわ。そしてね、ありとあらゆる災厄からその子を守ってくれる。これは、とても不思議なお守りなのよ。………いいえ、もしかしたら、呪いなのかも………」
「呪い………」
ルキアは恐る恐る蛇を指でなぞった。
「…………私の家族がいたキャラバンが盗賊に襲われたとき、この蛇たちは私しか守ってくれなかったもの………。私が泣いて頼んでも、父も母も、家族同然だった仲間たちも、目の前で殺されてしまった………」
「母上………」
ベッドに上ったルキアは、静かに涙を流すローテの頭を一生懸命に撫でた。いつも、両親が自分にそうしてくれるように。
「ルキア………」
ローテはぎゅっとルキアを抱きしめた。
「その時、悪い盗賊をやっつけてくれたのがテオなのよ。泣き止まない私を、必死に慰めようとしてくれて、可愛い人だなぁって思ったわ」
「可愛い……? 父上が……?」
「そう、可愛い」
涙を拭って、ローテは悪戯っぽく笑った。そして、ルキアが握りしめていたメダルを首にかけてやる。まだ幼い身には、ずしりと重みが伝わってきた。
「いつか、あなたも好きな人にそう言われるわ」
ルキアは不満そうに頬をふくらませる。『可愛い』という言葉がお気に召さないらしい。にこりと笑って、ローテは話を続ける。
「…………大きくなって、好きな人があなたの子供を宿してくれたら、これはまた形が変わる……。そうしたら、これをその人に託してね。母体ごとその子を護ってくれるから。これは、そうやって、血を渡って行くものだから………。いまはこの言葉の意味がわからなくても、その時が来たらわかるわ……」
「…………はい、母上」
慈愛に満ちた笑顔はいつまでも色褪せることはなかった。
ルキアは自分の部屋で目を覚ました。ようやく空が白み始めた時間だ。
「…………。懐かしいものを見たな……」
思わず独り言ちるほどに懐かしかった。続きを見たかったが、日課の鍛錬を怠りたくもない。まだ少し夢現の状態のまま、寝る前にサイドテーブルに置いた母の形見を手探りする。
カチン……。
「……!」
平べったいメダルを探していたはずが、指先が立体のなにかに触れてルキアは飛び起きた。カーテンを乱暴に開けてわずかな日の光で、鷲づかんだサイドテーブルにあった物を見る。
それは、二匹の蛇が螺旋を描くバングルだった。色まではまだはっきりとわからないが、まず間違いなく白金と黄金の蛇だ。
ルキアの身体が震える。
「……っしゃあ!」
歓声がマクドール邸に響き渡った。
グレッグミンスターのマクドール邸。
メグとからくり丸は、いつも通される応接室ではなくこぢんまりとした客室にいた。正面にはヘリオンがすわっている。脈を見たり身体に触れたり二、三の質問をする。
「はい、以上。……ルキア、待たせたね、入って良いよ」
ヘリオンが扉の外へ向かって声をかけると、ルキアが入ってきた。
「お待たせ、メグ」
「ルキア!」
入ってきたルキアに、メグは抗議の声を上げる。
「どういうこと!? いきなり灰色づくめの人たちに此処まで連れてこられたんだけど! お婆ちゃんはこっちの質問には一切、答えてくれないし!」
デュナン湖の梁山城で、からくり丸の整備をしていたところへ、カスミに案内されてやってきた編笠を深くかぶった二人連れ。いきなり叩頭伏礼したかと思うと、メグを二の方様と呼び、お館様がお呼びだからと有無を言わさず魔法で此処まで運ばれてしまっていた。そして、この謎の診察である。メグは自他ともに認める健康優良児。ここ数年、風邪だってひいていない。
憤慨しているメグに、ルキアはヘリオンと顔を見あわせた。
「もしかして、自覚なし?」
「そういう人もいるね。個々の違いさ。まったく問題はないよ」
