Lipstick Panic



 誕生日だったカスミを祝いに来たルキアは、夕方前にはカスミを城に送り届け、早々にビッキーに転移魔法を頼んで帰ってしまった。ちょっとイヤな予感がするから、と言い残して。
「また、ゴクウさんが泣いちゃいそうですねぇ」
 のほほんと言ったビッキーの言葉に、カスミが苦笑していると、バタバタと大勢の足音が聞こえてきた。
「カスミとルキアさん、帰ってきた?」
 テンガアールとアップルを先頭に、ナナミ、ニナ、トモ、メグ、アイリがカスミを出迎えた。
「みなさん、どうしたんですか? ルキア様なら、もうグレッグミンスターへ帰られましたけど……」
「う〜ん、いろいろルキアさんに訊きたいことがあったのに〜」
 テンガアールが残念そうに言った。ルキア様の言っていたことはこのことかしら、とカスミは思う。
「カスミ、良かったわね。ルキアさん、ちゃんと誕生日、覚えてくれてたのね」
 アップルの言葉に、カスミは花のように笑う。
「はい」
 その笑顔に、少女たちは思わず見惚れてしまう。
「………そうだ、プレゼントはなにをもらったんだい?」
 気を取り直して、テンガアールは訊いた。
「え……そ、それはその………」
「あれ、カスミさん、口紅つけてます?」
 目敏いニナが、いつもと違うところを発見した。途端に、カスミの顔が真っ赤になる。
「………プレゼント、それ?」
 うつむいて、カスミはコクコクと頷く。
「…………」
 少女たちは、一斉に羨ましそうに溜め息を吐いた。
「良いなぁ良いなぁ、その色すっごく可愛いもんね」
「うん。ルキアさんて、本当にカスミさんのことよくわかってるね」
「口紅がプレゼントなんて、ルキアさん、格好良すぎるよ〜」
「ヒックスも僕に口紅、買ってくれないかな」
「はぁ〜、フリックさんも私にプレゼントしてくれないかなぁ」
「それはちょっと、無理があるんじゃ……」
「あ、ゴクウ……」
 アイリがゴクウにいち早く気がついた。ゴクウはそれに笑顔で答えて、カスミの前に立った。
「カスミ、お帰り。誕生日なんだってね。おめでとう」
「ありがとうございます」
「……ルキアは、やっぱり帰っちゃった?」
「えぇ、先ほど……」
 カスミの答えは予想していたようで、ゴクウはあまり落ちこんだ様子は見せなかった。
「明日、迎えに行こうかな」
 この独り言に、少女たちが反応した。それに気づいていないようで、ゴクウは別のことを口にする。
「カスミが口紅してるなんて、珍しいね。よく似合ってるよ。毎日つければ良いのに」
「あ、これは、その……」
 口ごもるカスミの言葉を、ナナミが引き受ける。
「あの口紅は、ルキアさんが誕生日プレゼントにカスミさんにあげたんだよ、ゴクウ」
「え、そうなの!?………さすが、ルキア………」
「そうだよねぇ、口紅をプレゼントできる男の人ってなかなかいないよね」
 ナナミの言葉に、うんうんと頷く少女たち。そこで、ようやくゴクウは、少女たちの熱い視線に気がつく。
「…………とりあえず、買いたいわけね……」
 目をキラキラさせて頷く少女たち。
「……レベルの関係で、アイリは決まり」
 パーティから外したことなんて滅多にないくせに、という言葉を何人が飲みこんだことやら。
「残り四人は、ジャンケンかクジでも引いて決めといて」
 そう言いおいて、ゴクウは早々にその場を退散した。女の子は大好きだけれど、女の戦いに巻きこまれたときの大変さは不思議とよくわかっていた。
「………やっぱり、ジャンケン?」
 テンガアールが拳を振りまわすと、他の少女たちも闘志をみなぎらせて頷いた。
 カスミとアイリ、戦闘に参加できないアップルは一歩さがって、成り行きを見守る。
「ジャンケンポン!」
 グーが二人で、残りはチョキ。
「勝った〜!」
 飛び跳ねて喜ぶテンガアールと………。
「エヘヘ、勝っちゃいました〜」
