星祭り
月の光が部屋の中にさしこんで、薄青くフレアの姿を浮かび上がらせた。
「一生のお願いよ。この先、王族として生きるために、私に夢をちょうだい」
月を背に立つフレアの表情はいまも忘れない。それとも、闇に慣れたと思った視覚が勝手に結んだ像なのだろうか。
潤む瞳は期待と不安に耐えられなくなって閉じられた。かすかに震える華奢な肩をそっと抱きこんで、テッドは溜め息を吐いた。
「わかった。一夜の夢をお前にやるよ」
オベル王国は真夏の陽射しに、ジリジリと焼けるようだった。
そんな熱気を、島民や観光客がさらに盛り上げている。今日は星祭りの日だと、テッドは最初に目にした宿の女将に聞いた。
だから、今日は何処の宿屋も満室だろう、とも。
「野宿か〜」
公園や街道が宿にあぶれた人のために開放されるので、寝る場所には困らないはずだとも教えてもらったが、船旅が長かった分、ちゃんとしたベッドで寝たかったというのが本音だ。
午後の照りつける日差しの中、テッドは広場へと向かってみた。
名の通り、祭りは夜が本番らしい。通りを埋める店々は準備の真っ最中だ。
「舞台が始まるよ〜!」
呼びこみの声に、子供たちが歓声をあげながら走りぬけて行った。
「フレア様の武勇伝だって!」
「カッコ良いよね、フレア様って!」
甲高い声にテッドは思わず歩みを止めた。
「は?」
聞き覚えのある名前。いや、忘れられない名前の一つだ。あれからどれだけの月日が流れ去った? 子供たちの言った名前は彼女のことか?
テッドは足速に人の流れに乗った。
「海賊ブランド! 年貢の納め時よ!!」
「うるさい! 返り討ちにしてやる、お転婆姫さんめ!」
目の前の舞台で繰り広げられる劇に、テッドは肩を震わせていた。
劇の内容は、テッドも参加させられた群島解放戦争についてだった。だが、そのアレンジの仕方があまりにも尋常ではなく、テッドは先程から笑いをこらえるのに必死だ。
子供たちにもわかりやすい内容にしてあるのだろうが、改変にもほどがある。これが正史として伝えられているのだろうか。
「ブランド! 覚悟!」
「ぐわあぁ!!」
フレア役の女優が、ブランド役の男優を斬りつける。観客をわかせるために、やや大仰にのたうってブランドは倒れ伏した。
「群島の平和は、私が守ってみせる!」
舞台中央でフレアが大見得を切って剣を掲げた。割れんばかりの大歓声と飛び交うおひねり。皆が舞台に注目しているのを幸いと、歓声に紛れてテッドは腹を抱えて大笑いした。
「あぁ、久しぶりにあんなに笑ったな」
テッドは目許に溜まった涙を拭った。次の催し物まで時間があるようで、広場からは人が流れ出しつつある。小腹が減ったので、テッドも屋台を物色しようと歩き出した。
「ちょっと、あなた」
長い金の髪が風に踊り、晴れた海の色をした瞳がテッドを射抜いた。
その姿、その声音。テッドの記憶はあっという間に百年以上を駆け上った。
「フレア……!」
「は……? 確かに私はフレア様役だったけれど………。って、そうじゃなくて! あなた、劇の間中、笑ってたわね!? 私たちのお芝居がそんなに変だったって言うの!?」
華奢な女が腰に手を当ててテッドを睨んでいた。
目を瞬いてテッドは女を凝視した。目鼻立ちがフレアによく似ていてテッドは一瞬、見間違えた。だが、そんなはずはない。あれから百年以上も経っている。それに、同じようなポニーテールだが、フレアの髪はこんなに背にかかるほど長くはなかった。
「ちょっと、聞いてるの?」
「…………あ、あぁ、悪ぃ、知り合いに似てたもんだから、ビックリして……」
「へぇ、その人もフレアって言ったの?」
「……まぁな」
女は興味深そうに、テッドを上から下までとっくりと眺めた。好奇心に躍る大きな瞳に、テッドは再びデジャヴに駆られる。
「見たところ、宿にあぶれた旅人ってとこかしら?」
「………あぁ」
「じゃあ、宿を提供してあげるわ」
「本当か!?」
「えぇ。まだ、劇の間に笑っていた理由を教えてもらっていないことだし」