ルキアはメグの傍らに立った。
「ひとまず、診察の結果を聞こうか」
にこりと笑ってそう言われてしまえば、メグは不満そうにしながらも口を閉じるしかない。
ヘリオンは二人を見やって、珍しく優しい笑顔を見せた。
「おめでとう、妊娠四ヶ月くらいだね」
ルキアは小さくガッツポーズをとり、メグはあんぐりと口を開けた。
「まだ安定期前だから、あまり無茶はしないように」
「わかったよ。ありがとう」
お大事に、と部屋を出て行くヘリオンに、ルキアはついでとお茶を頼んだ。そして、いままでヘリオンがすわっていた椅子にすわると、にこにことメグを見つめた。
メグは開いた口をかろうじて閉じたが、いまだ混乱の真っ只中。からくり丸は気遣わしげにメグを見上げるのみ。
やがて、グレミオがティーセットを載せたワゴンを運んできて、二人にお茶を振舞った。
「坊ちゃん、メグさん、おめでとうございます」
目を潤ませて言祝ぐグレミオに、ルキアは頷いた。
「ありがとう、グレミオ」
「……あ、ありが、とう、ございます………」
メグもなんとか言葉を返す。
「メグさん、差し出がましいかも知れませんが、どうかこのお屋敷へ入ることも選択肢に入れてくださいね」
グレミオの優しい言葉はすぅっとメグの心の中に入ってきて、混乱した意識を正常に戻してくれた。
「ありがとう、グレミオさん」
いつもの元気いっぱいの笑顔と言葉が戻ってきて、グレミオは安心したように微笑んで、部屋を退出した。
「……さて、いろいろ話したいことがあるんだが、大丈夫か?」
メグは温かい紅茶を一口飲んで気持ちを落ち着けると、ルキアを見つめ返して頷いた。
「ていうか、どうしてルキアが先に解っちゃったの!?」
いつものメグに、ルキアは悪戯っぽく笑う。
「それはあとで種明かしするよ」
ちょっと不満そうにしたが、メグはルキアの言葉の続きを待つことにした。
「まず、さっきグレミオも言ったが、この家に入ることを考えてはくれないか? 私は、大事なものは自分の近くで守りたいと思っている」
なんて甘美な言葉だろう、とメグは身体が震えた。だけど、これ以上は絶対に甘えないと心に決めている。
「ありがとう。その言葉は本当に嬉しいよ。でも、私は旅を続けたいと思ってるの。それに、ルキアも行きたいところがあるんでしょう? たとえ一緒にいられなくても、私がルキアを愛してるのは真実(ほんとう)だし、ルキアの愛が此処に宿ったことも真実(ほんとう)だから、私はそれだけで充分なんだ」
下腹部に両手を重ねてメグは笑った。ルキアはそんなメグを眩しそうに見つめる。
「わかった……。じゃあ、まずこれを受け取ってくれ」
手のひらにすっぽり隠れてしまいそうな小さな巾着がテーブルに置かれた。
「……? 開けても良い?」
「もちろん」
メグが小さな巾着を逆さにすると、手のひらに鎖を通された純金の指輪が落ちてきた。それをつまんで、しげしげと見つめる。
メグの指にはまりそうな大きさ。紋章を刻んだそれはずいぶんと武骨な感じではある。日輪を背に三本足の烏が翼を広げたそれをメグは見たことがあった。
「これ、ルキアの家の家紋?」
「あぁ。日輪から伸びた線があるだろう?」
「うん」
「両端の太い線は十の位。その間にある細い線は一の位を表している」
「ってことは、二十三?」
「そう。私がマクドール家、いや、烏鴉(うや)二十三代目にあたり、その指輪を持っている者は私の縁者だという証だ」
「烏鴉……」
メグはかつてルキアが戦争に巻きこまれたときの会話を思い出す。アップルが言っていなかったか。『その銘の意味』と。
「あの時、マクドール家の銘って言ってたのはこういうことなの?」