「え〜、ビッキーちゃん、いつの間に!?」
 いつのまにか輪の中に混ざっていたビッキーだった。
「しょうがないなぁ。残り二人ね」
 メグ、ニナ、ナナミ、トモが緊張した面持ちで、互いを見つめあう。
「ジャンケンポン!」
 パーが二人と、グーが二人。
「勝った〜! 勝ったよ、トモちゃん!」
「やったね、ナナミちゃん!」
「負けたー………」
「うぅ、口惜しい〜」
 手を取りあって喜ぶナナミとトモ。ガックリ肩を落とすメグとニナ。
 それを横目で見ながら、アイリはカスミに質問する。
「カスミさん、その色はルキアさんが選んだの?」
「えぇ。アイリーンさん、シーナさんのお母様ね、に手伝ってもらったそうだけど、この色って決められたのはルキア様なのですって」
「へぇ……」
 アイリはちょっと羨ましそうに、艶やかに輝くカスミの唇を見つめる。
 もし、ゴクウなら、どんな色を自分に選んでくれるだろう?
「あ、僕、良いこと思いついたよ」
 テンガアールが、ポンと手を打った。
「ヒックスに、口紅を買ってきてって頼むんだ。色は任せるの。どんなの買ってきてくれるかなぁ」
 うっとりと手を組むテンガアールを、乾いた笑いで見つめる少女たち。
「ね、トモちゃん……」
 ナナミが軽くトモをつついた。
「なに、ナナミちゃん?」
「……お願いしたら、買ってきてくれるかな……?」
「………私も、それを考えてた………」
「私たちのレベルじゃ、バナーの峠は越せないもんね。それで、お金はあとで払いますからって言えば、変じゃないよね」
「うん、ちっとも変じゃない。……一緒に、お願いしに行こう」
 ナナミとトモは手を取りあった。
「あ、あのね、私たちもね、もしかしたら別の人に頼むかもしれない」
「ちょっと、都合を聞いてくるね」
 みんなにそう言って、二人は駆けだした。
「………騎士二人、だったっけ?」
 テンガアールの問いに、アップルが答える。
「えぇ。あの二人だったら、女性の頼み事を断るわけないわ」
「そうだよねぇ。………アイリも、ゴクウさんに頼んでみたら?」
「え!?」
「ヒックスに、マイクロトフさんとカミューさんでしょ。レベル的には、トモちゃんとナナミちゃんがメンバーに入ってるよりはずっと楽だと思うんだ」
 テンガアールの言うとおり、レベルの問題は解決されている。だが、そんなことが頼めるなら、いまこの気持ちを黙っていたりしない。
 アイリはビッキーを見た。
「……ビッキーも、誰かに頼むのか?」
 たぶん自分で行く、と言うと思って、アイリはそう訊いた。それなら、男ばかりに女の子一人は可哀想だと、言い訳ができる。
 ところが、のほほんとしたいつもの調子で返ってきた答えは、アイリの予想を裏切るものだった。
「みんなが頼むのなら、私もお願いしてこようかなぁ」
 その場に残っていた少女たちが、一斉にビッキーに注目する。
「ビッキー、買ってきて欲しい人がいるの!?」
「だれだれ??」
 メグとニナがビッキーに詰め寄る。
「うんとね、ルックさん」
 にっこりと笑って、ビッキーは答えた。だが少女たちは、確かに自分の耳が聞いた答えを信じられない。
「ビッキー、ほんとの本気なの……?」
 メグの声が上擦る。
「うん、大本気」
「だって、あの、ルックさんだよ?」
 ニナも強調して確認した。
「プレゼントじゃなくて、買ってきてってお願いするくらいなら、大丈夫だよ。……たぶん………」
 少し首を傾けて、ビッキーはいつもの調子で答えた。
「……じゃあ、アイリはどうする?」
 疑わしげにビッキーを見てから、アイリに視線を転じてメグが訊いた。
「あ……あたしは、良いよ……。マイクロトフさんたちがついてくなら、あたしがメンバーに入ってなくても大丈夫だと思うし………」
 消極的なアイリの答えに、テンガアールがアップルとカスミに目配せした。二人はそれに微かに頷いて答えた。