悪戯っぽく笑う女に、テッドは頬を引きつらせる。
「私はイシス。良ければ、旅の話も聞かせてちょうだい」
イシスは左手を差しだした。
「…………テッドだ」
適当な言い訳を考えるのに必死で、テッドはなんの疑問も持たずに握手を返した。
イシスが案内したのは、下町の住宅街の一角にあるこぢんまりとした一軒家だった。
「ただいま〜」
扉を開けて元気よく声をかけ、振り返ってイシスはテッドを招き入れた。
「お邪魔します」
中へ入ると、奥から大柄な青年が出てきた。
「おかえり、イシス」
「ただいま、兄様」
「ん? 客か?」
イシスと同じ金髪とマリンブルーの瞳。髪を短く刈り上げた青年は、テッドを見るなり動きを止めた。
「兄様、この人はテッド。今日が星祭りと知らずにオベルにやってきて、宿からあぶれてしまった可哀想な人よ。今晩、泊めてあげることにしたから。テッド、こっちは兄のセト。さっきの舞台でブランド役をやってたのよ」
「お世話になります………」
実年齢はともかく、見た目はセトが年上なので無難に敬語を使いながら、テッドは軽く頭を下げた。
「…………」
いまだに固まっているセトをイシスは小突いた。
「ちょっと、兄様、どうしたのよ?」
「あ、あぁ、いや、お前が男連れてくるなんて、天変地異の前触れか・・」
セトの言葉は最後まで続かなかった。イシスに脛を蹴り上げられて、悶絶している。
「旅人相手に変なこと言わないで! ………テッド、部屋に案内するわ」
イシスは怒りに肩をそびやかしながら階段へと向かい、テッドも気の毒そうにセトを見下ろしながら後に続いた。
二階の一室に、イシスはテッドを案内した。
「この部屋を使って。日暮れ前に軽く食事をして、それからお祭り見物と行きましょ。用意ができたら、呼ぶわね」
「あぁ、ありがとな」
「どういたしまして」
にこりと笑ってイシスは部屋を出て行った。階段を下りて遠のく気配に、ようやくテッドは気の抜けたようにベッドに倒れこんだ。日向の匂いのするベッドは、瞬く間にテッドを眠りの海へと運ぶ。
とても懐かしい夢を見た。久しぶりに訪れた土地のせいだろうか。面影のよく似た乙女のせいだろうか。
『どう? オベルは、いいえ、群島の人々は、逞しく生きているでしょう?』
得意気にフレアが笑っていた。
「フレア…………」
「だから、私はフレア様じゃないってば……!」
パッチーンと良い音を響かせて、額が弾かれた。
「ってー!」
額をさすりながらデコピンを噛ました相手を見上げると、イシスが腰に両手を当ててこちらを睨んでいた。
こんな仕草もそっくりだなぁ、と思いながら、テッドは起き上がる。
「………俺、なんか寝言、言ったか?」
「女の名前を言ってたわよ。いやらしい夢でも見てた……?」
「ば、ちげーよ……!」
イシスは笑いながら、テッドが振りまわした枕を避ける。
「冗談よ。食事の準備ができたから、下りてきて」
「はいはい……」
「ハイは一回」
「…………はい」
よろしい、と頷いてイシスは先に部屋を出て行く。調子狂うなぁ、とテッドは頭をかきながら後に続いた。
テーブルで、すでにセトが待っていた。
「屋台制覇するから、此処では軽めにな」
そう言う割には、皿に盛られた炒飯もサラダも一人前以上あるように見える。
「兄様、屋台制覇は良いけれど、ちゃんと最後の星神様の役を忘れないでよ」
「わかってるさ」
「星神の役……?」
テッドが首を傾げると、イシスがなんと説明したものかなと言った。
「えっと、最初からが良いかな。星祭りっていうのは、乙女が星神様に願かけをするお祭りなの。天灯っていう願い事を書いた紙を灯籠にして浜辺で飛ばすのだけどね、その合図を星神様の役をする男性が出すのだけど、何故だか今年はうちの愚兄がその役に当たっちゃったってわけ」
「へぇ〜」
戦争の最中だったとはいえ、そんな祭があるとオベルの奴らは話したことがあっただろうか、とテッドは記憶を探る。