「そういうこと。マクドールの家名は赤月帝国ができた時に下賜されたもので、もともとは烏鴉を名乗っていたんだ。では、烏鴉とはなにか? ………交易商のギルドマスターだ」
メグは再びぽかんと口を開けた。ルキアは悪戯っぽく笑って、その口に金平糖を放りこんだ。思わずカリッと噛み砕く。
「……交易してたっけ?」
「たまに……?」
「で、ギルドマスターなの?」
「何故か、な」
「…………」
「だから、その指輪を交易所に見せれば生活に困るようなことはないから」
指輪を持つ手に力が入る。
「一応、メグの指にあうように作らせたけれど、できれば普段は人目に触れないようにしておいて欲しい」
ルキアはヒラヒラと右手を振った。
「こんな厄介な物を持ってるから、ハルモニアに私とメグのことを知られたくはないんだ」
グレミオとルキアの言葉をメグは思い出す。自分の置かれた立場は、思った以上に大きいのだ、と改めて自覚した。
「うん、気をつけるよ」
「それから、その家紋は大抵の場所では免罪符みたいなものだけど、唯一、砂漠の民には効果がないから」
「砂漠の民? どうして?」
「その烏は太陽の使いなんだ。砂漠の民には太陽なんて悪魔でしかないからな。だから、その紋は忌み嫌われている。このことも忘れないでいてくれ」
「わかった。………ありがとう、ルキア」
「当然のことだよ」
指輪を巾着にしまって、メグは鎖を首にかけると服の中に閉まった。これを使うことだけはないようにしよう、と心に決めながら。
「もう一つ。メグ、手、出して」
「ん?」
テーブルの上に置かれた手をルキアは取ると、バングルをはめた。メグの華奢な腕に二匹の蛇たちがするりと絡みついた。
「これ……?」
「さっきの指輪が父の血が継いできたものなら、それは母の血が継いできたものだ。………そのバングルが、子供ができたって教えてくれたんだよ」
左手首に巻きついた、黄金と白金の蛇。何処かで見たことがある。
「…………こんな感じのメダル、ルキア、してなかった?」
「そのメダルが、いまこの形になったんだ」
「え!?」
「代々、様々に形を変えてその蛇は血を渡ってきたのだそうだ。母の時はピアスだったらしい。私の時はメダル。そして、私たちの子にはバングル」
「へぇ〜………」
メグは感心したように息を吐き出し、そっと蛇をなぞった。
「そして、またその子が誰かの子を宿したら形が変わる」
「ふぅん……。……?」
言われた言葉の意味をよくよく考えて、メグは目を瞠る。
「………この子が誰かの子をって女の子なの!?」
「まず間違いなくな。そんな細いバングルは女の子用だろ?」
「そうだけど……」
「それに、女の子でないとちょっと困る」
「どうして?」
ルキアは悪戯っぽく笑う。
「うちの古い家訓なんだ。家長の第一子は女子であることってさ」
メグは首を傾げた。
「ルキア、テオ様の第一子だよね?」
「あぁ。……まぁ、男子が生まれた場合は、女性名をつけて誤魔化してるわけだけど」
「そっか、そういうわけがあったんだね。ちょっと不思議だったんだ。どうして女性名なんだろうって」
「こういう理由」
メグの首が今度は逆に傾いだ。
「………あれ? テオ様は……?」
「父には姉がいたよ」
「そうなの!?」
「私が幼い頃に病気で亡くなったんだ……」
「そっかぁ………。なんて名前だったの?」
「…………クラウディア。クラウディア・マクドールだよ……」
その声音の深さにメグはルキアをじっと見つめる。クラウディアという名前に聞き覚えがあるのだが、誰だったかどうしても思い出せない。
「でさ、生まれてくる子の名前なんだけれど」
するりとルキアは話題を変えた。
「ん?」
「私がつけても良いか?」
「もちろんだよ! そのほうが嬉しいくらい……!」