 翌日。
 ビッキーのもとへやってきたゴクウは、そこに集まっていた顔ぶれに驚いた。
「…………テンガたちは……?」
「代わりに行ってきてって頼まれたんだけど……」
 ヒックスが軽く溜め息を吐いて答えた。
「……カミューとマイクロトフは、もしかしてナナミとトモに頼まれた?」
「えぇ」
「そうです」
 カミューは軽く笑って頷き、マイクロトフは生真面目に答えた。
「…………それで、ルックは……?」
 一等解せない、といった口調でゴクウは問う。ルックはいつもの二倍増しの仏頂面で、ビッキーを横目で睨んだ。全然気にした様子もなく、ビッキーは笑って答える。
「私がついていってもかえって迷惑かけちゃうので、代わりにルックさんにお願いしたの」
 いったいどうやってお願いしたのか、ゴクウはとっても気になったのだが、ここで問い質したらルックの風の魔法が炸裂しそうだったので、とりあえずいまは訊かないことにした。
「じゃあ、ビッキー、頼むよ」
「は〜い、バナーの村だね。……そぉれっ!!」
 ビッキーのかけ声とともに、五人は光に包まれて転移した。

 五人は午前中かけてバナーの峠を越え、無事にグレッグミンスターへ到着した。
「ルキアさん、助けてください……!」
 マクドール家に到着するなり、ルキアに助けを求めたのはヒックスだった。
「テンガには何色が似合うと思いますか!?」
「……は?」
 ルキアはわけがわからず、聞きかえす。ゴクウは苦笑して、ルキアにことの顛末を説明した。
「………なるほど、そんなことになってたんだ」
 ルキアはひとしきり笑ったあと、そう言った。
「笑い事じゃないですよぉ」
「あぁ、うん、店には付き合うから」
 グレッグミンスターで一番人気の化粧品店へ、ルキアはみんなを案内した。店員も女性客も、入ってきた佳い男たちに好奇と好意の目を向ける。
 ルキアはヒックスに一通りのレクチャーをして、ゴクウの様子を見に来た。
「ゴクウはアイリに頼まれたのかい?」
「そうだと嬉しかったんだけど、テンガとカスミとアップルが気を利かして、頼みにきたんだ」
 ゴクウは軽く肩をすくめた。
「もう少し、甘えてくれても良いと思うんだけどさ」
 溜め息混じりに零したゴクウを、ルキアは軽く小突いた。
「そこも可愛いと思ってるくせに」
「まぁね」
 ゴクウは悪びれもせずに頷く。もう一度、小突くと、ルキアはルックのもとへ向かった。
「ルックは、アクセサリーにするんだ」
 この店は小さいながらも、アクセサリーを並べたコーナーが設けてあった。
 ひょいと肩越しに手許を覗いたルキアに、ルックは絶対零度の視線を向ける。
「………誰のせいで、こんなことになったと思ってんの」
「女の子たち」
 平然と惚けるルキアに、ルックは思わず右手に風を集める。
「ダメだよ、ルック。こんなところで、“風”を使ったら弁償問題になるだろ」
 ムッとして、ルックは捕まえていた風を放した。ルキアの前髪とバンダナをゆらして、風が散る。
「そんなにイヤなら、律儀に買ってあげることないんじゃない」
「…………前金をもらってるから、そういうわけにもいかないんだ」
「ルックは押しに弱いからなぁ」
 クスクスとルキアは笑う。相手をしてられないとばかりに、ルックはアクセサリーに向き直った。
 蔦と花の透かし彫りに、控えめに小さな青い石がはまった銀の指輪をルックは手に取った。
「ビッキーによく似合いそうだな」
「………誰に頼まれたかなんて、言ってなかったよね」
「わかるよ。ルックに強気の態度がとれるなんて、ルック並みに性格が悪いか、天然のどっちかだろ。それに該当する女の子って、あの城の中じゃ彼女くらいしか思いつかない」
「…………。自覚あるんだ、性格悪いって」
 揚げ足を取られて、ルキアは頬をかく。
「天然って取ってくれないんだ……?」
「冗談言ってる暇があったら、ヒックスを手伝ってあげれば」
「はいはい」
 ルックのほうが無事に決まったようなので、ルキアはヒックスのもとへ戻った。ヒックスは口紅のコーナーを行ったり来たりして、どうにも決められないようである。
「大丈夫かい、ヒックス?」
「……とりあえず、この二色に絞りこんだんですけど………」
 ヒックスの手には、ローズピンクとチェリーレッドの二本の口紅があった。
「うん、テンガならどっちも似合いそうだね」
「ルキアさんもそう思いますよね」
 ヒックスも言うときは言うよな、とルキアは軽く息を吐く。
「普段使い用とパーティメイク用ってところかな。いっそのこと二つとも買ってあげれば?」
「それは、予算が許さなくて……」
 気恥ずかしそうに笑って、ヒックスは少し考える。意を決して、ローズピンクの口紅は売り場へ戻した。
「この色にします」
 スッキリした表情で、ヒックスはレジカウンターへ向かった。
「ヒックスも決まった?」
 ゴクウが手に小さな箱を持って、やってきた。
「うん。騎士二人も決まったか?」
 ヒックスの次に、マイクロトフが箱にリボンをかけてもらっている。
「カミューはすぐだよ。マイクロトフが苦労してたみたいだ」
 クスリとゴクウは笑った。
「あ、そうだ、あれを買っていくつもりだったんだ。ゴクウ、もうちょっと待ってて」
「うん。………カスミに、また買ってあげるの?」
「違うよ」
 一言だけ答えて、ルキアはアクセサリー売り場からリボンを取って、レジに向かった。
「…………ルキアって、もしかして、シーナやピコよりタチ悪い……?」
「なにをいまさら」
 ゴクウの呟きを、一言で切り捨てたのはルックだった。

 グレッグミンスターで一泊して、翌朝、梁山(リアンシャン)城へ帰る。
 一行はプレゼントを手に、胸をときめかせて待つ少女たちのもとへと向かった。


 キリリクの副産物その2(その1は散文なので復刊予定なし)。バカップルの饗宴第一弾です。都合で、二番目の話が先にアップされましたが。
 『Sweet Lips』直後のお話です。

 なんとも小っ恥ずかしい話ですみませんでした(爆)
 リク書いてて、ゴクウが再度出てくるところまできて「坊カス終わってるじゃん」と慌てて切りました。でも、それをそのまま捨てるのもなんだかもったいなくなって書き上げてみました。ニナとアップルには、ちょっと可哀想なことした(^_^;)

 キャラ出し過ぎてまとめるのに一苦労、てかまとめられなくてあんな変則ラストです(爆)
 お好きなキャラをお選びください。オマケ代わりのオチがついてます。

 口紅の色については、光琳社出版様(なくなっちゃったんですねぇ)の『色々な色』(マナのバイブル)掲載の色見本を参考にしています。化粧品メーカーの設定色とはまったく違いますのでご了承ください。web色見本ともだいぶ違った(;'-')