「その祭って昔からやってるのか?」
「……え〜、どれくらいからかしら……?」
「フレア様の息子が始めたことだから、ざっと百四十年くらいか………」
代わりに答えたのはセト。テッドは跳ね上がった心臓の音を、拳を作ることで静めようとした。が。
「自分が生まれたのは、フレア様の願いを星神様が叶えてくれたからとかなんとか言ったのが、祭の始まりだって聞いてる」
「はぁ!?」
スプーンを握りしめて立ち上がったテッドを、何故だかセトとイシスはニヤニヤと笑いながら見上げていた。
「どうかしたか?」
「あなたの知ってるフレアさんじゃなくて、私たちの偉大なる国母であらせられるフレア様のお話よ」
「…………あ、あぁ、そうだった………」
誤魔化すように咳払いをして、テッドは椅子にすわり直した。
自分の子供であるはずがない。あの時、フレアは絶対にそうはならないから、と言ったではないか。そして、あんなにも己を慕ってくれたフレアが誰と子を為そうと、テッドには関係のないことだ。フレアは王女で、自分は愛を喰う化け物を飼っているのだから。
「……その、国母っていうのは……?」
「群島解放戦争は知ってる?」
「あぁ、少しは……」
「フレア様はその翌年に男の子を出産されたの」
今度こそ、完璧にテッドは固まった。戦争終結の翌年というなら、間違いなくその子の父親は。
(あの嘘つきめー!!)
「リノ王がどれだけ問い質しても、相手が誰かは言われなくて、その秘密は墓場まで持って行かれてしまったのだけれど、王子をとてもとても慈しんで育てられたのよ。結局、リノ王の後を継いだのはその王子でね。だから、フレア様は群島解放戦争やその後に起こったクールーク皇国の内乱での活躍、群島連合に盤石の礎をもたらした二代目代表となった王子を育て上げたことなんかが讃えられて、いまでも国母と呼ばれるお方なの」
熱く語るイシスやそれに頷いて同意しているセトを見れば、フレアが百年以上経ってもどれほど慕われているのかわかる。そうして、テッドはようやくあの歴史の捏造を誰が施したのかもわかってきた。
(レイブン、お前、相変わらずぶっ飛んだセンスしてるな………)
よほど、自分が歴史に名を残すのが嫌だったのだろう。姉が慕われていることを幸いと、あんな改変をしたのだ。
夕暮れ時にもなるとさすがに暑さも和らいで、吹く風もほんの少し涼しくなった感じだ。
テッドはイシスに連れられて、屋台が並ぶ通りを食べ歩く。セトは野暮用があるから、と家を出たところで別れていた。
「ね、あなたの知り合いのフレアさんってどんな人?」
水の紋章で凍らせたマンゴーを少しずつ囓りながら、イシスが訊いた。
「どんなって……」
シシカバブを頬張って、テッドは遥か彼方の記憶を見やった。
「……なにかとお節介な奴だったかなぁ」
「ふぅん。…………好きだった?」
ジロリと横目で睨めば、意外にもイシスは真剣な表情でこちらを見ていた。
また思い出す、海の青。
「…………。さぁな」
フイッとテッドは視線を逸らした。
腕の中のフレアは、それ以外は知らないのではないのかというくらいに、たった一言を叫び、或いはささやき続けた。対する自分は、その一言を口にすることは絶対にできず、ただ、名を呼ぶのみだった。万感の想いをこめて。
生まれた子を慈しんで育てたというなら、その想いは届いていたのだろうか。
そう願うことさえ、己には許されないのだろうか。
「旅人だから言えなかった?」
「…………あぁ、言えなかったな」
何故か素直にそう答えられた。自分の声を他人のように聞いて、気恥ずかしくなって口許を押さえる。隣でイシスが嬉しそうに微笑っていた。
そぞろ歩いて浜辺に着いた頃には、日もすっかり暮れて星が見えだした。
浜辺では、蝋燭を備えつけられた両手より少し大きい竹細工と袋状になった紙を配っていた。
「これが天灯よ。この紙に願い事を書いて、細工にかぶせる。で、中に火をつけて星神様の合図で空に飛ばすの」
イシスの説明を聞きながら、テッドはもらった細工物を見つめた。