「良かった……」
あらかじめ用意させておいたのか、ティーセットが乗っていたワゴンの隅には文箱があった。ルキアは綺麗に螺鈿細工を施された文箱をテーブルに持ってくる。中から、インク壺、ガラスペン、名刺サイズのカードを取り出した。さらさらと書きつけるルキアに、メグは見惚れていた。ルキアの所作は洗練されていて、メグはそれを見るのも大好きなのだ。
「はい」
書き終えたカードをルキアはメグに差し出した。両手で受け取って、それを見たメグは瞳を潤ませた。
「私たちの子供の名前は、ベル。心根の美しい子になりますように」
「………ん、私、頑張るね……」
「たまには会いにきてくれ。もちろん、私からも会いに行くつもりだけど」
「うん……!」
カードを胸に押し抱いて、メグは大きく頷いた。それをにこやかに見つめたあと、ルキアの表情がすっと真剣なものに改まった。
「メグ」
「なに……?」
「一度しか言わないから、よく聴いて」
「うん」
その声の迫力に、メグも居住まいを正してルキアの言葉を待った。
「愛してるよ」
ゆっくりと、はっきりと、発音された言葉。
それは、一生、聞くことはできない、願ってもいけない、と諦めていた言葉だった。いま、その言葉を、ルキアは自分に向けて言ってくれた。とうとう、堪えていた涙が、メグの頬をつたった。
「ルキア……ありがとう……。私も、愛してる」
そんなメグを優しく見つめていたルキアの表情が、急に強ばった。
「………ルキア?」
「…………。あぁ、これは、本当に、呪いなんだな………」
いつの間にか額に脂汗が浮かべ、ルキアは右手を抱えこんだ。
「ルキア!」
「……っ痛……。メ、メグ、ヘリオンを、呼んで、きて……」
駆けよったメグの手をすり抜けて、ルキアは椅子ごと床へ倒れこんでしまった。
「からくり丸、ルキアをお願い!」
「ワカリマシタ……!」
メグは部屋を飛び出した。
通りがかったグレミオを捕まえることができ、ヘリオンともども部屋へ戻ると、からくり丸がルキアをベッドへと運んでいるところだった。ルキアの様子を見るなり、ヘリオンはグレミオが宿していた“水の紋章”とメグの“流水の紋章”を貸せ、と険しい表情で言った。
ヘリオンはロッドに二人分の差し出された紋章の魔力を束ね、ルキアの右手へと慎重に注いだ。ブツブツと呟くヘリオンの言葉は、聞いたことのない言語だった。メグたちには、水のような光る流れが紋章からヘリオンのロッドを経由して、ルキアの右手へ注がれているように見える。
しばらくすると、眉間に皺をよせて痛みを堪えていたルキアの表情が穏やかになっていく。流れていた魔力が尽きると、二人の手の甲から勝手に紋章は剥がれて濁った球体となり、ピシリとひび割れた。
「お婆ちゃん………」
ヒビの入ってしまった紋章球を持って、メグは心配そうにヘリオンとルキアを見比べた。
「……まったく、私は薬師や助産師の真似事はできるけど、医者ではないんだよ……! 砕けた骨を元どおりに修復するなんていう面倒くさいことは、二度とさせないでおくれ」
悪態を吐いたヘリオンに、ルキアは困ったように笑う。
「悪かった。助かったよ、恩に着る」
「少なくとも今日は、もう、デュナンの城までこの子を送るのは無理だからね」
「あぁ、良いよ、その前にレナンカンプへ行かなきゃだから」
「え?」
突然、出てきた故郷の名前に、メグは驚く。
「ご両親にご報告に行かないとな」
茶目っ気たっぷりにルキアに言われ、メグの顔が真っ赤になった。
「それから、妊婦にこんなに心配かけるんじゃない」
「あぁ、それは本当に反省してる。ちょっと、もう二度とない機会だったから、つい……」