「最初の頃は女の子だけが天灯を飛ばしていたのだけれど、祭が有名になるにつれていつの間にか性別年齢関係なくなって、参加者全員が飛ばすようになったわ」
「へぇ」
「願い事、ちゃんと書いてね」
「…………」
テッドは苦い笑みを浮かべた。命を喰らう己になにか願う資格があると? そんなテッドをイシスはつらそうに見つめていた。
「……あ」
テッドは一つ思い浮かんだ。そう、これしか自分には願えない。
『未来の友に幸あれ』
満足そうに頷いて、テッドは広げた紙を竹細工にかぶせて天灯を完成させた。
隣を見れば、ちょうどイシスも完成させたところだった。
「なんて書いたんだ?」
「野暮なこと訊かないの!」
文字を身体側に隠して、イシスは照れくさそうに顔をしかめた。この年頃の女の願うことはいつになっても変わらないか、とテッドは笑う。
「あ、ほら、テッド、見て。星神様よ」
盛大に焚かれた篝火に浮かび上がる舞台に、頭からローブですっぽりと覆われた人が立った。真白の生地に裾には炎の模様。見覚えのあるそれに、テッドは顔をしかめた。
(レイブンのヤロー、覚えてやがれ………)
フレアは父には口を閉ざし続けたのであろうが、レイブンにはなにか言い残していったのかも知れない。たとえ、なにも言われなかったとしても、彼にはお見通しでもあろうが。
セトの太い腕が松明を夜空へと掲げると、潮が引くように観衆のざわめきが静まりかえっていった。
「努力が必ずしも報われるとは限らない」
良く通るセトの声。それは、誰かを彷彿とさせた。
「だが、それを言い訳にしてなにもかもを放り捨ててしまった者に、夢は叶えられない。空を見上げよ。星々は、そなたらの夢を照らす。そして、また歩き出せ。星の光が、その勇気の一欠片となろう」
祭を取り仕切っている者たちだろうか。おそろいの衣装に身を包んだ人々が、観衆の間を行き来して天灯に火をつけていった。
両手に灯る火を、何処かぼんやりとテッドは見つめた。
セトの言葉は、いつかレイブンが語った言葉だった。百年という年月を知りもしないくせに、と当時は思ったが、その言葉はいつの間にかテッドを支えるものの一つとなっていた。
「さぁ! 夢を、願いを、いつか見上げる星に託せ!」
ひときわ響き渡った声に、観衆は歓声とともに天灯を空へ向けて飛ばした。ゆらゆらとゆれる灯りが、一斉に空へ昇っていく様に、さらに歓声が大きくなる。
「テッド………」
気遣わしげな声と腕に触れる優しい手に、テッドは見上げていた視線を下ろした。
「大丈夫?」
心配そうなイシスの顔に、かぶる懐かしい面影。頬に触れてきた指先に、テッドは自分が泣いていることに気がついた。
「………あぁ、感動して泣けることってあるんだな………」
誤魔化すように笑って、涙を拭う。イシスは触れていた指先をそっと自分の唇によせた。
「帰るか」
天に昇った灯りは燃え尽きてもうほとんど見えない。観衆も徐々に砂浜をあとにしていた。
「………そうね。砂浜を散歩しながら帰りましょうか」
イシスはテッドの袖口をつかんで歩き出す。テッドもそれを振り払うことはなく、後についていった。
サクサクと砂浜を歩きながら、テッドが口を開いた。
「なぁ、お前たちのフレア……様、は、結婚したのか?」
イシスは背を向けたまま答える。
「いいえ、生涯独身だったわ。……フレア様の名誉のために言っておくけれど、それなりに求婚はあったのよ。政治的打算のあった人もいただろうけど、ちゃんと本当にフレア様を想っていた人もいたみたい」
「そうか………」
思わずもれた舌打ちは、イシスの耳にも聞こえていた。
「どうしても忘れられない恋だったのでしょうね………」
「…………」
テッドは押し黙る。一途なフレアらしい選択だ。
「…………お前は、フレア、様が幸せだったと思うか?」
「もちろんよ!」
袖をつかんだまま、イシスは振り返った。
「………王家の人たちを見れば、あなたにもわかるわよ、きっと」