そう、いったいどうしてこんなことになったのか。もの問いたげなメグの視線に、ルキアはあとで、と小さくささやいた。
ヘリオンはそんな二人のやりとりにやれやれと溜め息を吐いた。
「今日は帰らせてもらうよ。使い魔を置いていくから、帰るときはお呼び」
「あぁ、ありがとな、ヘリオン」
サイドテーブルに小さな翡翠の球を置いて、ヘリオンは部屋を出て行った。お送りしてきます、とグレミオもあとに続いた。
横になったまま、ルキアはメグを見上げていた。
「心配かけてごめん」
「……もう、大丈夫?」
「…………たぶん?」
「ルキア……!」
混ぜ返したルキアを睨みつけると、申し訳なさそうに眉尻が下げられた。
「この紋章を宿した私が、あの言葉を告げて、なのにお前が無事なのは、その呪いがすべて私に跳ね返ったからだ」
ルキアは顔の前に右手を持ち上げた。シエラに教えてもらった術で、普段は見えないようにしている“ソウルイーター”は、いまや赤黒くその存在を主張している。
「跳ね返した……? どうして?」
「バングルだよ」
「え?」
思わず左手首を見れば、黄金と白金の蛇が鎌首をもたげて、ルキアの右手を睨んでいる。
「うわっ!?」
メグはその視界を遮るように、慌てて右手をかぶせた。
「ど、どういうこと!?」
「詳しくはもうわからない。シンダルの遺跡で時々、その蛇たちは反応するから、もしかしたら母はシンダルの血を引く者だったのかも知れないが、キャラバンだった母の一族は、母を残してすべて盗賊に殺されてしまったから………。その時、蛇たちは母だけしか守らなかったそうだ………」
「お母さんだけ………」
ふと、ルキアはソニエール監獄での出来事を思い出す。あの時、残ったのがルキアであったなら、人食い胞子だとて二匹の蛇がなんとかしてしまったのではないのか。
だが、そんな確証のないことに賭ける者はいなかっただろう。グレミオが真っ先に猛反対したに違いなく、やはりあの出来事はどうすることもできなかったのか、とルキアは苦い想いを飲みこんだ。
「この蛇たちが、ルキアの右手の骨を砕いたの?」
メグの言葉に、物思いに耽っていたルキアは意識を引き戻した。
「あぁ……。“ソウルイーター”がお前を喰らおうとするのを防ぎ、お腹の子の命を守ったんだ」
「………私がこの子を産んだら、この子しか守らない……?」
「そう」
「………だから、二度とない機会……?」
ほろほろと涙をあふれさせたメグの頬を、ルキアは左手で触れた。
「ごめんな………」
違う、とメグは首を強く振る。
「そうと知ってたら、私、絶対、言わせなかったのに……! あなたがこんな目に遭うと知ってたら……!」
「言うよ。私はそれでも………。ベルにも告げる。想いを自由に告げられる喜びを、私から奪わないでくれ」
「ルキア………」
あぁ、こんなにも愛にあふれている人がそれを告げることが許されないなんて、こんな非情なことがあるだろうか。メグは涙を止めることができない。
ゆっくりと身体を起こしたルキアは、メグを優しく抱きしめた。
「泣かないで………。私は幸せなのだから………」
泣き止まないメグをなだめるように、背中をゆっくりさする。
「こんな紋章を宿してしまったのに、父の血も、母の血も、つなぐことができて、とても幸せなんだよ……」
メグは背中にまわした手に力をこめた。自分も幸せだ、と伝われば良いと。
ゆるく波打つ髪に頬をよせて、ルキアは母を想う。
恐ろしいほどまでに一途な蛇たちが、また血を渡っていく。だけど、きっと母は喜んでくれただろう。
可愛いルキア、おめでとう。
END
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