「お偉いさんたちには関わりたくないなぁ」
真剣な様子のイシスをなだめるように、テッドは冗談めかして答えた。つられて、イシスの表情もふっと和らぐ。
「オベル王家が王家らしくないのは、群島諸国では有名な話よ」
「………そっか」
「…………。ねぇ、あなたはいつまで旅を続けるの?」
再び前を向いて歩き出し、イシスは訊いた。
「…………さぁなぁ………。預かってる物があるからそれを渡すまでは、旅暮らしだな」
「それから……?」
「ん〜、あぁ、あいつを待たなきゃ」
一面の星空にもう月はない。だが、白銀の鏡をテッドはいつでも思い出すことができる。
「あいつって……?」
「………野暮なこと訊くなよ」
きゅっと袖をつかむ手に力が入る。
「…………へぇ、彼女、いるんだ……?」
この声は、震えはしなかっただろうか。
「べ、別に、お前には関係ないだろ……!」
「そうね」
そっと息を吐き出して、イシスは顔を上げた。
「ちゃんと、好きって言える人ができたんだね。………良かった」
にじむ星空にささやかれた言葉は、テッドには聞こえなかった。
「ん? なにか言ったか?」
「なにも……!」
翌日、まだ祭の熱気が残るオベル島からテッドは出発した。イシスとセトが港まで見送る。
船に乗ったら防波堤側に来てくれ、と二人に言われて別れを惜しむ人々の間をかきわけて、テッドは人気のない反対側へ移動した。
「あ、テッド、こっちこっち!」
「イシス、セト……!」
船の甲板と同じくらいまでに高い防波堤に、兄妹が立っている。
「此処、一般人が登ってきて良い場所なのか?」
訝しげなテッドに、二人は意味ありげに笑うだけ。
「ニルバ島へ行くの?」
イシスの問いに、テッドは少し言い淀む。
「………あぁ。古い……友人に、呼び出されててな」
言葉を探して、結局こう言うしかなくて、苦虫を噛み潰したような顔でテッドは答えた。
「いきなり内乱中の南の大陸まで来いとか言い出して、ふざけんなって返したらニルバ島で許してあげるとか、何様だ、あいつは……」
ぶつくさと文句を言うテッドに、イシスとセトは顔を見あわせて笑った。
「どうか大叔父上によろしくお伝えください」
セトの言葉を理解するのにテッドは時間を取られた。
「…………え?」
訊き返したテッドの肩を、セトはやや乱暴に叩いて笑う。いつかも、誰かに、こんな風に肩を叩かれた。
欄干に載せたテッドの手に、イシスが自分の手を重ねた。
「テッド、私ね、あなたにずっとずっと会いたかった。だから、会えて本当に嬉しい」
目に涙を溜めて、それでも笑顔でイシスは言った。
「あなたにずっとずっと恋い焦がれていたのに、あなたに恋人がいたのは残念だったけれど。でも、“呪い”を気にしなくて良い相手にあなたが出会えたことを嬉しいって思ってるのも、真実(ほんとう)の気持ちよ。きっと、フレア高祖母様も同じ気持ちよ」
「……! ……お、お前ら、まさか………」
テッドは掠れた声しか出てこない。
出港を知らせる鐘が鳴る。
「俺もあなたに会えて嬉しかった。末代まで自慢できるよ。どうかお元気で」
ゆっくりと少しずつ速度を上げて、船が動き出す。
「元気でね、テッド。私たちのこと、たまには思い出してね……! いつでも、帰ってきてくれて良いんだからね!」
船にあわせて駆け出す二人を、テッドは茫然と見つめ続ける。防波堤の終わりで立ち止まった二人に、ようやくテッドは軽く手を上げて応えた。
欄干をつかむ革手袋に、ぽとりぽとりと染みができる。
「………なんなんだよ、ったく………」
とうに枯れ果てたと思っていた涙がちっとも止まらない。だが、荒ぶる感情とは裏腹に、右手の紋章は静かだ。これが、ちゃんと“生”をも司っているのだ、とテッドは初めて理解する。
「…………ありがとな、フレア………」
きらめく水面は、笑う彼女の眩しさに似ていた。
END
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